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硝子玉  作者: 夢島つづら
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一枚の硬貨

舞台は山鳥創が退院した後から始まった。夢島千鶴は山鳥の入院費の保証人だと名乗り彼を探偵業へと導く。そこから始まるミステリー。今日も山鳥は夢島にどのように振り回されるのか。さあ、事件を解くのはこれからだ。

プロローグ


 『初めて恋をした。口の中に甘さが広がった。胸が締め付けられたような気がした。まるで相手に囚われたのかのように鎖が己の周りを纏わりつく。嗚呼、苦しい。苦しいけれどこの気持ちは幸せに近かった。嬉しくてたまらなかった。嗚呼、これがきっと恋と呼ぶのだろう。初めて体験した甘い、甘い思い出』




第一章


 暑い……暑すぎる。俺、山鳥創はこの夏特有の暑さに参っていた。日差しが痛いほど窓から降り注ぐ。此処は窓際探偵事務所。何故か俺は夢島千鶴という悪魔のような男に此処に無理やり入れられた。悪魔のような男と言うよりは悪魔と契約させられたようなものだ。俺は大きな病気を背負っていたらしい。らしい、というのはそこの記憶が曖昧だからだ。俺はその病気の費用を払えるお金は持っていなかった。しかし、夢島は違う。彼奴は金をウン百万もする金を持っていた。そしてそいつは俺が退院した後、入院費と手術費を払ったことを条件に此処、探偵事務所でそいつの相棒になって働くという条件を出したのだ。正直訳が分からなかった。分からなかったけれど行くあてもなく、ウン百万を返せる筈も無く、渋々と承諾をしたのだ。そして現在に至る。

「創、依頼が来たよ」

玉のように弾んだ声が耳に響いた……嗚呼、彼奴だ、彼奴が来た。俺は溜息を吐きつつあの悪魔へと顔を向ける。

「よう、夢島。今度の依頼はなんだ?」

茶色の癖のある髪の毛、それをポニーテールにして結んでいる。身長は俺の肩くらいで小さめで、くりくりと小動物のように可愛らしい瞳がこちらをじっと、見詰めた。夢島千鶴がこの顔をする時は何かを企んでいるときだ。

「あのね、今回の依頼は凄いよ」

そう言いつつも彼が手に持っていたであろう何かをこちらに軽く投げてきた。

「おい、馬鹿、あぶねぇだろ」

そう言いつつも受け取ったが、彼奴のする事は突拍子でも無さすぎる。困ったものだと手に取った其れへと目を向けた。

「……金か?」

「違うよ。創、硬貨だよ」

金も硬貨も同じだろ。そんな言葉を飲み込みつつもあーそうですかと頷く。

「んで、これが何かに関係するのか?」

一見普通の硬貨にしか見えないとは思ったが、よく見ると硬貨に紅黒い線がつぅ、と一線流れていた。

もしかして……

「おい、夢島…お前まさか」

そう、顔を青くした俺に夢島はきししと楽しそうに笑う。

「あ、気づいた?これ自殺した女子生徒が最後に手に持ってたものなんだって。貴重な証拠だから大切に扱ってね」

馬鹿野郎。なんでそんなもの簡単に人に持たせてるんだよ、この馬鹿は。俺は慌てて机の上に置いてあった箱からティッシュを取り出してその上へと置いた。

「大事な証拠を粗末に扱うんじゃねぇよ」

大切に扱ってないのはアンタの方だ。俺は早々に頭を抱えた。

こんなに頭が痛いのは夏の暑さのせいか、それともこいつのせいか……こいつのせいだな。

       

       *


ある一人の女子生徒が自殺をした。

名前は川本静といった。彼女はいつも通り家に帰宅したそうだ。怪しいところは何も無かった。本当に普段の通りである。所が、お風呂に彼女が入った時だった。何時間経っても彼女は上がってこなかった。母親が風呂場を覗いてみると彼女は風呂場で手首を切って自殺をしていた。手にはしっかりと硬貨が握られていた。

