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9 従業員とまた宴会

第九話です。

 この世界にも、曜日という概念が存在する。


一週間は日本と同じ七日間。火の曜日から始まり、水、風、土、光、闇と続き、最後に休息日である天の曜日がある。


 天の曜日はほとんどの人間は仕事を休むため、必然的に飲食店である食事処トキワは忙しくなる。またその前日である闇の曜日もしかりだ、日本で言うところの花金的な感じだな。


 そんなわけで、現状食事処トキワは火の曜日を定休日にしている。しかし、今は俺がいるから店は回っているが、メッサー一人で回るかというと、限りなく不可能に近い。このままでは定休日も仕込やら何やらで働く必要が出てきてしまう。過労死まっしぐらだ。


「でだ、俺たちがいなくなるまでに従業員を増やそう。まずはキッチンに一人、ホールに一人だ。俺たちが旅に出る前までにその二人を使い物になるようにする。余裕ができたらそのつど増やしていこう」


「でも、やっとお客さんが増え始めた状態で従業員を増やして大丈夫でしょうか?懐に余裕があるわけでもないですし......」


「まあ大丈夫だろう。この感じの客入りだったら客が増えることはあっても減ることは無い。心配すべきは客入りが店のキャパを超えてさばけなくなることだ。そうなればむしろ客の満足度は下がりそれこそ客入りの減少につながる」


「わ、わかりました。アサギさんの言うことでしたら間違いはないと思います」


 メッサーも納得してくれたようだ。若干俺に対する信頼感がおかしい気がするが、そのうち独り立ちしたら責任感も芽生えてくるだろう。これまで一人で経営してきたわけだしな。




 と、いうわけで、やってきたのは職業斡旋所。メッサーはホールで雇う従業員にあてがあるとかで、そちらの勧誘に向かっている。


 キッチンで雇う人間は、俺が教育する担当なので俺が選ぶことになった。一緒に働くのはメッサーなのだからお前が選べば?といったのだが、アサギさんの選んだ人なら誰でも大丈夫だと思います、という無条件の信頼とともに丸投げされた。いいのかそれで。


 職業斡旋所。健全な響きとは裏腹に、実際のところは奴隷商館である。奴隷商館の中でも、犯罪奴隷を扱っておらず、貧困などを理由に奴隷落ちした人々を販売しているらしい。


「アサギ様、よくいらっしゃいました。ワタクシは当商館の主であるピュールと申します。このたびはどのようなご用件でしょうか?」


 ザ、商人といわんばかりの恰幅のいいおっさんが出迎えてくれた。食事処トキワの料理担当を探している旨を伝える。


「料理、ですか。なかなか珍しい御用向きですね」


「そんなに珍しいかな」


「ええ、よくあるものですと、小間使い、屋敷の使用人などですね。料理人は外から雇う方が多いですね」


 なるほど、確かに腕の立つ料理人を雇うほうが安上がりだもんな。ただ今回はトキワの料理をしっかり覚えてほしいから、変にプライドがあったりするやつだと面倒なんだよな。理想は料理スキルを持ってるけど料理人経験の無い子供って感じだな。性別は問わない。


 という旨を伝える。この商館の奴隷は全員が鑑定板で鑑定済みらしく、条件を伝えると直ぐにピックアップしてくれた。


「そうですね、その条件ですとこの子供が一番条件に合いますね。少し前に孤児院で養いきれなくなったため買い上げた子供でして、料理の技能レベルは2でございます」


 と紹介されたのは、小学生高学年位の男の子だ。金髪碧眼で、若干頬はこけているが整った要旨だ。少し会話を交わしてみるが、変にすれたところもなさそうだ。この子で大丈夫かな。


