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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第三章:再会編
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【十五】キャンプ(後編)

 結局あいつは、殆ど言葉を発しなかったなと、苦い思いが胸に残った。

 今回の出会いは、あいつにとっても不本意なことだったのだから、仕方ないよな。

 無意識にそんなことを考えていた自分に気付き、また呆れはてる。

 そしてもう一度、もうあいつのことは関係無いと自分に言い聞かせた。

 昼食が終わり、少しのんびりとした後、皆で本番に子供達に水遊びをさせる予定の場所(川をせき止めてプールのようになっている場所)を見に行ったり、アスレチックで競い合ったりしながら時を過ごした。夏休みのせいか、子連れ家族が多く、どこかでまたあいつの家族に会うんじゃないかと俺は頭の片隅で無意識に警戒していた気がする。

 どこであいつに出会っても、俺はもう別の人生を歩んでいるのだと見せつけたい気持ちが高ぶっていた。だからなのか、皆が気をきかせて愛先生と近づくようにけし掛けるのをいいことに、いつも以上に彼女の傍にいる自分に、この時はまだ違和感を覚えずにいたんだ。


 少し太陽が傾き始めた頃、共同炊事場で夕食の用意を始めることにした。カレーとご飯は男性陣の担当で、カレー作りと飯盒炊爨とに二人ずつ分かれて取り掛かった。

 飯盒炊爨については、俺以外の三人は小学校のキャンプの時の経験のみなので、子供の頃から毎年のキャンプで親と一緒に飯盒炊爨をして来た俺と広瀬先生が担当することになった。

 今回の後、本番が待っている広瀬先生は、携帯電話で写真を撮りながら、飯盒炊爨の要点をメモしていく。本番では経験のある他の先生達もいるとのことだが、「守谷のお陰でいい予行練習になったよ」と感謝までされてしまった。

 女性達はサラダを作るらしく、すでに下準備してある野菜等をテーブルの方で器に盛り付けていた。

 俺は今回サプライズを考え、密かに準備して来ていた。それはキャンプの時に母親がよく作ってくれたデザートだった。作り方は母親の傍でいつも見ていたので分かっている。

 四年前のキャンプの時、そのデザートを思い出して準備してこなかったことを悔やみ、帰り道で材料を買って自宅へ戻ってからあいつと一緒に作ったのが最後だ。

 飯盒をひっくり返して蒸らしている間、俺はリンゴの皮をむいて薄切りにし、フライパンでバターと砂糖を絡めてリンゴに火を通す。その上に卵で溶いたホットケーキミックスを流し込んで蓋をして弱火でゆっくりと焼く。

 調理の様子を見に来た女性達が、砂糖の焦げた匂いとリンゴの甘酸っぱい匂いに誘われて、俺の周りに集まって来た。

「守谷先生、それなんですか?」

 金子先生が興味津々の目で尋ねてきた。

「リンゴケーキですよ」

 俺が答えた途端、女性達の表情が嬉しさ全開になった。

「守谷先生、ずるいぞ。一人女性ウケして」

 拗ねたような谷崎先生の言葉に驚いたが、その言葉は全員にウケていた。


 山の中のキャンプ場ゆえ、陽が落ちるのが早く、夕食が終わる頃には薄暗くなっていた。 

 いよいよキャンプファイヤーの時間が近づいてきた。落ち着かない気持ちを押し隠し、準備に専念する。積み上げた木に火を点けて炎が燃え上がった頃、六年の担任の広瀬先生と谷崎先生が本番で歌う予定の歌を歌いだし、皆がそれに続く。家族のキャンプでは味わえない小学生の頃のキャンプファイヤーの思い出が蘇った。

 近づく足音が聞こえ、子供達が「せんせー」と呼びながら駆け寄ってくる。とうとう来たか。俺は覚悟を決めてそちらへ視線を向ける。三人の子供と三人の大人。燃え上がる炎が招待客の顔を照らしだす。

「こんばんは、お邪魔します」

 西森さんが笑顔で挨拶をすると、他の皆も口々に挨拶の言葉を交わす。西森さんの横にいる背の高い男性は、どうやら西森さんのご主人の様だ。

 あいつの相手は? 拓都の父親は? 

