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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第五章:婚約編
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【三】誤解と思い込み

 美緒に誤解って、ここにあいつがいる訳じゃないのに、誤解のしようが無いじゃないか。

 少し八つ当たり気味に心の中でボヤき、去っていく本郷先生の後姿を呆然と見送りながら、そう言えばと思い出したのは、役員の西森さんがなぜだか俺と愛先生のことを誤解していることだ。

 あのキャンプファイヤーの時の俺の態度のせいで誤解しているのだとしたら、あいつだってあの場にいたのだから同じだろうか? 

 それに、あいつと西森さんは仲がいいから、俺と愛先生のことを誤解したままの話を聞いているかもしれない。

 でも、今回俺の気持ちを伝えたのだから、あいつは誤解だと分かっているだろう。そうだよ。気持ちを伝えているんだから誤解するはずないじゃないか。

 俺はここまで考えて、ちょっとホッとして安堵の息を吐く。

 取り敢えず周りの同僚達の誤解は、解いておいた方が良いだろう。

 そんなことを考えていると、俺の車の隣に広瀬先生の車が入ってきて停まった。

「おはようございます」

 広瀬先生が降りてくるのを待って、挨拶をする。

「おはよう。何ボケっと突っ立っているんだ?」

 え? ボケッと? さっきの見られていた?

「いえ、広瀬先生を待っていたんですよ」

「職員用の出入り口の方を向いて? 俺が来るのを分かったのか?」

「いや、あの……。そう、広瀬先生に相談があって……」

 広瀬先生の突っ込みにタジタジになりながらも、思わず出た相談という言葉に、周りの誤解を解く件について相談してみようと思い立った。

「相談? 何だ? 今すぐか?」

「いいえ、後でいいです」

「じゃあ、仕事の後、飲みに行くか?」

「でも車だし、明日も仕事だし、忘年会もありますから……」

 飲みに行くのはちょっとと思っていると、広瀬先生がニヤリと笑った。

「俺もちょっと守谷に聞きたいことがあったんだよね。忘年会では他の人もいるからね」

 聞けないだろう?と暗にその笑いを含んだ眼差しが問いかける。

 結局、学校から近いところに住む広瀬先生の自宅に寄って泊まる用意をし、それから俺の車で自宅まで帰り、自宅近くの居酒屋で夕食&飲みということになった。

 ああ、これじゃあ今夜はあいつに電話できないなと残念に思いながら、一応メールを送ることにした。

 『先輩と飲みに行くので今夜は電話できない』とメールを打っている時に、明日の忘年会のことを思い出し、『明日も仕事納めの後、忘年会だからたぶん電話出来ないと思う』と付け加えた。

 送信ボタンを押した後、はぁーと溜息を吐く。

 以前付き合っていた時は、そんなに電話やメールをこまめにする方じゃなかったけれど、今は一日一回現実確認のためか、あいつの声を聞きたくなる。

 それでもそんな気弱な気持ちを押さえ込み、目の前の現実へと目を向けるべく、気持ちを切り替えた。


     *****


「それにしても守谷はモテ過ぎだよな」

 予定通り仕事の後、広瀬先生と一緒に俺の自宅近くの居酒屋へと繰り出し、一杯目のビールを飲み干したところで、広瀬先生が愚痴をこぼした。

「何ですか、それは」

「ほら、この間のクリスマスパーティーだよ。二次会の時に守谷がいないと分かると、女の先生達がどんどん帰っちゃってさ。皆から俺が責められたんだぞ」

「あ……それは、すみませんでした」

 謝りながらも、あの時早い目に抜け出したのは正解だったと、心の中でニンマリする。

「まあ、それは良いんだけど。それより、パーティーの後二次会へ行こうという時に守谷も本郷先生も愛先生もいないから、皆がどちらかと消えたんだって噂になってさ。実際のところ、どうなんだよ?」

 広瀬先生はニヤリと笑って問いかける。迷惑かけたんだから、本当のことを言えと言わんばかりに。

 俺は内心どうしたものかと考える。本郷先生と元カノとの関係を話しても、元カノが保護者だなんてバレることは無いだろうと思う。とりあえずはまだ広瀬先生には、元カノが保護者だということは伏せておきたい。

