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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第二章:失恋編
19/85

【七】感化される想い(その一)

 俺は結局今年の出身県の採用試験は受けなかった。

 一応申し込みはしたけれど、やはり最終的に受験するのは止めようと思った。

 それは、余りの忙しさに勉強する暇などないという現実があったから。

 というのは、世間と自分への言い訳かもしれない。

 確かに現実はその通りなのだけど……。

 だけど俺は、ある人の好きな人を思う気持ちに、感化されたのかもしれない。


      *****


「守谷、明後日の日曜日に試合があるんだけど、見に来ないか?」

 プライベートでもすっかり意気投合して仲良くなった広瀬先生が、五月の最終の金曜日の夜、夕食と飲みを兼ねたいつもの居酒屋で俺に誘いかけた。

 彼とプライベートで食事や飲みに行くようになってから、まるでクラブの先輩後輩のように、先生を付けずに呼ばれるようになった。そんな所も親しさを感じて嬉しかった。

 広瀬先生は、高校時代バレー部のキャプテンをしていたらしく、その頃のクラブの後輩が職場の仲間と毎週末に活動しているバレーボールの同好会に誘われて参加しているらしい。

 最近になって、そんなプライベートな話もするようになり、俺も参加しないかと誘われるようになった。中高とバスケットをしていたが、バレーは体育でした程度なこともあり、また仕事が忙しくて余裕が無かったこともあって、返事はまだ保留中だ。

「いいですね。スポーツ観戦は好きなんで、行ってみようかな?」

「試合の後の打ち上げも盛り上がるから、そっちも参加しないか? いつも応援の人も参加するんだよ」

「初めての俺もいいんですか?」

「誘っているんだから、良いに決まっているだろ。それに、妃先生も来るから」

「えっ? 妃先生が?」

 そう言えば岡本先生が、広瀬先生と妃先生はあやしいとか何とか言っていたな。

 確かに他の男性教師には一定の距離を保っている妃先生が、広瀬先生にだけは親しみのある態度を示す。まあそれも、広瀬先生曰く、高校の先輩後輩だからという理由なら、そうかとも思えるのだけど。

 プライベートでも仲良くしているとなると、やっぱり怪しいのか? と、一瞬岡本先生の言葉が頭の中を過ぎった。

「ああ、妃先生の同級生がいるから、練習に差し入れに来たり、試合の応援に来たりするんだよ」

「へぇ、なんだかイメージ違う感じだけど」

「まあな、妃先生も美人ゆえにいろいろトラウマがあって、子供たち以外とは少し距離を置いているような所があるんだ。だけど、高校の時の同級生の前では素の自分に戻れるんじゃないかな?」

 美人ゆえのトラウマ。なんとなくわかる気がした。本人の思いなど関係無く、容姿だけのことで周りの思惑に翻弄されてしまう辛さ。どんな態度をとっても、どこかで誤解され、悪口を言われたり責められたりする現実。

 だから俺は、妃先生が素の自分に戻れる場所があるのは良かったと思った。


「守谷君も広瀬先輩と同じ小学校の先生なんだって?」

 試合の後の打ち上げで声をかけて来たのは、広瀬先生の高校の後輩の梶川かじかわさんという人だった。

 その日は試合に勝ったせいか、みんな機嫌が良く、俺のことも歓迎してくれた。

「そうです。まだなりたてですけど」

「妃さんの時も思ったけど、今時の小学校の先生って顔で選んでいるの?」

「そんな訳ないじゃないですか」

「そうだよなぁ。それにしても、広瀬先輩も、妃さんも、守谷君も、レベル高過ぎだろ」

 どう返していいか分からず苦笑していると、梶川さんの隣にいた人が「すみません。こいつ酔っているんで、勝手なこと言っていますけど、気にしないでください」と謝られて、反対に恐縮してしまった。