 他に大人の男性がいる様子も、後から来る様子もない。

 来ていないのか。仕事で赴任先から帰って来られなかったのか?

 なんとなく緊張が解けたように肩が軽くなり、ため込んでいた息を吐き出した。

 そんな自分に気付き、また自己嫌悪する。いつまで気にしているんだ。

 俺はそんな自分を無視して、隣に座る愛先生に話しかけた。

「大原先生は出し物、何をするんですか?」

 本番では子供達が班ごとに出し物をする予定で、今回は自分達が出し物をしてみようということになっている。

「フフフ、秘密です」

「そうですよ。後のお楽しみです。そういう守谷先生は何をされるんですか?」

 愛先生の向こう側に座る岡本先生が身を乗り出して言う。

「いや、俺も秘密です」

 岡本先生の勢いに押され、少々怯む。

「私は守谷先生の歌が聞きたいなぁ。ねぇ、愛ちゃん」

 俺の返答など綺麗にスルーして、愛先生を巻き込む岡本先生の要求に、俺は苦笑するしかなかった。

 いよいよ出し物をすることになり、事前にジャンケンで順番を決めたが、俺は最後だった。

 保護者や子供達の観客が出来たことで、谷崎先生が張り切って校長の物まねの一発芸を披露する。今回受けたら、本番でもするぞと意気込んでいたが、どうにも観客の反応が微妙だ。

 体育会系の山瀬先生は、バク転をして見せて、子供達に受けていた。広瀬先生は雰囲気のある声で怖い話をし出し、女性達を怖がらせている。

 愛先生達女性三人は、今人気のある少女アイドルグループの歌を振付付きで歌った。これは予想外でとても驚いたが、子供達や男性達にはかなり受けていた。終わった後、盛大な拍手の中、愛先生が元の場所へ戻ってきたので、「良かったよ」と声をかけると彼女は恥ずかしそうに「ありがとう」と言った。

 次は俺だ。俺の番になって、急にあいつを意識した。斜め向こう側にいるあいつは、皆の出し物を楽しそうに見ているようだった。暗闇の中で炎の灯りに照らされ、ぼんやりとしかお互いに見えないけれど、急にあいつに見せつけたい気持ちになった。あいつが家庭を持って新しい人生を歩んでいるのなら、俺だって新しい自分の人生を歩んでいるのだと、見せつけたくなったのだ。

 俺は立ち上がるとその場で今流行りの恋愛のバラードをアカペラで歌うことを告げ、大きく息を吸い込んだ。そして、時折意味深に愛先生の方へ視線を向けて、想いを込めて歌った。

