空飛ぶおじさん 中
空飛ぶおじさん。第二話です
空を飛ぶおじさんの朝は早い。
毎日日が昇る前には起床し、家の裏手の畑の手入れを始める。
その後は自己鍛錬だ。空を飛ぶには肉体の鍛錬が不可欠。ただただ飛行機を作れば良いという訳ではない。
「なんじゃ? この生活がきつくないか? じゃと? そんな訳無かろう。好きでやっていることじゃ」
好きでやっている。そう言うおじさんの顔には珠の様な汗が流れていた。
「というか何じゃ、一人でぶつぶつと。気色悪いのう」
気色悪い言うんじゃないよ。
とまあ情○大陸ごっこはやめにして、俺も鍛錬をしようか。
昨日の夜、おっさんと話しているときに聞いた。このおっさん、元々冒険者だったようだ。
「流石に四十を過ぎてくると、冒険者としてやっていくには体力が足りないからのう。まあ金は腐るほど貯まっとったし、後の人生でやりたいことをやるのも一興かと思っての」
ということらしい。ちなみに名前はラインハルトさん。おっさんなのにそこらの英雄みたいな名前をしてやがる。
冒険者の時はAランクまで行ったらしい。本当に英雄だわ、さぞかしモテた事だろう、今何故一人なのかは知らないが、触れないことにしておこう。
そんな訳でこのおっさん、冒険者を引退したとはいえかなり強い。
「ふんぬっ!」
おっさんの大槍振るわれる。おっさんの戦闘スタイルは大槍と大盾によるタンクスタイル。槍を持つ相手との戦いは始めてだったので、若干距離感を計るのに戸惑った。無論俺が完勝したが。
今はフラムがおっさんと戦っている。懸命に攻撃を仕掛けているが、巧みな盾使いに攻めあぐねているようだ。
「うわっ」
今、大盾のバッシュを合わせられて仰け反らされた。そこに槍を突きつけられ、フランの敗北が決まる。
「ちくしょー」
「まあ相手が悪かったな。とはいえ攻撃が一辺倒すぎるな。お前の持ち味はそのスピードと身軽さだから、相手と正面から打ち合ったら駄目だな」
「でもよー、どっから攻めてもあの盾が先に回り込んでるんだよ」
「そういう時はひたすらスピードでのかく乱とフェイントだな。相手はあの大盾だから、ついてこれなくなるまで待てば良いのさ。まあ今のお前じゃその前に体力が尽きちまうから、その辺は今後の課題だな」
「体力かー」
フラムの戦闘能力は高い。魔物相手ならそこそこの所までやれるだろう。ただ相手が格上の魔人とかになるとそこらへんの弱点を突かれてしまうかも知れない。まあ鍛錬だな。
朝の鍛錬が終わり、汗を拭き食事を終えると、空を飛ぶおじさんは遂に飛行機の製作に取り掛かる。
「まあこれはもう良いか」
情熱○陸ごっこはやめにしよう。
「それで、これがおっさんの次の飛行機の設計図か」
羊皮紙に丁寧に書かれた設計図。ところ所におっさんの手書きのメモが残されている。まあ俺はこの世界の文字が読めないけどな。
そういえば、この世界普通に言葉は日本語なのに文字だけは謎言語なんだよなー。何でだろうか?
