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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第二章:失恋編
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【十四】流されて

「クリスマスイブにパーティーをするけど、参加しないか?」

 アウトドアの仲間の一人が、メンバーに提案したのは十二月の初め。

 あんなことがあって、仲間たちと出かけることは自粛していたからか、もしかすると俺を元気づける意味も含まれているのかもしれない。

 誘ってきた彼は、大学時代の同級生だという他の学校の先生達と、数年前からクリスマスイブにパーティーをしているとのことで、最初は少人数だったらしいが、最近は周りの教師仲間に声をかけてどんどん人数が増え、会場を借りるようになったらしい。

「恋人のいない奴らのリベンジパーティかな?」

 そんな風に説明するのは、そのパーティーが切っ掛けで生まれたカップルがいるのだという。

 まあ、体のいい合コンだよな。

「じゃあ、守谷先生と愛ちゃんは参加しなくてもいいんじゃない?」

 岡本先生はニヤニヤとそんなことを言う。

 しばらくそんなからかいも自粛されていたようで、久々に聞いて俺は思わず苦笑しながら、こんなことも日常が戻ってきたことに気付き、じんわりと胸が暖かくなる。

「あ、守谷先生は絶対に参加してほしいんだ。いつもクリスマスパーティーに参加している女性陣からの要望なんだよ」

 彼の言葉に驚いていると、広瀬先生がふて腐れたように「なんだよ、それ。俺への要望は無いのか?」とツッコミを入れる。周りのメンバーも口々にそうだそうだと囃したてている。