 歌いながら俺の脳裏には走馬灯のように過去の記憶が巡っていく。あいつにせがまれ、抱きしめてあいつの耳元でそっと歌ったあの歌は、もう永久に歌うことは無いだろう。

 歌い終わった途端、無意識にあいつの方へ視線を向けていた。一瞬目が合い、次の瞬間には闇の中に紛れてしまった。


 キャンプファイヤーが済んだ後、後片付けをして男女それぞれのバンガローへ引き上げた。しかし、どうにも眠れず一人外のベンチに座り夜空を見上げる。

 今日のことを思い出すと、自己嫌悪ばかりだ。

「守谷、今日はどうしたんだ? やけに愛先生といい感じだったけど。おまえがあんなに積極的な態度をとるのは、もしかして、もしかするのか?」

 突然声をかけられて驚くと、広瀬先生が傍に立っていた。広瀬先生も眠れないのか傍へやって来て俺に声をかけると、同じようにベンチに座り夜空を見上げる。

 広瀬先生の問いかけに、自分がある意味意図的にしたことが、意図しない相手にまで影響を与えていたことを知り、罪悪感に似たモヤモヤとした重苦しい気持ちになった。

 そして、意図した相手はどう思ったのだろうと、また懲りない考えに囚われてしまう。

「別に、そんなつもりは無かったけど、そんな風に見えました?」

 白々しく答える自分を嫌悪しながらも、自分自身認めるのが怖かった。

「ああ、皆思ったと思うぞ。それに、愛先生が一番期待したんじゃないかな?」

 期待って、愛先生とはお互いに周りの思惑に下手に反発すると思う壺だから、思惑に乗ったふりをしましょうなんて言い合っていたぐらいで……。

 彼女の気持ちまで考える余裕もなく、周りの思惑に乗って自分の気持ちを誤魔化せたらと、今思えばかなり自己中なことを考えていた。

「期待、ですか? そんなんじゃないと思いますよ」

「そんなんじゃないって、おまえは鈍いのか? それとも、わざと仲良く見せて楽しんでいるのか? 今までは冗談でノッてる雰囲気があったけど、今日のは誰が見てもいつもの守谷と違った気がするよ」

 いつもの俺って……。そういつもと違う環境にあったから、あいつの視界の中にいたから、俺は俺の矜持を示したかったんだ。

「ちょっと、いつもと違う場所だったから、雰囲気に酔っていたのかもしれないです」

「なんだよ、それ。おまえ、本当は愛先生のこと、どう思っているんだ?」

 愛先生、あいつの笑顔に良く似た女性。周りの女性の中では一番好意を持っていると思うけれど。

 彼女を好きになれば、この胸の苦しさから逃れられるのか。

「自分でも、よくわかりません」

 俺が途方に暮れて答えると、隣からクスッと笑う声が聞こえた。

「俺も本当は守谷をこんな風に責められないんだ。好きだとかいう気持ちがイマイチよく分からない。女性と付き合う時は、その人のことを好きだとは思っているけれど、俺にとっては恋愛が最優先じゃない。付き合っていたら、少しでも会いたいと思うとか、声が聞きたいと思うとか、少しでも時間があれば会う時間を作るとか、そんな気持ちにあまりならないんだ。今まで散々彼女に責められ、多少は努力したけど、やはり自分の気持ちの伴わないことは無理が出て来て、結局別れることになるんだよ。だから、守谷が良く分からないというのはなんとなくわかるよ」

 そう言うと、広瀬先生はまた夜空を見上げて遠い目をした。

 そう言えば、広瀬先生と出会ってから彼女がいるというのは聞いたことが無い。余り自分のプライベートは話さない人だし。そのくせ人のプライベートにはよく口を挟んでくる。自分のことはクールなのに、人のことになるとお節介な人だよな。

 俺は広瀬先生の性格分析をしながら、同じように夜空を見上げた。

 本当なら、今の俺の気持ちを聞いてほしい気もするけれど、今はやはり現実の保護者と担任という関係だから言う訳にはいかないと、俺は又心に重くふさがるこの想いを、心の奥深くしまい込んだ。


 昨夜はなかなか寝付けなかったのに、目覚めも早く、まだ皆眠っている。俺はそっと起き出すと、外へ出た。外はもううっすらと明るくなって来ていて、夜明けが近いことを教えている。

 俺は顔だけ洗うと、ちょっと散歩にでも行こうかと思い立った。だんだんと明るくなっていく中、俺は四年前のキャンプの時のことを思い出した。

 記憶をたどって四年前のキャンプの朝の散歩コースを歩いていく。川沿いの遊歩道が川を離れて森の方へ曲がった辺りから、道を外れてそのまま川沿いを歩いていくと、川は流れが急な水遊び禁止区域になる。上流のせいか大きな岩があちらこちらに転がっていて、自然のままの河原が続いている。

 キャンプに来ている人がこの辺にも入り込んでいるのか、道は無いけれど獣道の様に、草が踏まれて通りやすくなっている。そのまま歩いていくと、小さな滝(滝とは言えない程の川の中の落差による水が垂直に落ち込む所)がある場所にたどり着くはずだ。