「そうだよ。梶川は絡み上戸だからなぁ」

 広瀬先生が苦笑しながら言うのを聞いて、梶川さんは「なんだよ。俺は酔ってなんかいないぞ」と酔っ払いの常套句でぼやいた。

 さっきから同じテーブルにいる妃先生が、俺達の会話を聞きながらクスクス笑っている。そんないつもと違う雰囲気の彼女を見て、俺は思わず問いかけていた。

「妃先生もバレー部だったんですか?」

 俺の問いかけに、彼女は一瞬キョトンとし、そして「いえ、私は帰宅部だったの」と恥ずかしそうに答えた。


 絡み上戸の梶川さんと、梶川さんの絡み具合を謝って来た木下きのしたさんという人が、妃先生の同級生らしい。すなわち広瀬先生の高校のクラブの後輩という訳だ。

 このバレーボールの同好会は、梶川さんの職場である大手電機メーカーの地元工場の仲間で作ったもので、木下さんは地元銀行勤めらしい。

 バレーをしない妃先生が、この場に馴染んでいるのを見て、クラブ繋がりじゃないのなら、この同級生と余程仲が良かったのだろうかと、いつもと違う彼女を見て考えていた。

 別に妃先生が気になる訳ではないけれど、それ程彼女の雰囲気が学校でのそれと違ったからだ。

 そんな俺の考えを読んだ様に、広瀬先生が疑問に答えてくれた。

「妃と木下は俺が生徒会長をしていた時、生徒会の役員をしていた関係で、それなりに親しくしていたんだよ」

「そーそー、広瀬先輩が妃さんを連れて来た時は驚いたよ。妃さんとどうやってお近づきになったんだとね。それが、同僚だなんて、世間は狭いよなぁ。なぁ、木下」

 またまた酔っ払い梶川さんが話の腰を折るように口を挟む。

「ああ、確かに、妃さんとは卒業してから五年以上会って無かったから、驚いたよな」

 と、木下さんも相槌を打つ。

「それより広瀬先生って、バレー部のキャプテンもしていたのに、生徒会長もしていたんですか?」

 俺は広瀬先生の過去を知って、驚きの声をあげた。俺のそんな驚きぶりを皆は笑うと、梶川さんが自慢げに話し出した。

「そうなんだよ。広瀬先輩は背も高いしスポーツもできる上に、勉強も出来て生徒会長までするぐらいだから、女子には人気あったんだよ。それなのに今彼女がいないなんてなぁ。本当に妃さんが彼女じゃないんですか? 守谷君は何か知っている?」

 突然俺の顔を覗きこむように視線を向けた梶川さんの言葉に、俺は動揺して妃先生の方をチラリと見た。

 やっぱりあの噂は本当なのか? と、頭の中にまた岡本先生の言葉が甦る。

「おいおい、梶川は何度言えば分かるんだ。そんなこと言って妃に失礼だろ。おまえ、本当に絡み上戸だな」

 広瀬先生は呆れたように言った。

「そうよ、そんなこと言ったら私より広瀬先生に失礼でしょう。それとも私が来るのは迷惑かな?」

 美人過ぎる妃先生にそんな風に言われた梶川さんは、慌てて「とんでもない! 妃さんが来てくれるのは大歓迎です」と言うので、俺は笑ってしまった。


 その後、今日の試合の話で盛り上がり、高校時代の広瀬先生の話で盛り上がり、楽しいひと時を過ごしていると、梶川さんの職場の仲間が機嫌良くやって来た。

「今度合コンがあるんですけど、メンバーが足りないんで参加しませんか?」

「おい、合コンって」と言いかけた梶川さんに、その仲間の人はニッコリ笑って制すると「ほら、前に言っていた合コンの話、今日その相手側の幹事の子が来ていてさ、向こうはもうメンバー揃えたからって、それでできたらこっちのテーブルにいる人達を誘ってほしいってさ。どう? 広瀬さんと木下は今彼女いないんでしょ? えっと君は守谷君って言ったっけ? 彼女いるの?」

