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あの虹の向こう側へ【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第一章:出会い編
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【十】近づく心

 付き合い始めて一年が過ぎ、二度目のクリスマスが近づいたある日。さすがの彼女も二度目だから、クリスマスには一緒に過ごすつもりでいてくれるだろうと勝手に思い込んでいたけれど、彼女は思いもよらない提案をしてきた。

 正直なところ俺は、クリスマスイブからクリスマスにかけてずっと一緒に過ごせたらと、密かに思っていた。彼女も俺のマンションで過ごすことに慣れて来たようだから、誘えば一泊ぐらいOKしてくれるかもしれないと期待していたんだ。

「ねっ、今年のクリスマスは、我が家で一緒にしない?」

 彼女はニコニコと提案してくれたけれど、俺はどういう意味か図りかねた。彼女の家で二人きりでクリスマスを過ごそうと言っているのか? それとも、彼女の家族と一緒にクリスマスパーティーをしようと言っているのか。

 家族のことをとても大切にしている彼女だから、おそらく後者だろうとは思ったが、俺は彼女と二人きりのクリスマスを死守したかったんだ。

「去年ね、たっ君にお姉ちゃんと一緒にケーキを食べたかったって言われちゃって」

 俺が戸惑っていると、彼女が苦笑しながら付け足した。

 甥っ子を可愛がっていることはよく知っているけれど、ここで流されてはいけない。

「なぁ、クリスマスイブは俺と過ごして、クリスマスは家族と過ごすというのはダメかな?」

 それまでソファーに並んでなんとなくテレビを見ていたけれど、彼女の方へ体ごと向き、彼女の眼を覗きこむように問いかけた。

 彼女が俺と目をまともに合わせるのを恥ずかしがるのを知っていながら、わざと彼女と目を合わせた。彼女が照れて目をそらした隙に、体を彼女のすぐ横まで滑らせ彼女の肩へ手をまわした。

「クリスマスイブは美緒と二人きりで過ごしたいんだ」

 彼女の耳元でそう囁けば、彼女の頬が一気に紅くなった。そして彼女は、小さく頷いた。

「で、でも、今年も私にお料理をさせてね」

 慌てたように言う彼女は、きっと俺が去年キャンセルしてしまったレストランへ予約を入れてしまうと思ったのだろう。

 彼女は俺にお金を使わせるのをとても嫌がる。外食は基本割り勘だった。

「もちろん。美緒の手料理が楽しみなんだ」

 どこか照れて慌てている彼女が愛おしくて、俺は肩にかけた手で彼女を引き寄せると、しっかりと抱きしめた。

 こうして俺達は予定通りのクリスマスイブを過した。去年よりはずっと恋人らしい二人の距離に満足しながらも、夜の十時までには彼女を自宅へ送り届けなければいけないことが、少し残念になる。

 来年こそは同じ朝を迎えられればいいなと、まったくそんなことを考えてもいなそうな鈍い彼女を横目で見ながら、俺は心の中で嘆息した。


          *****


 二年目のバレンタインデーは、俺達はスキー場にいた。

 あるスキー場のバレンタインイベントでペアのリフト券の割引や抽選会があると知り、以前からスキーに連れて行きたかった彼女に、平日にスキーに行けるなんて学生の特権だからとか、彼女にとっては最後の春休みだからとかと、誘いかけた。

 なんといっても雪山は俺達の始まりの場所だから。

 スキーは泊りで行くものだと思って躊躇していた彼女を、夜中に出れば日帰りできると言い包めて誘い出したのだった。


 夜中の二時頃に出て五時間弱。チラチラと雪が舞うような天候だったけれど、平日のせいか道路は混雑もなく予定通りにスキー場へ着いた。

 雪景色が見え出すと彼女のテンションは徐々に上がり始めた。スキー場のパウダースノーに興奮し、初めてスキー板を付けたまま乗るリフトに不安そうな顔をし、山上に降り立った彼女は雪山のパノラマに目を奪われていた。何度か転びながらも、俺と一緒に滑り下りて来られるようになると、彼女は楽しいと嬉しそうに笑っていた。彼女の子供の様な笑顔を見て、俺はスキーに来て良かったと、しみじみと思った。

