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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:出会い編
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【三】望んだ日常

 これはどういうことなんだろうか?

 週に一度の折り紙サークルにも何となく馴染んで来た頃、サークルの度にあることが気になるようになった。

 それは、サークルのリーダーである篠崎美緒しのざきみおさんの視線。

 女性の視線には慣れているつもりだったが、彼女の真っ直ぐな視線はどうにも落ち着かない。

 大概の女性の視線には何らかの熱を感じるのに、彼女の視線には熱を感じない。それなのに、遠慮のない視線を向け続けられる。それはまるで、観察しているような、観賞しているような視線。

 なぜ?

 俺は単なる観察対象?

 俺に興味があるの? 

 それとも俺のことが気になるとか?

 そんな彼女の視線を感じながらも、俺は彼女の方を見ることが出来なかった。

 サークルの説明会で、初めて目が合った彼女の見せた笑顔は、疲れた心を癒すような、悪い思いを溶かすような清廉さが漂い、不本意なハーレム状態をぐずぐずと切り捨てることも出来ずにいる自分自身を見透かされているようで恥ずかしくなったからだろうか。

 それとも説明会の後の第一回目のサークルに、一人で教室へ入っていった俺と目が合った途端、ふんわりと微笑んだ彼女の眼差しが、あれからすぐに纏わり付いていた女の子達を近づくなオーラで遠ざけるようになった俺自身の単純さを笑われているような気がしたからだろうか。

 今度目が合ってあの微笑を見せられたら、こんなことで焦っている自分を見透かされそうで、やはり彼女の方を見ることができない。


 それでも一方的に咎められているような気分でいるのが面白くなくて、その微笑の主に近づいて声をかければ、驚いた顔をした後、声をかけた真意を探る様な視線で見られる始末。

 遠慮の無い視線を送るくせに。

 彼女の白い小さな手から可憐な花が生み出されるのを見つめながら、会話するのはもっぱら彼女と仲の良い本郷美鈴ほんごうみすずさんの方ばかりで。

『守谷君が一回目から真面目に来るとは思わなかったわ』なんて、本郷さんからは遠慮の無い物言いでズバズバと切り込まれてしまった。

 俺、やっぱり、年上の女性は鬼門かもしれない。


 俺はすっかり女性限定の近づくなオーラが板に付き、最初の頃の煩わしさが解消されつつあることに満足していた。今まで俺を取り囲んでいた女子達も、急に態度を変えた俺に愛想を尽かしてくれれば良いと願っていたが、近づくどんな女子に対しても冷たい態度を取る俺を、クールだとか言っているのを聞いて、ガックリきた。

 それでも周りに女子がいなくなったからか、だんだんと話をしたり、一緒に学食へ行ったりする男子の友人ができ、望んでいたような大学生活を過ごせるようになってきた。

「守谷って、案外普通なんだな」

 ある日、最近よく話すようになった同じ理科を専攻している水谷大輔がポツリと言った。

「案外って何だよ。普通に決まっているだろ」

 俺はムッとして言い返した。

「いやいや、入学当初の頃のハーレム状態は普通じゃないだろ」

「そんなの知るかよ。いきなり人生最大のモテ期にでも突入したんだろ」

 俺がむかついて言い捨てると、水谷は唖然とした顔をして、クククッと笑いだした。

「最初は周りに女はべらしていい気になっている嫌な奴だと思っていたけどさ、話してみると普通な感じだし、結構気が合いそうだし。急に女遠ざけて近づけないようにしているけど、女嫌いなのか?」

「別に女嫌いっていう訳じゃないけど。あんな積極的な女はちょっとな」

 俺が溜息交じりに答えると、水谷はまた大げさに笑い出した。

「ハハハ、守谷、おまえって面白い奴だな」

「なんだよ。俺はちっとも面白くないよ」

「でも、人生最大のモテ期って……クククッ……守谷のその外見なら、今までだってモテただろ?」

「それ程でもないよ。俺には足元にも及ばない程モテる兄がいるんだ。兄のモテッぷりは伝説にもなっているぐらいで、ファンクラブや親衛隊まであるっていう噂だし。そんな兄と比べたら、俺のは単なるモテ期にしか過ぎないさ」

