103:地獄
バス停の椅子に座りながらのんびりタバコを吸っていると、生け垣の上、柵の向こうから声がかけられる。
若い男の子、中学生か、高校生位だろうか?
ともすれば女の子に見えそうなくらい、中々の美男子だ。
「良かった、俺以外にも生存者がいた訳か。」
心から安心する。
まさかとは思っていたが、2か月で誰もいなくなるくらい壊滅していたら、転生者探しどころでは無い。
「物資はまだあるかい?
水の1杯位はあると有り難いんだけどね。」
「そっちに行くと正面入口があります。
そこでチェックして貰って、中に入るようにして下さい。
物資は……相談してみます!」
あ、ダメ元で聞いただけなんだけどなぁ。
でもまぁ、良い子で良かった。
タバコをもみ消すと、正面入口に向けて歩き出す。
入口には強固なバリケードが張られており、緑色の迷彩服の人が正面入口上の見張り台にいるのが見える。
「そこで止まって下さい。
何処かに怪我はありますか?」
見張り台から銃を向けられながら、そう声をかけられる。
止まって、両手を上げる。
短槍は持ったままだが、動く死体がまだいるかも知れない。
手放す気にはなれなかった。
「ご覧の通り、生きてるよ。幸い怪我もしてない。
保護して貰えるなら保護して貰えると嬉しいね。」
迷彩服の人から“今、バリ開けますんで”と声がかかり、僅かにバリケードの隙間が出来る。
そこに体を滑り込ませて中に入ると、迷彩服の人が数人でバリケードを元に戻していた。
「一応、規則ですので身体検査させて頂きます。」
まぁ、よくある“噛まれたのを黙ってる”みたいなこともあるからだろう。
少し前の世界では、全裸で投獄された身だ。
今更焦ることもないので大人しく従う。
小さなテントで身体検査を受け、問題ないと解ると普通に服を返される。
驚いた事に、手製の短槍まで返して貰えた。
“持ち込んでおいて何だが、危なくないのか?”と尋ねると、仕方ないのだと言われた。
「幾つかの基地では、奴等の群れに飲み込まれて数名の隊員以外、全滅したそうです。
その際、全員から武器を取り上げていたので、非難してきた人たちが何の抵抗も出来なかったと。」
なるほどな、と思った。
きっと生き残った隊員達は、非難してきて、そして抵抗できずに奴等に食われた人間の呪詛を、嫌というほど受けただろう。
だから、自分達の武器は渡せないが、持ち込んだ武器を取り上げてしまうと何かの際に責任が取れないから、と言うことか。
この人達も大変だなぁ、と同情せざるを得ない。
本来なら真っ先に逃げ出したいだろうし、家族を探しに行きたいだろうに。
この事態になってもまだ安全を確保し、規律を維持している。
外から来た俺に敬語で話しているのもそうだ。
“まるで鋼の意志だな”と感心する。
《軍隊はー!出ていけー!》
《感染者にもー!治療の権利をー!》
《市民の問題に、軍隊がのさばるのは許さないぞー!》
服を着替え終わり、装備を改めていると施設内から複数の声が聞こえてきた。
“何です?あれ?”と俺を検査した隊員さんに聞くと、“あぁ、恒例の行進でしてね”と、疲れたように笑った。
テントから出ると、その辺にあった木やプラスチックで、デモカードを掲げた一団が広場で騒いでいた。
迷彩服とは違う、制服姿の数人がそれに対峙し、何やら説明をしている。
本当に恒例行事なのか、騒いでいるのは数人で、その数人を大勢の非難してきたであろうスーツ姿の男女が忌々しそうに睨んでいた。
「……ですから、騒いでいると彼等が寄ってくるので極力おやめ頂きたいと……。」
《横暴だー!こんな所に我々を閉じ込める、国家権力の横暴を許すなー!》
短槍を肩に担ぎながら近付くと、リーダー格らしきおばさんも俺に気付いたようだ。
「アナタ!そんな物騒なモノを持って、私達を攻撃するように言われたんですか!
