100:失われた記憶④
様々な世界の転生者から、権限を一時的に委譲して貰って覗き見た、この世界のシステム。
転生者と世界にとっての希望と、あの自称神様に仕組まれた絶望。
俺だって、その覗き見が無ければ気付かなかった。
事実、今までの世界でその事を知っていた転生者はいなかった。
俺の知る中では、その事を知っていたのはあのエル爺さんと呼ばれていた魔王の分身さんくらいか。
それをこの転生者は、1人で気付いたと言うことだ。
『もしかして、管理者権限を見ることが出来るのかい?』
試みに聞いてみる。
そのロジックが出せると言うことは、権限を見ている可能性が高い。
<そうか、やっぱりそう言うモノがあるんだね。
……いや、それは見ていないよ。
それが見られれば楽だったんだけどね。
各種族が持っていた情報の欠片を集めて、僕なりに理解して、やっとたどり着いた結論さ。>
語彙力も何も無いが、素直に凄いと思った。
その事実を掘り出すために、どれほどの労力を費やしたことか。
各大陸に渡り、各種族と交渉し、そして信頼を勝ち得ている。
普通の人間に出来ることじゃない。
ならば尚のこと、彼を不憫に思う。
何も世界の犠牲になって、1人で木に姿を変えて生きている必要は無い。
だが、俺がそう告げても、彼は葉を揺らすだけだった。
<言ったろう、僕は自分の意志でこうしたのさ。>
納得が出来なかった。
それではただ、自己犠牲に酔いしれているだけなのか?そう尋ねると、彼は困ったように葉を揺らす。
<そんなつもりは無いよ。
僕は前の人生ではね、ずっと会社に籠もっているような生き方をしていたんだ。>
彼の前世は、俺も知っているような大手の企業の勤め人だった。
そこで彼は、朝は始発で出社し、帰りは終電後のタクシーで帰る、いや、帰れればまだいい。
そのまま会社に泊まって翌日の朝礼に出るような、そんな生活だったらしい。
世間でバブルが弾けた少し後、いわゆる“気力、根性”が愛社精神のバロメーターと言われ、今でこそ“心の病”と認定されているモノが、“怠け癖”と切り捨てられていた、俺の世代よりも少し前にあった、そんな狂った時代の育ちだった。
当時“過労死”が社会問題化していたが、聞けば彼もどうやら、それで前世に別れを告げたらしい。
<起きればデスクの前で衛星通信の朝礼が始まって、ビルの電気が落ちて暗くなったら椅子を繋げて寝ていたよ。
ある日胸が痛いと思いながら眠ったら、それで終わり。
目が覚めたときは、何も無い真っ白な世界で、目の前には神様を名乗る少年が立っていたよ。>
葉が揺らぐ。
自分の人生を振り返って、穏やかに笑っていた。
<僕はその少年にお願いして、次の人生は自由に生きられる世界を望んだんだ。
あの子に何か思惑があったのは解ったけど、それをどうこう言う気は無かったね。
あの時の僕は、本当に無気力になっていたからね。>
『わからんね、今の俺には、アンタは酷く不自由に見える。
あの自称神様のクソガキの思惑にのって、この世界の為に自分を捨てて。
それの何処が自由なんだ?
自由とは、もっとこう“自分の思い通りに、言ってみればワガママを振る舞うこと”じゃないのか?』
それこそラノベやアニメのように、“無双チートで俺強え!ついでに性欲全開トロフィーレディーを集めてハーレムウハウハ”とか、やりたくなるもんじゃないのか?
あまり他人様のそう言うのは見たくないが、アンタなら俺も許すよ。
<それじゃあ、誰かの自由を奪ってしまうじゃ無いか。
“ワガママを押し通す自由”があるなら、“ワガママを押し通さない自由”もあるはずだ。
僕が思う自由はね、自分でも上手く言えないんだけど、例えば“食事をする自由”と、“食事をしない自由”を同時に得られるような、例えば“生きる自由”と“死ぬ自由”を同時に得られるような、“全てに干渉しながら、全てに干渉しない自由”が欲しかったんだ。>
聞いていて、まるで禅問答だった。
“じゃあ死んでいるのか?”と問えば、“それは生きる自由を失っているよ”と返される。
“世間に関与しない世捨て人になりたかったのか?”と問えば“世間に関与する自由を失っているよ”と返される。
点々と質問をし、それを彼が答える。
あらかた聞いた上で深く呼吸し、考えを落ち着かせる。
彼は木として存在する。
正確には、“本当の世界樹”としてここに存在している。
彼は大地の気脈とも言うべき龍脈の上に、楔としてここにいるらしい。
ここで彼が大地のエネルギーを過不足無く分配しているらしい。
まさしくこの世界全てに関与している。
ただ、そこに生きる存在は彼がそれをしていると知らない。
つまり世界に関与していない。
つまり彼は、彼の望む自由を得ていると言うことだ。
そのあり方は、俺には大きく見えた。
少しだけ、羨ましいとすら思ってしまったほどだ。
俺にしがらみが無ければ、こういう終わり方もありなのではないだろうか。
『少しだけ、アンタが羨ましいよ。
俺も、何でこんなに必死になって元の世界に戻ろうとしているんだろうな。』
少しだけ疲れていた。
延々と続く異世界。
何も考えず好き放題している転生者達。
この世界は、俺にとっては地獄そのものだ。
<君は僕とは違い、まだ目的があるじゃ無いか。
僕は前の世界を精一杯生きた。
それで今があるから、もう前の世界のことは納得してしまっているんだよ。>
そうだな、まだ少しだけ、頑張ってみなければな。
<あぁ、そろそろ終わりが近付いているようだ。
良ければ、君に権限を渡すから、あの少年との接続を切ってくれないかな?
