10:意志持つ鎧
超怒られた。
あの後何度か石突きで突いていたのだが、意識を取り戻したのかどうかが判りづらい、曖昧な反応だったのだ。
だから意を決し、「南無三!!」と叫びながら尻に一撃与えたところ、微睡んでいたホールにスペシャルなニューワールドが開きかけたらしい。
「アッーーー!!」
と言う叫びと共に正気に戻ってくれたのだが、その後メッチャ怒られた。
ただ、最早俺が死にかけていたので、とりあえず下手に出ながら回復をお願いしていたのだった。
「いやホント謝りますんで、マジで助けて……。」
「アンタさぁ!マジで“南無三!!”じゃねぇぞ、ったくよぉ……。
まぁあれだ、見れば時間も無さそうだし、さっさと助けるか。
んで、アンタなんか金属的なモノ持ってるか?」
何を言っているのか全く意味はわからなかったが、朦朧とする意識の中で、ジャケットのポケットにある名刺入れが、“無銘良い品店”で買ったアルミの名刺入れだと思い出し、それを伝えた。
「どれどれっと……。おぉ、サイズ的に丁度良いな。
よし、“マキーナ”“装備解除”“権限委譲”“対象は田園勢大”」
彼の装備していた白銀の鎧が霧のように霧散すると、その霧散した霧が名刺入れに吸い込まれていく。
それが終わると、既に瀕死の状態で倒れている俺の右手に名刺入れを乗せた。
「アンタ、まだ喋れるなら“マキーナ”“起動”“回復”と言え。」
「あ……、ま、マキーナ……、きどう……かぃ……ふく……。」
<マキーナ、起動シマス>
全身に赤い光の線が走り、その線と線の間から強い光と共に鎧が形成される。
全身鎧が俺を包み、暫くすると冷たくなりかけていた体に熱が戻り、体調が急速に回復していくのを感じる。
薄れかけていた意識が戻り、上体を起こすことが出来た。
『何か、スミマセン。
殺しに来ておいて、死にかけた上に助けて貰っちゃいまして。』
視界に影響が無かったので気付かなかったのだが、顔にもフルフェイスのヘルメットのような兜を付けていた。
そのせいか、音がくぐもるというか、何か電話口から出る音声のような感じだった。
“なんでこの人、さっきこの兜付けてなかったんだろう?”という疑問がわいたが、とりあえずその疑問は後回しにした。
「まぁ、勝ったら全て授けるとか大見得切っちゃったからなぁ。
こんなことなら言わなきゃ良かったぜ。」
凄いマッタリした時間だった。
お茶があれば絶対に合う瞬間だっただろう。
『そういえばさっき色々言ってましたが、前にもこんな感じで刺客が来たことはあるんですか?』
終わったら聞こうと思っていた事を、ふと訪ねる。
「あぁ、何人かあの神に命じられたとかで、来たことあるぞ。
全部返り討ちにしたが。
あ、それとあれだ、迷い込んだ奴は別にやってねぇ。
あのクソの所に送り返した。
その後どうなったかは知らんけどね。」
『そうでしたか。』
気になっていた事だ。
あの槍の一撃は、本当に見事なくらい真っ直ぐだった。
“事情がわからない人間を不意討ちで殺す”というのは、この人に似合わない気がしていたのだ。
『そう言えば、まだお名前を伺ってませんでしたね。』
「あぁ?さっき“ランス・プロー”って名乗ったろうが?」
『いえ、転生前のお名前ですよ。』
彼は不機嫌そうに押し黙っていたが、やがて決意したのか俺をにらみ付ける。
「いいか?笑うなよ?」
変な名前なんだろうか?
まぁ声出さなきゃ兜で見えないだろうと、先を促した。
「本町 府中って名前だ。
でもあれだ、もうランス・プローで生きてた時間の方が圧倒的に長いから、俺のことはランスと呼んでくれよ。」
『わかりました府中さん。』
「アンタぶっ飛ばすぞ?」
いやこれはあの芸人グループで言うところの“押すなよ!?”じゃないのかと抗議したが、また普通に怒られた。
ただ、お互い久々の“会話できる人間”だったからか、気付けばお互いのここまでの身の上話をしていた。
俺の計画を聞いた時は「アンタ本気で馬鹿なんだな」とドン引きされた。
「そんなややこしいことしなくても、電車蹴って反対側に飛ぶとか、それが反対車線も電車が来て危ないってんなら、電車蹴って元のホームに戻るとか、そういう軽業程度で良かったんじゃね?
何でわざわざ下行って前行ってって、面倒くさい手順増やしてるんだよ。」
この発言を聞いたときの俺の衝撃を、是非皆様にお届けしたい。
それもなるべく新鮮なままで。
そんな簡単なことも気付けないくらい、追い込まれていたと信じたい。
そしてorzの形で凹んだポーズをした際に、左手の痛みが消えていたことに気付いた。
『あの、ランスさん。
何か痛みが無くなったんで、この鎧脱いでも大丈夫ですかね?』
「あぁ、もう一体化したかな?
なら外しても大丈夫じゃないか。
“マキーナ”“待機”で解除されるぞ。」
『そうなんですか。んじゃあ、“マキーナ”“待機状態”っと。』
一瞬だけ全身が強く光ると、元のスーツ姿に戻っていた。
切れたジャケットが元通りになっている。
“あれ?さっき上着脱いだよな?”と思ってその辺りを見てみると、脱いだジャケットは無くなっていた。
不思議に思いながらも左手の傷口を見てみると、手の甲を含めた傷口の辺りが、ゴムの様に真っ黒な色になっていた。
触っても皮膚の感触で、触覚もあるのだが、色だけが真っ黒になっているのだ。
「まぁ最初は驚くと思うけど、今その部分は修復中なだけだから大丈夫。
治ったら元の皮膚の色に戻るから、とりあえず安心しなよ。」
聞けば、彼もあの自称神様がいた空間で、地下のカプセルを使ったことがあるらしい。
ただ彼の場合は修復に使っただけらしく、定着化の事は知らなかった。
しかしその時の体験から得た知識と異世界の技術を組み合わせ、自分の肉体を自動で修復してくれる鎧を苦心の末に創ったのだそうだ。
あの神の技術は模倣しても、その力は借りてない、彼の自信作とのことだ。
“ただまぁ、そのお陰で最初に目指したモノと違って、鎧としての防御力はほぼ無くなったんだけどな”と、彼は苦い笑いもしていたが。
「ま、まぁ、お陰で助かりましたよ。
それより次はランスさんの話を聞かせて下さいよ。」
それからポツポツと語ってくれたランスの世界も、中々に壮絶だった。