「いや、あの、代わりに女の先生を沢山誘うからって言うから」

「なんだよ、守谷先生は生贄か?」

「生贄って、交換条件ですよ」

「同じことだろ?」

 どうやら俺の知らぬ所で取引をされていたらしい。

 結局皆で参加し、俺は久々に女性に囲まれるという体験をすることになった。

 それでも、あの理不尽で悪夢のような出来事を思えば、そんな体験も楽しいと思えた。

 クリスマスらしいことをするのは何年ぶりのことか。

 甦りそうになる記憶に蓋をして、こんなクリスマスも悪くないなと自嘲気味に笑った。


 新しい年になり、アウトドアの活動を再開させた。お正月休みに一泊でスキーにも行った。

 雪景色を見ると記憶がフラッシュバックする。

 どうしてこんなにいつまでも囚われているのか。

 皆のからかいに乗って、新しい恋を始めてしまおうかと思うこともある。

 皆と一緒にワイワイと出かけていると心の隙間は満たされていると思うのに、やはり一人になるとどこかで淋しさを感じているのは、完全に満たされない隙間があるのか。


 そして春が来る。

 三月になると、また思い出してしまう。

 あれから三年。まだ三年。もう三年。

 分かっているんだ。俺自身が美緒の記憶にしがみついているんだということ。

 そろそろ俺自身を解放してやる時なのかもしれない。美緒の記憶から。


 子供達が春休みになった頃、愛先生からマネージャーをしていた大学のバスケのチームの試合を見に行かないかと誘われた。練習試合らしいけど、相手はM大のバスケ部らしい。

 いつもアウトドアばかりだったから、屋内のスポーツ観戦もいいかもしれない。それにバスケだし。

 また時間と場所をメールしますと彼女が言うから、それ以上は何も聞かなかった。

 てっきりいつものメンバーで行くものだと思っていたんだ。

 三月の最終日曜日、M大の第一体育館の入り口での待ち合わせで、そこにいたのは愛先生だけだった。

「あれ? 皆は?」

 時間を読み間違えていて、約束の時間ぎりぎりになってしまった。もう皆来ているだろうなと思いながら焦って駆けつけた俺は、誰も居ないことに拍子抜けした。

「えっ? 皆って?」

「いつものメンバーも一緒じゃないんですか?」

「えっ? 皆も一緒って言いましたっけ?」

 そう尋ね返されて記憶を辿ると、そんなことは一言も言われていないことに思い至った。

「ごめん。俺の思い込みでした」

「こちらこそはっきり言わなくてごめんなさい。私と二人じゃ迷惑だったかな?」

 彼女があまりに申し訳なさそうに言うから、俺はすぐさま否定した。

 きっと彼女は俺が昔バスケしていたのと、対戦相手が俺の母校のM大ということで誘ってくれたのだろう。

「いやいや、勝手に思い込んでいただけだから。久々に母校へ来られたし、バスケも懐かしいし、誘ってくれて嬉しいです」

 俺の言葉を聞いて彼女は破顔した。こちらまで頬が緩んでしまうような笑顔。

 愛先生の笑顔にはなんだか引き付けられるよなと、そんな思いが一瞬頭の中をかすめた。

 そうして今更ながらに気付いたのは、プライベートで女性と二人きりで出かけるのは、美緒と別れて以来だということに。

 別に疾しい訳ではないのに、いつものメンバーがいないと、どこか落ち着かない。

 とにかく今日はバスケ観戦を楽しもうと気持ちを切り替え、彼女と一緒に体育館の二階観戦席へと入って行った。

「愛先輩、来てくれたんですね。応援頼みますよ」

 二階席に居る愛先生を見つけた後輩たちが下から声をかけて来た。彼女は下を覗きこんで「がんばれ」と手を振っている。

 彼女は今でも時々大学のバスケ部に差し入れを持って顔を出すらしい。自分が大学にいた頃の後輩はもう卒業してしまったけれど、そんな後輩達も良く集まってくるらしく、今でも交流が続いているらしい。

「愛先輩、カッコイイ彼氏ですねぇ」

 大学生の後輩たちがこちらを見上げて、声をそろえて叫んだ。

 俺は内心またかと思いながら、二人で来ていたらそう思われても仕方が無いよなと、苦笑した。

「ち、違うからね。職場の同僚だから」

 愛先生は慌てて否定しているけど、そんなに慌てるとますます怪しいって思われるのにな。

「守谷先生、ごめんね。なんだか誤解されちゃったみたいで」

「いつものことだから、大丈夫ですよ」

 俺は安心させるように笑って見せた。彼女も「またからかいのネタにされちゃいましたね」と苦笑している。

 試合は実力が拮抗しているのか、僅差で愛先生の母校の大学の方が勝った。観戦中はお互いに自分の母校を応援してしまうので、変に対抗意識を燃やしながら応援していたけれど、それもまた楽しかった。

 午前中で試合は終わり、ランチでもということになり、懐かしさから大学の頃よく行った、M大近くの大学生対象の安いのに量が多くて味もそこそこな定食屋へ案内した。

 日曜日のせいか、平日に比べると空席もあり、すぐに座ることができた。

「なんだか驚きました」

 席に着いた後も店内を見回していた愛先生が、俺のほうを見てクスクス笑いながらそんなことを言うので、どういうことかと訝しんだ眼差しを返す。

「守谷先生のイメージとギャップがあったので」

 イメージとギャップ?

「どういう意味ですか?」

「守谷先生なら、オシャレなレストランとかカフェとかかなって。でも、私もこちらの方が好きなので、嬉しいです」

 彼女はそう言ってふんわりと笑った。

 その言葉を聞いて俺はやっと気付いた。女性と二人で来るにはミスチョイスだったことに。

「あ、すみません。女性と来るのに気がきかなくて。それに余りオシャレな店とか知らないんです」

 そう、美緒とも大学の近くで外食したことがなかった。本郷先輩に妬みを買うから大学構内や周辺で一緒に居ないほうが良いとアドバイスを受けていたから、この辺の女性受けしそうなお店には行ったことがなかった。

「とんでもない! 私、オシャレなお店なんかの方が落ち着かないから。そんなつもりで言ったんじゃないの。気にしないで。でも、モテモテな守谷先生が、案外女性慣れしていないって、わかっちゃいました」