 俺が兄の話をすると、水谷は驚いた顔をした。その顔は信じられないと言わんばかりの驚き方だ。

 そうだよな、芸能人でもあるまいし、ファンクラブや親衛隊なんて、誇張しているとしか思わないよな。

「守谷が足元にも及ばないって、どんなイケメンだよ。もしかして芸能人とか?」

「まさか。母親の祖父が英国人で、兄はその血が濃く出たのか彫が深くて、目も光の加減でブルーに見えるし、髪も薄茶だし、まるで外国の王子様みたいで、ノーブルな雰囲気があるんだ。その上英国紳士の祖父に憧れていた母親から、レディファーストを叩きこまれたフェミニストだから余計に女性を引き付けるんだろうな」

「へぇ、すごいな。そんな兄貴がいるから、あのハーレム状態でも単なるモテ期って言ってしまう訳か」

 妙に感心しながら水谷はウンウンと頷いている。

「ああ、でも今回みたいな状態は初めてだったから、兄さんの大変さが少しわかった気がしたよ」

「あー、俺も一度でいいからモテモテになって、そんな風に言ってみたいよ」

 水谷が茶化すように言うのを、俺は溜息交じりに苦笑するしかなかった。

 本当の大変さはこんなものじゃないよと心の中で呟く。

 先日のゴールデンウィークの帰省時に聞かされた兄のことを思い出した。

 他にも帰って来ている奴もいたので、高校の時のクラブ仲間で集まった。その中に兄と一緒の地元国立大学へ進学した中学の時からの友達の綾瀬祐司あやせゆうじがいた。

 「守谷の兄貴、毎日恋人の送り迎えまでして大変だな。俺にまで気を付けてほしいって頭下げてくるし」

 最初、綾瀬の話の意味が分からなかった。

 詳しい話を聞いて驚いた。兄は運命の人と恋人同士になれたけれど、兄が今までその場限りの付き合いをしてきた女性達がそれを知って、彼女に嫌がらせをしたらしい。最初は兄にも言わずに彼女は耐えていたらしいけれど、だんだんとエスカレートして行き兄の知るところとなった。

 一年前から父の会社で働き出した兄は、頼み込んで彼女を送り迎えする時間を取り、大学内では彼女の友人や兄の知り合いなどに気を付けてもらうようお願いしているという。綾瀬もよく俺の家へ遊びに来ていたから兄とも面識があり、お願いされたということだった。

 あまりの兄の過保護ぶりと、彼女のことになると俺の友達にまで頭を下げるのかと思うと、驚きと共に情けないような気持ちになった。結局のところ、今までの兄の博愛主義のつけが、彼女に回って来たということで、彼女には申し訳ないけれど、兄にとっては自業自得だと思った。

 それでも運命の人と恋人同士になれたと幸せそうに語った兄を思い出すと、理不尽さも感じて、早く幸せになれるよう祈らずには居られなかった。

 俺の場合は大丈夫だよな。兄みたいに博愛主義じゃないし……。

 それでも今では遠巻きに、熱のある秋波を送ってくる女の子達の視線を感じると不安になる。

 そんな相手もいないのに何を不安になっているんだと自分にツッコミを入れて、俺は一人苦笑した。


 普段女性を遠ざけるのには成功したけれど、サークルでは他のメンバーの手前、近づく女子達を突き放すことができず、周りに集まってきた子達の面倒を見てしまうのは、女性には優しくと母親に刷り込まれた習性のせいか……。

 そんな俺に相変わらず篠崎さんは観察するような遠慮の無い視線を向け続ける。

 だから、余計に突き放せないってことだよ。

 心の中で悪態を吐く。別に篠崎さんの前でいい恰好をしたい訳ではないけれど、その視線の前ではどうにも居心地が悪い。

 そんな中途半端な態度しかとれない自分を救ってくれたのは、サークルに真面目に参加している唯一の男子で、現在工学部二年の伊藤先輩だった。

 入学早々いろいろなことがあったから忘れていたけれど、俺が折り紙サークルに入りたいと思ったのは、去年の大学祭で恐竜の巨大折り紙の展示を見たからだ。その巨大折り紙を製作したのが伊藤先輩だった。

 ゴールデンウィーク明けのサークルから参加するようになった伊藤先輩とはすぐに意気投合した。そしてそれからのサークルは、常に伊藤先輩と過ごすようになったお陰で、今まで周りに集まって来ていた女の子達は近づきにくくなったのか、サークルに来なくなってしまった。

 ようやく俺の望んだ落ち着いた日常が、巡って来たようだ。



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