       

       *


これが母親の証言だ。

依頼は硬貨を何故彼女が握っていたのか、そして自殺の原因はなんだったのか突き止めて欲しいとの事だった。

「ねえ、創」

夢島がこちらに話しかけて来る。こいつと関わるとろくな事がないんだよな……でも、相棒だ。返事をしないわけには行かない。

「なんだ。何かわかったのか」

そう聞くと横に彼は首を振った。そして唇に人差し指を押し付ける。それは此奴が考えている時の癖だ。

「……ひとまず彼女の家に上がらせてもらおう。もしかしたら遺書か日記があるかもしれない」

「おう、そうだな、行ってみるか。まずは身の回りからが肝心だよな」

そして俺たちは川本静の家に向かう。道中夢島が何度か電柱にぶつかっているのを見たが他人のフリふりをした。此奴は何か一つに集中すると周りが見えなくなるらしい。



第二章


 川本静の家に着いた。彼女の家はマンションの一室で、三階らしい。とにかく母親に会うべく俺らは川本と書かれた部屋へと向かう。


『305』と書かれた部屋のインターホンを押す。遠くからピンポンとリズムよい音が聴こえてきた。この音とは対照的に辺りの雰囲気はどんよりとしていた。いかにも何かあった後の様だ。実際人が死んでいるから当たりなのだろうか。

「はい、どちら様ですか」

見るからにやつれた女性が出てきた。声はか細くかすかに枯れていた。目は紅くなっており先程まで泣いていたようだ。

夢島が前へと出る。

「こんにちは、初めまして。窓際探偵事務所の夢島千鶴と言います。先程ご依頼された川本さんですよね。彼女について知るために今回は伺わせて頂きました。成人男性二人が女子高性の部屋を散策するのは抵抗があるかもしれませんがよろしいでしょうか」

まあ、つらつらとでるもんだ。此奴はそういう挨拶には慣れている。それには助かるが何とも悔しい。

川本母はそれを聞くと首を縦に振りながら手招きをした。

「お願いします……どうか、どうかあの娘の事を教えてください。自分では怖くて見れなかったんです」


もう一度お願いしますと言うと彼女は涙を流した。泣きたい時は泣いてもいいんですよと夢島はハンカチを差し出した。


      *

川本静の部屋は整理整頓をされていて綺麗な部屋だと感じた。本は本棚へ、勉強道具は机の上、ベッドには可愛らしいくまのぬいぐるみが置かれている。嗚呼、女の子の部屋だな。

そう考えつつも何か手掛かりがないかと探す。

ふと、一冊の教科書が不自然に膨れ上がっているのが目に止まる。勉強の途中でノートに挟んだのだろうか。不思議に思いつつ俺はノートを開いた。


『〇月〇日

制服姿が可愛らしいねと言われた。そんな事を言われたのは初めてで心が擽ったくなった』


『〇月×日

今日もあの人に出会った。分からないけれど心が踊ってふふと思わず笑ってしまった。嗚呼、私は幸せだ』


可愛らしい日記だった。まるで少女が恋をしているような甘酸っぱい日々がつらつらと何日かにわたり綴られていた。

「恥ずかしいな、こりゃ」

そう照れる感情を押し殺しながら読み進めて行けば、途中でふと内容が変わる。


『〇月△日

彼にこれ以上付きまとうなと言われた』


『〇月□日

心の底からふつふつと湧き上がるこの黒い感情はなんだろうか。私には分からなかった。黒く黒く、どす黒く、まるで先の見えない闇のような感情。その感情は一人の人に向いていた。そしてその人を何処かへ消し去ってしまいたいと思うのだ。嗚呼、要らない。』