 四年前にあいつと二人で見つけた小さな滝のある場所へ、俺はどうして行こうと思っているのかわからないまま、何かに引き寄せられるように歩いていく。

 俺は記憶のナビにしたがって、その滝を目指した。そしてその辺りに辿り着いた時、全く思いもしなかった展開に、また俺は驚かされることになった。

 その思い出の場所に先客がいた。それは、記憶と同じ場所、同じ人、あいつだった。お互い唖然として見つめ合ったまま、空間ごとフリーズした。

「参ったな」

 俺の口からこぼれた言葉は、凍りついた空間を解凍させた。

「あ、あの、おはようございます」

 岩に座っていたあいつが、慌てたように立ち上がると挨拶をした。

「ああ、おはようございます」

 俺も同じように挨拶を返すと、引き寄せられるようにあいつに近づく。

「すみません。失礼します」

 俺と出会ったことに困惑しているあいつは、今にも逃げ出しそうだ。

 本当なら、ここで離れてしまった方がいいとは思うのに、俺は思い出に操られるようにもっと一緒にいたいと思った。

 これは、神様がくれた最後のチャンスかもしれない。

 俺は自分が何をしようとしているのか自覚のないまま、彼女を引き留めようとしていた。

「そんなに慌てて、行かなくてもいいよ。まだ早朝だし、誰もここまでは来ないだろうし」

 そう言うと俺は近くにあった岩に座り、彼女の方を見て「座れば?」と傍の岩を指差した。さっきまで逃げ出そうとしていた彼女が、素直に岩に座る。四年前は近くにあった存在が、こんなに近くにいても宇宙の果てのように遠い。

「驚いたよ。こんな所で会うなんて。それも、このキャンプ場だなんてな」

 俺は苦笑すると彼女の方をチラリと見た。

「ごめんなさい。先生達も来るって分かっていたら、断っていたんだけど」

 彼女は責められていると思ったのか、言い訳のように謝罪の言葉を出す。そんな言葉を聞きたい訳じゃないんだ。

「いや、別に会ったことが悪いだなんて言ってないよ。ただ驚いただけで。そもそも、小学校で再会したこと自体、驚きだったけどな」

 あいつと再会してからのことを思い出しながらも、平静を装って話をする。俺はいったい何を話したいのか、自分でもよく分からない。ただ、今を逃したら、もう二人のことについて話をすることは無いだろうと思うと、あいつが俺との再会についてどう思っているか聞いてみたいと、唐突に思った。

