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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第五章:婚約編
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【五】スキー旅行(前編)

 十二月三十日午後十一時、実家住まいの谷崎先生の自宅へいつものメンバーが集合した。集合場所を谷崎先生の自宅にしたのは、高速のインターに一番近く農家で土地も広いので、旅行の間皆の車を停めておけるということで決まった。

 今回車を出すのは、谷崎先生と俺。どちらもワンボックスで七人乗りだから、本来なら一台で全員乗れるが、五時間掛かるスキー場へ夜中出発で現地についてから一、二時間の車での仮眠をするには、一台では狭すぎるという訳だった。

 男性四人は二人ずつに分かれ、女性三人は一緒に、行きは谷崎先生の車で、帰りは俺の車ということになった。

「こんばんは。よろしくお願いします」

 最後に到着した俺は、岡本先生、金子先生、愛先生の女性三人に迎えられた。

「こんばんは。こちらこそよろしくお願いします」

 一番年下の俺が、最後ということで少々焦ったが、ギリギリ約束の時間には間に合った。

「守谷、遅いぞ。十一時は出発の時間だからな」

 広瀬先生の言葉に驚きながらも、「すみません。集合時間だと思っていました」と笑顔で返す俺は、さっき充電してきたぬくもりで、幸せボケしているのかも知れない。

「守谷先生は、ボードもスキー板も持っていかないの?」

 すでに自分の車のキャリアにボードを取り付けた谷崎先生が問いかける。

「ボードは持っていないんですよ。スキーは実家にあるんですが、今回はスノーボードをレンタルしようと思って」

「守谷先生はスノボですか?」

 今度は山瀬先生に問いかけられる。どうやら彼はスキーを持っていくようだ。

「今までスキーばかりだったんですが、去年スノボをしたら面白くて」

「そうですか。僕も以前はスノボもしていたんですが、今はフリースキーにはまっていて」

「フリースキーも楽しいですね」

 男四人がそんな話をしている内に、女性達は寒さを逃れてすでに車に乗っていた。


 行きは、広瀬先生と二人で、最初は俺の運転で出発した。

「そう言えば岡本先生が、守谷先生はスキーやスノボ上手なんですか?って聞いて来たよ」

 また岡本先生かと思いながら、「それで何と答えたんですか?」と広瀬先生に聞き返す。

「そりゃぁ正直に、子供の頃からしているらしいけど、見たこと無いから知らないってさ」

「そうですね。一緒に行くのは初めてでしたね」

「そう、だから、上手かどうかわからないっていう意味で言ったのに、岡本先生は『子供の頃からなら、きっと上手ですよね』なんて勝手に解釈して、ウフフって笑っていたよ」

 その口調、想像できて怖い。一体何を考えているのやら。

「おそらく教えてってことじゃない?」

 人事だと思って笑いながら言う広瀬先生に、ちょっとムカついた。 

「スキーはまだしもスノボは去年始めたばかりですよ。今回はスノボの練習をしたいから、広瀬先生が教えてあげてください」

「いやいや、守谷君御指名だから。モテる男は辛いね」

 いやいや、楽しんでいるでしょ。クリスマスパーティーの二次会の時の恨みですか。

「それにしても、彼女が良く許したね。今回のスキー旅行」

「あいつと上手く行く前からの計画でしたからね」

「でも、女性も参加するし、年末年始の貴重なお休みなのにデートしなくて良かったのか?」

「女性も一緒だということは言ってないんです。やましい訳じゃないけど、余計な心配をさせたくなくて。でも、さっきまで一緒に居たんですよ」

 年度末まで大っぴらには会えないこと、たとえ広瀬先生でも詳しいことはやっぱり言えないから、はぐらかすしかない。

「はいはい。それでか、遅れてきたのは」

「いや、それは、本当に集合時間だと思っていたから」

「はー、今『リア充爆発しろ』の気持ち分かったよ」

 溜息つきながら言った広瀬先生の言葉に、俺は吹き出し、結局二人で大笑いした。


      *****


 雪に降られることもなく、順調に車を走らせ、予定通りの時間にスキー場へ着いた。それから少しだけ車で仮眠し、外の明るさに目が覚めた。車を降りて伸びをする。白銀の世界だ。見上げた空はコバルトブルー。朝日に輝く雪山が眩しい。


