第三話:「大勝」
翌日。晴れ渡る青空の下、俺は昨日の出走表を鞄の中に入れ、競艇場を目指していた。
今日は日曜日。G1グランプリが開催されるため、競艇場もいつも以上に混んでいるだろう。
俺はそう思い、普段より1時間程早く家を出た。
なぜ早く家を出たか? それは、第一ターンマークがよく見えるいつもの席を確保するためだ。
競艇はやっぱり第一ターンマークが一番の見どころだ。
それを間近で見れないというのは俺の中であってはならないことだった。
「さて、どうなるのだろう……」
俺は呟く。この出走表には、昨日? 見たレースの結果が全て書いてある。
それを思い出し、俺は半分期待、半分信じられないといった気持ちで電車へと乗った。
電車に揺られること1時間。俺は競艇場へと到着した。
昨日見た未来と同様に、大勢の人が入場をしていく。
俺は、100円硬貨を入場口に入れ、近くにある棚から出走表を取った。
「う、うん。やっぱり見たことあるやつだな……」
俺は出走表を眺めながら、いつも通り外の自由席へと向かう。
第一レースのスタート展示はこれから1時間後。
俺は第一ターンマーク付近の空いている席に滑り込んだ。
「まじか。もうこんなに埋まっているとは……」
俺はこの時間にこんなに人が来ていることに驚く。
席は既に8割方埋まっていた。
「よし……」
俺は決心すると、昨日未来で手に入れた出走表を鞄から出し、先ほど取った出走表と見比べする。
「…………やっぱり全く一緒のことが記載されているな」
俺は驚く。やはり昨日体験したことは本当だったんじゃないだろうか……?
俺はにんまりすると、先ほどもらった出走表に未来から手に入れた出走表の内容を転記した。
なぜって、予備を作るためだ。なくしたら困るからね。
◇
「よし、第一レースは6-3-1だな。よし……」
第一レースの展示航走が終わった後、俺はマークシートを取りに向かう。
そして、出走表に記載された数字の順番を見ながら、持ち出してきたマークシートを塗りつぶしていく。
第一レースはいきなりの万舟券だったはず。
未来から持ってきた出走表には5万8600円と記載されていた。
俺は、賭けに出てみた。
6-3-1に1500円を賭けることにした。未来で見たことが正しいのならば、これで大勝できる。
ただ、もしかしたらただの幻想かもしれない。俺はそう思い、他の所にも賭けることにした。
10分後、投票が締め切られると、レースを始めるために、レーサー達がスタート位置へと向かっていく。
「……未来で見た通り一番インコースに2号艇がいるよ」
俺はほくそ笑む。起きることが全て未来通りに起きるのだ。
俺は目の前で起きていることににやにやしてしまった。
そして始まるレース。
1秒を刻む軽快な音が鳴り響きながら、各船がスタートする。
「さて、どうなるかね……?」
俺はにやけながらレースを確認する。
そして一番大事な第一ターンマーク。
3号艇がまくろうと加速し、進路を阻まれた1号艇は水しぶきを上げつつ他舟と交錯する。
そんな最中、隙間をするすると抜け、アウトコースの緑色が先頭に躍り出た。
「……まじか。すごい」
俺は感嘆の声を漏らす。
第一ターンマークが終わった後、舟の順番は6-3-1。未来で見た順番通りだった。
そのまま順位が変わることはなく。各船はゴールインした。
「6-3-1。6-3-1!」
俺はにやにやが止まらなかった。人生の中で一番の大勝になりえるからだ。
その後、暫く経ち会場にアナウンスがされる。
『ただいまのレース。3連単6-3-1。5万8500円……』
「ん?」
この放送を聞き、俺は首を傾げる。
あれ、出走表に書いてあったオッズと少し違う……。
そう疑問に思ったが、俺はすぐに納得した。
未来で見た時より、俺が多めに買ったのだ。その分オッズが下がって当たり前だろう。
むしろそんなことが忠実に反映されているこの状況に、俺はにやついてしまった。
「すごいな。本当に凄い……。とりあえずオッズ585倍ってことは……」
俺はスマホをアンロックすると、電卓で払い戻し金額を計算をする。
「は、八十七万ななせんごひゃくえん……」
はじき出された数字を見て、俺は暫く固まってしまった。
◇
その後もレースは続く。
俺は第一レースで当てた87万円を払い戻し機で現金化すると、それを元出に賭け続けた。
無論、結果が書いてある出走表通りに賭け続けた。
俺はその時、払い戻し金額にも気を配り続けた。
100万円を超える払い戻し金額は、自動払い戻し機では払い戻すことができない。
銀行に直接行って払い戻さなければならなくなる。
そうなると、払い戻す時に銀行員さんに怪しまれるかもしれない……。
だから俺は、1レースごとに100万円の払戻金を超えないように舟券を購入し続けた。
だけど、一回も100万円を超えさせないのは面白くない。
このレースの最中、俺は一番オッズが高いレースで勝負に出た。
3連単、4-6-5。オッズは720倍の第六レース。俺はここで50万円分の舟券を買った。
自動券売機に50枚の諭吉を入れている時、周りの人から白い目で見られたのは内緒だ。
いつ誰に声をかけられるか、俺はドキドキしながら発券機に諭吉を挿入し続けた……。
結果、オッズは俺が買ったことにより若干下がったものの650倍で留まった。
5000口購入したので、500,000×650で3億2千5百万円。
この場で換金こそできないが、俺は銀行で3億円を手に入れる権利を手に入れた……。
◇
全12レースが終わり、俺は家路につく。
鞄の中には現金化した大量の諭吉が収められていた。
総額約1000万円。そして財布の中には3億円と交換できる舟券が収められていた。
今日の元金は第一レースで賭けた2000円。それが今日、3億3千500万円へと化けたのだ。
実に167500倍。俺は外を歩くことが恐ろしくなると、鞄を抱えるように競艇場を後にする。
「とりあえず銀行に預けるか……。だけど、国に絶対ばれるよな。競艇で稼いだって言っても信じてくれなさそう……。どうしよう」
俺はブツブツと呟きながら、1000万円を預けるために、逃げるように競艇場近くのATMへと駆け込む。
そして、全てATMへ預けてしまった。
なお、今日は銀行の窓口は営業していない。
明日の昼に銀行に行こう。俺はそう決心をした。
一転身軽になった俺は、電車に乗って家へと帰る。
3億3千万円稼いだという実感がないまま、俺は電車に揺られた。
「とりあえずいつも心配してくるあいつに報告するか……。これで安心してくれるといいんだけど」
俺はぼうっと呟く。あいつが安心して、小言を言わなくなってくれれば、また競艇に誘ってもいいかな……。
俺はそう思い始めていた。
「あと……。イシスか」
俺は思う。大勝を俺にくれた、イシスにもお礼を言わなきゃな。俺はそう思った。
「……だけど」
俺は考える。
イシスは今回未来を見せてくれた。
ならば、頼み込めばまた同じようなことをしてくれる可能性が高い……。
「ちょっと嘘ついてみようかな」
俺は心の中で黒いことを考え始めてしまった。
3億3千万円を稼いでしまった本庄。
しかし、これを全て自分のお金にすることはできません。
稼いだ分だけ、税金を払わなければならないのです。
今日稼いだ金額だけでいうと、
(335,000,000-1,502,000-500,000)÷2=166,499,000円
この金額が一時所得として所得に加算されます。
結果、所得税が71,601,200円、住民税が16,649,900円
合計88,251,100円分の税金を支払わなければなりません。
実に26%……税金って高いですね。