彼女の日記はここで途切れていた。

「創なにか見つけた?」

能天気な声が後ろから聴こえてきた。緊張感がないなと思いつつ日記を夢島へと見せる。

「これ、川本静の日記みたいだ。……最後の方はなんつーか、嫉妬かこれ?好きな奴に突き放されて自暴自棄になっちまってる」

「……本当だ。しかも最後は消し去ってしまいたいで終わってるね」

これに関係がありそうだと夢島はうんうん、と頷いた。

「よし、創。ならする事は決まったね」

「へ、何がだ」

「何がって何がさ。潜入だよ。潜入。制服を着て、彼女の学校に行って真実を確かめなきゃ」

「は」

思わず素っ頓狂な声がでた。嗚呼、また突拍子でもない発言に俺は巻き込まれるのか……

勘弁してくれよ。


 「大丈夫、僕に任せて」

学生服に身を包む夢島。こういうのは得意だよと嬉々として女子生徒に変装する姿は女の子そのものだった。元々顔が童顔だから余計に違和感が消えちまってるじゃねぇか。

「嘘だろ……なんで似合うんだよ」

そう言いつつも男性用のブレザーを着る。大体何処で入手したんだこいつは。俺は25だし、彼奴みたいに童顔じゃない。流石に違和感があるんじゃないか。そう思い、鏡は怖くて見れなかった。

途中夢島が似合ってるよと言ってくれたがそれはきっとお世辞だろう。てか、お世辞だな。

くそっ……

そんなこんなで俺達は彼女が行っていた学校へと潜入をする事にした。どうか神様、バレませんように。通報されませんように。




第三章


 学校に来た。どうやら放課後の様で生徒達の帰る声や部活動をする声で賑わっている。何処か懐かしい感じがする。そんな若々しい彼らを横目に自分の姿を見る。確かにブレザー自体はサイズピッタリで違和感はない。ただ、やはり彼らの若々しさを己では感じられない。

「流石にこの年で制服はきつくないか……?」

再び呟きたくなるくらいに似合わない己の姿に後悔をした。せめて保護者の立場で来れば良かった。そうすればまだマシだったのに。あの悪魔に乗せられた俺は馬鹿だ。

くそっと内心吐き出しつつも隣を見る。なんで本当に似合うんだよ。

「似合う?少し化粧もしたんだよね。ほら、女子高生ぽいでしょ」

嬉々として楽しむ彼の姿に俺は頭を抱えた。

「なあ、夢島……何でそんなに平気なんだよお前」

「そりゃあ、探偵ですから。これくらいはおちゃのこさいさいだよ山鳥創君」

ふふん、と得意げに笑う彼の姿に殺意が湧きそうだった。そんな俺に気にすることも無く彼は俺の手を引く。

「ほら、早く行かないと情報が聞けなくなっちゃう」

「おい、焦らすなよ。大丈夫分かってる」


「そこで何しているんですか?探偵さん達」

「へ」

俺と夢島の声が重なった。

目はぱっちりとしていて二重。そんな二枚目顔にオレンジ色の髪の毛。前髪は横で紅いピンで止められている。この学校のものであろう制服にパーカーを羽織ったいかにもチャラそうな少年が急に声を掛けてきた。しかも探偵さん達だと?やっぱり俺にこの格好は無理があったんじゃねぇか。いや、そもそもなんで探偵だとわかったんだ。

「だ、誰だ、アンタ」

絞り出した様な声を出す俺にその男は話しかける。

「あ、すみません突然。驚きましたよね…俺は緋ノ坂、緋ノ坂もみじって言います」

ぺこりとお辞儀する少年の姿につられてお辞儀をした。見た目の割に礼儀は良いんだな。

「んで、なんで俺達が探偵だって……」

「嗚呼、そのことなのですが、其方の所長から聞いて来たんですよ、俺」

「所長に?」

「ええ、彼は俺の保護者みたいなもので……それで俺の学校で依頼を受けた人が居るって聞いたんです。しかも…」

そう言いつつ彼は口を噤んだ。しかも、なんなんだ。

「まあ、立ち話もなんですし一度何処かに入りませんか?」

美味しい場所知ってるんです。と、へらりと眉を下げながら笑う彼の姿に俺達は頷くしかなかった。

      *

蕎麦屋に来た。何故このチョイスか分からなかったが蕎麦屋に来た。蕎麦屋『お花』。いつからあるのかはわからないが探偵事務所の下にあるせいか行きつけている。上手いんだよな。ここの蕎麦。夢島は嬉々として椅子に座りながら脚をぶらつかせていた。いや、楽しそうだなアンタ。

