105:感染か死か
「貴方は、確か先程の。
……てっきり、貴方はこの少年を止めてくれると思ってましたがね。」
制服姿の男性は、苦い顔をしながらため息交じりに苦言をこぼす。
「いえねぇ、ちょっとさっきの説明だと、気になる点が少ぅしだけ、ありましてね。」
ワザと区切りをつけて話す。
効果はテキメンだったようで、制服姿の男性から、表情が消える。
多分、何かまだ言っていない事があるんじゃ無いかと思っていた。
ここにいる普通の人達は、今置かれている状況に手一杯で視野が狭くなっている。
だから、ある程度の情報でも、ソレでいっぱいいっぱいになり、それ以上は考えられないだろう。
「お船に乗った後、その後のことがどぅ~しても、気になりましてね。」
「あぁ、それなら艦船に乗った段階での確認となりますが、ただ、現状の候補として北海道か四国、九州に向かうことになっています。
政府機能は、既に長野と一部北海道に移っています。」
なるほど。
頭の中で日本地図を思い浮かべる。
東所君は、突然入ってきて自分と関係ない話を始めた俺に、どうしていいかわからない表情をしている。
「昔、子供の頃にこういうゾンビモノの映画やゲームが流行ったことがありましたよね。
いや、今でも定番の1つですよね?」
「……そうですね、私も若い頃はよく見ましたし、そう言うゲームでも遊びました。
洋館が舞台の作品など、名作も多いですね。
ただ、まさかそれが現実になるとは、あの時はまるで想像できませんでしたが。」
あぁ、やっぱりここは俺の知る世界とほぼ同じような文化、ただ、少しだけ何かが違うパラレルワールドって所なんだろうな。
ってか、この人意外にそう言う趣味あったのか。
「でしょうね。
そして子供心に思いませんでしたか?
“もし日本で起きたら”と。」
「そうですね、誰しもが思う空想でしょう。
……それが何か?」
話が見えず、少しイライラしているのがわかる。
イカン、引っ張りすぎたな。
「端的に言って、この国の発電所って、壊れたら大変なことになる原子力発電を使ってるって、大人になってから知るとですね、私はどうしてもこう考えちゃうんですよ。
“そこは今、どうなっているのだろうか”と。
……貴方なら、何かご存じなんじゃないですかね?」
沈黙が流れる。
お互い目をそらさない。
「……今、我々の仲間が多大な犠牲の下、必死に守り、安全に停止させ続けていますよ。
……この国はまだマシな方です。
既に幾つかの諸外国では、メルトダウンの報告まであがっています。
近隣国のソレがいつ訪れるのか、もしかしたら時間との勝負かも知れませんがね。」
観念したのか、疲れたようにそう吐き出す。
日本列島も中央に山があり、隣の大陸からの風と、太平洋側からの風を受けて中々に気流が入り乱れる。
日本の原子力発電所がもし仮に全て無事でも、隣の大陸にも原子力発電所は存在する。
何処かのソレが壊れれば、あまり人体に良くない物質も、風に乗って運ばれる事になるだろう。
昨今では、黄色い砂の件が良い例だ。
アレだって日本列島に逃げ場がないくらい飛散している。
それでもその被害から一番少ない場所。
沖縄でも良いのだろうが、流石に本州から少し遠いし、何より生き残りが詰めかけても収まりきれないだろう。
そう考えると、本州からかかる橋を落とせば籠城できる四国か、九州にいる方がマシ、と言うところだろうか。
唯四国の地層は断層も多い。
大地震が来たら1発でアウトと考えると、政府高官は北海道方面で、俺達のような一般市民は四国・九州で隔離と考える方が自然か。
「貴方ならもう理解しているかも知れませんが、気象に詳しい者からの報告で、近隣国の原発に何かあれば、大陸からの風に乗って西日本は全て汚染される可能性があると指摘されています。
しかし本州の主要都市は殆どが彼等で埋め尽くされている。
だから、1度隔離しやすい島に無事な人を集めて、その間に本州の制圧作戦を実施する予定です。」
マジか。
それは知らなかった。
しかしそれでは四国に隔離しちゃダメじゃねぇか。
あぁ、だからお偉いさんは北海道か長野って訳だ。
いやいや、ソレはないだろう。
「貴方が言いたいことも解る。
偉い連中は長野や北海道の安全圏に逃げて、市民は今後危険かも知れない四国や九州に隔離するわけですから。
しかし、既に我々には選択肢がない。
神風や天運を祈りつつ、無事な人間を感染者から隔離しなければならない。」
「それでも、アンタは嘘をついた。
船に乗る人間は、下手をしたらもうここには戻ってこれない。
俺には、感染してあれの仲間入りするか、被爆して死ぬかの2択にしか見えないんだが?」
制服の男性は、疲れ切った顔をしていた。
「私は何も言っていない。
今出来る、今提示できる、最善の方法を提示しただけだ。
今も、次々に物資が無くなっていっています。
ここにいる人間がこのままここにいても、すぐに餓死するか、奴等の群れに押し込まれて壊滅するか、の、本当に未来のない2択なんですよ。」
クソ!クソ!クソッタレが!!
本当にどうしようも無い世界じゃねぇか!
怒りの捌け口に、近くにあったパイプ椅子を蹴飛ばす。
東所君はビクリと驚いたが、その気配に何も言えずに震えていた。
……イカン、怯えさせすぎたか。
ちょっと冷静になれた俺は、蹴ったパイプ椅子を戻し、それに座る。
「……わかった。
恥ずかしい所をお見せして申し訳ない。
だがならば、尚のこと俺はこの子に着いていく。
アンタ等が撤退すると言うことは、残りの生存者が全て黙殺されるって事だろう。
この少年の家族や知人が……まだ生きているならば、それらを助け出したい。」
制服の男性は黙ってこちらを見ていた。
少しの迷いと沈黙の後、目を伏せた。
「小火器は渡せませんが、資材の類はある程度は融通しましょう。
また、もしご家族やご友人と合流された際は、本州の上に、極力田舎に逃げることをお勧めします。
長野はお勧め出来ません。
あそこは今、感染者や非感染者を問わず、近付く者を排除するように命令が出ています。」
彼の出せる、精一杯の情報だろう。
教えて貰ったことに感謝し、せめてもの対価として、脱出までの手伝いをする事を伝えた。
勿論、東所君にはここでの話の内容は口止めを約束させて。
「……ところで、何で長野なんですか?」
ふと、気になったことを聞いてみた。
あそこはそんなに要衝なのだろうか?
「“松代大本営”という言葉をご存じですか?
昔、戦時中にちょっとした計画がありましてね。
あれの発展系の計画を、オリンピックが開催されたの時に、コソコソと政府がやっていたんですよ。
……まさか、本当に使うことになるとは誰も思っていなかったでしょうけどね。」
制服の男性は、そう言って皮肉気味に笑うのだった。