「ただ一つだけ条件がございまして......」


「ん? この子が出してる条件か?」


「ええ、この子には妹がおりまして、その子と一緒に購入されることが条件になっております」


 なるほど、兄妹で一緒にいたいということか。


「その妹ってのは年はいくつくらいだ?」


 さすがに働けない子供を養う余裕はあの店には無いぞ。


「このこと同い年でございます。双子、という奴でございますね」


 それなら問題ないな。


 奥から連れてこられたのは、先ほどの少年とよく似た女の子だ。少しおどおどと周囲を気にしている。この子にはホールの給仕でもやってもらおうか。


「それじゃあこの二人を買おう。今から連れて行っても大丈夫か?」


「ええ、問題ありません。代金の方は食事処トキワの方に請求させていただくということでよろしいですか?」


「ああ、それで頼む」


 契約書に拇印を押す。この辺はなんか日本っぽいな。


「それじゃあ二人とも、今日からよろしく頼むな。俺はアサギだ。適当にアサギさんとでも呼んでくれ」


「メルマです、よろしくお願いします。」


「あ、アルマ、です」


 メルマが兄、アルマが妹だな。


 二人を連れて、トキワまで戻る。帰りに二人と話したり、買い食いしたりして少し親睦を深めた。二人は物心ついた時にはもう孤児院に居たらしい。


 店の前を見ると、見た顔の少女が店を訪れていた。


「ひ、久しぶりね」


 なんだ、メッサーの妹のミーシャじゃないか。


 ミーシャだが、こうして会話を交わすのは鰻の試作の日以来だ。とはいえその姿はちょくちょく見かけていた。二日にいっぺんは店の様子を伺いに来ていたからな。


「なんだ、メッサーのあてってのはミーシャのことだったのか。というかお前、親戚の店で働いてたんじゃなかったのか?」


 叔父さんの店か何かで働いていたと記憶しているが。


「叔父さんには許可を貰ってきたわ!」


 無い胸を張って腕を組むミーシャ。そんな彼女を微笑ましく見ていると、内側から鍵を開けたメッサーが出てきた。ついでに買出しに出ていたミアとカブ子も帰ってきたようだ。ちょうど現在の食事処トキワの全面子がそろったな。


「よし、全員そろったな。それじゃあ中に入って自己紹介といこう」


 中に入り、客席のテーブルを囲む。メルマとアルマの兄妹を皆に紹介し、ほかの面々も自己紹介をしていく。メルマは元気よく、アルマは少し人見知りするようだな。まあ接客が任せられないレベルではないから大丈夫だろう。


「それで、だ。アルマはミーシャと一緒に接客。メルマはメッサーと一緒に料理を手伝ってもらうことになる。二階に部屋が空いてるからそこに住んでもらって大丈夫だよな? メッサー」


「はい、空いているのは一部屋なので二人で一部屋ということになりますが、いいかな、二人とも」


「はい、大丈夫です。孤児院では大部屋だったので、個室に住めるだけで夢のようです。」


 メルマは会話もはきはきと礼儀正しい。よくできた子供だ。


「ん? 俺たちはもう直ぐ出て行くし、その部屋を使ってもらえばいいんじゃないのか?」


「そんなとんでもない!アサギさんたちがいつ帰ってきてもいいように空けておくに決まってるじゃないですか!」


「お、おう。ありがとな」


「アサギさんは、ずっとここにいる訳じゃないんですか?」


 そういや説明してなかったな。


「ああ。俺の職業の関係で一箇所に留まり続けられないんでな。それにここはメッサーの店なんだ。まあわりと長いことここに居座ることになっちまったがな。まあメッサーもこういってることだしたまには帰ってくるけど」


「アサギお兄ちゃんいなくなっちゃうの?」


 アルマが悲しそうに服のすそをつかんでくる。そんな顔をするなよ。行きづらくなる。


「ああ。たまには帰ってくるから皆と一緒にこの店を支えてやってくれ」


 アルマは納得いかない様子だな。なんでこんなに懐かれたんだが。


「マスターは昔から子供には好かれますからねえ」


「子供にはって言うなよ。確かに同年代からは嫌われやすいけど」


 何でか同年代の友達ってなかなかできないんだよな。







 