それはそうとひとまずは緋ノ坂もみじと言うやつに此処に連れてこられた訳だが…

「花田さんオムライス三つお願いします」

「オムライス!?」

彼の注文に思わず俺は動転した。おい、此処は蕎麦屋だぞ。なんでオムライスなんだ。待って、待ってくれ…色々と追いつかない。

そんな俺を他所に夢島は楽しそうに緋ノ坂と他愛もない話をしていた。

「ねえ、君はあの高校の生徒なのかい?」

「ええ、そうなんです」

「へえ、なら学校の事情には詳しかったりするかい?」

「…詳しいかどうかは分かりませんが多少は」

そうかそうかと笑う夢島の顔が急に険しくなる。一瞬だが背筋が冷たくなった。

「なら君は川本静という女子生徒を知っているかい?」

一瞬だがその場が静まり返った。俺達しか客は居ないから誰もしゃべらなかったら静まり返るのは当たり前だ。でも、本当に何とも言えない緊張感が周囲に漂う。

「………………はい」

絞り出すような声だった。

「…知っています。俺は彼女を知っています。彼女は俺が好きだった人ですから」

      *


『あなたと会うだけで幸せだった。あなたを見れるだけで幸せだった。恋をするということは本当に素晴らしいものだと感じる。嗚呼、神様。どうかあの人と一度でもいいから接点を持てますように』



第四章


確かにこの蕎麦屋のオムライスは絶品だった。卵がふんわりとしていて口当たりがよく、酸味の効いたチキンライスが卵に絶妙にマッチしていて仕事の事を忘れてしまいそうになる。お、鳥もパサパサしていなくて美味いな。そうだ、また頼んでみるか。そう思いつつ俺は匙を進めた。

「それで、川本静が好きだったってどういうことなんだ」

「好きだったは、好きだったです。それ以上も以下もありません。俺は彼女に恋をしていました。でもまさかあんなことになるなんて……」

緋ノ坂が俯く。そうだよな、好きな人が突然死んだなんて信じたくはない。しかも自殺で、だなんて。

「ということは、君の片想いで良いのかな?……そうだ、好きだということは彼女を見ていたということだよね」

「ええ、まあ……それがどうかされましたか」

「いや、川本静さんは誰かに恋をしていたようなんだ。だから、誰かを彼女は見つめていなかったかい」

そう言いながら此奴は緋ノ坂に彼女の日記を見せた。おい、好きだった奴にそれは拷問だろ。事件の真相を知るためには仕方ないよと、俺の心を読んだかの様に夢島が言う。緋ノ坂は真剣な表情で日記を手に取れば一つ一つ丁寧に読み進める。彼の目尻に涙が滲んでいくのが見えた。

「……彼女が死んだなんて信じられませんよ、ほんと」

涙を流しながら呟く彼を見ると胸が痛む。我ながら残酷なことをしているな。罪悪感が拭えない。

「……読みました」

夢島が差し出したハンカチで涙を拭う緋ノ坂。本当に好きだったんだな。

「…それで、何かわかったことはあったかな。ほんの些細なことでも良いんだ。教えてはくれないかい」

「……そうですね。確かに川本静は誰かを見ていました。それは知っています。でも、それは僕じゃなかった。分かりませんが、誰かに恋をしていたのは確かだと思います。一度話したことがあるんです。その時に『貴方は素直なのね。あの人とは大違い』と言われたことがありました。」

