104:脱出計画
「やれやれ、助かった。
そういや改めてだけど、俺は田園 勢大という。
君の名前はなんていうんだ?」
水を飲み、固形食料を少し食べて落ち着く。
特に意味はないが、ここまで親切にされると相手の名前も聞いておきたくなるというもんだ。
「あ、僕は東所と言います。
東所 三尺です。
ところで、外の様子ってどんな感じでしたか?」
少し困る。
転送されたらゾンビワールドでした、なんて言っても納得するわけない。
ここはやっぱり、ご都合主人公よろしく、記憶喪失に頼ることにする。
「いや、どうにかして今まで逃げ延びてきたはずなんだけどね、恥ずかしながら今までの記憶が無くてね。
ここがどこだかも、あまりわかってないんだ。」
怪しさ全開だが、東所君は“大変な経験をされてきたんでしょうね”と、すんなり信じてくれた。
ちょっとその純真さに胸が痛むが、気になるのはその後だった。
「じゃあ、僕と一緒ですね。僕も10歳までの記憶が無いんですよ。
ただ不思議なことに、何故か田園さんと同じようなスーツ姿で会社に行っている時に、トラックにはねられた記憶があったりするんですよ。
僕、どこか変なんですかね?」
「……まぁ、記憶の無い俺からすれば、変とは言えない話だな。」
適当に相槌を打ちながらも、俺の顔から愛想笑いが消える。
見つけた。
多分だが、この少年が転生者だ。
まさかいきなり出会えるとは思わなかった。
「恐れ入ります、皆様、こちらにお集まりください。
また、可能な限り全ての方がお集まりいただきます様、お願い申し上げます。」
“ちょっと君にお願いがあるんだが”と言いかけたときに、先ほどの制服姿の男性が周辺の人々を集めている声を聴き、そちらを向く。
周囲の人々も、“なんだなんだ”と散発的に立ち上がり、声の方に集まる。
「何か報告があるみたいですね。
聞いておいた方がよさそうですよ?」
話す機会はまだあるか、と思いながら、制服姿の男性に近づく。
両脇には小銃をもった隊員さんが二人立っている。
その迫力にただならぬ何かを感じる。
「誠に遺憾ではありますが、日本政府として、我々にこの周辺一帯からの撤退が指示されました。」
辺りにざわめきが広がる。
“自分たちはどうなるのか”という不安が一気に広がる。
誰かが手を挙げて、そのことを質問する。
「その点に関してはご安心ください。
この基地にいらっしゃる皆さんの人数も併せて報告しております。
この人数が乗れる輸送ヘリを手配いたします。」
一同に安堵が広がる。
でもどうなんだろう、ここから抜け出したとしてその先は果たして安全なのだろうか?
「ヘリに乗った後はどうなるんですか?」
この質問も想定済みなのだろう。
落ち着いた様子で続ける。
「現在、横須賀から自衛隊の艦船が“無事に”出航したと連絡を受けております。
東京湾に待機し、自衛隊の誇る輸送ヘリ、CH-47Jで皆さんを輸送します。
ヘリの到着は本日から二週間後です。
ただ、ヘリの爆音は敷地の外の彼らを激しく刺激します。
そのため動ける方は男女問わず、庁舎B棟を中心とした防壁作成の手伝いをお願いします。
また、ヘリに乗らないご判断をされる方は、今から1時間以内にその旨をお申し出ください。
数日分の水や食料等、物資をお分けします。
我々はあちらのテントで待っております。
以上です。」
再びざわめきが広がる。
“家に戻って大事なものを取ってきたい”という声が上がるが、それに関しては“対応不可能”という断固とした回答だった。
多少は騒ぎたいのだろうが、両脇の銃を持った隊員がちらつき、何となく不満な空気になる。
「わかりました。私はヘリに乗ります。
……生きていれば、いつか帰ってくることもできます。」
その声に皆が振り返る。
先ほどの、デモ隊のリーダーだったおばさんだ。
“今更何を”や“ずうずうしい”という声が聞こえたが、そのざわめきが収まる頃にはここにいる大体は同じような考えにまとまっていた。
このおばさん、リーダー格だっただけあって意見の誘導はうまいようだ。
ここで一番困るのは、全員が自分勝手に“あれしたい、これしたい”と騒ぎだして暴徒化する事だ。
それを、このおばさんの一言で怒りを自分に向けさせつつ、全体の意見をコントロールしてしまった。
まぁ、実際の所はどうかわからない。
ただ、それしかないと、皆内心では解っている事なのだろう。
そう、わかっているのだ。
ただ、怒りのはけ口が欲しかっただけなのだ。
この役を買って出たことが、このおばさんなりの、せめてもの償いかもしれない。
「どうしよう……。」
東所君が何かを悩んでいる。
何となく嫌な予感がするが、改めて聞いてみる。
「どうした?ここに残ろうって感じなのかい?」
「地元に……、恥ずかしい話ですが、家族や幼馴染みの事が……。」
何とも言えない感情になる。
安全性の面だけで言えば、これから来る輸送ヘリに乗って脱出した方が良いに決まっている。
街ヶ谷という地名で、防衛省があると言うことは、恐らく元の世界の市ヶ谷なのだろう。
つまり、都内でこの状況だ。
彼の地元も、同じようになっているはずだ。
「そう言えば、君の地元は何処なんだい?」
「あ、埼玉県の……、東川口の辺りなんですよ。」
あぁ、駅前にでっかい歯車が飾ってあるところか。
それだと、ここから北上して、ドームの辺りを抜けて赤羽まで行って、川口からやや北東に行く感じか。
そこまで絶望的な距離じゃないから、行けなくも無いんだよなぁ……。
「なぁ、君はその、一人でも行く気なのかな?」
顔を見ればわかる。
これはもう、行こうと覚悟を決めている目だ。
「えぇ、そのつもりです。
ここの人達には申し訳ないですが、やっぱり家族が気になります。
もし生きているなら、無事を確認したい。
そうでないなら……。」
その先の言葉を飲み込み、“僕、行ってきますね”と言って先程の制服姿の男性が待つテントに向かっていった。
俺に選択肢は無い。
大きくため息をつくと、彼の後を追った。
テントに近付くと、何やら口論が聞こえる。
「……ですから、僕は……!」
「君はまだ若い、いや幼いと言ってもいい。
君の保護者もいないのだし、今は我々に着いてきてはどうかね?
生きていれば、また会えることもあるだろう?」
まぁ、常識的に考えるなら、そうだろうな。
本来なら俺でも止めたいよ。
それでも、空気を読まずテントに入る。
「毎度、その子の保護者ですよ。」
制服の男性は、苦い顔をしていた。




