106:準備作業
「結局、どういうことだったんですか?」
東所君がそう尋ねてくる。
あれから数日が過ぎ、俺達はより安全を確保するため、周辺にまだうろついている感染者の処置と、簡易バリケードの設置などを手伝っていた。
都内だけあって、ビルの中には無数に奴等がいる。
ただ発生当初よりは外を歩いている感染者の数は減ったらしい。
奴等は音に反応するらしく、大きな音に反応して群がり、そしてその音に釣られて移動するらしい。
過去に、もう助からないと知った隊員さん数名が、それぞれバイクに乗ってクラクションを鳴らしながら、彼等を誘導したらしい。
遙か向こうで複数の自決用の手榴弾の爆音が鳴ったときに、残りの隊員さん達は皆泣いていたそうだ。
聞いていて、胸が痛くなる話だった。
そうして作られた場所ではあるが、やはり時間と共に感染者が戻ってきているらしい。
その為の定期警戒を、俺達も買って出ていた。
その為今は周辺警戒中で、あまり大きな声は立てたくない。
とは言え、黙って気を張りっぱなしでは、すぐに気疲れで参ってしまうか。
「あぁ?なにが?」
「あの時の会話の意味ですよ。
上に逃げた方がいいとか。」
隊員さん二人にお願いし、見晴らしの良い道路の真ん中で小休憩を取らせてもらう。
「言葉通りだよ。
いつ隣の大陸から、放射性物質が含まれた風が来ないとも限らないからな。
少なくとも、国内の原発は安全に機能停止した、という情報を信じるなら、北に上った方が助かる確率が高いってだけだ。」
「でもそれって、皆に伝えちゃいけないんですか?
それがわかっていれば、もっと助かる人だって出てくるんじゃ……?」
やはり心根が優しい子なのだろう。
少し羨ましくなるほどの、人の悪意をまだ知らない善良な少年だ。
俺にもこういう時はあった筈なんだがなぁ。
何処に落としてきたんだか。
「世の中ってのは、君が思うほど理路整然と動いてやいないのさ。
この情報が大きくなれば、特に西日本は絶対にパニックになる。
警察や自衛隊がやっとの思いで確保したこういう場所に、皆助かりたい一心で我先と押し寄せるだろう。」
その言葉で、東所君は青ざめる。
想像の中で起こる、自衛隊のヘリが到着したセーフティゾーンに我先と人々を押しのけ駆け込む人々、その騒ぎを聞きつけて集まる亡者。
後に待つのは地獄絵図。
素直で、頭の良い子なのだろう。
黙り込み、下を向いてしまった。
「酷な言い方だが、既に救える命とそうで無い命の餞別が、国によって行われてしまっている。
まぁ、四国に行ったら、それはそれで別の死の恐怖と隣り合わせだ。
しかもここまで文明が崩壊してると、また俺達は農民からやり直しになる可能性が高い。
……それでも、君は君が守れる範囲の人達を守りたいと願ったんだ。
俺はその意志に賛同するし、手を貸すよ。」
顔を上げた東所君に笑いかける。
彼の家族や恋人が助かっている可能性は限りなく低い。
それでも、彼がこの物語の主人公なら、これには意味があるのだろう。
なら、“異邦人”の俺は、主人公を助けてやらなきゃな。
……いや、違うな。
困っている子供がいるなら、助けるのが大人の勤めだろう。
「……そういえば聞きたかったんですが、田園さんは何故僕に……。」
「交代、良いですかね?」
隊員の人が近寄ってくる。
“また後でな”と東所君に声をかけ、隊員さん二人と交代し、道路の左右に分かれて見張りに立つ。
見張りと言っても、何かを発見しても音は出せない。
何かを見つけた際は、フラッシュライトを顔に当てて気付いて貰う方法をとっていた。
(あれ、何だ……?)