「あの人?」

「ええ、誰かは分かりませんがあの人、と彼女は言っていました」

あの人……か。それだけの情報じゃ分からないな。そう悩む俺を横目に今度は夢島が硬貨を差し出す。おい、それは俺がティッシュの上に置いておいたやつじゃないか。持ってきたのか此奴…相変わらず侮れないな。

「この硬貨に身に覚えはないかな」

問いかける夢島に緋ノ坂は少し悩んでか口を噤んだ。

そして横に首を振る。

「……いえ、知りません」

   

      *


「んで、どう思う?」

「どう思うって何がだよ」

緋ノ坂もみじから話を聞いてから学校へ再び向かう途中、夢島は俺へと問いかける。

「だから彼の事だよ。緋ノ坂君のこと。彼は本当に金貨を知らないと思うかい?」

「どういう事だ、夢島」

「だってさ、彼がもし知っていたとしても僕達に情報を言うと思うかい?ましてや好きな人だ。そんな人の情報を彼が簡単に漏らすとは思わないと思ってさ」

彼の言葉に確かにそうだと頷いた。確かにそうだ。簡単に好きな人の事を全部素直に言うとは思えない

「彼は何か隠してるのかもしれないね。……」

「ん?」

「彼が言っていた『あの人』って言うのは気になるかな」

「『あの人』……」

確かに気になる。緋ノ坂の言っていた『あの人』とは一体誰なんだろうか。頭をひねってみたが思いつかない。

ひとまず学校に行こう。そうすれば何か分かるかもしれない。分かったら良いんだがなぁ。ふと、硬貨の事が頭に浮かんだ。もしかしたら今回の事件は硬貨に関するものなのかもしれねぇ。そうしたら硬貨は……

そんな事を俺は夢島の後ろを一歩下がって歩きつつ考えた。少しでも良いから速く真実が知りたくなる。探偵っていうのは地道だ。地道で時間が掛かる。悔しさともどかしさに俺は頭を掻いた。



第五章


 再び俺達は学校に着いた。ずっとこのままだったから忘れていたがまだ制服を着ている。そろそろ着替えたいが夢島が許してはくれなかった。

ひとまずは学校の外周を回ろうと夢島が提案する。特に思いついていなかった俺はわかったと承諾した。

学校の裏の通りへと行くとガサゴソとゴミ捨て場を漁る人物が見えた。制服ではなく白衣を着ているその人は恐らく学校の教員だろうか。

「何か探しものですか先生?」

夢島が声をかける。おい、早すぎだろ行動。しかも裏声で話しかけてやがる。

そんな俺に気にせずに夢島は先生であろう人へと歩みよる。

ひょろりとした身体。背が高いせいか猫背になっている。顔には黒縁メガネがかけられていて、目尻には隈が出来ていた。いかにも不健康そうな男性だった。ネームプレートには三上俊之と書かれている。どうやら科学の先生の様だ。

「……嗚呼、ちょっと大切な物を無くしてしまってね。今探しているんだ」

「大切な物……良かったら私達も探しましょうか?丁度暇をしていたんです。それで…」

「良いよ。大丈夫。とても大切なものだから自分で探したいんだ。君たちは部活にでも行きなさい。若いうちはそういうことをしたらいい。人助けに手を貸すよりも時間を無駄にすることがないからね」

そうですかと女装した夢島が俯く…俺は教師の方をちらりと見た。特に何か気になったことはないと言えば無い。唯、探しているあいだもずっと左のポケットに手を突っ込んで居た事には違和感を感じた。


