第1話 大量下血をしました。
労働基準法ってなに?36協定ってなに?裁量労働制ってなに?働き方改革ってなに?ブラック企業ってうちのこと?
副業解禁?外国人労働者を受け入れる?そんなのうちの会社では全く関係ない。
少ない人数でただひたすら残業という名の強制労働で会社を回している。
俺は、もはや正常に考える事すら出来ない状況、精神状態まで追い詰められていた。
辛い。疲れた。怠い。頭痛い。首痛い。肩痛い。・・・・・・全身痛い。うんこも黒くなってきた。
休みたい。寝たい。消えたい。逃げたい。死にたい。異世界に転成したい。スライムになりたい。温泉になりたい。
人間辞めたい。
鬱病から休職して復職、しかし、また同じ仕事の繰り返し。
鬱病からなんとか復帰したものの、また、残業三昧の日々に俺の体も心も限界になり悲鳴を上げていた。
そんな俺の逃げ場はただ一つ、ライトノベル。
読むだけじゃなく、少ない時間でひたすら現実逃避を書いて投稿した。
閲覧数なんて毎日二桁。
日十万アクセスの神作品を羨ましく見ながら、書きつづける日々。
そして、掴んだ奇跡。
「ああ、やっと地獄から抜け出せる。これでやっと・・・・・・」
そんな日々を繰り返して来たが、肉体は静かに限界を迎えた。
「ああああああ、駄目だ、救急車を呼んでくれ」
俺は薄れゆく意識の中、救急車を母に呼ぶように頼んだ。
トイレで大量の下血をしたからだ。
真っ赤に染まった便器を初めて見る。
まるで赤ワインをトイレにこぼしたように真っ赤に染まった便器。
尋常ではない出血量に自分自身が驚く。
出血量に対して痛みがまるでないのが救い。
「ヤバい、これは間違いなくヤバい」
夜勤明けの休日、昼間軽く昼寝をして夕方目覚めた。
4・5日前から大便が黒くなってきているのは気が付いていた。
ここ数ヶ月、どうしようもないほどの倦怠感も気が付いていた。
だが、我慢した。
もうすぐ俺は夢を掴むのだと。
もう少しで俺はラノベ作家になるなんだと。
40歳を前にして夢を掴むんだと。
俺は5月にとある小説投稿サイトで「読者賞」を受賞した。
そのコンテスト主催者の出版社とは契約にはいたらなかった物の、違う小説投稿サイトに投稿してコンテストに応募したら金賞を受賞してしまった。
それも出版確約付きの金賞。
賞金も30万円、給料一ヶ月分の臨時収入。
もうすぐ夢にしていた商業作家としての人生が始まろうとしている。
だから、無理をした。頑張った、ひたすら頑張った。
睡眠時間を削り、ひたすら小説を書くことに没頭した。
仕事をしながら小説を書く生活、それは睡眠時間を削るのは当然だと思っていた。
そうしなければ時間が確保出来なかったからだ。
会社では毎月45時間無視の強制残業、何時間会社にいるかわからない。
盆正月・ゴールデンウィークの休みは削られ強制的休日出勤。
兎に角、書く時間を確保する為には、睡眠時間を削るしかない。
しかし、それは間違いだった。
若ければ、それでもなんとかなったのだろうが、40歳を目前にした俺の体は少しずつ少しずつダメージを蓄積していた。
トイレから出てなんとか、リビングの椅子に座ることが出来た。
薄れゆく意識の中で、茨城県出身横綱の4敗目を見て、涙を流しながら俺は目の前が昔の砂嵐のような世界に陥り始めていた。
このままでは間違いなく、気を失う。
その前に救急車・・・・・・。
気を失いかけながらも一言を必死に振り絞った。
「きゅう・・・・・・きゅう・・・・・・しゃ・・・・・・」
『を呼んで』と、言う前に目の前が真っ白になる。
「ちょっと、龍矢、なにしたの、ちょっと・・・・・・」
一度、気を失うと数分後必死に肩を叩きながら電話をしている母。
母は必死に俺を起こそうとしていたが、脳にいく血が俺には最早なく、全身麻酔を打たれたかのように気を失った。
・・・・・・。
次に気が付いたのは、病院と思しき薄い黄色のカーテンの壁で囲われたベットの上。
全身に力が入らない。
腕や足に点滴の管が刺さっているのがわかる。
血が抜けすぎて力が入らないのか?
枕元では、心電図が
ピロロロン
ピロロロン
ピロロロン
と、けたたましくなっている。
「久慈川さん、今から緊急でお尻から内視鏡入れて止血を試みますね。危険なほど下血しているので、投薬だけでは間に合わないので入れますからね」
と、まだ若い30代前半の眼鏡をかけた医師が声をかけてきた。
『うわ~~~やめてくれ、俺はお尻から物を入れるのが大嫌いなんだ嫌いなんだ~~』
と、叫びたかったがもはや声すら出せないでいた。
お尻に何かを入れるプレーをしたことがあるわけではない。
ただ、座薬が嫌い。
お尻の穴は出すところであって入れるところではない。
俺の概念。・・・・・・。
「先生、バイタル下がって来てます」
「これは危険だ、すぐに止血処置に入るぞ、間に合えば良いが」
ピロロロン
ピロロロン
ピロロロン
「先生、間に合いません。危険です」
「すぐに人工呼吸器と心臓マッサージだ急げ」
あぁ、俺、死ぬんだな・・・・・・あと少し、あと少しで夢が叶うのに・・・・・・。
視界は真っ暗、ただ、薄れゆく意識の中、聞こえる心電図が心臓を止まるのを教えてくれていた。
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
さようなら・・・・・・みんな。