それだけが心残りだったんだ。>
俺の視界に、この世界の情報が表示される。
彼はもちろん、元の世界に帰ることは断ってきた。
それどころか、この世界で今の意識を持ったままの転生も断った。
<転生でこの自由を得た僕には、もういらないモノさ。
人は今を必死に生きるものだよ。
また転生できるなんて解ってしまったら、きっとその時の自分に、一生懸命になれないからね。>
思わず俺も笑ってしまう。
そうだろうな、と思う。
今を一生懸命に生きることが、きっと明日に繫がっていくのだから。
<いつか、君が元の世界に帰れるように祈っているよ。>
『ありがとよ、ただ、その前にあの自称神様をぶっ飛ばしてやらないと気が済まないけどな。』
また優しげに葉が揺れる音がする。
<どうかな?存外にあの子は、君のような人を待っているんじゃ無いかな?>
まさか、と笑う俺に、彼は穏やかに告げる。
<この世界の資料を調べていて、君の話を聞いていて、僕は思うんだ。
あの少年は、自分に敵意が向くような仕組みを用意しすぎている。
まるで、自分を罰して欲しい、殺して欲しいと訴えているようだとは思わないかな?>
衝撃だった。
正直、世界を渡る度に思っていたことがある。
“何故転生者達の要望通りにしないのか?”
と、毎回思うのだ。
少しずつ、わざと何か欠けていたり、記憶が抜き取られていたり、必ず最後に“転生した神を恨む”様な結末に向かわせようとし過ぎていた。
もしも、もしもその怒りが強く、あの世界を飛び出してあの自称神様の元までたどり着けるような存在になれたなら、もしかしたら殺すことも可能なのかも知れない。
俺にマキーナを託してくれたランス君、彼はかなり惜しいところまで行っていた。
あぁいう存在を待っているのだろうか。
『……わからないな。
結局俺は人間だ。
言われなきゃ、わからないさ。』
<それもそうだね。
じゃあ、あの少年に会ったら、僕は感謝しているよ、と、伝えてくれないかな。>
“覚えていたらな”と、笑ってみせる。
そうしてあの自称神様との全ての接続を切ったとき、突然目の前の木がノイズが走ったように歪む。
<やぁ、ギリギリ間に合った。ありがとう、助かったよ。>
何が起きた?と疑問に思っていると、視界が突然真っ暗になる。
真っ暗な視界の中、モーター音のような騒音が鳴り響く。
<スリープモード、終了します。>
意識が、体の感覚が、戻る。
変身後の全身鎧に、何か纏わり付いているようで体が固定されている。
力を込めて固定されている何かを割り、立ち上がる。
「うわわわわ!石の中から人が!?」
周囲を見渡すと、チェーンソーを持った黄色いヘルメットを被った作業員が、石の中から出て来た俺を見て、皆腰を抜かしていた。
一瞬、元の世界に帰ってきたのかと思った。
アスファルトの舗装路に、コンクリートのビルが建ちならんでいた。
ただ、往来を行く車が全て車輪ではなく少し宙に浮かんで走行しているのを見ると、文明が進んでいるだけのようだ。
腰を抜かしている作業員のオッサン達をくるりと見渡す。
『お勤めご苦労様!マジック、“いしのなかにいる”でした!』
もう、どうしようもない。
とりあえずその場から逃げて、ビル影に入り変身をとく。
「マキーナ、これ、どれくらい時間たってるんだ?」
<おおよそ、5~600年程度です。>
数百年の長話か。
やれやれ、随分話し込んだモンだ。
ビルの影から、雑踏の中に紛れる。
周りもスーツ姿だらけで、何だか懐かしい。
まるで元の世界の、銀座辺りを歩いている感じだなぁ。
足下が光り出し、体が透け始める。
少しだけ、この景色が名残惜しい。
そんな事を思いながら、俺は帰り道を急ぐ会社員の波に紛れ、宵闇に消えていった。




