第四話:「嘘」
「イシス様」
俺は、民家横の小道にある水たまりにいるイシスに向かって問いかける。
粗末な布を身体に巻いた少女は、懇願するような目をする俺を見つめる――。
競艇を終えた俺は、例の水たまりの前に来ていた。
先ほどまでは澄み渡る青空だったのに、この小道に来た途端、急に雲行きが怪しくなってきた。
雲により日光が遮られ、夕焼けも不気味な紫色をしている中、俺は虹色に輝く水たまりを見つけたのだ。
俺は水たまりの前に立った時、待っていたかのように水が波たち、中から少女が出てきた。
「イシス様」
俺は長い髪に隠れた彼女の瞳を見つめながら、もう一度彼女へと問いかける。
長い髪から水が滴り落ちる彼女は、水霊のように恐ろしくも見え、また神々しくも見えた。
「先日は、未来を見せていただきありがとうございました!!」
俺は、声を大にして叫び、深々と礼をする。
そんな俺を見て、彼女は髪をかき上げると満足した表情を浮かべた。
「そうかそうか。で、今日の結果はどうだったのだ?」
俺は、その言葉を聞き心の中で「待ってました!!」と呟く。
そして、先ほどまで考えていたストーリを語り始めた。
「それが……。あまり芳しくなく……」
俺がイシスに語った内容がこれだ。
未来に飛ばされ、帰還した翌日。俺は競艇に行った。
俺は未来で手に入れた結果を使って、賭けを続けた。
しかし、思ったように当たらず、結果は12レース中3レースしか当たらなかった。
結果お金を摩ってしまい、無一文になってしまったというものだ。
今日の結果から言えば明らかに真逆の結果だが、俺は神妙な面持ちで淡々と彼女に語り続けた。
「……そうか。おかしいな」
彼女は俺の話を聞くと、下を俯きブツブツとつぶやき続ける。
……1分程経っただろうか。
彼女は俺を見据えると、決心したような表情をする。
「満足のいく結果が出なかったのは申し訳ない。何かがおかしかったようだ。
すまないがもう一度チャンスをくれないか?」
俺は彼女の声を聞くと、心の中でガッツポーズをする。
『よっしゃあ! 期待通り!』
俺が心の中でそんなことを思っていると、彼女は訝しそうな表情へ変わり、こちらを睨みつけた。
「おい。なんでそんな嬉しそうな顔をしておるのだ」
その声を聞き、俺はドキッとすると下を俯き、返事をする。
「……チャンスですね。申し訳ないですけど、よろしくお願いいたします」
「なんか怪しいな……。まあ良い。もう一度未来へ飛ばすぞ。私についてまいれ」
彼女はそういい放つと、顔をぐるんぐるんと回し始める。
それにあわせるように、彼女の髪もぐるんぐるんと周り始める。
俺はこの状況に顔を引きつらせる。
この特異な状況には慣れない。何故か体から嫌悪感があふれ出すのだ。
その後、彼女は俺の腕をつかみ、水たまりへと引っ張り始める。
「あ! イシス様。ちょっと待ってください」
俺は彼女へ言葉をかける。彼女はそれを聞くと、引っ張っていた腕を止めた。
「なんだ。申してみよ」
未来へと飛ばすタイミングを失った彼女は、不機嫌な声で俺へ問いかける。
「あの……。一週間後の土曜日に飛ばしてもらえませんか? 競艇はその日しかやってないので」
「……ふむ。分かった」
彼女は頷く。俺はこの返答を聞き心の中で喜ぶ。
この「競艇が土曜日にしかやっていない」というのは嘘だ。
競艇は、平日も普通にやっている。無論、明日もやっている。
ただ、土曜日は同僚が一緒に競艇へ来てくれるのだ。
先ほど、連絡を取り同僚から了解を得ていた。
同僚に俺が負けないところを見せてやりたい。
そして、俺に心配をしないようになってほしい。
俺はそう思っていたからこそ、彼女へ期日の要望をしたのだ。
「言いたいことはそれだけか?」
彼女は、俺を見つめると問いかける。
俺は彼女を見つめると、頷く。
「じゃあ、行くぞ」
彼女は俺の腕をつかむと、ずるずると水たまりの中へと引っ張りこむ。
水たまりの中に吸い込まれる最中、俺は眉をしかめる。
前回は感じることのなかった、心を締め付けられるような違和を感じたからだ。
しかし、そんな気持ちはすぐに掻き消えると、俺は水たまりの中へ完全に吸い込まれた。