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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:出会い編
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【五】予感

「守谷君、美緒のこと、好きでしょ?」

 本郷さんの突然の問いかけは、俺を唖然とさせた。

「はぁ?」

 訳が分からない。どこをどうしたら、俺が篠崎さんを好きだってことになるんだ。

「あれ? 違うの?」

「そんなこと言われる訳が分かりません」

「守谷君、後期始まってから美緒のこと、熱い眼差しで見ているじゃない?」

「熱い眼差しって。見ているのは篠崎さんの方ですよ」

 俺は憮然として答えた。

 そうだよ、いつも無遠慮な視線を向けていたのは彼女の方じゃないか。

 俺が熱い眼差しだって?

 確かに彼女が気になって以前よりは見ていたかもしれないけれど。

 だからと言って、それを恋愛と結びつけたがるのは女子ゆえか。

「あー、確かに。美緒も守谷君のこと、観察していたわね」

 本郷さんはそう言うと、フフッと笑った。

「観察、ですか?」

 自分でも、もしかしたら観察対象かと思ったこともあったけれど、ズバリそうだと言われてしまうと、どうにも面白くない。

「ふふっ、なあに? 守谷君、期待していたの?」

「まさか?! そんなこと、ありません」

 期待って、何の期待だよ?

 楽しそうに突っ込みを入れてくる本郷さんって、どうも苦手だ。

 年下だと思ってからかっているのか?

 篠崎さんと話している時は、年上を意識することなかったのに。

「そうお? まあ、美緒に期待してもダメなんだけどね。美緒は恋愛体質じゃないから」

「恋愛体質?」

 思いがけない言葉を聞いて、俺は思わず聞き返していた。

「そう、美緒は異性を異性として意識しないというか、男子に負けたくないっていう気持ちは強いんだけど、恋愛フィルターが無いから、恋愛対象として男子を見たことがないのよね」

 またまたよく分からない言葉が出て来た。

 恋愛フィルター?

 これって、女子特有の言葉なのか?

 要するに篠崎さんって、恋をしたことがないってことか?

「篠崎さんは恋愛に興味が無いってことですか?」

 この年代の男子も女子も、多少なりとも恋愛には興味があると思うけれど、最近増えつつある草食系という奴か?

「そうなのよ。枯れているでしょ? もったいないよね。美緒はあれでも結構モテるのよ。優しいし面倒見がいいし、それにあの癒し系の笑顔がね、勘違いさせるのよねぇ。でも、何度告られても『好きじゃない人とはお付き合いできません』って断っちゃうのよね」

 枯れているは言い過ぎだろうけど、篠崎さんってモテるんだ? 特に美人という訳ではない。美人というなら、この目の前の本郷さんの方がずっと美人だ。差し詰め篠崎さんは、誰にでも受け入れられるような感じの良いお姉さんというところか。

「へぇ、そうなんですか」

 俺は特にコメントすること無く、無難に受け流した。けれど、本郷さんはまだ何か言い足りなさそうだ。

「そうなの。それでね、私は美緒に恋愛の素晴らしさを知ってほしいのよ。命短し恋せよ乙女、だと思うの。もしかすると今まで彼女の眠った恋心を揺り起すような人が現れなかっただけかもしれないと思っているの。だから、守谷君が美緒のことを好きなら、応援したいなと思って」

 ここまでの話って、俺が篠崎さんのことを好きだという前提だよな。でも、どうして俺なんだよ?

「ちょっと待ってください。どうして俺なんですか? 他にも篠崎さんのことを好きな人はいるんでしょ? 別に俺、篠崎さんのこと、何とも思っていないし」

 そう言いながら、胸の奥に苦しいものを感じた。今はそんなことを気にしている場合じゃないけど。

「美緒がたとえ守谷君のことを観察だとしても、異性に対してあんなに興味を持ったのは初めてだから。それに、守谷君の方も結構美緒のこと、気にして見ているでしょう?」

 俺は言葉に詰まった。それは、彼女を見ていたことに自覚があったから。でも、そんな恋愛要素で見ていた訳じゃ……ないはずで。

「そんなこと無いですよ」

俺は少々不安になり、何とか否定の答えを口にした。

「はぁ、こちらも無自覚か」

 溜息と共にボソリと呟いた本郷さんの言葉を聞き逃し、俺は「えっ?」と聞き返したが、「何でもない」とはぐらかされてしまった。

「まっ、とにかく、もしも美緒のこと好きになったら、協力するから、いつでも声をかけてね」

 それだけ言うと、俺の返事も聞かず、本郷さんは美しい微笑みを残していってしまった。

「なんだよ、あれは」

 俺は本郷さんの後姿を茫然と見送りながら、無意識に呟いていた。


        ******


 十一月に入り、大学祭が目前に迫ってきたため、サークルは展示物の製作の追い込みに入っていた。

 俺と伊藤先輩は、夏休み前から大学祭に展示する巨大折り紙について話し合い、夏休みの間も俺の部屋で設計図やパーツ作りをしていた。

 今回は恐竜の骨の全体模型を紙で作ったもので、大きいので俺の部屋で保管して、大学祭の前日に展示する部屋で組み立てる予定だ。


 そして、大学祭まであと五日と迫った日、それは発覚した。

「えっ? ダブルブッキング?」

 今年は巨大折り紙に力を入れたのと、初めて折り紙のワークショップの開催で、今までより大きい部屋を申請していた。それが、毎年その部屋を使っている書道部と重複していたらしい。毎年使っている方が優先されるのは暗黙の了解らしく、こちらが変更を余儀なくされ、結局去年と同じ部屋となった。

「伊藤君、守谷君、とても頑張ってくれていたのに、最後の最後でこんなことになって、本当にごめんなさい」

 リーダーである篠崎さんが俺達に頭を下げて来た。

 でもさ、それって篠崎さんのミスじゃないだろ? 執行部の方のミスだろ?