      *


「なあ、夢島、ひとついいか?」

「なぁに創?多分同じこと思ってるけど、どうぞ」

ふふんと楽しそうに笑いつつ言うこいつの姿に一発入れたくなったが、周りから見たら男が女に暴力を振るっているようにしか見えないから止めた。

「いや、あの先生の事なんだけど、あの人いつも左手ポケットに入れていると思うか?」

「そうだよね。やっぱり君も気になった?多分何かしら理由があると思うんだけど……」

どうしてだろうと夢島は指先を唇へと押し当てんーと唸った。

「ひとまずは手掛かりが欲しいね。そこら辺の生徒にでも話聞いてみようか」

      *

「ねえ、ちょっといいかな?」

夢島が率先して女子生徒に話しかける。こういう時は社交的なあいつに頼んだ方が良い。きっと俺だったら確実に相手に逃げられる。

「え、ええ…何かしら」

警戒しつつも頷く女子生徒。そりゃいきなり声をかけられたら警戒もするわな。

「あのね、科学の先生の事なんだけれど、あの先生ってさ、いつも左手ポケットに突っ込んでいたっけ?」

「あら、あなた知らないの?三上先生がポケットを手にずっと入れてるのは有名な話でしょ?何か大切な物をずっと持ってるって噂よ」

「へえ、そうなんだ。大切な物って何か分かるかな」

「んー、そうね。噂では指輪とか何か大切な人から貰ったものが入ってるって噂だけれど…見た人は誰も居ないみたい」

「そっか、教えてくれてありがとう」

夢島は礼を言うと手を振って女子生徒を送り出す。

「大切な物が入ってる。ねぇ、」

それが何か分からないがきっとさっき探してたのはそれだろうな。そう思いつつも夢島の方を見る。

「指輪ってあの子は言っていたけれど、大きさ的には硬貨もありっちゃ、ありだよね。どう思う?」

「確かにそうだな、もし硬貨だったら真実が見えてくるかもしれない」

そうだねと夢島が頷く。確かに硬貨だった場合なんで先生の硬貨を川本静が持っていたんだ。何かあるんじゃないのか。なんでずっと握り締めていたモノを……ふと急に奥歯に激痛が走る。いってぇ、すぐさま俺は頬を抑えた。

「創、大丈夫かい?」

心配そうに見る夢島にこくりと頷いた。

「嗚呼、奥歯がちと痛くなっただけだ」

「虫歯でもあるのかな?ちゃんと歯磨きしないと駄目だよ」

「ばかっ、ねぇよ」

そんな彼の言葉とは裏腹に夢島は唇に指先を押し当てる。

「ねえ、創。もう一度緋ノ坂君に掛け合ってみないかい?」


      *

再び俺達は緋ノ坂と会うことにした。目の前には明るい髪色をした彼が座っている。良く見たら結構イケメンだな此奴。

顔がいいと思いつつもひとまず夢島は金貨を彼の前へと差し出す。

「緋ノ坂君、もう一度聞いてもいいかな」

「はい」

「これについて何も本当に知らないかい?」

「…………知りません」

俯きつつも緋ノ坂が呟いた。

「なら、話を変えよう。君は科学の先生が左手のポケットにずっと手を突っ込んで居るのを知っているかい」

その言葉にこくりと頷く。やっぱりそれは有名な事なんだな。

「その中身は何か知っているかい?とても大切な事なんだ。僕達は唯真実を知りたい。自殺した川本静さんの為に知りたいんだ」

「彼女の為……」

その言葉に緋ノ坂は俺達の方をじっと見つめる。

「嗚呼、彼女の為だ。頼む、教えて欲しい」

「………………分かりました。お役に立てるか分かりませんが僕の知っていることを話します。彼女は僕の中では大切な存在でした。でも彼女は別の人を見ていました。誰かは分かりませんがそれは知っていました。唯、ある日僕は見たんです。彼女が先生の……三上先生の机の上から硬貨を持ち去ったのを。三上先生のポケットには何が入ってるかは分かりません。でも、彼女が彼の持っていた硬貨を持って言ったことは知っています。彼女が好きだったのはきっと三上先生です」

      *

『神は私にチャンスをくれた。それは一度だけのチャンスであり私の過ちであった。私はあの人に近づきたくて、あの人の存在が欲しくてそっとあの人のあるモノを持ち去った。そう、私は禁断の行いをしたのだ』



