一晩どうかい?
山奥にひっそり立つ一軒家。
そこは知識と思い出の集う場所。
山向こうの竜の都までの道のりにたたずむ、癒しの一軒家。
そこにまた一人、冒険者がやってくる。
――おや、この先に在るのは竜の都だけだよ。そこに行くのかい?
「ええ、そのつもりだけど」
――ここから竜の都は案外遠い。近くに在る様に見えるけど、あれは竜の魔法で遠近感が狂わされているだけさ。
「あら、そうなのね」
――そうなのさ、でも、それじゃああんたさんは野宿になってしまうだろう?
「ええ、そうね。でもここらは夜行性のモンスターが多いわ。主に竜の魔法で造られた合成獣だけど……」
――よく分かってるじゃないか。そこで話だ。家に、泊って行かないかい?
「ふふふ、これが言いたかったのね。良いわ、宿代はいくら?」
――宿代かぁ、そうね。一千万Gだよ。
「………………」
――ははは、冗談さ! 宿代にはね、
――冒険話を一丁、お願いしよう。
☆
「ふふふ、そう? 泊めてくれるの、それはありがたいわ」
そう言って、金髪碧眼で片目に眼帯をした女冒険者はドアの中に入ってきた。
「う~ん? 冒険話かぁ。何かあったかなぁ。
あ、そういえばちょうどいい話があった気がするよ。まあ、主人公は私ではないけどね」
家の主は温かい飲み物を入れながら背中でその言葉を聞きつつ、続きを促した。
「そう、それじゃあ話させてもらうわ。
これは、とある騎士団の正義感の強い騎士の、悪者退治のお話。
そうね、たしか三年ほど前の事だったかしら。
その騎士様はさっきも言ったようにとっても正義感が強くてね、とある町で起きていた事件。魔物による虐殺事件を解決するために正体で派遣された時の事。
その事件って言うのは、町のお祭りに来ていた総勢三百人もの人間がたったの数分で皆殺しにされてしまう事件でね、屈強な冒険者も沢山犠牲になったそうよ。
その事件の被害者の死体はどれもこれも頭が食べられていたこと、そして鋭い刃物で殺されていたことから仙人級のグールが集団に成っているのではないかと推測されたので、魔物の仕業とされていたの」
温かい飲み物を入れて家主もテーブルに着き、物騒だねぇ、なんて言う。
「ええ、本当。それでもその騎士団は十分な武装をしていたからね、爆撃で町の一部ごと吹き飛ばす作戦もあったしね。
いくらなんでも獣相手に騎士団が負ける事はないと思われていたの。
そういう風に騎士団の悪者退治は始まったわ。
それでね、騎士団はお祭りの会場の近くの空き巣、というか、家主が殺された家を拠点にして活動をはじめたの。ネズミの足音が良く聞こえる家だったそうよ。
それで、そこを中心に空き家を一軒一軒回って誰もいないかを調べ始めたんだけど、その日は何も見つからなかったわ。
そして、二日、三日と日がすぎたけど何も見つからなかったの」
家主はその話を聞きながら、どこか違和感がある様な気がしたが、それ以上に話が面白かった為に気のせいとする事にした。
そして、話の続きを促す。
「そうそう、少し話は変わるけど、オーディンと言う神様は知っている? とても知識に貪欲な神様で、とっても強いんだって」
家主は不思議そうに首を縦に振るが、何故こんな話をしたのかは一向に判らない。
まあ、どうでもいい話である、と、続きをまた、促した。
「そうね、話を戻すわ。
そうして、犯人を探していたある日の事よ。
その日は特にネズミの足音がうるさくてね、皆少し不思議に思ってたの。
そしてついに決定的におかしなことが怒ったわ。なんとね、天井裏から、ぐぅ~、と、お腹が鳴る音が聞こえて来たの。さすがに騎士団も気付いたわ、何者かが天井裏に隠れていたのだと。
そして、それが犯人なのかもしれないと。それでも問題がないとは高をくくってたわ。
だって犯人は集団犯でほぼ間違いがないと思われていたのだから、天井裏のスペースから考えてもせいぜい逃げ遅れの一人か二人だろうし、今まで襲われてこなかったからこそ大した戦闘能力はないと思っていたのよ。
それでね、騎士の一人がとりあえずの様に武装をして天井を見に行ったの。
次の瞬間、何が起こったと思う?」
家主は考えるが、答えは出ない。だが、話の流れで行くと、
――悲鳴を上げながら落ちて来た、とか?
と、考えを話してみた。
「残念、ちょっと惜しかったわ。叫び声を上げたのは昇って行った騎士じゃないの。
首を失った状態で落ちて来た騎士を見た仲間達よ。
その時、その騎士団の一部は捜索に出ている時だったからね、人数が少し足りなかったんだけど勇敢にその天井裏の敵と戦ったそうよ」
――それで、その魔物を打ち倒したのかい?
と、家主が訊く。
「いいえ、この物語の主人公がまだ出てきていなかったでしょう?
ここからがその主人公の話。
その主人公はその時捜索に出ていた内の一人だったの。そして拠点に帰ったとき、最初にドアを開けた騎士の二人の首が勢いよく飛んだの。
そして出て来たのは、少女だったそうよ。
そして、その少女と勇者は戦い始めたんだけどね、ほんの数分後よ。一人を残してその騎士団の騎士は全員死んだわ。そして、騎士は今更のように少女の、魔物の正体に気付いたわ」
――その正体って、一体何なの?
「騎士の推理ではね、転生者、らしいわよ」
――転生者? 転生って、あの、仙人級の人がする生まれ変わりの秘術の事?
「そう、その転生よ。でも、騎士の推理ではそれはただの転生者では無かったわ、その少女の正体はね、神様だと推理したのよ。
我ら騎士団を此処まで追い詰めるのはそんな存在に他ならないだろう、とね。
そしてその正体は実際に当たっていたわ。そしてその神様、いえ、神様の成れの果てのその少女はね、冥土の土産と言って名前を教えてから、その騎士を殺したそうよ」
なるほど、騎士の悪者退治とはいっていたが、退治には失敗していたのか。
しかし、気になるな。
――その神様の名前と言うのは、一体何だったの?
「そうね、ところで話は変わるけど、人の記憶や知識を脳を食らう事で吸収すると言う秘術を知っている?」
――知らなかったけど、それがどうか? …あ、なるほど。その神様の名前はオーディンね。
「そう、当たりよ。オーディンは知識に貪欲、知識をかき集める為に人間の知識をかき集めていたの」
――なるほど。全ての納得が言ったわ。宿代にはその話で十分ね。ご飯を作ってあげる。
そう言って家主はコンロに向かい、一つ最初から気になっていた事を聞いてみる。
――ねえ、貴方は何故その話を知っているの?
「それはね、――」
「――オーディンの目は、片方ないからかしら?」
何処で気付きました?