99:失われた記憶③
移動しながらも、彼のことを考える。
王都の蔵書室で何かを発見したらしい。
世界各地を周り、エルフ族、獣人族、ドワーフ族、魔族と友好を結んだらしい。
エルフ族は実は自分達の住む大陸を捨て、人族の大陸中央に住み家を変えているらしい。
ではエルフ族がいた大陸はどうなっているのか?
ここからは、幾つかの世界を渡り歩いた俺の勝手な推測だ。
幾つかの世界を渡り歩いて見聞きしてる際に解った事として、世界を崩壊から救う手立ては、実は魔族が持っている。
いや、正確には魔族の住む大陸、いわば魔帝国の辺りが一番魔素が濃く、魔物が自然発生するのに適した環境になっている。
ただ、それら魔物は魔族も襲う。
その為により安住の地を求めて、人族がいる中央の大陸に進出しようと攻め込んでいるのだ。
これがもし、中央大陸以外であるなら、何処が住みやすいか?
魔素は洞窟や坑道などに溜まりやすい。
これはまだ行ったことが無いので想像でしかないが、ドワーフ族のいる大陸なら、鉱石を掘り出すために坑道が無数にあり、魔素も魔族が苦しまない程度にはあるのでは無いだろうか?
次いで獣人族だが、獣人族の住む大陸は平原が多いが、別に森林の中でも生きていけないことは無いと聞いたことがある。
となると、エルフ族が人族の空いている土地に住み、獣人族がエルフ族の土地に移り住み……と、玉突きのようにそれぞれが押し出されているのでは無いだろうか?
ならば向かうのは魔族の住んでいた土地になるのだろう。
そう思い、1度王国に戻り、しかし王国には入らず、王国から魔族の大陸に行く途中の道を辿る。
魔族の住む大陸に向かうには、幾つかの山を越える必要があった。
幾つかの山を越え、“地理的にこれが最後の山かな?”と思いながら登り出したその山で、不思議な木を見つけた。
葉が上の方にしか無い、全体的なシルエットがキノコのような山だった。
周りに似た木は無い。
その木の周りは、何故か少し開けた空間になっており、そのシルエットがより一層目立っていた。
(……何だっけか?子供の頃図鑑で、こんな木を見たことがあるような?)
<正面のリュウケツジュから、呼びかけを検知しました。>
木に触れながらボンヤリと考え事をしていると、マキーナが何かに反応した。
そして俺も、マキーナに言われて思い出した。
そうだ、竜血樹だ。
……ん?
龍脈に竜血樹?
まさかと思った。
しかし、マキーナの反応からみるに、きっと“これ”がそうなのだろう。
「マキーナ、呼びかけを言語化出来るか?」
<体感的な時間の流れが完全に違います。
思考を同期させる必要があります。>
なるほどねぇ、木と同じ思考スピードまで落とせってか。
いや、そんな事できるのか?
とはいえ、何か考えないとな。
「“禅”みたいなことをやれば、何とかなるかなぁ?」
教わった武術は拳と禅で1つの教えだった。
当然、やり方も知っている。
ただ、それで終わったら体が朽ちてましたじゃシャレにならない。
<可能性は高いと推定します。
また、スリープモードを実行すれば、肉体の損傷や外敵に襲われる危険性は無くなると推定します。>
なるほど、そんなのもあるのか。
まぁ、マキーナ先生がそういうなら、試してみるか。
「よし、マキーナ、起動してくれ。」
<通常モード、起動します。>
いつもの姿に変身すると、その場であぐらのような、半跏趺坐の体勢で座る。
背筋を伸ばして姿勢を正し、両手を軽く開き、くるぶしの辺りに置く。
<続いて、スリープモードに移行します。>
(とはいえ、もう細かいことは忘れちまったなぁ。)
当時教わった呼吸法、調息法を何とか思い出す。
確か、鼻から7秒くらいかけて息を吸って、息を止めるときに少しフッと漏らして止める。
3秒くらい止めた後、10秒かけて7割位の息を吐く。
3割残った状態で、また3秒位息を止め、そしてまた始めに戻る、だったか。
最初は1、2、3、と秒数を数えながら呼吸をする。
その内にリズムが掴めると数える事をしなくなる。
伸ばした背筋のあちこちが痛む。
そうしている内にとりとめも無いことが頭に浮かび、そして今までの記憶が頭の中を巡る。
更にその先、体の痛みが痺れに変わり、痺れも通り越すと、思考が溶け出す。
自然の音がかき消え、心臓の音がいやに大きく感じる。
座っているのか、浮いているのか。
起きているのか、微睡んでいるのか。
最早自分が形をなしているのか、水のようになっているのか解らなくなった頃、声が聞こえた。
<やぁ、初めまして。
驚いたな、普通の人間なら、生きてここまでたどり着ける人はいないようにしていたつもりなんだけど、君は不死者か何かなのかな?>
『初めまして、だな。
俺の名前は田園 勢大。
……ショートカットしたり先回りしたりと、悪さが少し好きな、ただの人間だよ。』
彼に出会えた。
とはいえ、目の前に映るのは先程見た1本の木だ。
もはや彼自身、人としての輪郭より、こちらの方が強くイメージされているらしい。
彼は自分の名前さえ忘れていた。
『順を追っても時間ばかり食うような気がしてね。
もう少し魔族領よりの、魔帝国辺りまで行くかなと思ったんだけど、そうはならなかったな。』
<へぇ、君はゲームマスターが用意したルートを辿らない、悪いプレーヤーだね。>
『俺は何でもありのサンドボックス派でね。
それに一本道のお使いRPGは、日本でしかウケないって言うぜ。』
俺がそう返すと、樹が風に揺らぐような音が聞こえた。
多分笑い声なのだろう。
<しまったな、お使いイベントをちゃんと用意して、こなさなければ呪われる様にしておけば良かった。>
『……なぁ、アンタ何故こんな所で木になっちまったんだい?』
彼は意外にお喋り好きなようだ。
ただ、そうしていてもラチがあかない。
誰かに何かされてこうなっているのなら、治す方法を考えないと行けない。
最初の村のおじさんや、国王など、彼を待つ人がいる。
それに、今までの旅だけでも彼が皆に慕われていることも解る。
そうで無ければ一族総出で移住など、とても出来ない事だろう。
<僕かい?僕は自分から望んでこうなったのさ。
転生者の力はね、大きくて強いけど、同時に害悪でもあるんだ。
この世界で一番効率よく力を皆に分け与え、そして一番効率よく害を抑えるには、こうする必要があるのさ。>
そこまでたどり着いていた転生者は、彼が初めてだった。