 そう言って彼女はまたクスッと笑った。

 なんだか失礼なことを言われた気がするのに、彼女の笑顔がそんなことを感じさせなかった。


        *****


 新年度が始まった。

 教師三年目。今年度はなんと一年生の担任を任された。あんなことがあったから、担任から外されるのではないかと、少しだけ心配していた。そして、愛先生はそのまま持ち上がり四年生を、広瀬先生は六年生の担任となった。

 四月の初め、他の学校へ転任して行った先生や新しく来た先生の歓送迎会が行われた。

 妃先生は三月一杯で退職して、いよいよ結婚する。

 時はゆっくりと、でも確実に流れている。

「守谷先生、いろいろお世話になりました」

 歓送迎会の席で、妃先生がわざわざ傍まで来て声をかけてくれた。

「いえいえ、こちらこそお世話になりました。それから、おめでとうございます」

 幸せオーラをまとった妃先生は本当に綺麗だ。少しほろ酔い気分で、うっとりと彼女を見て頭を下げた。

「ありがとう。そう言えば、守谷先生は忘れられないって言っていた元カノさんのこと、もう吹っ切れました?」

「えっ? なんで?」

 突然の問いかけに、俺は動揺した。一気に酔いがさめた気がする。

「最近、愛先生といい感じだって聞いたから、元カノさんのことは吹っ切れたのかなって思って」

 彼女はそう言うとニッコリと笑った。その目は、良かったと言っているようだった。

「大原先生とはそんなのじゃないですよ。同じ三年の担任だったから、話をする機会が多かっただけで。皆からかって面白がっているだけなんです。妃先生も真面目に受け取らないでくださいよ」

「あら、守谷先生の愛先生に対する態度が、他の先生に対するのと違うって聞いたけど。私もそんな風に見えたけど?」

 これを言われると困ってしまう。自覚があるから余計に。でも、皆が期待する様な理由じゃないから、素直に頷けない。

「いや、本当に、そんなんじゃないんです。それに、あまり言うと大原先生に迷惑をかけますから」

「そう? 愛先生もまんざらじゃない感じがするけど。まあ、その辺は今後の楽しみね。守谷先生、私本当に感謝しているの。守谷先生と広瀬先生が背中を押してくれたから、今の幸せがあると思っている。だから、守谷先生にもいつか自分の想いをきちんと伝えられる日が来ることを祈っている。その相手がだれであってもね」

 彼女はそう言うとフッと頬を緩ませて微笑むと、その場を去っていった。

 俺はその後ろ姿を見送りながら、また誰かを好きになることが出来るのだろうかと考えていた。

「守谷、聞いたぞ」

 妃先生と入れ替わるように広瀬先生がニヤニヤ意味深な笑顔でやって来て、隣に座った。

 俺は何のことだろうと、困惑気味に彼の方を見た。

「この前の日曜日、愛先生とデートしたんだって?」

 どうしてそれを。

 別に秘密にしようと約束した訳でもないので、いずれはバレることだったのかもしれない。

「バスケの試合を見に行っただけですよ」

「でも、二人だけだったんだろ?」

「俺は、皆も一緒だと思い込んでいて」

「へぇ、ということは、愛先生もなかなかやるな」

 何がなかなかやるな、なんだ。

「俺が勝手に勘違いしただけですよ」

「はいはい。それより守谷、俺は良かったと思っているんだ。なぁ、もう流されちまえよ」

 さっきまでからかうような表情だった広瀬先生が、今はとても優しい顔をしている。ここで『何が良かったんですか?』と思わず聞きそうになったけれど、彼のその表情を見たら、さっきの妃先生の表情を思い出し、何も言えなくなってしまった。

 この二人は俺が元カノを忘れられないと言ったのを心配しているんだ。

 妃先生の恋とは違って希望のない想いを抱えている俺を心配して、新しい恋へ向き合ってほしいと思ってくれているのだろう。

 そんな安堵したような優しげな表情で見ないでほしい。

 自分でももうあいつへの想いが、今もここにあるのか、それとも過去のものになってしまったのか、よく分からないんだ。

 ただ、思い出すとまだ胸が苦しくて。

 いっそ、この流れに身をゆだねてしまった方が楽なのだろうか。




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