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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第五章:婚約編
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【十六】担任からの告白

「西森さん、何度も言いますけど、本当に大原先生は関係ありません。送り迎えしていたのも、骨折の原因が私だからです。それから、まだ一部の人にしか言っていませんが、私には結婚の約束をした女性がいます。その人は教師ではありません。ですから、もう興味本位に大原先生を巻き込まないでください。お願いします」

 少し怒りとやるせなさを滲ませた低い声で、言い含めるように話す。ここまではっきり言えば、思い込みの激しい西森さんでも分かってくれるだろう。

 しかし、意外に俺の告白に近いお願いは、かなりの衝撃があったようだ。

 俺の前に座る二人が驚愕の表情で固まっている。あいつに相談も無く話したことは驚かせただろうが、分かってくれると思いたい。

そんなことより、あいつが愛先生を送迎していたことをどんな風に受け止めたかの方が気になった。

「守谷先生、結婚されるんですか?」

 固まる二人を前に小さく嘆息すると、我に返った西森さんが勢い込んで尋ねてきた。

 なんだよ。突っ込む所はそこなのか?

 俺のお願いを聞いていたのか?

 それに、勘違いしていたことは、もうスルーなのか?

 好奇心旺盛な西森さんに苛立ったが、あいつの手前グッと耐えて「その予定です」と答える。途端に破顔した西森さんに心の中で再び大きく嘆息した。

「わー、おめでとうございます。こんなおめでたいこと、本人の口から聞けて嬉しいです。今までいろいろ言ってすみません。もうぉ守谷先生ったら、こんなおめでたいことは、早く教えてくださいよ。そうしたら、何度も守谷先生に怒られずに済んだのに。ねぇ、美緒ちゃん」

 こんなに嬉しそうにお祝いと謝罪をされたのに、なんだろうこの残念感。それでも憎めないのは西森さんの人徳か。反対にあいつに話を振らないでほしいと思っても、この場では何も言えない自分の立場が恨めしい。

「美緒ちゃん、驚くのは無理もないけど、ほら、美緒ちゃんもおめでとうって言わなきゃ」

 あまりの展開で言葉も出ないのであろうあいつに、西森さんはお祝いの言葉を強制する。そして尚も「美緒ちゃん、言葉が出ない程、ショックだった?」と言葉を重ねた。

 あいつのことだから、自分が西森さんに本当のことを言わなかったから、こんな事態になったのだと思っているのだろう。そして、益々本当のことが言い辛くなったんじゃないだろうか。

 もういっそここでカミングアウトをしてしまおうかと思っていると、西森さんに急かされたあいつが、「い、いえ、驚いただけ。お、おめでとうございます」とこちらに向かって頭を下げた。

 自分のことなのにおめでとうと言っているあいつを見ていたら、なんだか急に可笑しくなった。

「ありがとうございます」

 少し笑いの含んだ声でお礼を言うと、顔を上げたあいつと目が合い、ごめんなという意味を込めて苦笑して見せた。

 それにしても西森さんという人は、ずかずかと他人のプライベートに踏み込んで勝手なことを言うが、最後には笑顔で皆の気持ちを和ませてしまう。これぞ西森マジックか。

「もう、西森さんには敵かなわないな。恥ずかしいですから、このことは内緒にしておいてください」

 俺は西森さんの天然っぷりの前に白旗を振った。とりあえずこの話を口止めしてここで終わりたい。

「わかりました。ここだけの秘密ですね。それにしても、守谷先生の本命の彼女ってどんな人なんですか?」

 西森さんの好奇心は際限なく繰り出されるようだ。ちょっとは空気読めよと怒鳴りたくなる気持ちを諌め、西森さんってこんな人だったと諦めに似た気持ちで嘆息した。

 それよりあいつはどんな気持ちでいるのだろうかと一瞥すると、途方に暮れたような表情をしていた。自分のことを聞かれていると思うと居た堪れないのだろうと想像すると、妙に可笑しい。