第六章


 「話がひとつに繋がったな」

嬉々として言う俺に夢島がうー、と唸っていた。

「本当にそうかな」

「何がだよ。川本静が硬貨を盗んで自殺したのは事実だろうきっと」

「や、うん……そうなんだろうけど」

吃る彼の声に何がつっかえるんだよと俺は顔を顰めた。

「なんて言うか、なんで先生はその硬貨を大切にしてたのかなって。それでなんで日記に書いてあったように彼女を突き放したのかなって。なんて言うか、こう腑に落ちない点が幾つかあってモヤモヤするんだよね」

出た、夢島千鶴のモヤモヤ案件。これがあると事件が長引くんだよな…自殺した理由だけじゃ駄目なのかよ。

「駄目なんだよ。それだけじゃ納得いかない。真実には辿りつかない……ねえ、創。ちょっと一緒に調べてくれないかい」


      *

何故か分からないが川本静の家に再び来た。

「調べたいことってなんだよ、夢島」

訳が分からねぇと思いつつも夢島は俺を気に求めずにインターホンを押す。

「すみませーん、窓際探偵事務所の者です」

「はい、何か分かりましたか……」

「……いえ、なんというか、」

彼女の言葉に苦笑いを見せる夢島。分かってるだろうが事実。

「実は知りたいことがあってきたんです。あの、卒業アルバムってありませんか。あの、娘さんじゃなくて貴女の」

「私のですか?」

驚く彼女にはいと元気よく返事をする夢島。一体何をするつもりなんだ…

家の中に上がらせて貰いソファに座りながら卒業アルバムを手に取る。

「創、きっと此処に真実があるよ」

「どういう事だよ、夢島」

分からねぇと小さく呟いた俺は出されたお茶を飲み干した。美味いなこれ。

「あの、お役に立てるか分かりませんが……」

「いえ、充分たってます。ありがとうございます川本さん」

夢島はペラペラと卒業アルバムを捲る。

ふと、一枚のページで手を止めた。

その写真には川本静に似た少女とひょろりとした目つきの悪い男の人が二人で立って居た。少女はピースをしており少年は斜め横に視線をずらしている。その写真には二人を囲うように赤いペンでハート型に書かれていた。

「あの、すみませんこの人は」

「嗚呼、この人?私の初恋の人よ。三上俊之君って言うの」

その言葉に俺は思わずアルバムを床へと落とした。

「ね、真実見えたと思わない?」

笑顔で笑う夢島はまるで悪魔のようだった。

      

      *


「先生少しお話良いですか?」

俺達は学校の裏道に居る先生に声をかける。

「忙しいんだ、後にしてくれないかい」

「いえ、後には出来ません。この硬貨について話そうと思って来ました」

ピタ、と彼の動きが止まる。こちらを振り向く彼の姿はまるで飢えた野獣の様だった。

「それを……何処で……」

「その話は中でしましょう。きっと人気が無い方が貴方も良いでしょう」

そして俺達は科学準備室へと移動する。薬品の臭いが鼻へと入り込み再び奥歯が痛くなる。そんな俺を横目に夢島は話を続けた。

「この硬貨は貴方のモノであっていますか?」

夢島が再びティッシュに包まれた金貨を出す。三上は何度も頷いた。

「これは何処にあったんです?あんなに探しても無かったのに……」

「これは川本静さんの自宅にありました。知っていると思いますが自殺した生徒が握り締めていたモノです」

「っ、川本君が……」

一瞬青ざめた顔で三上は夢島を見る。

「ええ、川本静さんが。日記には貴方に恋をして、突き放されたから消してしまいたいという文がありました。誰にでも恋をするということはあると思います。どんな身分でも、どんな人でも……だから今回の事件は起きました」

