剣打つおじさん 下
なんか意外と簡単に玉鋼が作れたらしい。
途中から俺の仕事が無くなったので、外でフラムと稽古をしたり日向ぼっこをしたりトーテムポールを彫ったりしていたのだが、ものの数時間で完成したという報告がカブ子からもたらされた。
......おいおい。現代日本でも再現できなかった代物だぞ。そんなちょっとやってみたら出来ました! 見たいなノリで出来るもんなのか?
正直言うと、二、三日試行錯誤して全く出来ず、諦めるって流れだと思って居たんだが。
「本当に玉鋼なのか? まあ俺には判別出来ないからどうしようもないが......」
「ええ、炭素含有量は丁度1.2パーセント。不純物がほとんど含まれていないほぼ完璧な出来栄えだと言えるでしょう」
まじかよすげーな。
やりきったぜ、という顔で満足げに佇んでいるおっさんと、無表情ながらドヤ顔をしていると確かに分かるカブ子を見て、俺はため息をこぼす。
こうなったら最後まで付き合うか。
日本刀で必要な工程を、おっさんに伝えていく。特徴的なのは折り返しと焼きいれ辺りだが、ぶっちゃけ俺もそこまで詳しく無い。
手順とそやり方、後は工房で聞きかじった知識を片っ端からおっさんに伝えていく。
熟練の刀匠になるまでには長い時間が掛かるという。それぞれの工程で、鋼がどの様な状態にあるのか、どこまで作業をすれば良いのか、というのが分かるまで、それはそれは幾千の失敗作を積み重ねていかなくてはいけない。
......のだが。ここでもまた魔法によるズルが出来ることが発覚する。
地属性魔法には、作業中の鉱物の状態を逐一感じることの出来る魔法があるそうだ。それに加えてカブ子の固有技能まである。
なんだか上手く行きそうな気がしてきたな。
流石に直ぐに完成するという事は無かった。あれから二日、カブ子とおっさんはメシと寝るとき意外はずっと工房の方に詰めている。カブ子がここまで熱心なのも初めてじゃないだろうか。
「そういえば、カブ子さんが言っていましたよ。マルコシアスとの戦いで私はマスターのお役に立てませんでした。不甲斐ないですって」
あいつそんな事考えてたのか。確かにアレから鍛錬する量が増えたような気がする。
うん。ちょっとあいつの事をぞんざいに扱いすぎていた気がするな。
「あ、それロン」
とまあそんな会話をしながら俺たちが何をしているのかといえば、麻雀である。
あまりにも暇すぎたのだ。ここらには魔物も出ないし、鍛錬も一日中やっている訳にもいかない。
という訳で、余ってる木材を使って、麻雀用のテーブルと牌を自作してみた。
「あちゃー、これでまたアタシが最下位かよ。つーかアサギが強えのは分かるけど、何でミアもそんな強えんだよ」
「まあ森に居るときによくやりましたからね、麻雀」
この世界にもあるんだ、麻雀。
普通であれば、ここはリバーシを作るのがお決まりの展開であるとは思うのだが。俺は麻雀を作った。なぜなら俺が一番好きなゲームだからだ。
ちなみにトゥールは風魔法を器用に使って牌を動かしている。意外とこういうゲームは得意らしく、一着こそあまり無いものの、最下位を引くことがあまり無い。
「それにしても暇だなー」
「まあそんな簡単に出来たら苦労しないわな」
「出来ました!!」
フラグの回収が早すぎる。逆にびっくりしなかったわ。
出来上がった刀が、テーブルの上に置かれている。日の光を浴びて輝くその刀身には見事な波が浮かび上がり、手に取らなくてもこいつが業物であるということが伝わってくる。それにしても......
