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プロローグ

 ランプの灯がゆれている。


「ラヴェスケープ現象について知っているかい?」

「……名前くらいでしたら。とは言っても……」

「そうだね、発生源不明、原因不明、さらには発生条件から効果範囲、持続期間も未特定。何にもわかっちゃいないんだ」


 大きな欠伸が出る。

「分かっているのは、この世に生を授かった森羅万象全てに影響があるらしく、ラヴェスケープの光を浴びてしまったら、そのモノが持つコトワリが反転してしまうという事だけ」


 そう言うと視線を落とし、持っていた本をパラパラと眺める。

「焦土が光を浴びれば木々が芽生え、勝利の希望を抱いた人々が光を浴びれば絶望に慟哭することになる。ラヴェスケープの光は、希望の光であり、破滅の光なのだ」

「……そちらは?」

「この間借りてきた文学書だよ。ラヴェスケープは、ある一族の女性が運命の相手と巡り会った時に起こる、と書いてあるのさ。ロマンチックな話じゃないか」

「……」

「読むかい?」

「……いえ」

「情報が無いんだよね。もうこれが真実だったりして」

「大抵の場合、神話や伝説には元になった事象等があるそうですが」

「神話なんかじゃないさ。ラヴェスケープは実際に確認されているからね」


 首を捻る。

「どっちかって言うと、本の内容が神話や伝説なのかな?ラヴェスケープが起こったおかげで、現象内容を元にしたこの本は存在していられるんだ」


 栓を捻り、ランプの灯りを大きくする。

「現象発生の現場に居合わせた者がこの本を綴ったと」


 途中の項を開いて見せる。

「貧しい家の娘が王子さまにキスしたんだとさ。……これ、明日の昼にでも返却してきておくれ。入口前の返却箱で構わないよ。おやすみ」

「……おやすみなさい、先生」


 ランプの灯を消した。






 夕刻。

 雲が垂れ込める空は相も変わらず灰色で、通りに面した建物はどこも灯りを落としている。ハラハラと舞う雪が地面を白く光らせている。


 眼前で鳴った破砕音に、俺は我が目を疑った。

 互いの剣を打ちあった途端、上段から打ち下ろされた相手の刃が折れたのだ。

「っ……うおっ!」

 勢いあまって前へつんのめる。

「シッ!」

 澄んだ涼しげな音色とともに、即座に相手の掌に氷刃が生み出されーー、


 ドウッ!


 避ける間もなく、横腹に重く鈍い衝撃を受け、俺は側に積まれていた木箱の山に突っ込んだ。

「……ぐ……はっ!」

 息を吸うことさえままならない。首を動かして腹を見ると、斬られた跡は見当たらなかった。

「アスタ!」

 叫びながらエリスが駆け寄ってくる。ガラガラと崩れてくる木箱をどかしながら俺に手を差し出す。

「け、ナマクラ野郎……」


 エリスに抱き起こされ、腹からこみ上げてきた血を吐き出した。純白の雪面に赤色が飛び散る。

「私の目的はその娘だ。黙って見ていろ!」

 相手は手近な死体から剣を取り上げるとこちらへ迫ってくる。


 腹の怪我を治癒させる暇が無いと判断したのか、エリスが腰の短剣を抜いた。

「ダメだ、一旦退いて……!」

 腹を潰され、思うように声を出せない。

「……おいてけない」

 そう言って、エリスはちらと相手の後方に目をやる。その瞬間、怒声とともに相手が地を蹴った。爆発したかのように、蹴られた雪が舞う。


「成敗!」

「ふっ……!」


 エリスが一合二合と斬り結ぶ。


 今!


 俺は気力を振り絞り、跳ね起きて、相手後方ーー気を失っている少女の元へ駆ける。相手はこちらには目もくれずエリスを追い詰めていく。

 エリスは必死に斬撃を躱し、いなし、受け止めている。相手の剣が、彼女の長い髪を束ねていた紐を掠めた。ほどけ、見事な金髪が動きに合わせて翻る。


 防戦一方な姿を見るのは久しかった。だが相手の顔から視線を逸らしておらず、剣舞を浴びながらも、べつの事柄が起こるのを恐れているかのような……


「いけるぞ!」

 俺は腹の焼けるような痛みを堪え叫ぶ。

 彼女はハッとした様子で俺を見、そして、

「なっ!?」

 今度は相手がつんのめった。エリスが急に体を地に伏せたのだ。そして腕の力のみで跳ね上がり、手首を蹴飛ばす。相手の手が剣を離した。相変わらずの目を見張る身体能力だが、今は感心している場合ではない。

「おら、こっちだ!」

 俺は横から相手を思い切り蹴倒すと、驚愕の色を浮かべた奴の両眼めがけて血を吐いた。




 目一杯逃げて小路に飛び込んだ俺達は、フラフラとその場にへたれ込んだ。


 それにしても陰気な土地だ。日がな一日の曇天の下、軍の連中が隊列をなして練り歩く。

 地元の人間の話では、ここ数年で雪が止んだことは1度も無いそうだ。だがこの国は3大陸有数の製鉄大国であり、更に地面の下には湯水が絶え間なく流れているらしい。絶え間なく降る雪が大して積もっていないのはそのためなのだろうか。


 天を仰いで大きく息を吸い込もうとする。

「はぁ……っは……」

「待ってね、いま……、治すから」

 同じく息も絶え絶えのエリスを制して立ち上がり、気絶している少女を担ぎ上げる。彼女の治癒術は強力だが時間がかかる。

「いや、行こう。もうそこまで迫ってきている筈だ」


 彼女も立ち上がる。その顔には、追手の心配……と言うよりかは、何か別の事柄に怯えているかのような不安げな表情が貼り付いている。まるで追手に対して隠し事でもしているかのようだ。

「しかし……簡単で美味い依頼の筈だったのに」

「ほんとだよ……どうしてこんなになっちゃったの……?」

 腹を庇うようにして走り出しながら、俺達は大きく溜息をついた。

 俺は頭の中で、ことに至るまでの、ここ数週間の記憶を辿る。

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