「ご想像にお任せしますよ。それではそろそろ時間ですので、会議室の方へ移動してください」

 なんだか笑えて来そうになる気持ちを押さえて言うと、今度こそ本当に話を終わらせるために立ち上がった。

 ニコニコと嬉しげな西森さんと、動揺気味のあいつも立ち上がり、皆で机を元に戻すと、俺は先に教室を出た。背後から楽しげな西森さんの声が聞こえ、しばらくこの二人の間ではこの話題が続くのだろうと思うと、あいつに対して申し訳ない気持ちになるばかりだった。


 その後、会議室で一年の担任と役員全員での話し合いで、親子レクリエーションは『ジャンケン列車』『ハンカチ落とし』『大玉ころがし』に決まった。どのクラスからもよく似た意見が出たので、思っていたよりも早く決まり、会議は終了した。

 再び職員室へ戻り仕事を続けていると、職員室へ入って来た愛先生と目が合った。彼女は小さく会釈すると、自分の席へと行った。そんな愛先生を見ていて昨日のことを思い出した。

 今週初めから、愛先生は自分で車を運転して出勤してきた。その様子を見たいつものメンバー達が快気祝いをしようということになり、皆の都合の合った昨日の帰りに食事に行った。

 岡本先生は相変わらず俺と愛先生とをくっ付けようとする様なことを言ってくるが、愛先生がやんわりと諌めている。送迎最後の日に彼女がいることを話したせいか、以前よりも距離を取ってくれている様に感じた。

 他のメンバー達もそのことには触れないので、岡本先生だけが浮いているような感じだけれど、本人はあまり感じていないようだ。思い込みもここまで来ると感心してしまう。

 ああ、あの思い込みの強さは西森さんと同じだ。それでも西森さんにはその存在に随分助けられてきたことを思うと、どうにも憎めない。

 それにしても今日の西森さんの天然爆弾には驚かされた。そもそも西森さんには、二学期の懇談の時に俺と愛先生のことは否定したはずだ。それなのに、今日またあんな風に言い出したのは、送迎の件を聞いたからなのだろう。今日のように思い込みであいつに話していてもおかしくない。あいつが俺に尋ねてくれたら、言い訳が出来たのに……って、俺は自分から説明することを放棄したくせに。あいつは愛先生の送迎のことをどんな風に受け取ったのだろうか? 俺はやはり間違えたのだろうか? 本郷先生に言われていたのに。


 俺は自分の情けなさを棚に上げて、ぐるぐる堂々巡りを続けた。

 俺にとって愛先生のことは、あいつと俺の関係の中に持ち込みたくないことだった。去年のキャンプの時に、あいつに見せ付けるために、愛先生に対して親しげな態度を取ったことが、負い目になっているのだ。だから、愛先生の話題を下手に持ち出して、誤解されることが一番怖かった。

 どうにもこのことが頭から離れず、今すぐ弁明したくなった。それでも電話ができるのは、拓都が寝た後だ。電話ではあいつの反応が見えないと思うと、会いに行こうという考えがすぐに浮かんだ。

 プライベートで会うのは止めようと約束したけれど、今回は会って直接話さなければ、手遅れになりそうで怖かった。


 夜の十時前に学校を出て、あいつの家に向かった。静かな夜の住宅街をゆっくりと車を走らせ、あいつの家の前に車を停める。エンジンを切って一呼吸おいてから、電話を掛けた。

「美緒、もう拓都は寝た? 今いいか?」

 少し声を潜めるようにして尋ねる。

「うん、大丈夫だよ」

 あいつは電話だと思っているから、いつもと同じく明るく返す。

「美緒、今から行ってもいいかな?」

「えっ?」

「実はもう美緒の家の前に居るんだ。電話じゃ無くて、どうしても美緒の顔を見て話したいことがあるんだ」

 いきなり家の前まで来ておいて、強引だったと思うけれど、それより今は直接話すことの方が大事だった。

「わかった。今玄関の鍵を開けるね」

 あいつは驚いたようだったが、俺の話したいことが分かっているのか、神妙に了解してくれた。

 車から降りて、玄関ドアの前まで歩く。寒さで息が白くなる。情けなさが身に沁みた。


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