 それなのに全部の責任を抱え込んで、皆に頭を下げ回っている彼女の姿に、無性にイライラした。

 謝るより、することあるだろ。

「もう謝罪はいいですから、とにかく準備しましょう」

 皆の間に漂っていたどんよりとした空気を吹き払うべく強く言いきると、彼女は落ち込んでいる場合じゃないと思い出したのか、ハッと我に返ると、すでに出来上がっていたポスターの展示場所の訂正や展示方法の見直しのための話し合いをするため指示を出し、動き始めた。

 あらためて彼女に視線を向けると、自分の両手で頬を叩き、活を入れていた。俺はそんな彼女から、なぜだか目が離せなかった。


 いよいよ大学祭前日となり、俺達は巨大折り紙の展示に悪戦苦闘していた。他の展示が終わった時点で、女の子達は遅くならないよう帰らせた篠崎さんは、リーダーの責任からか最後まで残って手伝ってくれた。

 終わったのは夜の十時を過ぎで、「二人ともお疲れ様」と彼女は労いの言葉と共に笑った。

「篠崎さん、帰る方向一緒なんで、送っていきます」

 少し垂れた目を細めて暖かく笑う彼女の笑顔に、一瞬見惚れそうになったことを誤魔化すように、俺は申し出た。本当は自転車で五分の距離だけど。

 伊藤先輩もそんなことを言い出した俺を、驚いて振り返る。「伊藤先輩は寮だから」と言うと、「いいのか?」と申し訳なさそうに言う伊藤先輩に笑って見せた。確か伊藤先輩の寮は、入浴時間が決められていたはずだから。

「え? 守谷君も電車なの? でも、一緒に帰ったら、守谷君のファンの子達に恨まれないかな? それとも、役得って喜んだ方がいい?」

 一瞬驚いた顔をした彼女が、まるで俺の嘘を見抜いたように、悪戯っぽく笑うと茶化したように言った。

 それって、遠回しの断り文句?

 俺なんかに送られたくないってこと?

「もう、篠崎さん、からかわないでくださいよ。ファンなんていませんから。それに、役得ってなんですか?」

 なんとなく腹立たしい気持ちを押さえこんで、彼女のように軽い調子で言い返す。

「だって守谷君みたいなカッコイイ男の子と歩けるなんて、役得以外に無いじゃない?」

 彼女はそう言うとクスクス笑っている。

 篠崎さんでもそんなことを言うんだ。

 でも、彼女の本意が良く分からない。

 まるで年下の俺をからかうような言葉に、ムッとした俺は顔をそむけた。

 こんな態度は子供っぽいのかもしれないけれど、そんな言い方はないんじゃないかな?

「守谷君、初めての大学祭で力入っていたのに、こんな結果になってしまって、ごめんね」

 二人きりで駅に向かって歩いていると、彼女はまた謝罪して来た。

 いったいいつまで引きずるつもりなんだ。もう終わったことだろ。

 俺の中で又あのイライラが蘇って来た。

「篠崎さん、篠崎さんが悪い訳じゃないのに、どうして皆に謝るんですか? そうやって一人で責任を抱え込んで。誰も篠崎さんの所為だなんて思っていないし、そうやって謝られると余計にイライラします」

 俺は堪え切れずにイライラをぶつけた。

 この人はハッキリ言わないと、いつまでも謝り続けるに違いない。

「でも、会長だから責任あるし」

 まだ言うか。

「責任はみんな同じですよ。篠崎さん一人が背負うものじゃない」

 俺が言いきると、彼女は唖然とした顔をした後、顔をそむけた。

 ちょっと言い過ぎたかなと思ったら、彼女は独り言のように呟いた。

「何よ、年下のくせに偉そうに」

 えっ?

 何だって?

 あまりに彼女らしくない言葉に、自分の耳を疑う。

 もしかして、逆ギレ?

「篠崎さん、二つしか違わないのに、大人ぶらないでください」

「私はもう成人しているんですっ」

 わっ! なんだ? この人、本当にあの篠崎さん?

 篠崎さんでもこんないじけ発言するんだ。

 なんだか、可愛いじゃないか。

 俺は笑いたいのを我慢して、「篠崎さん、そんなこと言っている時点で、負けていますよ」と言うと、クスリと笑いがこぼれてしまった。

 彼女は俺の発言に絶句したように目を見開き、次の瞬間眉間に皺を寄せると、くるりと背を向けて目の前まで来ていた改札を駆け抜けていった。

 あれで年上だって?

 俺は込み上げる笑いを何とか押さえると、急いで切符を買って後を追いかけた。



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