101:想定外の……
「ん?え?ん?」
転送を終え、周囲を見渡して驚く。
コンクリートの建物に囲まれている。
路地の先にはガードレールが見え、その先にアスファルトの道路が広がっている。
T字の左手側には、緑と白と青の、懐かしの家族マートのポスターの様なもの。
え?マジか。
事情はわからないけど、俺は元の世界に帰ってこれたのか。
この路地裏が何処だか解らないけど、ビルの裏側に設置された室外機といい、サイバーパンクなスチームタウンって訳でも無い。
現代だ。
家族マートの文字からも、現代日本なのは間違いない。
ここはどこら辺だろう。
路地から大通りの道路に慌てて走る。
日陰の路地から日の当たる大通りに出たため、日の光の眩しさに顔をしかめながら、ピントの合ってきた目で周囲を見渡す。
目の前の自動車道のアスファルトには、白線で“郡道302号”と言う文字が日本語表記でプリントされている。
ただそれよりも、道路の至る所に、追突事故だろうか?
黒焦げの車がいくつも放置してある方に気を取られ、感動どころではなかった。
よく見渡して見れば、遠くのビルでは煙が噴き上げている。
あからさまな大災害。
それでも、周囲からは人の声が聞こえない、異常な静けさだった。
(何だ?災害でもあって、この辺りの人は皆どこかに非難したのか?)
あまりにも異常な光景に愕然としていると、どこからかうめき声の様なモノが聞こえた。
声のする方を見ると、焼け落ちて時間がたった車から声が聞こえる。
生存者など絶対いないが、あの車で休んでいる人なら、何か苦しんでいるのかも知れない。
「あの、どなたかいるんですか?」
声をかけながら近付き、そして後悔した。
俺の声に反応したのか、焼け焦げた車の運転席から、真っ黒な人の形をしたモノが這い出してきた。
全身の皮膚が焼けただれ炭化した“ソレ”は、もはや男なのか女なのかも解らない、人間の形をした動く物体だ。
両眼も無く、鼻だったところもくぼんで穴が空いている。
その、黒い何かが、フロントからボンネットを這うようにしてこちらへ向かってきている。
口を大きく開け、獣のようなうめき声と共に、こちらに食らいつこうと這い寄ってくる。
何も無い眼孔と、黒焦げの皮膚から見れば充分白いと言える歯が不気味だった。
「ちょ!そ、そうだ、変身!」
ジャケットからマキーナを取り出し、変身しようとする。
<error、各種モード、起動できません。>
使えないマキーナ先生だ!
ならばと百歩神拳を打とうとするが、これも出ない。
半ばパニクりながら、ボンネットから地面に落ちたソレの頭部を踏みつける。
グシャリと嫌な音がして、黒いソレは這いずるのを止めた。
体の一部がビクビクと痙攣しているが、ソレは確かに機能を停止していた。
「やった……のか?」
俺はすぐさま先程の路地裏に戻り、とりあえず気持ちを落ち着かせる。
アレは何だ?
