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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第四章:決意編
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【十一】文化祭

『せんせい、あのね、きょうはりくくんとしょうやくんのかぞくといっしょに森林こうえんへいったよ。木のアスレチックはむずかしかったよ。でも、しょうやくんとりくくんのパパはぜんぶできたよ。みんなでがんばれっておうえんしたんだ。おべんとうをたべてからキャッチボールもしたよ。キャッチボールはとてもたのしかったよ。またしたいなとおもったよ。こんどはママがいっしょにしてくれるっていってたよ。たのしみだな。』


 いよいよ十一月に入り、文化祭まであと一週間になったそんな週明け、子供達を帰した後いつものように週末に出した『せんせいあのね』の日記の宿題を読んでいた。

 子供達には平等に接しているつもりでも、拓都の日記を読む時だけは、どうしても意識してしまう。

 あいつの私生活を覗いているという罪悪感と、あいつの様子を知りたい好奇心が、いつも心の中でせめぎ合いながらも、仕事だということを免罪符にしている。

 俺は拓都の日記を読み終えると、大きく息を吐き出した。これは安堵の溜息だ。あいつの日常に他の誰かの存在が無いことを、俺は無意識に確認している。

 あいつからの写メールも、想像通り西森・川北両家族と一緒に森林公園へ出かけた時のものだった。

 それにしてもあいつ、キャッチボールなんて経験あるのだろうか?

 運動神経は良い方だと思うが、子供の頃は女子ゆえにキャッチボールなんてする機会は少なかっただろう。ましてや男兄弟も無く、父親も早くに亡くしているあいつにとっては、グローブやボールさえ身近に無かっただろう。

 今回は、西森・川北両家の父親達が子供達の相手をしてくれたのだろうけれど、以前にも陸の父親のことを羨ましがっていた拓都のこと、自分も父親が欲しいなんて思っているんじゃないだろうか。

 あいつはそんな拓都を不憫に思って、結婚を考えたりしてしまうのだろうか。

「守谷先生、どうしたんだ? 眉間にシワが寄っているよ」

 深く物思いに沈んでいたようで、名前を呼んだ人を見上げてやっと意識は現実へと浮上した。

「山瀬先生、すみません。考えことをしていて」

「いやいや、謝ってもらうことじゃないよ。それより、良い写真が撮れたか?」

「はい、バッチリです」

 山瀬先生の心配げな表情が、俺の返事を聞いて嬉しそうな笑顔になった。

「じゃあ、木曜日までに写真のデータを持って来て。皆のをまとめてプリントするから。写真の額は学校のを借りられるらしいよ」

「わかりました。いろいろすみません。」

「いや、気にすることないさ。守谷先生には写真の楽しさを教えてもらって、感謝しているんだよ。それから金曜日にPTAの役員さん達が展示してくれるらしいから、その前に額入れとラベルの記入のために会議室に集まってくれるかな」

「了解です」

「楽しみにしているよ」

 山瀬先生の去っていく後姿までがどこか嬉しそうだった。


 金曜日の放課後会議室へ行くと、岡本先生と愛先生と広瀬先生がすでに来ていた。写真をプリントしてくれた山瀬先生は手が離せないらしく、広瀬先生が写真だけ預かってきたらしい。

「守谷先生の写真、とても綺麗に撮れていますね」

 会議室に入っていくと、やけにニヤニヤと意味深な笑顔で迎えてくれた岡本先生が、嬉しそうに声をかけてきた。

「そうですか? お天気が良くて空気が澄んでいたからかな?」

 俺はそう答えながら、プリントされて並べられた写真に近づいた。皆それぞれ青い空に映えた紅葉が綺麗に映し出されているが、違う場所から撮られた写真は同じ虹ヶ岳といってもいろいろな構図で、それぞれの個性が表れている気がする。しかし、俺の写真の隣に置かれた写真は、明らかに俺と同じ場所から撮られた良く似た構図の写真だった。