 午前中は雲の隙間から時折陽射しがさす様な穏やかな天気だったけれど、午後から厚い雪雲が覆ってきたかと思うと、雪の降り方がだんだんと酷くなり始めた。早めに帰った方がいいと判断して夕方になる前にはスキー場を後にしたが、雪は酷くなる一方で、ついに高速道路がストップしてしまった。そして、高速道路から降ろされた車が連なり、下の道も大渋滞を起こしていた。

「このままでは今日中に帰りつけないかもしれない」

「仕方ないよ。高速道路が止まっちゃったんだもの。それより、運転疲れていない? 代ろうか?」

 不安そうに降り続く雪と前に連なる車の列を見ていた彼女は、俺の言葉に笑顔を見せて、反対にこちらの心配までしてくれる。そんな彼女の笑顔に疲れはいつの間にか癒される。

 それから彼女は自宅へ遅れそうだと連絡を入れた。しかし、お姉さんに何か言われたのか、彼女は戸惑いながら言葉を返している。

 もしかして、今日中に帰れないことを怒られたのだろうか?

 そんな不安に駆られながら彼女に尋ねてみると、彼女は口ごもった。

「お姉さんに怒られたんじゃないの?」

「ち、違うの。あの、泊ってきたらって。スキーの後の運転は大変だろうからって。でも、私が交代るから大丈夫って言ったんだけど、あまり運転しないのに雪道なんて危ないからダメだって怒られちゃって」

 お姉さんの方が、物わかりが良いなと思いながら、「そりゃ、お姉さんの言う通りだよ。雪道に慣れてない美緒に運転は代わってもらえないよ。でも、この辺で泊るといっても、ラブホぐらいだしな」と言ってみる。

「お、遅くなっても大丈夫だから。鍵も持っているし、お姉さん達には先に寝てもらうよう言ったから」

 彼女が顔を赤くしながら慌てる姿が彼女らしくて、俺は思わず笑ってしまった。

「運転の方は大丈夫だからこのまま帰るよ」

 俺がそう言うと、彼女はホッとしたように頷いた。

 その後、高速が動いているインターからもう一度高速へ戻れたのは夜も遅い時間で、車はスイスイと流れ出したが、まだまだ帰り着くまでには時間がかかると思うと、さすがの俺も疲れを自覚し始めた。

 途中のサービスエリアでトイレに寄った時に冷たい水で顔を洗い眠気を飛ばす。彼女も疲れているだろうに、小さく欠伸しながらも俺の方を気遣いながらお互いが眠ってしまわないようにとお喋りを続けてくれた。

 どうにか俺のマンションの最寄りのインターが近づいてきたのは、もう深夜の時間になっていた。

「美緒、次で降りて俺の家へ行ってもいいかな? ひと眠りしたら送っていくから」

 疲れと眠気がピークになりつつあり、ここで降りて自宅へ帰れたら楽だろうなと考えたら、思わず口走っていた。けれど彼女の家へ行くには、もう一つ先のインターまで行かなければならない。

「いいよ。ごめんね、一人で運転させて」

 彼女の気遣う言葉に安堵しながら、俺は帰路を急いだ。

「慧、お疲れ様。疲れたでしょう、早く休んで。私はこのソファーを借りて寝るから」

 自宅へ帰って来てホッとしたのか、一気に疲れが出て来た俺を気遣うように、彼女が声をかけてくれた。けれど、どうしようもない眠気と戦っていた俺は、黙って彼女の手首を掴むとそのまま寝室へ入っていった。彼女は慌てて俺の名を呼んでいるようだったが、もう彼女を抱きしめて眠ることしか考えられなかった。


 翌朝目が覚めると、ベッドの上は俺一人だった。確か彼女と一緒に眠ったようなと記憶を手繰るが、夢だったのだろうかと考えていると、ドアの向こうに人の気配を感じ、リビングの方へ入っていくとキッチンにいる彼女を発見した。