 そんなこんなで、仕事の説明やらなんやらを兄妹に説明したところで、ミーシャの話だ。


 どうもメッサーたちの叔父さんも、食事処トキワが盛り返したことを知っていたようで、二つ返事でミーシャのトキワ復帰を歓迎してくれたらしい。


 まあミーシャはちょくちょく店の様子を見に来てたからな。隠れてるようだったけど俺は普通に気づいていたぞ。


 なにやらごちゃごちゃいっていたが、ミーシャもトキワが盛り返しているのは嬉しいようで、戻ってこれてよかったというのが本音のようだ。


 自己紹介と面倒な説明も済んだ。となればやることは一つだな。


「よーしそれじゃあ宴会の準備だ。メッサー料理作るから手伝ってくれ。メルマも厨房に入ってくれ。女性陣はすまないが買出しにいってきてくれ」


 先ほどミアとカブ子が買い出しに行っていたのは、俺たちの冒険用の道具だ。宴会の酒やらなんやらを完全に失念していた。まあ待たせてるのもなんだしいいか。








 メルマを厨房にいれ、料理の準備を始める。


「そういやメルマは料理の技能があるみたいだけど料理の経験はあるのか?」


「はい。孤児院で院長先生と一緒に皆のご飯を作っていました。そこまで難しいものは作れないですけど......」


 なるほど。経験はあるみたいだな。


「んじゃこれから俺たちが旅に出るまで、お前にみっちり料理のイロハを叩き込む。短時間で詰め込むから大変だとは思うがついてこいよ」


「はい!」


 メルマを横に立たせ、説明しながら料理を作っていく。メッサーも自分の調理をしながら、俺がする説明に耳を傾けているようだ。


「そういえばメッサー。お前の料理の技能ってレベルいくつなの?」


「はい。これが僕のステータスで......あっ!料理のレベルが3から4に上がってます!」


 なるほど、メッサーの料理レベルは4、メルマは2だったか。俺のレベルは7だからずば抜けてるな。


 そんな感じでどんどんと料理を仕上げていく。何品か出来上がるころには女性陣も帰ってきた。待たせるのもなんだしもう始めてしまうか。


「それじゃあ新しい従業員の加入と、食事処トキワの復活を祝って、乾杯!」


「「乾杯!」」






 料理をしながら酒を飲む。皆わいわいと騒ぎながら飲み食いしている。アルマも買い物の最中に仲良くなったのか、女性陣と楽しそうに話をしているな。


 今日は歓迎会ということで店は臨時休業にしていた。普通の客は休業中の立て札を見て帰るのだが、そのまま中に入ってくる人間が何人かいた。


 そう、例のおっさん二人組みと、蒼真とエイラだ。まあこいつらは顔見知りなので、中に入れて宴会に参加させることにした。どうも蒼真たちは例のグランドドラゴンの捕捉に成功したそうで、明日から討伐に出るようだ。



 夜も更けて、宴会も中ごろだ。酒飲み組は飲んだくれてべろべろだ。俺はちょっくら抜け出して、いつもの裏手で一服していた。


 ここでの生活は楽しい。日本にいたころは、人とこんなに深く関わる事は無かった...気がする。空を見上げれば、雲ひとつ無い快晴に、ここが異世界だと示す五つの月が連なって輝いている。中からは蒼真が泣いている声が聞こえてくるな。また例の泣き上戸か。


 ここを離れる事を考えると、少しさびしくなる。ここは居心地がいい。


 ふと後ろを見ると、ミアが抜け出してきたようだ。


「そういえばお前、本当に俺たちについてくるのか?」


 ミアは、俺が旅立つと決めたときに、一緒についてくるといっていた。


「ええ、私も旅の最中ですからね。それにアサギさんについていけばどこでもおいしいものが食べられそうですし」


 相変わらず食優先だな。まあでも一人旅、いやカブ子をカウントすれば二人か。それが三人になるのは心強いし、何よりミアと一緒にいるのは心地良い。なんだかんだいって異世界にきて初めて出会った相手だしな。


 二人無言で裏路地に佇む。吐き出された煙草の煙が弧を描き、空へ昇り消えていく。なんだかんだ言って、この世界での生活は楽しい。まだまだ見てみたい物、やりたいことがたくさんある。冒険者稼業も楽しみだ。


 少し感傷に浸っていると、いつものように騒がしい面々が俺を探して飛び出してきた。


「アサギさぁん、聞いてくださいよ!」


「師匠! この料理!見たこと無いんですけど教えてください!」


 ちょっと抜け出したらこれだ。


「蒼真! メッサーうるせえ! 外で大声出すな近所迷惑だ!」


「というアサギさんの声が一番大きいですけどね。」


 後ろでミアが何かを食べながら苦笑いをしているのが分かる。というかお前その皿どっから出したんだ。


 酔っ払い二人を引っ張って、中へと戻る。思えば、日々がこんなに充実しているのは初めてかもしれないな。  

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