見て下さい皆さん!これこそ軍隊の暴力の証拠です!」
……何か、いきなり絡まれた。
面白い、ケンカ売ってくるなら買ってやろうじゃ無いか。
「いや、僕は今こちらに救助して貰ったんでね、何か騒いでるから、何バカなことやってやがると思って見に来たんですよ。」
「バカとは何よ!私達は感染者の権利を訴えるために立ち上がるのよ!
治療をすれば助かるかも知れない彼等を不当に攻撃して、虐殺しているこの事実を世界に公表しなければならないのよ!」
何だろう、恐怖で頭のネジが飛んだのかな?
公表するべき世界も、今同じ事になってるんじゃねぇのか?
「はぁ~、それはまたご立派な決意ですな!
いやはや、私も貴方さんの御決意に感服致しました!
良ければ仲間に入れされて頂けませんか!」
大きな声でそう伝えると、制服姿の男性や、周りのスーツ姿の男女から、失望に似た蔑みの視線が強くなる。
「アラ貴方、見所あるわね!
そうよ、ホラ、外から来た人もこのように私達の正当性を認めているわ!
わかったらさっさと……。」
「早速、この先の通りにいる感染者の皆様に、“治療して欲しい人は寄って来て下さい”という、デモ行進をしましょう!」
リーダー格のおばさんに、被せるように大声を出す。
おばさんは、“え?”と声を上げ、その場で固まる。
「言葉の通りです。
先程、牛込警察署七幡前交番だったかな?
その先で複数の彼等が苦しんでいるのを見ています!
さぁ、彼等を集めるためにも、デモ行進をしましょう!」
話の流れが変わったことに、おばさんは焦り出す。
「ば、バカじゃ無いの貴方!
そんな事したら、彼等の前に出たらどんな事になるか解って言っているの!?」
赤い何かが付着した槍の先端を見せる。
「えぇ、知ってます。
治せると知らなかったから、これで突き刺して来たんですよ。
でも貴方が治せると言うなら、助けるために集めましょう。」
「い、嫌よ!そんな危ないこと、この軍隊にやらせたらいいんだわ!」
腕を掴んだところ、必死で振り払われた。
「おやおや、“軍隊は出てけ”でしたっけ?
都合の良い時だけ頼るのは感心しませんな。
こう言うのは“市民の問題”でしょう?」
溢れ出す殺意と共に、おばさんの胸倉を掴み、残りの奴等を見渡す。
「さぁ、あなた方も行きましょう!
こう言うのは人手が必要ですからな。」
周りのスーツ姿の男女からも“そうだそうだ!”とヤジが飛ぶ。
何もしなかった癖に、ヤジだけは飛ばすのかと、そちらを睨む。
「アイツらはさ、物音に反応している節がある。
お前等が自己満足でここで騒ぐとさ、全ての人に迷惑がかかるんだわ。
今現時点で、国家が機能してないなら、今までのような社会常識は通用しない。
なら、“大の為に小を殺す”必要も、出て来ちまうよなぁ?」
ここで優しく諭す。
何処ぞの世界ではマフィアの若頭やってた経験が、まさかこんな所で生かされるとは。
心で苦笑いするが、表情は真剣そのものだ。
気配と殺意に怯え、デモカードを持っていた人達はバラバラとその場に捨てて解散していた。
胸倉を掴んでいたおばさんは、気付けば泣いていた。
掴んでいた胸倉を離すと、その場で泣き崩れる。
「だって、そうしないと夫が、娘が……。」
誰にだって事情はある。
このおばさんも、こうなる前は良い奥さんだったのだろう。
ただ、今この場で、それに同情することは出来ない。
周囲の目がある。
そうこうしていると、恐らくはここの女性職員さんだろう。
年齢の近そうな女性が歩み寄り、崩れ落ちたおばさんの背をさすり、話を聞いていた。
制服姿の男性は、何も言わず俺に敬礼していた。
それに軽く手を上げて会釈すると、避難用テントに向かう。
先程柵で話しかけてくれた少年が、手に水の入ったペットボトルと、固形食料だろうか?それを俺に差し出してくれた。
「あの人達も、家族だった人達に襲われながらここまで逃げてきたらしいです。
……だから……。」
「解ってるよ。」
それだけ言うと、少年から差し出された物資を受け取り、水を1口飲む。
やれやれ、本当にクソッタレな世界だ。