「実は、本郷先生と元カノは友達なんです。その元カノのことで分からないことがあって、本人に聞く勇気もなくて、それでパーティーの後、本郷先生に相談したんです」

「再会したっていう元カノのことか?」

「そうです」

「それで、聞きたかったことはわかったのか?」

「はい、それで翌日に元カノに想い告げて、プロポーズしました」

「プ、プロポーズぅ?」

「はい。もう、離れ離れになるのは嫌ですから」

「お、おまえ……、今までとキャラ違わないか?」

 広瀬先生のどこか焦ったような物言いに、俺はハハハと笑って誤魔化した。

 こんな風に人に話すと、この幸せの現実味が増すような気がする。

「そ、それで、元カノは、OKしたのか?」

 広瀬先生の問いかけに、俺は満面の笑みで「はい」と答えた。脳裏に涙を流しながら何度も頷くあいつの顔がよみがえる。じわじわと湧き上がる幸せに胸が一杯になる。

 広瀬先生は拍子抜けした様にため息を吐くと、こちらを真っ直ぐに見てニヤリと笑い、「おめでとう」と言うと、新たにビールを注文した。

「一途な愛が勝つことを証明してくれた運命の恋に乾杯!」

 広瀬先生の発した乾杯の言葉が、恥ずかし過ぎる。

 俺は心の中で身悶えながら、「カッコ良く言いすぎです」と苦笑した。


「それで、相談なんですけど……」

 俺はこの恥ずかしい雰囲気を変えるべく、当初の目的を持ち出した。

「元カノと上手くいった以外に何かあるのか?」

「あの、本郷先生にも言われたんですけど、俺と愛先生の誤解を解いた方が良いんじゃないかと……」

「あ───たぶん、大丈夫だよ。この間の二次会の時に皆が言っていたけど、守谷と愛先生が最近よそよそしい感じがするって。だから俺も、守谷が皆に愛先生との仲を誤解されて、愛先生に迷惑を掛けるって悩んでいたって言っておいたよ。中には、本郷先生に鞍替えしたんじゃないかっていう奴もいたけどな」

 自分の知らないところで広瀬先生が皆の誤解を解いてくれていたなんて、やっぱり頼りになる先輩だ。

「ありがとうございます。でも、岡本先生なんかは思い込んでいるみたいで」

「ああ、あいつは放って置けばいいよ。俺と妃先生との仲もしつこく誤解していたし。そういうのが趣味なんだろ。まあ、愛先生のことを思うと、ちょっと可哀想な気もするけど、しかたないさ」

