102:ここはどこ?
正解は……コロンビア!
有名になったあの画像のように、握りこぶしで両手を上げる。
いや、そんな事してる場合じゃなかったわ。
あの後バックヤードでスタッフのロッカールームを漁ったところ、さっきのポーズを決めたくなるような名称で有名なアウトドアメーカーの、しっかりとした作りで大きめのリュックを見つけていた。
これ、アウトドア用なだけあって、ショルダーハーネスにはクッションが入っているし、胸前で繋げられるチェストストラップも付いている。
これあると重さが分散されるし、リュックがしっかり背中に固定されるから便利なんだよね。
そこそこの大きさだから、通勤鞄とジャケットを入れてもまだ少し余裕がある。
リュックの下部に知らないアニメキャラが描かれた缶バッチがいくつか付いていたが、前の持ち主の趣味を尊重してそのままにしておいた。
……天空戦記で修羅なやつか。
随分マニアックな缶バッチ付けてるな。
って言うかいつの時代だ、これ。
そこで初めて年月が気になり、休憩室らしき部屋に落ちている四つ折りの新聞をいくつか拾い上げ、日付を見る。
英弘3年2月10日に、こっちは12日と13日の新聞か。
聞いたことの無い年号だ。
新聞の記事にもざっと目を通す。
“死者が蘇る!?正体不明の奇病!!”
“世界中で原因不明の暴動!”
“パンデミックを警戒し、各国は空港を封鎖”
“日本も西欧諸国からの往来を停止、隣国に関しても今後検討”
“日本の安全神話再び!優秀な空港検疫、政府発表、奇病を水際でストップ!”
“政府見解!奇病はただの風邪の変異種だった!”
“成山空港で暴動か!?”
中々に、各地でパニックが起きていたようだ。
記事見出しからもそれが伝わる。
そして、記事を見る限りでは恐らく、映画やゲームのようなゾンビパニックが起きてると見るべきだろう。
この記事は2月の記事だ。
先程の街路樹を見ると、青々と茂った木が多い。
外の気温も、スーツのジャケットを脱いでいても寒いと全く感じない。
何ならさっきの激しい運動で、微妙に暑いかも?と思うくらいだ。
そう考えると、先程の新聞の日にちから2か月、いや3か月はたっているのだろうか?
しかし成山空港か、……聞いたこと無い空港だ。
ふと思い付き、コンビニを出て入口の上に付いている看板から、店舗名を探す。
あった、長い看板の右下に“街谷本村町店”と書いてある。
街だか村だか町だか、よくわからん名前の店舗だな。
そうだ、スマホは動くんだろうか?と思い、リュックの中から通勤鞄を取り出し、さらにその鞄からスマホを出して見てみる。
案の定というか、圏外表示だった。
この世界と電波帯域が違うのか、それとも通信施設がやられているのかは解らないが、結局俺のスマホは役に立たないらしい。
スマホを鞄に戻すと、リュックに入れ、改めて背負いなおす。
両手で短槍を構えると、大通りに向き直る。
よし、よくわからんが、取りあえず右に行こう。
何か適当に物色しつつ、生存者を探そう。
そう決めると、極力音を立てないように歩き始める。
革靴だとどうしても少し音が出る。
何処かでスニーカーを見つけたいな。
右に向かい歩き出すとY字路にぶつかり、交番らしき建物があるのを見つけた。
Y字路の先には、フラフラと足を引きずりながら歩く数体の人影。
騒がれたらすぐに集まってきそうだ。
交番の中を見たら、引き返した方が良さそうだ。
時間の経過からみて、あまりめぼしいモノは期待出来ないが、それでも何かあればと中を見る事にする。
交番の上には“牛込警察署 七幡前交番”の文字。
中を見れば、こちらに背を向けて立っているボロボロのスーツ姿の人影。
左腕が無いのに、騒ぐことも無くフラフラと揺れながらその場に立っている。
覚悟していなければ思わず悲鳴を上げてしまうところだった。
静かに近付き、後頭部の下、延髄の辺りに槍の先端を合わせる。
一気に突き出せば、骨の隙間、柔い肉とその先にある何かに刺さっていく感触を感じる。
階段で転んで、頭を打って死んでしまう人がいる。
原因はこの部分、頭の後ろのややくぼんだ部分、ここは筋肉の先の脳幹まで、骨で守られていない、首の可動域が広い人間ならではの構造的弱点だ。
受身を取るときは、必ずここを守るようにする。
学んだ武術でも、ここを打つのはご法度だった。
だが、今はその知識に感謝しなければならない。
幸い、呻き声すら出さずに崩れ落ちてくれた。
倒れた音もそこまで大きくなかったようで、外をフラついている彼等には聞こえなかったようだ。
少し安心し、中を見渡す。
案の定、武器になりそうなモノは見当たらない。
“奥の部屋には何か無いかな?”と思い、アルミの扉をそっと開ける。
そっと開けたつもりでも、扉は暫く使われておらず、少し錆びていたようだ。
“ギィ”と、蝶番が軋みながら扉が薄く開き、振り返ったそれと目が合った。
しまったと思いながら全力で扉を閉めると、中から激しく扉を叩く音と、獣のような唸り声。
道路を見れば、今の音や呻き声で数体気付いたらしく、こちらにノロノロと近付いても来ている。
これはヤバいと、全力でその場から逃げ出す。
流行の、全力で走って追いかけてくる系じゃなくて良かった、それならこれでアウトだった。
元来た道を引き返しながら、とにかく走る。
取りあえず元いたコンビニ近くまで走りながら、その横断幕に気付いた。
“この文字が読める方は、この先の防衛省正面入口まで”
すげー助かる!
っつーか、もっと早くに気付けよ俺!
“しかし、防衛省って市ヶ谷にあるんじゃないっけ?”とは思ったが、今はそんな事を言ってられない。
助かるルートがあることが重要だ。
先程いたコンビニまで戻った時に少し冷静になり、辺りを見渡し安全を確認しつつ、元来た道を確認する。
幸い、派出所の騒ぎでこちらに向かいつつあった数体のアイツらは、そのままこちらに気付かず、派出所の中に入っていった。
推測するに、あまり視力は良くない?のかも知れない。
“まぁ、この横断幕に気付かなかった俺も似たようなモノか”と思いながら道路の向こう側、コンクリの壁に貼られたその横断幕を見る。
矢印も書いてあり、恐らくこの壁の先にあるであろう、防衛省正面入口への案内を書いてある。
手をかざし、先を見てみれば正面入口らしきところにバリケードの様なモノも見える。
もはや行き交う車などない道路を横切り、正面入口へ向けて壁沿いに歩く。
中に入るとタバコとか吸えないかも知れない。
そう思い、焦るモノでも無いからと、周囲の安全を確認しつつ、入口近くのバス停のベンチに腰掛けながら、タバコに火を付ける。
バス停にある案内板を見ても、やはりここは新宿区街ヶ谷本村町と言う場所らしい。
さっきの交番の奥に進めば街ヶ谷駅があるそうだ。
俺の知識に、“街ヶ谷”等という地名は無い。
微妙に俺がいた世界とは異なる、パラレルワールドと言うことだろうか?
「貴方も生存者、でしょうか?」
考え事をしながらタバコをのんびりふかしていると、柵の向こう側から声がした。
躊躇いがちな、若い男性の声だ。




