晩餐
夜もすっかり更け、晩餐の時刻となった魔王城。
広間に長テーブルを設置して、家族と共に食事をしながら優雅なひと時を過ごす魔王の前には、平皿に載った巨大な魚頭。
「……」
実は優雅とはほど遠い現状。
テーブルのそこかしこで行われているのは肉の取り合い。
肉は肉でも魚肉。テーブルの中央にでん、と置かれている魚体は長大だ。
その身に群がるように、マナーそっちのけでフォークを突き刺しては口に運んでいるのは王の幼い子供達。
そして、魔王の前にだけあるものは、マグロの兜煮ならぬメガロドンの兜煮。
その半分。
巨大な頭は綺麗に真っ二つにされており、それをじっくりことこと一晩かけて煮込み、骨まで柔らかくした稀少な一品。この魚体で最も美味な部位。
禁域の魔獣カロルレル・クスカの変わり果てた姿だ。
この稀な食材を誰が入手したのかは言わずもがな。
「王よ、食すつもりがないであれば、王子方に譲られてはどうです?」
いつまでも死せる魔獣の虚ろな片目と睨み合っている魔王に、そばで控えていた側近の一人が温度のない声音で提案する。
魔王にそのつもりがないことは承知の上だ。
また、臣下として王に敬意がないのも仕様だ。
「ばっ……誰がやるか!」
牙を剥いて拒絶する魔王の声を聞きつけ、方々から盛大なブーイングが上がるが、フンと鼻を鳴らして意にも介さず、魔王は尚も眼前の屍を睨み続ける。
食べる気はある。これ以上ないほど。
ただ、自身で得たわけではないのが気に入らないのだ。
よりにもよってあの男に情けをかけられたことが。
しかし、誰の手で仕留められ、施されたのだとしても、目の前の絶品料理に罪はない。
ないのだが、中々割り切れない。
そもそも、あの時、自分で狩ることが出来ていれば、たった半分ぽっきりではなく丸ごとカロルレル・クスカを入手出来ていたものを。
それも誰に気づかれることもなく、独り占めすることも出来ただろうに。
……などということは、口が裂けても言えないが。
過去に何度も、こっそり、を実行してはあっさりバレ、過激な癇癪を起こされて城を修復する羽目になってきた。
そうなることが分かり切っていながら、性懲りもなく同じ稚気を繰り返すのは……、
「いつまで経っても精神年齢が同程度だからでしょう」
「なんだとおっ!」
その反応こそが子供じみているのだが、勝手に頭ん中読むな!と吠える魔王は気づかない。
「っあ、こらっ、取るなっ!」
側近とじゃれている隙に、横合いから伸びてきた複数の手がメガロドンの頭の肉を奪っていく。
子供の躾?
模範となるべき親が親だ、身内だけの時には好き放題にさせているのが魔王一家。
公式の場での振る舞いには殊更口うるさい王妃も、今は一人静かに食事を堪能中。
子供の騒ぎには付き合ってられません。
もちろん、子供には魔王も含まれる。
覚書
魔王 ディフティガン・ユリテラロス・ツェフェンダート
側近1 ファクローヴァ・カシューエーフェ
側近2 エピルネーヴ・ダマサマンディ
王妃 カドゥシャステ・ヘザンネーゲ・ツェフェンダート