「おはようございます」

 声をかけられそちらを向くと、女性三人がもうウェアーに着替えている。どうやらスキーセンターの更衣室で着替えてきたようだ。

「おはようございます。早いですね」

「私達、道中車の中で寝て来たから、早く目が覚めちゃって……」

 そう言って恥ずかしそうに笑う女性達は、しっかりと化粧も身だしなみも整っていた。

「そうですか。でも、そろそろ皆を起こさないといけませんね」

「じゃあ私達、荷物を置いたら、皆の分の朝食を買ってきますので、その間に起こしておいてください」

「わかりました。よろしくお願いします」

 隣に停めたワンボックスに着替えた荷物を入れた三人は、スキーセンターの中に有る売店へと出かけて行った。


 皆を起こし、トイレと洗面を済ませ、谷崎先生の車で朝食となった。運転席に谷崎先生、助手席に山瀬先生、二列目に広瀬先生と俺、三列目に女性三人という配置で、パンにおにぎり、温かいお茶にコーヒーが皆に回される。

「守谷先生、愛ちゃんスキーもスノボも初めてなんです。教えてあげてくださいよ」

 後ろに座る岡本先生が身を乗り出すようにして声をかけてきた。愛先生はギョッとしたように慌て「香住ちゃん、何言っているの!」と口を挟む。

 俺はいよいよ来たかと用意していた言葉を返した。

「初心者なら、絶対にスクールに入った方がいいですよ。それに俺もスノボは去年始めただけなんですよ」

「そうそう、スクールの方がきちんと教えてくれるよ」

 広瀬先生が援護射撃をしてくれる。

「はい、そうします」

 愛先生が素直に返事をすると、岡本先生は「えー」と声を上げた。

「岡本先生たちはスノボするの?」

 運転席から谷崎先生が尋ねた。

「そのつもりですけど……。私も愛ちゃんと一緒にスクールに入ろうかな。大学の時にちょっと行っただけだし。ねぇ、金子先生も一緒にスクールはいりません?」

 岡本先生は金子先生も仲間にしようと誘いかける。

「私はスキーの予定。大学の頃はスノボもしたけど、やっぱりスキーの方が私はいいな」

 そんなことを言う金子先生は、かなりの経験者なのか? 

 すると愛先生も同意するように声を上げた。

「私もスキーの方がいいかな。スノボって両足一枚のボードに乗せる訳でしょう? ちょっと怖いし、結構尻餅をついてお尻が痛いって聞くし」

「えー! 愛ちゃんスノボしないの?」

「香住ちゃんはスノボすればいいんだよ。私はスキーの方がいいよ」

 そんなことを言われて、岡本先生の思惑はことごとく潰れたようだった。


 その後、結局スキースクールに入ることになった岡本先生・愛先生とは別れ、後の五人は高速リフトで上のゲレンデまで上がった。

 谷崎先生も広瀬先生もかなりスノボの経験があるのか、それぞれ楽しそうに滑り降りていく。スキー派の山瀬先生と金子先生も、かなりの上級者だ。

 何だ、俺が一番足を引っ張っているじゃないか。

 一瞬俺もスキーにしておけばよかったかなと思わないでもなかったが、それでも何度か転びながらだんだんと感覚をつかめるようになった。

 何本か滑った後、やっと周りの風景を見る余裕ができた。今日は本当に良い天気で、周りの風景もくっきりと見える。来年は一緒に行こうと言ったあいつのことを思い出し、俺は雪山の写メを撮り送信した。


      *****


 泊まったのはスキー場近くのロッジで、大晦日ということもあり、その夜は夕食の後部屋で酒盛りとなった。しかし、前夜余り眠っていないのと、昼間の疲れで谷崎先生が眠ってしまったのを機に、女性達は部屋へ帰っていった。その隙に俺も部屋を出て、人気のないロビーの片隅であいつに電話をした。