「あっ、おはよう」

 俺に気付いて振り返った彼女が、少しはにかんだ笑顔を見せながら挨拶をしてくれた。俺も「おはよう」とかえしながらも、何となく面白くない。

「勝手に冷蔵庫の中の物で朝食を作ったけど、よかったかな?」

 健気な彼女のそんな問いかけにも、俺は答えもせず、彼女の傍まで行くと、何も言わずに彼女を抱きしめた。

 初めて彼女が泊ってくれたのに、寝顔さえ見ることができなかった。

 同じベッドで目覚めたかったのに。

 そんな俺の思いなど、これっぽっちも考えもしない鈍い彼女は、いきなり抱きしめられて「わぁー」と色気のない声をあげた。そして、慌てたように「慧、ちょっと待って」と俺の腕の中でもがいている。

「ダメ。美緒、勝手に先に起きた罰だよ」

「そ、そんな。泊めてもらったから、朝食の用意ぐらいしないと」

「ダメだよ。せっかく初めて泊ってくれたのに、目覚めた時に隣にいてくれないと」

「な、何言っているの」

「今度泊った時は、俺が目覚めるまで傍にいて」

「今度って」

 まるで駄々を捏ねている子供の様だと自覚しながらも、こうして夜を超えて彼女が腕の中にいる幸せを確かめるように強く抱きしめる。

 俺はこんなキャラじゃなかったはずだ。彼女の前ではいつも、年下だと思われたくなくて、余裕有り気にしていたはずだ。

 腕の中の彼女がクスクスと笑いだす。

「慧ったら、子供みたいだよ」

 そうだよ俺は子供だよと、心の中で言い返す。数ヶ月前に二十歳になったけれど、いつまでも彼女との年の差は追いつけない。もうすぐ社会人になる彼女が遠く離れていってしまいそうで、不安になるせいなのか。

 それよりも、どうしてこんなに彼女にハマってしまったのだろうと思う。

 鈍い所も、初な所も、天の邪鬼な所も、頑固な所も、時には年上ぶるところも、そして分からないことは素直に俺を頼ってくれるところも、いつも俺のことを気遣ってくれるところも。

 「美緒」と耳元で呼びかけると、彼女が笑いを止めて俺を見上げた。俺は心の中で「好きだ」と呟くと、彼女の唇に甘いキスを落とした。


*****


 彼女の就職が決まって、やっと会えたあの日から、二人の関係は変わった。変わったというより深まったと言った方が良いかもしれない。

 身も心もとよくいうけれど、身体の繋がりがこんなに心を近づけるとは思っていなかった。

 そんな日々の中で、彼女が俺のマンションで過ごす時間が長くなり、ある時彼女は俺の本棚からあの絵本を見つけたんだ。

 『にじのおうこく』

 この年の四月に結婚した兄の嫁であるお義姉さんが高校生の頃、絵本大賞に応募して見事大賞を取り書籍化されたものだ。挿絵はお義姉さんの友人が書いたらしい。

 兄達が結婚する前に、お義姉さんから貰ったものだったが、そのことを彼女に話すと、彼女はとても驚いた。

 どうやら彼女の大好きな絵本だったらしい。興奮した彼女はこの絵本の好きな所を話しだした。

 主人公を守る騎士が、主人公が危機に陥った時、魔法で虹の橋を架けて助けに来てくれたシーンや、主人公を嫌っていると思っていた母親が、主人公がいなくなったことがショックで病気になってしまった時、そのことを知った主人公が初めて教えてもらった虹の魔法を使って虹の橋を架けるシーンがお気に入りらしい。

 虹の魔法は愛する人や大切な人の元へ虹の橋を架ける魔法だけれど、お互いが思い合っていないと橋は架からない。

「四月に勤務地が遠くなっても、慧の元へ虹の橋を架けるから、大丈夫だよ」

 そんな風に笑った彼女が愛おしくて、俺は彼女を抱きしめた。

 二十歳になってやっと追い付いたと思ったら、また社会人になる彼女が遠くへ行ってしまうようで不安だった俺の心を、彼女は笑顔と言葉で包み込んでくれたんだ。





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