「なんで刀身が黒くなってるんだよ。作った玉鋼は普通の鋼の色だったじゃねえか」
その理由を、カブ子が説明する。
「マスター、この世界の武器類には完成時に魔石でエンチャントをするのはご存知ですよね」
「ああ、俺のトンファーもエヴァンスにやって貰ったからな。それがどうかしたか?」
「今回はエンチャントに例の兄弟魔人の魔核を使いました」
隣で水を飲みながら聞いていたミアが吹き出した。エルフとは思えない絵面の汚さだ。
「ま、魔人の魔核をエンチャントに使った!? というかなんでギルドに提出してないんですか!?」
「ああ、それなら一個くらいとっとこうと思ってギルドには魔人は一人だったって報告したからだ」
なんか一つくらい持ってたら何かに使えないかなと思ってな。
「犯人はアサギさんですか......まあいいです。魔核をエンチャントに使うなんて聞いたことはありませんが......」
「まあ出来たなら出来たでいいんじゃねーの?」
フラムの能天気な言葉が響く。
「後に悪影響が出ても知りませんからねー」
ミアもとうとう諦めたようだ。
完成した日本刀を手にとってみる。既に柄や鍔も完成しているようだ。改めてみると、美しい刀だ。長く見ていると吸い込まれてしまいそうな、夜の様な黒い刀身がそんな魅力を放っている。
外に出て、試しに一振り。
......驚くほど軽い。まるで空気抵抗など無いかの様に、力など殆ど入れずに振った刀が空気を切り裂く音がする。
試し切りなどせずとも分かる。こいつはヤバイ。
「良い刀だな」
後ろで見ていたおっさんとカブ子が、満足げに頷くのが見えた。
試し切りの為に、少し離れた森まで来た。刀を八双に構え、大木の前に立つ。
「三嶋流抜刀術、彗星ッ!」
目にも留まらぬスピードで振るわれた刀が、大木に一条の細い切り傷を残す。
チン、という音を立てて刀が鞘に収まる。その音を呼び水にしたかのように、ずるりと大木が切れ込みの上から滑り落ちる。
「またつまらぬ物を斬ってしまった......」
パクリは駄目だって。それにしても、凄い切れ味だ。カブ子の技術もあるが、それでも鈍らではこうは行かないだろう。
「次はあの大岩だな」
おっさんが指さすのは、直径が三メートルはあろうかという大岩だ。いやいや、流石にアレは無理だろう。そもそも刀身の長さが足りてない。
そんな俺の思考を知ってか知らずか、カブ子はまたしても抜刀の構えで大岩の前に立つ。
先ほどと同じ光景が繰り返される。
......マジかよ、あの馬鹿でかい大岩まで一刀両断とは驚いた。
「マスター、一つお願いがあるのですが......」
刀を仕舞い、崩れ落ちる大岩を背景に俺に話しかけてくるカブ子。なんだその絵面、カッコイイじゃんよ。
「この刀に、名前を付けていただきたいのですが......」
「天鎖○月」
おっと、ふざけすぎたか。カブ子がジト目になっている。
うーん。刀の名前か。日本刀だし和名が良いよな。
「じゃあ『黒陽芽』ってのはどうだ。一応日のあたる若芽っつー事でこれから成長していく、みたいな意味を込めてみた」
なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきたな。
「『黒陽芽』......良いですね。その名前を使わせて貰う事にします」
大事そうに刀の鞘に触れるカブ子。なにはともあれ、カブ子にもちゃんとした装備が出来て何よりだ。
「そういやおっさんは試し切りとかしなくて良いのか?」
「ん? ああ、俺は剣は使えん」
「はあ? じゃあ何で鍛冶師なんてやってるんだよ?」
「それは、そうだな。何となくやってみたら楽しかったから、だ。それに」
そう言うと、今度は別の大岩の前に立つおっさん。そのまま腰溜に構えると、正拳突きを叩き込む。
その一撃で、爆散する大岩、空けた口がふさがらない俺たち。
「この方が剣を使うより早い」
いや、アンタがそれを言うか......
俺たちパーティーの心が一つになった瞬間だった。
ヴァルフリートと分かれて、カブ子に乗って道を進んで行く。
「そういやあの刀は何処に行ったんだ?」
「ああ、私の装備品は変身する際にどこかへ仕舞われるようですね」
なるほど。それで毎回毎回どこからか酒を取り出していた訳だ。というか酒はコイツにとって装備品なのか。
「そろそろ街に行きたいぜー」
「そうですね。キャンプも悪くありませんが、そろそろベットで寝たいところです」
まあ確かに。そろそろマルセルを出て一週間か。早めに着きたいな。
「トゥールはカブ子の上で風を感じるのも悪くないですー」
トゥールはブレないな。
まあこの後、更にもう一人のおっさんと出会う事になるのだが......さすがにおっさんはお腹いっぱいになりつつあるな。
感想や評価をもらえるとありがたいです。いつも励みになっています。