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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第二章:失恋編
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【一】悪夢

 土曜日はとてもいい天気で、桜が一気に満開になりそうな暖かさだ。一ヶ月ぶりに美緒に会えると思うと、じわじわと嬉しさが胸に広がっていく。

 芝生公園の駐車場にあのジュディが停まっているのを目にした瞬間、喜びは一気に胸に広がった。

 車をジュディの隣に停め、車から降りると彼女も降りて来た。

 一ヶ月ぶりの彼女は、どこか雰囲気が違うように見え、頭の片隅でまた妙な違和感を覚えた。

「美緒、おはよう。なんだか久しぶりだね」

 笑顔で声をかけると、彼女は久しぶりのせいか少し照れて視線を外した。

「ごめんね、こんな所へ呼び出して。ちょっと話があるから、慧の車の中で話してもいい?」

 彼女はもう一度俺の方を見て口元だけで少し笑うと、いつもと違う彼女らしくないことを言った。

 心の中に違和感の波紋が広がり出す。

 どうしたのだろう? 何かあったのか? 話って……。

「えっ? 話し? ここでしないといけないのか? 何なら、ウチへ来れば?」

 俺は違和感を打ち消すように、俺の部屋へ来ることを提案してみた。けれど彼女は静かに首を横に振った。

「ここがいいの。お願い」

 彼女の真剣な表情を見て、俺の中に得体の知れない不安が生まれた。

 良い話しなのか、悪い話しなのか。これ以上考えたくもない。けれど、聞かなければいけないのだと覚悟して、俺は「わかった」と答えると、もう一度車へ乗り込んだ。彼女も続いて助手席へ乗り込む。

「それで、話って何?」

 聞かなければいけないことなら、早く聞いてしまった方がいいと、俺は勤めて平静を装いごく普通に話を切り出した。

 湧きあがる良くない予感が、車の中の空気を張り詰めさせていくような気がする。チラリと横へ視線を向けると、助手席の彼女が緊張しているのが分かる。そして、彼女は覚悟したように口を開いた。

「慧、ごめんなさい」

 俺の方へ頭を下げる彼女の謝罪の意味が分からない。心の中を恐ろしいスピードで不安が覆い尽くしていく。

「ごめんって、何か謝るようなことしたの?」

 ハンドルに寄りかかったまま、顔だけ彼女の方を向け、俺はどうにか不安をねじ伏せて優しく聞き返した。

「あ、あの私、他に好きな人が出来て……」

 えっ……何を言った?

 彼女の言葉を頭が上手く理解しない。

 他に好きな人? って、どういう……。

 もしかして、これは夢なのか?

 ここにいるのは本当に彼女なのか? 

 俺、何かしでかしたのか?

 愛想尽かされたのか?

「俺のこと、嫌いになった?」

 現実味が無いのに、頭の一部がどこか冷静で、まだしっかり理解していないのに、落ち着いた声が出て驚いた。

「嫌いになんてなれない」

 彼女は俯いたまま首を振るけれど、そんな言葉では何も理解できないよ。

「じゃあ、おれよりも好きな人が出来たんだ。いつから?」

 心はジーンと痺れたままなのに、俺の中の別な人格がしゃべっているような感じで、自分の声さえも遠く聞こえる。

「あの、二月頃に同僚から付き合ってほしいって言われて、お付き合いしている人がいるからって断ったんだけど、そんな風に言われるとやっぱり意識してしまって、三月に入ってから、仕事でいろいろ助けてもらうことが多くて、だんだんと気になって行ったというか」

 彼女の言葉が頭の中へ流れ込むと、急に疑問が解けた。

 ああ、そうか。

 俺の時と同じなんだ。

 きっと好感を持っていた同僚で、好きだと言われて、意識してしまって、毎日顔を合わせているから。

 逢わなかったこの一ヶ月の間に、気持ちは変わってしまったということか。

「美緒は、俺の時もそうだったけど、絆されやすいもんな」

 俺は心の中で自嘲の笑みを浮かべた。

 俺だけだったんだ。二人の絆は確かなものだと思っていたのは。

 運命の人だなんて、独りよがりだったんだ。

 俺と別れて、そいつと付き合いたいという訳だ。

「それで、俺と別れたいんだ?」

 心の中が真っ黒に塗りつぶされて、とても冷たい声が出た。 

「ごめんなさい」

 何を今更謝るんだよ。

 俺の心はどんどんと冷えていく。

 ハンドルに頬杖をついたまま、真っ直ぐと前を見据えているが、何も見ていなかった。

 俺は胸に湧き上がるドス黒いものと戦いながらも、徐々に覆い尽くされていくような感じに囚われていた。

 いつの間にか彼女は車から降り、自分の車で去って行った。

 どのぐらい時間が経ったのかもわからなかった。

 どうやって帰って来たのかも記憶になかった。

 俺はいつの間にか部屋へ戻って来ていた。

 頭の中は醜い感情が溢れ、怒りへと成長して行きそうで怖かった。

 美緒と最後にあったのは、二月最後の週末。

 もうあの時、あの笑顔の裏に別の感情を抱えていたのか。

 俺の腕の中で、胸に別の奴を住まわせていたのか。

 それでも、どれだけ思い返しても、そんな別な想いが入り込む隙間が無かったように思えて、もう一度だけ問いただしたくなった。

 俺は携帯に登録された彼女の番号を呼び出した。

 『おかけになった電話番号は現在使われて……』

 お決まりのメッセージが流れ出して、俺は慌てて電話を切った。

 嘘だろ。

 誰か、これは嘘だと言ってくれ。

 エイプリルフールは、三日後じゃないか。

 それともこれは夢なのか?

 何度も、何度もかけ直す。けれど、登録された番号は間違うはずもなく、同じメッセージを繰り返すだけ。

 そして俺は、気付いたんだ。

 彼女とはこんな儚い繋がりしかなかったということに。

 携帯が繋がらなければ、連絡を取ることも出来ないことに。

 たった一つの繋がりを、彼女が切ってしまったことに。



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