「そのことも、本当に申し訳なくて。知っていたら、こちらへ転勤しなかったのに」

 あいかわらずあいつは、言い訳謝罪モードだ。自分が別れを切り出した方だからだろうか。

「いやいや、それこそ偶然なんだから、仕方がないだろ? そんなこと言ったら、この県で先生になった俺の方が悪いということになるだろ?」

 俺は出来るだけ暗い雰囲気にならないよう苦笑して見せると、あいつは首を左右に振って俺に非が無いと示す。あいつは、自分の責任にしてしまいたいんだ。きっと。

「美緒は俺に会いたくなかったんだろ? だから、再会したことを申し訳ないなんて言うんだろ?」

 できるだけ穏やかに話そうと思っていたのに、どこか責めるような口調になってしまった。

「そんなこと、考えたこともなかったし、もう二度と会うことがないと思っていたから。でも、あなたが先生になった姿を見られて、嬉しかった。夢が叶って、おめでとう」

 え……、このタイミングでこんなことを言われるなんて思ってもいなくて、俺はしばし呆けて反応できなかった。

「あ、ありがとう。もう三年目なんで、先生になれた感動を忘れかけていたよ。そうだな、夢だったんだよな」

 急になぜだか恥ずかしくなった。こんなに真っ直ぐにおめでとうと言われるなんて、思ってもみなかった。優しく微笑むあいつの笑顔を見て、嬉しさが込み上げてきた。

 嬉しかった。何よりあいつが言ってくれたことが。

 あいつの笑顔は、お互い知らずに過ごした三年間は夢だったんじゃないかと思ってしまう程、あの頃と変わらない。

 手を伸ばせば、今でも届くんじゃないか。

「これからも、頑張ってください。役員として精一杯協力しますから」

 一瞬にして現実に戻したあいつは、さっきは見えなくなっていた二人の間の壁を一気に築き上げた。

 役員として……。やっぱり俺とあいつは、担任と保護者でしかないのか。そして俺達の間にはいつも拓都がいる。その現実が一気に甦り、思い知らされる。

 どうして拓都の父親はキャンプに来ていなかったのか?

 どうして拓都の父親は、おまえに拓都を押しつけて単身赴任しているのか?

 どうして拓都の父親と結婚なんかしたんだ。

 どうして、どうして……。

 今まで考えないようにして来た疑問が、一気に脳裏を駆け巡る。

 そして、あいつがこの場を去るために立ちあがろうとした時、思わず手が伸びそうになった。

「あ、あの……拓都は……」

 引き留めようとしたのか、咄嗟に出た言葉はさっき頭の中を巡っていた思いのせいか。何を言いたかったのか、次の瞬間に頭の中で霧散した。

「えっ?」

「あ……拓都は、いい子だね。美緒の育て方がいいんだろうな」

 咄嗟に出た言葉を誤魔化すように言い繕ったのは、誤魔化しでも何でもなく普段感じていたことだ。拓都は本当に良い子なんだ。でも、それがどこか悔しくて、あいつが育てていると思うと誇らしくて、複雑な気持ちになる。

「あ、ありがとう」

 あいつはお礼を言うと、今度こそ本当に立ち上がった。もう行ってしまうのか。

「お先に」と会釈して歩き出したあいつに、もう言うことはなかったのか。

 これが本当に最後のチャンスなのだから。

「あっ、美緒」

 咄嗟に振り返って呼び止める。そして、一番聞きたかったことを尋ねる。

「美緒は今、幸せ?」

 あいつは一瞬驚いた顔をした。そして、俺の大好きな笑顔で「うん。幸せだよ」と答えた。

 俺はどんな返事を期待していたのだろう。

 幸せだから、拓都があんなに良い子なんじゃないか。

「そっか、良かったよ。安心した」

 俺も笑って返した。この言葉は強がりだったかもしれない。でも、あいつが幸せでいることが、結局俺にとっては一番の望みだから。

 反対に幸せかと聞かれなくて良かった。今の俺には何と答えていいか分からない。けれどきっと、心配をかけたくなくて、幸せだと答えただろう。

 あいつが「じゃあ、また」と去っていく。俺は背中で遠ざかる足音を聞きながら、流れ落ちる小さな滝を見つめていた。

 今度こそ本当にさよならだ。

 もうこれで思いきらなければ、あいつの笑顔に答えられない。

 あいつが教師になった俺を見ることが出来て嬉しいと言ってくれたように、あいつの幸せを確認できて良かったのだと、俺も思えるかな。

 いつか……。


 どのくらいそうしていたか分からない。けれど、俺を呼ぶ声に我に返った。立ち上がって声のする方を見る。近づいてきた人を見て、驚いた。

「大原先生」

「あ、守谷先生、おはようございます」

 笑顔で駆け寄りながら挨拶をする彼女に、挨拶を返す。

 どうしてここへ? と思っていたら、彼女が嬉しそうに説明した。

「さっき、篠崎さんにお会いしたら、こちらで見かけたと教えて頂いたので」

「そうですか」

 あんなに似ていると思っていた笑顔が、今はそれ程似ていると思えない自分に内心驚く。

 そして、あいつとの思い出の場所から早く遠ざからなければと、「戻りましょうか」と目の前の彼女を促した。

 背後には俺の小さな願いが、水の流れの中で渦巻いていた。




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