107:大脱出に向けて
「狙いを付けて……、ここかな?」
トリガーを引くと“バシュッ”と小さな音がし、レール上のパチンコ玉が放たれる。
腕で引くスリングショットは、腕の角度や力加減、パチンコ玉の握った場所など、様々な要因で玉が逸れる。
なので命中率は使い手の熟練具合に関わってくるが、ライフルタイプにする事で玉がある程度レールの上を進むため、大凡狙ったところに突き進む。
放たれた玉は、狙い通り感染者の左こめかみに当たり、反対側から脳髄を撒き散らしながら吹き飛ばす。
ドサリと感染者が倒れ、その音で気付かれないか警戒する。
大丈夫のようだ。
「……こりゃ凄い。
けど、ゴムを引く必要があるから連射が出来ないのと、狙って当てられるまともな射程距離が10~15mって事を考えると、今みたいに1体のみで、しかも不意打ち用って感じかな。」
それでも、接近戦をやらずに安全に処理できるのは大きい。
事前に東所君と相談したが、やはり俺がゴムを引いてやり、東所君に持たせるのが丁度良さそうだな。
「ありがと東所君、返すよ。
これ練習しておいてくれるかな?
5m圏内なら、狙って当てられる様になってくれる様になると、ありがたいんだよね。」
スリングライフルを東所君に渡す。
“田園さんはどうするんですか?”と聞かれたので、腰のメイスを軽く叩く。
その他、両方の手甲には削り出して作った棒手裏剣が、合わせて十数本ほど巻き付けてある。
短い間とは言え苦楽を共にしたコンビニのハサミとシャッター棒は、こうして見事に生まれ変わってくれた。
中々に重いはずだが、この体ではそこまで苦を感じない。
何故か色々と能力が封印されているこの世界だが、俺が鍛え上げた“身体能力の異常な高さ”は、封印されても尚“ギリギリ人間の域を超えない最上限”くらいまで引き上がっているらしい。
或いは、世界が押さえ込める限界を超えているのかも知れない。
何にせよ、これからの事を考えると有り難い。
自衛隊の輸送ヘリがいよいよ3日後の昼頃到着という状況で、外濠公園の感染者数がバカにならない数になっていた。
今、防壁の中にいる人間はざっと300人前後。
確かCH-47J、チヌークと呼ばれる輸送ヘリは、操縦士を除くと輸送人員は55名とかだったはずだ。
だとすると、チヌーク6台がこちらに向かうことになる。
例の庁舎B棟と言うところは、“チヌークが降りられるほど頑丈な構造”がうたい文句のヘリポートが2箇所ある。
それでも、2台ずつの3回転で人員を乗せて飛び立とうとするのだ。
出来るだけ時間を稼ぎたい。
なので、ヘリに乗らない予定の俺達が公園側での陽動を買って出た。
今回の作戦は時間も無いことから、シンプルに俺達別働隊が近くのビルから公園に向けて防犯ブザー、爆竹、かんしゃく玉、音楽プレーヤーなどを放り込んで感染者を陽動し、ある程度集めたところで火を放つ。
この為に、火炎瓶も幾つか明石君…さんに作って貰っていた。
俺が一番始めに遭遇した黒焦げの感染者。
あれも、よく思い返してみれば“歩くことが出来ず、手足を無理に動かして這って”襲ってきた。
つまりは、人体の構造限界からは大きく離れてないと言うことだ。
なら、手足の腱を焼き切るなりしてやれば、満足に動けなくなるはずだ。
更に防衛省の周りを第一防衛線としてバリケードで囲み、庁舎B棟の周りを第二防衛線としてバリケードで囲んである。
ついでに言えば、庁舎B棟の1階はドアも窓も全て開けてある。
二重のバリケードを破って侵入しても、1階にたむろして貰う予定だ。
よしんば階段で上がってきたとしても、歩いて屋上まで来る頃には脱出しきっているだろう。
その間にヘリで脱出、ソレを見届けたら俺等は、ガスを満タンに入れたスクーターで埼玉方面へ脱出する予定だ。
車じゃすぐに通行できなくなるし、手動ギアのバイクは乗ったことがないからな。
その点スクーターなら、アクセルとブレーキだけで良いから気が楽だ。
「今ので、このビル内の部屋は全て見ました。」
今はその為の下準備として、近くのビル内の制圧をしていた。
屋上に特徴的な雪の印が入った巨大看板があるビルで、目の前に公園のグランドを照らす照明台がある。
「よし、ここから各フロアに繫がる扉とかは、その辺のキャビネットとかで塞いじまおう。」
動かす度にガタゴトと音を立てるキャビネットに冷や汗をかきながら、時に耳を澄ましながら各フロアの扉を塞ぐ。
電気など既に通っていない。
エレベーターは沈黙したままだし、場所の確保としてはこれで充分だろう。
屋上に上がると、東所君にはテントの設置をお願いする。
前日からはこちらに泊まり込む予定だ。
あまり往来を行き来するのは心臓に悪い。
そのまま屋上の手すりにワイヤーをガッチリとつなぎ、地面に向けて下ろす。
また1階まで降りてワイヤーを回収すると、用心しながら公園の照明台に近付く。
作業の邪魔になりそうな感染者は3体。
メイスを掴むと、そっと忍び寄る。
「フッ!」
後頭部に一撃。
1体倒したことにより残りに気付かれる。
個体差もあるが、感染者は獲物に気付くと少しだけ早く動く。
今回も、やや急ぎ足気味に近寄られた。
その場で立ち止まって奇声を上げる個体もいるらしい。
ソレをされるとゾロゾロと寄ってくるらしいから、今回はまだ良かった。
「シッ!」
短く息を吐くと、横なぎに1体、振り上げて最後の1体の頭を潰す。
よし、後は気付かれてない。
鉄梯子から静かに照明に上ると、ワイヤーをピンと張るように結ぶ。
隊員さんから借りたフックを使い、作業用のゴム手袋をはめてワイヤーをかけると、そのまま屋上に向けて上る。
無事上れた事に安堵しながら、もう一度ワイヤーの張りを確かめる。
中々細工は上々だ。
「一応、最終確認だ。
前日からこちらに泊まり込み、当日は俺があの照明台まで行く。
そこで音の出る道具を公園に投げ込み感染者を集め、集まってきたら火炎瓶で感染者を焼いて機動力を削ぐ。」
東所君が真剣な顔で頷く。
「東所君は屋上から双眼鏡で俺の安全確認だ。
気付かずに背後から感染者が上ってくるかも知れん。
俺の命は君の目にかかってるからな、頼むぜ。」
東所君はさっきよりも深刻な顔をして頷く。
「オイオイ、今からそんなに気負ってると、当日にぶっ倒れちまうぞ。
リラーックス、リラーックス。
ゆー、あんだすたん?」
東所君は思い出したように笑う。
さて、後は当日の頑張り次第だな。