人間は全身の皮膚が炭化するまで焼かれて、生きていられるほど頑丈じゃない。
“死んでいるのに動いている”とか、まるでゾンビ映画じゃねぇか。
しかもマキーナだけでなく、超常の力も使えないときた。
気持ちが落ち着いてきたところで、幾つかマキーナにも確認する。
予想通り、通常モードだけでなくアンダーウェアモードも使えないし、周辺索敵も出来ない、何なら鞄をしまうことすら出来なくなっていた。
つまりこの世界のマキーナは、対話機能があるだけのちょっとハイテクな金属板位の位置づけだ。
俺の技能も似たようなモノだ。
年齢から見れば身体能力は若い方だとは思うが、結局それ止まりの、現実的な身体能力になっていた。
マジでヤバい。
今までの世界でも、ぶっちぎりのヤバさだ。
ここが何処だか解らないが、何にせよ同じ様な生きている人間に会うためにも、物資は必要だ。
そう思ったときに、家族マートのポスターが視界に入る。
ポスターかと思ったが、店の入口を案内している表示図だった。
ここは喫煙室の入口らしい。
回り込んで道路に面した方が入口だと表示されていた。
折角喫煙室があるなら、ちょっと吸っていこうかなと思ったが、この崩壊した世界で、誰が歩きタバコに罰金を科すんだ、と、思い直す。
この世界なら、歩きタバコのマナーを問う前に、死んでも動いて襲いかかってくる死者のマナーを、先に注意しなきゃだろう。
そんな下らないブラックジョークを考えながら、今更ではあるが、足音を消すようにして店内に侵入する。
必要な物資を調達するため、こういう時は緊急避難と言うことで勘弁して貰おう。
先程のドタバタの最中、視界の端に映っていたときは無事そうに見えたが、改めてみると酷い有様だった。
正面のガラスは殆どが割れている。
自動ドアも動いていない様だが、ドア代わりのガラスがないので何の影響も無い。
入って左手側に雑誌コーナー、正面は使い捨てマスクや雑貨品が置かれた棚、右手側にはお馴染みビニール傘のコーナーがあり、その先の右奥にレジコーナーとなっていたようだ。
ただ、雑貨品の棚も、その裏にある食料品の棚も、基本的には殆どが空っぽだった。
弁当コーナーも、ドリンク棚も、地面にぶちまけられているモノ以外は、全て無くなっていた。
ガムの1箱すら無い有様だ。
地面にぶちまけられているモノも、殆ど乾いている。
ついでに言えば、一緒に赤黒いシミも至る所にあるのだが、その発生源のはずの死体は、存在していなかった。
定期的に誰かが回収するために片付けたのか、“ご自身で御退店されたか”の、どちらかなのだろう。
その奥のイートインスペースやトイレも警戒しながら見たし、バックヤードも見たが、やはり殆ど全てが荒らされ、物資は全くなくなっていた。
唯一の収穫は、雑貨棚に置いてあったハサミ、ビニール紐、ビニールテープが見つかったくらいだろうか?
あと何故か墨汁。
“この辺学校があったりするのかな?”
“小学校の時とか、墨汁忘れて隣の子に貰ったりしたなぁ”等とどうでも良いことを思いながらレジを見ると、地面にシャッターを下ろすときに使う鉄の棒があることに気付く。
(あ、これ使えるかもなぁ。)
鉄の棒の、鍵状になっている先端にハサミを合わせ、ビニール紐で固定する。
ある程度固定したら、ビニールテープでグルグル巻きにしてガッチリ固定する。
お手軽手製の、短槍の完成だ。
ハサミをそのまま使ってアイツらと対峙するのは危険すぎる。
包丁やナイフもそうだろう。
刀?置いてあるところを教えてくれ。
なら、一般人でもある程度安全に攻撃をするには、槍系の武器の方が良いだろう。
問題は本物の槍と違って突くしか出来ないから、懐に入り込まれたらアウト、と言うところと、この棒の握りが細すぎて力が入りづらい、と言うところか。
まぁ、短槍なら小回りがきくから、狭いところでもそれなりにイケるだろう。
余ったビニール紐とテープは、とりあえず通勤鞄に入れる。
(ゲームと違って、現実なら発想次第でどうとでもなるよなぁ。)
これがテレビゲームなら、“めぼしいモノは見つからなかった”と出て終わりだろう。
だがこちとら子供の頃はマクガイバー先生とAチームを散々見てきて、学生時代はTRPGで散々思い付き武器を考えたマンチキン様じゃ!
爆弾は作れなくても、原始的な武器くらいなら即席で作って見せらぁ!
……などと、1人勝手に盛り上がっていたことが恥ずかしくなったが、誰も見てないからセーフ!
通勤鞄を肩から担ぎ、即席槍を構え、いざ店を出るか!と思ったが、さっきバックヤードで大きめのリュックを見かけた気がした。
先程までの盛り上がりは何処へやら、“やっぱリュック欲しいな”と思い返し、スゴスゴとバックヤードに引き返すのだった。