「事件は起きたって……それは私のせいということですか!」

取り乱したように三上が叫ぶ。まあまあと夢島は刺激しないようにと三上に笑いかけた。

「……あとこれは僕の想像です。違っていることもあると思います。よく聞いてよく理解して、よく確認をしてください」

想像。それは本当に夢島の想像に過ぎない。でも侮ってはいけない。あいつの想像は当たっていることが多い。それは何故か確信をもてた。

「貴方は川本静さんのお母さんと同級生ですよね。卒業アルバムを調べさせて貰いました。貴方と同じクラスに静さんと良く似た方が居ました。昔、貴方は…三上先生は彼女に川本さんに恋をしていたのでは無いでしょうか。その硬貨はもしかしたら貴方のものではなくて本当は静さんのお母さんの持ち物なんでは無いですか。」

その言葉を聞いた三上はその場に崩れ落ちた。そして目尻からぽろぽろと涙を流す。

「仕方なかったんだ。彼女に惚れさせたい訳じゃなかった。俺は昔の川本を思い出して、初恋の人を思い出してかわいいねと声を掛けてしまったんだ。そしたら恋に落としてしまった。でも俺が好きだったのは彼女の母親だ。彼女に他の男が居て子供が居て、その子供が俺に惚れるなんて皮肉すぎるだろう。だから突き放してしまった。自殺するなんて思ってもみなかったんだ」

三上は泣き崩れたまま声を上げる。好きだった人の金貨を盗んで、ずっと持っていた金貨を好きだった人の娘に盗まれて……嗚呼、本当に皮肉だな。

「先生」

夢島が三上の肩をぽん、と叩く。

「確かに死んだ人は戻ってきません。でも、これが事実です」

……此奴はまた余計な事を。しん、と静まり返った教室には一人の男性の嗚咽が響くだけだった。


      *


『彼女が好きだった。一抹の恋かもしれないが本当に愛していた。だから過ちを犯した。罪を背負った。この日からこの硬貨は宝物になったのだ。嗚呼、僕は彼女を愛している。今日からこの硬貨は彼女の代わりだ。そう思うと心が暖かくなった気がしたのだ。』



エピローグ


 「本当に皮肉だったな、今回の事件は」

「そうかな……あのね、これは僕の想像なんだけど」

出たよ。想像。学校からの帰り道俺と夢島は探偵事務所に帰ろうと路地を歩いていた。

「三上さんは硬貨を盗んだって言ってたけれど、川本静さんのお母さんは三上さんに硬貨を上げたんじゃないかな」

「上げた?どういう事だよ」

「んー、なんて言うかこれは僕の想像なんだけどね、彼女は彼のことが好きだったって初恋の人よって言っていただろう?だから硬貨は彼女がわざと三上さんの目に止まるようにして上げたんじゃないかな」

なんてね、と付け加えると夢島はふふ、と笑う。格好が格好なだけに本物の女子高生の様だった。

「だからね、今回の依頼は川本さん、お母さんが自殺の理由を分かってて来たんじゃないかなって思うんだよね、僕」

言われてみて俺はハッとした。確かにそうだ。此奴の想像通りなら初恋の人に上げた硬貨を忘れる筈がない。

「お前さ、何処まで分かって今回の依頼受けてたんだ?」

「さあ、内緒。君の制服姿が見れて僕は満足さ」

 

      *

「ただいま帰りました」

「あ、おかえりなさい探偵さん達」

「御前は……!」

事務所に帰ると緋ノ坂もみじが居た。

何でアンタがここに居るんだよ。そう思う俺の考えを汲み取ってか緋ノ坂はにこりと笑った。

「今日からバイトで来ることになりました。緋ノ坂もみじです。宜しく御願いします」

嘘だろ。

「え、本当に。嬉しいな。宜しくね、緋ノ坂君。僕は夢島千鶴。千鶴でいいよ」

「はい、宜しく御願いします、千鶴さん」

おいおいおい、また更に騒がしくなりそうだ。夢島の玉のように弾んだ笑い声と緋ノ坂の穏やかな声が事務所にこだまする。嗚呼、平和だなぁ。

夢島の想像は当たっていたのか。本当かどうかは彼女のみぞ知る。

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