 お酒が入っているせいか、テンションの高い彼は皆に嬉しそうに話しながら、俺に話を振った。

 彼女って。

「いえ、いませんけど、今のところ仕事が忙しくて、彼女とか考えられなくて」

「そんなに硬く考えなくてもいいよ。今日の打ち上げの延長のような感じでいいんだからさ。ほら、向うのテーブルにいる子達だから」

 皆が向うのテーブルにいるその幹事の子達の方を見ると、彼女達はニッコリ笑って手を振った。

「うわっ、レベル高いじゃん。今回は期待できそうだな」

 梶川さんは彼女達を見てテンションが上がったようだった。

「まあまあ、そんなに急に言われてもなんだから、ちょっと待ってよ。いつまでに返事すればいい?」

 広瀬先生はこういうことに慣れているのか、冷静に言葉を返している。

「合コンの日は一応来月の第二土曜の予定だから、今月中には……」

「了解。またメールするわ」

「出来れば前向きに考えてくださいよ」

 そう言いながら彼は自分達のテーブルに戻って行った。

「広瀬先輩、参加しましょうよ。守谷君も。もちろん木下は参加するよな?」

 梶川さんは上機嫌で皆に声をかける。

「何で俺はもちろんなんだよ」

 木下さんが少し不機嫌な声で言った。

「だって、おまえ、彼女と別れてからずいぶん経つじゃないか」

「それはそうだけど、あんな綺麗な人達が俺なんか相手にしないだろ? 彼女達は広瀬先輩や守谷君目当てなんだろ」

「木下、そこに俺は入らないのか?!」

「梶川は盛り上げ要員だろ」

「木下君ったら、ひどい!」

 おねぇ言葉で言い返す梶川さんと木下さんの言い合いに笑いながら広瀬先生の方を見ると、なぜだか神妙な顔をしている。

「おまえら、妃もいるのにもう少し気を使えよ」

 広瀬先生に少し怒りのこもった様な声で言われて初めて、妃先生がいたことに気付いた。

 目の前で他の女性との合コンの話なんて、気分悪いよな。

 俺はそう思いながら妃先生の方を見ると、少し辛そうな表情をすぐにさっきまでの笑顔に変えると「私のことは気にしなくていいから」と微笑んだ。


 結局その日は参加するかどうかはあやふやなまま解散となった。

 俺としては参加する気は無いけれど、なんとなくあの時の広瀬先生と妃先生の様子が気になった。だから翌日の月曜日、広瀬先生から「話があるから仕事の後に飯でも食べに行こう」と誘われた時、やはり何かあるんだと確信した。

 お互いの車で十分程の所にあるイタリアンのお店へ行き、二人で食べるには少し多いと思う料理を注文するので驚いていたら、「後から妃も来るんだ」と言われて、また驚いた。

 このお店はどの料理も分量が多く、数人でいろいろ注文して取り皿に取りながら食べるのが主流だった。

「守谷、おまえは合コンに参加する気はないだろうけど、今回だけ参加してくれないか?」

 料理が来るまでの時間に、いきなり本題であろう話を切り出され、またまた俺は驚いた。

 俺は戸惑いながらも、広瀬先生の申し出の理由を尋ねた。すると「木下が参加するから」と意味不明な答えが返ってきた。

 俺は意味が分からず呆けていると、広瀬先生は大きく溜息を吐いた。

「実はな……」

 彼が話そうとした時、丁度料理が届けられ、タイミング良く妃先生がやって来た。

「お待たせしてすみません」

「いやいや、丁度料理も来た所だから。適当に頼んだけど、食べたいものあったら追加して」

「大丈夫です。それより広瀬先生、私考えたんですけど、守谷先生にご迷惑をかける訳には……」

「妃、まあ、とにかく食べようや」

 俺は二人の会話を聞きながら、益々困惑していた。




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