見張りについてから暫くして、目の前の公園を蠢く影に気付く。
風が吹き、公園の木々がサワサワと揺れる。
それに合わせて、僅かに呻き声と何かが動く音が複数聞こえる。
風に揺れる木の音に反応して、奴等が集まっているって事だろうか。
ここから拠点までは、すぐそこの距離だ。
俺は休憩が終わる頃合いを見計らい、3人にライトでそれぞれ照らす。
3人ともすぐに気付き、音を立てないように近付き、状況を見て把握する。
隊員さんの一人が、そっと公園に近付き、戻ってきた。
「……結構な数が集まってますね。ざっと見ただけでも30か、40位はいますね。」
「この公園、ええと、外濠公園でしたっけ。
ここにアイツらが集まるなら、それはそれで火炎瓶とか投げて一網打尽とかに出来ないですかね?」
隊員さん二人と相談する。
流石に道具がないので、一旦戻り、計画を改めて立てることにする。
あそこまで集まっていると、流石に放置は出来ない。
俺達は来たときと同じように、静かに拠点へと引き返した。
「あ、田園さん、明石の奴が探してましたよ?」
基地へ戻ってほっとしたのもつかの間、隊員さんからそう話を振られる。
“お!頼んでいたモノ出来たのかな?”とワクワクしながら、隊員さんへお礼を言うと作業場にもなっている“大本営跡地”ヘと急いだ。
「あ!田園さん、大体出来ましたよ!」
ヘリに乗らない代わりに受けた約束の、“資材はある程度使って良い”という言葉を、最大限活用させてもらい、この基地にある資材を元に、この明石という手先が器用な青年に、武器防具を作って貰っていたのだ。
彼は別に部隊の出自ではなく、職員としてここに勤務していたらしいが、趣味で大手動画投稿サイトに“コイルガン作ってみた”や“コイルガンの出力上げまくった結果www”を投稿したりと、中々にぶっ飛んだ趣味を持っていた。
まぁ、話を戻して、マキーナが使えない現状、通常モードと同じ手甲と足甲は必須だと思っていた。
更に、掴まれたり不意の噛み付きを避けるため、二の腕、太股、首回りから肩にかけても、防具を作ってもらった。
一応、これを着ながら走ったり戦ったりと考え、アルミで全身を纏めてもらった。
東所君は最初嫌がったが、無理にでも着てもらった。
経験上、こういう場合は武器よりも防具に力を入れた方が良いと思っている。
武器は落とす、奪われる、壊れるで戦闘力が大きく変わる。
しかし防具は基本奪われない。
また、壊れる時は、そこの攻撃を防げたと言うことだ。
人の体は頑丈だが脆い。
あばら骨を1本折るだけで力のこめ方に、そして呼吸にも影響がある。
拳骨にヒビが入っただけで、もう殴る事が出来なくなる。
基礎的な戦闘能力は、身体が十全に機能している事が大前提なのだ。
ただ、防具は着けると重くなる、行動が阻害される。
安全第一といい、鋼鉄の全身鎧を着けるなど論外だろう。
大昔の騎士は、全身鎧でバク転なども出来たらしいが、それこそソレ専用の戦闘訓練を積んだ騎士ならいざ知らず、ただの現代一般人がそんな風に動けるわけがない。
軽さと防御力の両立。
回復魔法のない現実的なこの世界では、正しい防具こそが生き長らえるためにも重要だ。
「それと、ご注文のクラウンメイスですよ。
こっちはアルミサッシじゃなくて鉄の棒と鉄板つなぎ合わせてるから、そこそこ頑丈にはなってますよ。」
「お、助かる助かる!明石君、流石やねぇ。」
握り手には溝まで入り、実に持ちやすくなっている。
2~3度振り、逆手に持ち替え、すぐさま順手に持ち替える。
習った武術の、短杖の基礎動作だ。
うん、中々に扱いやすい。
「へぇ、田園さん拳法やってたんですか?」
どうやら明石君も同門だったらしい。
“若い頃にね”と苦笑いし、腰のバックルに引っかける。
収まりもいい。
若いのに良い仕事するな。
「あ、後、ネタでこれ作ったんですけど使います?」
「何だいこれ?ボウガン?」
アルミサッシを束ねたものに、グリップとトリガーがついている。
ボウガンであれば弓の部分があるはずだが、これはスマートなフォルムに、ゴムチューブがビシッと張られている。
しかも、レールが中と上に通っており、何となくだが2発くらい、何かが射出出来そうになっている。
「自作の2連スリングショットライフルです。
ボウガンだと専用のボルト(矢)が必要ですが、コイツならパチンコ玉でもベアリングでも、何ならその辺の石でもイケますよ。」
明石君……いや明石さんはそう言いながら凶悪な笑みを浮かべるのだった。