「美緒、今いいか?」

「うん。いいけど、慧の方はいいの?」

「飲み会から抜け出してきたから、あまり長く話せないけど。ごめんな」

「ううん。電話してくれただけで嬉しい。それからメールもありがとう。いいお天気で良かったね」

「ああ、暑い位だったよ。思ったよりも人も少なくて、リフト待ちもあまり無かったから、ガンガン滑れたよ」

「良かったね。拓都にスキー場の写真を見せたら、スキーをしてみたいって言っていたよ。来年はスキーに行こうかって言ったら、とても喜んでいたの」

 あいつの口から幸せな未来が語られるのを聞いて、ちょっと胸が詰まった。あいつも同じ想いで居てくれることが嬉しい。

「三人で行けるのが今から楽しみだ。それから美緒、今年はこの電話で最後になると思うけど、今年はいろいろありがとう。美緒が変わらずにいてくれたことが、一番嬉しかった。来年もよろしくな」

 あいつと再会してからの一年間が走馬灯のように頭の中を巡る。

「慧、私の方こそ、拓都共々ありがとう。私も慧がクリスマスに来てくれて、嬉しかった。再会してからいろいろあったけど、終わり良ければ全て良しだよね。こちらこそ来年もよろしくね」

 終わり良ければ全て良し、か。確かにあの辛い別れも苦しんだ日々も、今の幸せを思えば必要な試練だったのだろう。でも、これが終わりというわけじゃない。俺達はこれからなのだから。


           *****


「あけましておめでとうございます」

 年が明けた翌朝、朝食のために食堂で女性達と合流した。新年の挨拶を交わしながらも、テーブルに並べられたおせち料理やお雑煮を見て、改めてお正月だと実感した。

「今日は一緒に連れってくださいね」

 岡本先生が皆に声をかけた。昨日は愛先生と二人、皆から離れて別行動だったので寂しかったそうだ。

「じゃあ、午前中は初級コースの第一ゲレンデで滑ろうか」

 谷崎先生が提案する。それを聞いた愛先生が申し訳なさそうに「私達のレベルに合わせてもらってすみません」と謝っている。

「気にすることないよ。昨日の疲れもあるし、身体を慣らすのに丁度いいから」

「そうそう、午前中にしっかり練習して、午後からは一番上まで行くからね」

 山瀬先生と広瀬先生がフォローと目標を上げた。


 午前中は比較的緩やかで幅広いゲレンデの第一ゲレンデで、各自のペースに合わせて何本か滑った。昼食をはさんで午後からは、朝の宣言通り、一番上の第三ゲレンデまで高速リフトを乗り継いで上がった。

 ここからは、途中林間コースで繋いで一番下の第一ゲレンデまで滑り降りてくることができるので、かなりの距離を楽しめる。上級コースもあるけれど、迂回すれば初級者でも何とか降りて来られるようだ。

 上級コースの方へ行くという谷崎、山瀬、広瀬先生と別れ、俺は女性三人と迂回コースへ行くことにした。正直、まだ上級コースへ行く自信がなかったから、助かった。合流地点で待ち合わせる約束をして、それぞれのコースへと滑り出した。

 女性三人に先に滑り出してもらい、俺は一番最後から滑り出す。昨日は上手な四人に付いていくのに必死だったけれど、今日は周りの風景を見る余裕がある。青い空と雪の積もった木々、視界一面雪山が連なる。

 そうしている内に、何度も止まったりしながらゆっくり滑り降りる初心者二人を追い越した。金子先生はもう随分先まで行ってしまった。

 もうすぐ合流地点というところまで来て、俺は不意にバランスを崩し転倒してしまった。調子よく滑っていたのにと溜息を吐いたところで、背後から滑り降りてきたスキーヤーが、座り込んだ俺の横で止まった。

「守谷先生でも転ぶんですね」

 愛先生がそう言いながらクスクス笑う。

「俺もまだまだ初心者ですからね」

 そう言いながら立ち上がった時、視界の端に近づくスキーヤーが目に入った。そして「わー避けて!」と叫ぶ声に、驚いて固まっている愛先生を、俺は覆いかぶさるように押し倒した。




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