「愛ちゃんったら、展望台から降りてからどこへ行ったかと思えば、守谷先生と待ち合わせしていたんですね?」

 写真を見ていた俺の隣にいつの間にか並んだ岡本先生が、ますます嬉しそうに尋ねて来た。

「香住ちゃん、さっきから違うって言っているでしょ」

 背後から愛先生が声を上げる。

「岡本先生、大原先生とたまたま偶然に出会った場所からの眺めが、良かったというだけのことですよ」

 俺は横に立つ岡本先生をまっすぐに見て、静かに言った。岡本先生はわずかに怯んだが、「たまたま、ねぇ」と笑った。俺は内心ムッとしたが、顔には出さずに受け流した。

「岡本先生。想像力がたくましいのは勝手だけど、友達を困らせるようなことはよくないなぁ」

 写真が並べられた机の向こう側に立つ広瀬先生が、やんわりとした言い方で釘を刺す。

「えー? 別に困らせていませんよ? 二人仲が良いのに隠さずに堂々としていれば良いのにと思っているだけで」

 まったく悪気のない岡本先生に、俺と広瀬先生は顔を見合わせて苦笑したが、愛先生だけは「だから香住ちゃん、隠している訳じゃないから」と困り顔で言い訳していた。

 やはり元凶は岡本先生だ。だけどそれは、キャンプの頃までの俺の態度が彼女に思い込ませたのだろう。何となく俺は負い目を感じてそれ以上何も言えず、苦笑してスルーすることしかできなかった。


 十一月七日日曜日、文化祭の日となった。午前中はクラスの子供達と共に体育館で観劇し、簡単な給食の後、子供達はグループに分かれ、展示見学やPTA主催のバザーを回ることとなった。俺も子供達と一緒に展示物を見て回る。文化祭に来ている保護者や地域の見学者とすれ違う度に会釈していると、あいつも来ているのだろうかと脳裏をかすめた。あいつのことを思い出すと、あの写メールのことが思い出され、気分が上昇する。期待しちゃいけないと思っていても、あの写メールは嬉しかった。

 その後文化祭が終了し、児童を下校させた後、教室の展示物を片づけて、職員室へと向かう。職員室のある廊下へと角を曲がる手前で、こちらへ向かって歩いてくる人が視覚に入った。

 あいつだ。こんな時間にどうして? と思ったが、役員の仕事があったのだろうとすぐに結論付け、俺は偶然の出会いにまた気分が上昇した。

 俯いていたあいつが顔を上げると目が合った。俺は嬉しさから学校であることも忘れ、愛しい気持ちで微笑んだ。早足で近づくと、あいつはこちらも見ずに「お疲れ様です。失礼します」と頭を下げ行き過ぎようとした。

 俺としては微笑みあって少し言葉を交わせるものと思っていたから、あいつの態度にただ驚き、思わず「美緒」と呼びかけてしまった。その呼びかけにあいつも驚いた顔をした後、咎めるような眼差しで俺を見た。

 おそらく学校で、二人の過去の関係がバレる様な呼びかけをしたことを、怒っているのだろう。俺はあいつの眼差しに思わず怯んだ。

「守谷先生、失礼します」

 あいつはもう一度念を押すようにハッキリと言い頭を下げた。それは俺の全てを拒絶しているようだった。

「篠崎さん」

 俺が縋るようにもう一度呼びかけると、あいつはビクッと肩を震わせた。その時同時に廊下の曲がり角から足音が聞こえた。その足音に怯えるかのようにあいつはもう一度「失礼します」と俺を切り捨て、急ぎ足で去って行った。


 曲がり角から姿を現したのは愛先生だった。

 愛先生の姿に気付いた瞬間に複雑な感情に囚われた。どうしてここで彼女が現れるんだと、何の責任もない愛先生を恨みたくなった。

 「守谷先生」という呼びかけで我に返り「お疲れ様です」と言うと、愛先生はぎこちなく笑って「守谷先生もお疲れさまでした」と返って来た。

「あの、先程話していらっしゃったのはクラス役員の篠崎さんですよね? あの……何か、おっしゃられていました?」

 愛先生は恐る恐るという感じで、上目づかいに尋ねて来た。でも、なぜ愛先生があいつのことを気に掛けるんだ?

「たしかに篠崎さんでしたけど、別に話をしていた訳じゃなくて『お疲れ様でした』って挨拶をしたぐらいです。何か気になることでもあるんですか?」

 なんだろう? 愛先生が俺とあいつの過去を知っているとは思えない。あいつが愛先生に話すはずもない。

「いえ、さっき篠崎さんとお会いした時に、『私、篠崎さんに似ているって言われるんですよ』って話をしたので、気を悪くされていなかったかなと……」

「篠崎さんはそんなことで気を悪くされないですよ。以前から西森さんから大原先生に似ているって言われても笑っていらっしゃったから。それに、たとえ気を悪くしていても、担任に告げ口するような人じゃないと思いますよ」

 俺は内心ムッとしながらも、自分の感情を押さえてさりげなく言った。愛先生は俺の言葉にハッとしたのか「そうですよね」と力なく言うと、恥ずかしそうに微笑んだ。




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