 岡本先生の思い込みを趣味だとばっさりと切り捨てる広瀬先生は、自分も誤解されたことを恨んでいるのだろうか。

「愛先生の本当の気持ちはわからないけど、友人からしつこく思い込みでけしかける様なこと言われるのは嫌だろうな」

「だからと言って、岡本先生に本当のことを話す必要もないと思うけど。そもそも愛先生が言われて嫌なら、そう岡本先生に言えば良い話だろ」

 確かにわざわざ俺がプライベートを公開する必要も無いし、愛先生がどう受け取るかは愛先生自身の問題だよな。

 それに本郷先生が心配するのは、岡本先生からいろいろ聞かされるせいだろうし。


「やっぱり今までのように愛先生とは距離をとって、岡本先生の言うことには否定しながらもスルーでいいかな?」

「まあ、それしかないだろ。年末からスキーにも行くし、波風立てないほうがいいと思うしね。何にしてもスキー旅行中は愛先生と二人きりにならないことだな」

「それはもちろん分かっています」

 これ以上誤解を大きくして、スキー旅行を台無しにはしたくない。

「それにしても、愛先生も本当に好きなら告白して振られた方が早く気持ちも切り替えられるし、岡本先生の攻撃もなくなるのに。でも、同じ職場だと振られた後が辛いか」

 広瀬先生の言うことも分からないでもないが、愛先生の本当の気持ちは分からない。ただ岡本先生が騒いでいるだけのような気もする。

「何にしても、来年度は出るつもりなんです。だからあと三ヶ月、岡本先生の攻撃をスルーすれば逃げられるんじゃないかな」

 そう言って笑うと、広瀬先生が「え? 守谷、異動するの?」と驚いた顔をした。

「一応希望を出しました。年が明けたら校長にもお願いしようと思っているんです。結婚するからって」

 まあ、結婚することもその理由だけど、拓都の親になるからというのが一番の理由だけどな。

「結婚って、そんなにすぐ結婚するのか?」

「出来れば異動と同時にできたらと。でもこれはまだ自分だけの考えなんで、内緒ですよ」

 俺の返答を聞いて唖然とした広瀬先生が、はぁーと大きく溜息を吐いた。

「守谷はまだ二十五だったよな。早すぎないか?」

「相手が二つ上なんで、良いんですよ」

「あーそれで本郷先生と友達なんだ」

「そういう訳です」

 なんだか疲れきったような表情の広瀬先生に、クスッと笑って返した。

 それにしても、やっぱり広瀬先生に相談して良かった。肩の荷が一つ下りた様に心も軽くなった気がした。


 翌日の仕事納めの後の忘年会でも、出来るだけ岡本先生や愛先生には近づかない方が無難だなと思いつつ、なるべく離れた席に座った。しかし、やけに行動的な岡本先生に押しかけられ、連れて来られた愛先生も困ったように苦笑している。いったい岡本先生のどんな思い込みがそんな行動をとらせるのか。こんな女性の気持ちはさっぱり分からない。これはスキー旅行が少々思いやられると、心の中で嘆息したのだった。

 忘年会の夜は広瀬先生の部屋に泊めてもらい、翌日自宅へ戻ってから大掃除をどうしようと考えながら、とりあえずスキー旅行の用意をした。

 夜まで電話は出来ないと思うと時間を持て余してしまい、結局掃除をすることにする。普段から気をつけているので、それほど散らかってはいない。片付けて掃除機をかけた後、大掃除らしくトイレ掃除と風呂掃除をした。この際換気扇も洗おうと調子に乗り出し、はずした換気扇を洗剤液につけておく間に窓も拭いた。

 やろうと思えばできるじゃないかと自分で自分を褒め、来年の年末年始に思いを馳せた。

 家族でする大掃除。のんびり過ごすお正月。それとも家族で行くスキー旅行もいいな。

「今日は何をしていたんだ?」

 やっと夜の九時を過ぎたので、あいつに電話をした。あいつも今日から休みに入っているはずだ。

「今日はね、お正月の買い物と、午後から家の周りの大掃除をしたのよ」

「ああ、一戸建だから、庭もあるから大変だ」

「去年までは官舎にいたから、庭掃除って拓都には新鮮だったみたいで、楽しんで手伝ってくれたの。落ち葉の下で虫が冬ごもりしているって、喜んでいたわ」

 あいつの話を聞いているだけで、家族で過ごす幸せな日々が想像できる。そしてそれが手の届く所にあるんだ。

「由香里さんがね、三ヶ月も会えないのは可哀そうだから、時々拓都を預かってくれるって言っていたよ」

 思いがけないあいつの友達からの申し出に、少々驚く。そういうことも有りなのか。そりゃー会いたいけれど、それじゃあ、拓都は蚊帳の外じゃないか。

「美緒は良い友達がたくさんいるな。でも、拓都を除け者にしているみたいだよな」

「そ、そうだよね。今度会う時は、三人一緒じゃないと」

 あいつの慌てた声に、俺は責めるような言い方をしてしまったと後悔した。

「美緒、違うんだ。俺達が会うために拓都を預けることに、少し後ろめたさを感じたんだ。でも、拓都のことは最優先だと思っているけど、俺達のことも大切にしたいと思っている。本当は、美緒とこうして電話していても、まだどこか現実味がなくて……。いつもクリスマスのことは夢だったんじゃないかって思ってしまうんだ。だから、美緒の声だけじゃなくて、実際に会って、ここに美緒がいるんだって実感したいって思っている。だから、川北さんの申し出は、凄く嬉しいよ」

 俺の話を黙って聞いていたあいつは、大きく息を吐き出した。

「私も同じように思っていたの。まだこれが現実だって信じられなくて。でも慧も同じだなんて、ちょっとホッとした」

 そう言って笑うあいつに、俺は「俺達はバカだな」と苦笑して返した。



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