「おう、次はここのプロペラを一つ増やしてみようと思う。あとは前回に引き続き翼の軽量化だな。坊主、何か意見あるか?」
うーんそうだな。基本的な形状はライト兄弟のライトフライヤー号に近いのだから、それをベースにしていくのがよさそうだな。
「ところで動力ってのは何を使ってるんだ?」
この世界にエンジンなんて物は無いだろうし......ああ、魔法か。
「ワシの適正は風と土だからな。操縦士であるワシの魔法で飛ぶ」
魔法、便利だよね。この世界に来てから、なんか難しい事は全部魔法で解決、見たいな事が多い気がする。
まあ確かに魔法なんて便利な力があったら科学や技術なんて発展しないか。
「なあ、おっさんは飛行機ってどうして浮いていると思う?」
「そりゃあ下から風を当てるからに決まっているだろう」
そう、これなのだ。この世界では力学なるものが全く発展していない。そのため飛行機を飛ばすためには下から風を吹きつける、という発想になるわけだ。
最初に飛行機の残骸を見たときに思った。なにせ二つの翼が地面に平行につけられているのだ。これでは飛ばない。
俺は木材置き場から、手ごろな大きさの板を取り出し、地面の上に斜めなるように刺す。
ちょいちょいとおっさんに手招きし、真横からその木片に風を吹きつける。
「風よ」
ちょっとした風でも、地面に刺した木片は浮かび上がる。
「おおっ!」
「これが飛行機の飛ぶ理論だ。斜め方向から当てられた風の力が、板に当たることで上方向と横方向の力に分かれる。この力を浮かぶ力と進む力に変えて、飛行機は飛ぶわけだ」
簡単な物理の理論。中学生でも学ぶ程度の内容だろうか。高校に行くとベクトルやらなんやらで小難しい感じになるけどな。
「なるほど。こういうことか......」
斜めに立てた木片に手を当てて、横から風を当てながらその力を感じているおっさん。
こんな感じで、一つ一つのパーツの意味を説明しつつ、飛行機の設計は進む。
木材の切り出しは、カブ子とフラムに任せることにした。どちらも鍛錬という名目だ。
カブ子は少し離れた森で、木を相手に剣を振るう。ある程度の大きさになったら、フラムがナイフで木材へと加工する。
そうして切り出した木材を、トゥールが風魔法で運んでいく。この程度の大きさであれば風魔法で浮かすことが可能だ。
ちなみにミアは、ぶっちゃけなんの役にも立たなかった。なんせあいつの魔法は大雑把で、ぶちかますばかりで細かい制御が全然出来ないのだ。
そんなこんなで作業は進む。とてもじゃないので一日で終わる作業では無いので、日を跨ぎ、三日間という時間を費やし完成を目指す。
そして二日目の夜が来た。明日、あの飛行機の飛行実験を行う。
「それじゃあ完成を祝って乾杯!」
俺の掛け声で、皆思い思いにグラスをぶつけ合う。
「いや、お前さん達の協力には感謝じゃな。ワシのカンが言っている、あいつは飛ぶ。大空を翔るという人間の夢が、今ここに成されるんじゃ」
感無量、といった具合にグラスを握りしめているおっさん。おいおい、そんなに強く握ると......ああ、案の定グラスを握りつぶしやがった。
「感動するにはまだ早いだろう。あいつは飛ばすために作ったんだ。飛んで始めてあいつに価値が生まれるんだ」
「ああ、そうじゃな。まあ今日は飲もうではないか!」
そういいながらグビグビと焼酎を流し込んでいくおっさん。おいおい、あんまり飲みすぎるなよ。
「そういえば、あのヒコーキには名前とか付けないんですか?」
「おお、そうじゃそうじゃ、名前を付けてやらんとな」
名前、名前ねえ。壊れるかも知れないものに名前を付けるのはあまり気が進まないが、まあ皆が盛り上がってることだしな。
皆して色々案を出してくる。それにしてもミアの出したスーパーヒコーキtypeアサギってのはダサすぎるぞ。
「そうじゃな、このヒコーキは坊主、いやアサギの協力があってこそ出来たもんじゃ。だからこいつの名前はアサギ号じゃ!」
ミアに負けず劣らずダサイな。
夜も更け、おっさんは潰れた。ついでにミアも潰れた。酒に弱いことは分かっているのに、今日はガンガン飲んでいたからな。
二人を地面に引いたシートに寝かせる。この気候なら外でも風邪をひくことは無いだろう。
「なあアサギ。あのヒコーキは本当に飛ぶのか?」
夕飯で作ったカレーで余った米で作ったおこげ煎餅をバリバリと齧りながら、フラムが言う。
「なんだ? 不安なのか?」
「不安っつーかなんというか。あのでっけーのが空を飛ぶってのがイマイチ想像できねーんだよなー」
まあ無理も無いか。日本ですらあのでかい塊が空を飛ぶことはおかしい。飛行機には乗れない。っていう奴がいるくらいだからな。
「それで、飛ぶのか? アレは?」
「まあ五分五分じゃないか? 天候と、おっさんの操縦技術と、色々不確定要素が多いからな。絶対飛ぶとは言えないだろう」
とはいえ、あの飛行機はライトフライヤー号をモデルに、近年の有人飛行機の技術を詰め込んだ。技術的、理論的には十分飛行に耐えるだろう。
ちなみに、何で俺がここまで有人飛行機技術に詳しいかというと、あれだ。あの湖を人力飛行機で一周するテレビ番組。あれがめっちゃ好きだったんだよ。
さあ、明日はフライトだ。俺も寝るとしよう。
情熱○陸ごっこ。昔よくやった気がします。わざわざ学校にビデオカメラを持ってきて、それっぽいビデオを撮ったりしてました。そのときの題材が「ミミズ職人」今考えても謎ですね笑
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