108:大脱走
「田園さん、そう言えば聞きそびれちゃってたんですけど、どうして僕にここまで協力してくれるんですか?」
いよいよ明日がヘリの到着という日の夜、俺と東所君は予め制圧しておいた、雪の印が付いている大きな看板のあるビルの屋上で、テントを張っていた。
地上から各階の非常階段は概ね塞いである。
ここから脱出するには、隣のビルに張ったワイヤーを伝うしかない。
これで、ちっとは安心して雑談が出来るってもんだ。
東所君に問われ、少し考える。
“君が転生者だから、権限ほしさに手助けしてるんだよ。”
いや、これはダメだ。
俺の前提条件を話してもいないし、超常的な力も見せてない。
元いた世界の常識で考えれば、そんな事を突然言い出すヤツがいたら、俺は間違いなく距離をとる自信がある。
“コイツ危ないヤツだから、関わらんとこ”
となるだろう。
一番良いのは超常的な力、例えば分かりやすいのはマキーナを使った変身を見せれば、“異質な存在”と認識されて、少しは言うことを聞いてくれるかも知れない。
しかし今はマキーナの機能が殆ど使えない。
ついでに言えば、マキーナの声も俺にしか聞こえていない様だった。
「あ、あぁ、何となくだがね。
君と行動を共にした方がいいと思えたんだ。」
東所君の頭の上に“?”マークが浮かんでいるようだ。
「勘……みたいな事ですか?」
「そう囁くのよ、アタシのゴーストが。」
俺はドヤ顔でそう告げたが、東所君の頭の上に“?”マークが大量に浮かんでいるのを感じる。
何故だっ!少佐の有名な台詞じゃないか!
クソッ!これがジェネレーションギャップってヤツか……。
「ま、まぁ、それよりもだな。
東所君、ちょっとさ、特に他意はないんだけど、“田園に管理者権限を一時委譲する”って、言ってみてくれないか?」
「……?は、はぁ、わかりました。
“田園さんに管理者権限を一時委譲します”
……あの、これでいいんですか?」
視界にウインドウが開く。
……ただ、予想と違った。
ウインドウは開いたのだが、文字の全てはグレーアウトしており、中央に鍵がロックされているマークと、英文が書いてあった。
(“listen to your heart”
……多分意味は“心に従え”とかかな。
どういう事だ?)
意味はわからないが、多分推測するに東所君の心にある願いを叶えないと、このロックは解除されないという所だろうか?
ただ、これで東所君が転生者だと言うことが確定した。
やはり、彼を助けるしか道はないようだ。
「あの……、田園さん?」
イカン、端から見たら突然虚空を見つめてボンヤリする、どう見ても危ないオッサンじゃないか。
「あ、スマンスマン。
いやぁ、東所君もこの短時間で成長したなぁ!
こんな突然の意味分からんアドリブにも対応できるなら、明日は何があっても大丈夫そうだな!」
誤魔化して笑う。
「もう!田園さん、僕だって流石に怒りますからね!」
頬を膨らませながらそう言うと、東所君はサッと自分のテントに引っ込んでしまった。
“いや、スマンて”と声をかけたが、そのまま寝袋に包まって寝てしまうようだ。
やれやれと諦めながら、タバコに火を付ける。
一口吸い出した所で、マキーナが状況を報告する。
<報告、周辺の電波等はキャッチ出来ません。>
「わかった。引き続き頼む。」
あまり人がいるところでマキーナと会話していると、俺が1人で見えない聞こえない何かと会話している様に見えるらしい。
それは流石にマズいので、極力人気の無いところでマキーナとやり取りするようにしていた。
脳内で会話すると他の余計な考えにまでマキーナが答えようとするので、結構話がとっ散らかりやすい。
なので、極力会話でやり取りしていた。
他にも幾つか確認したが、やはりあまり進展は無い。
紫煙を吐きながらため息をつく。
文明が止まった世界。
東京の夜空に、無数の星が輝く。
(この街にも、こんなに綺麗な夜空があったんだなぁ。)
大小様々なビルからは灯りが消え、街灯もなければ街を走る車もない。
下から照らす灯りが無く、排気ガスの無い夜空は、まるで何処かの田舎か山頂の様な、満天の星空だった。
風が吹き、木々がざわめく度に聞こえる無数の呻き声が、その幻想さをぶち壊しにする。
(“地獄へと続く道は、綺麗な花で舗装されている”って、誰かが言ってたな。)
まるでこの状況そのものだ。
まぁ、本来はドイツの“地獄へと続く道は、善意で舗装されている”とかいう諺らしいが、ソレをもじって、かつての職場の誰かが言っていた気がする。
いや、その前に勤めていたブラック企業の同僚だったか。
(こんな世界で、死んでられねぇなぁ。)
地面にタバコをもみ消すと、テントに入り寝袋に包まる。
俺自身色々と疲れていたのだろう。
すぐに意識を手放し、夢も見ずに寝入っていった。
「た、田園さん、何か凄いことになってます!
起きて下さい!」
テントの外から東所君の慌てる声が聞こえて、飛び起きる。
慌ててテントから出ると、東所君が焦っている。
「下で何があった?」
慌てて手すりまで駆け寄ると、ゾッとした。
昨日にはいなかった、公園の中だけで無く道路を埋め尽くす勢いの数で、感染者がいた。
「そんなバカな!昨日まではいなかったのに!」
「こ、これ、前に避難所の人が言っていた“トレイン”ってヤツかも……。」
東所君が青ざめながらそう呟く。
俺は知らなかったが、避難所では有名な話らしい。
惨劇の日から人々は次々感染者になり、そうで無い人達を襲う。
人が減れば、その分狙う数が増える。
一人の人間を無数の感染者が追いかける。
そうしていく内に物音や同じ感染者の呻き声、尚且つ時々いる奇声を上げる感染者の声で更に集まり、群れのような塊になるのだ。
その塊は音に釣られて全体で移動する。
さながら数珠つなぎのように移動するソレを、“トレイン”と呼んでいたとのことだ。
まぁ、避難者の中にネトゲ好きが紛れてて、モンスターを他のプレイヤーの所まで引っ張っていき、ワザとそのモンスターに対象プレイヤーを殺させるという悪質行為、MPKという知識を知っていて、その悪質行為を指す“トレイン行為”から名付けたのかもしれんが。
ただ、目の前のこれはどうしようもない。
東所君に無線を1つ渡し、向こうの人達に現状を伝える様に指示する。
「田園さんはどうするんですか!?」
「予定通りだよ!」
隊員さんから譲り受けた服に着替え、元のスーツは畳んでリュックに入れる。
各種装甲を急ぎつつも確実に着ける。
流石にアレをこのままには出来ない。
少しでもここに食いとめないと、あそこのバリケードも簡単に突破されそうだ。
メイスを腰にさし、ワイヤーにフックをかけて滑り止めの入った軍手をはめる。
「田園さん、向こうには連絡入れました。
それと、皆さんから、“武運を祈る”と。」
「ありがとよ!東所君も予定通りに!しっかり俺を守ってくれよ!」
ワイヤーを滑り降りる。
幸い照明台には感染者はいない。
さぁ、ロックの始まりだ。




