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空飛ぶおじさん 上

間章「三人のおじさん」シリーズ開始です。

 荒野は続くよどこまでも、そう言いたくなる様な荒野を、昨日からひたすらに走っている。バイクに乗るのは好きだが、ここまで景色が変わらないと流石にうんざりしてくるな。


「暇だな」


 声に出してみると、いっそう空虚な感じが心に響いてくる。


「というかこのまま真っ直ぐ走っていて大丈夫なんですかねー。そろそろ街道が見えてきてもおかしくないと思うのですが」


 ミアの言葉も最もだ。昨日マルセルを出発してから今日で一日半。常に時速30キロ前後で走っているにも関わらず、一向に街道は見えてこない。


「というかこれ迷ってるだろ」


 サイドカーで寛ぐフラムの声に、そろそろ迷ったことを認めるべきかと思い始めたそのとき、やっと景色が変わり始めた。







 荒野が終わり、辺りに緑が増え始めた。近くには森もあるようだ。


 少し進んでみると、その森の近くに一軒の小屋が建っているのが見える。こんな所に人が住んでいるのか?


「アサギさん。あそこに行ってみましょうよ。トロスヴァイケの方向を知ってるかも知れませんよ」


 それもそうか。このまま走っていても埒が明かない。一先ずはあの家に行ってみよう。


 近づいてみると、正に小屋だ。人一人が生活できる程度の小屋。ここにいったいどんな奴が住んでいるんだろうか。


「おーい、誰かいねーのかー?」


 フラム、お前すげえな。物怖じせずいきなり小屋のドアを開けるフラム。


「誰もいねーみたいだな......って、皆どうした?」


「いや、こんな怪しさ満点の小屋に突撃していくお前の物怖じしなさに驚いてた」


「そういうもんか? スラムじゃもっとやベー家ばっかだったぞ?」


 ああ、さいで。


 そんな会話をしていると、小屋の裏手側から何か大きな音がした。


「なんだ?」


「魔物でしょうか?」


 とりあえず行ってみよう。





 小屋の裏手側に回ってみると、なにやら怪しい物体が大破しているのが見えた。


「なんだありゃ?」


「あれは......まさかっ!」


 ミアが何やら驚いてるな。その物体に向かって走って行くミアと、あわてて追いかける俺たち。


 近づいてみると、木材で出来た物だと分かった。それにしても、なんだか見覚えのある形状だな。


「おわー! また失敗じゃ!」


 木材をかき分けて、山の中からおっさんが姿を現した。


「うわっ!」


 フラムが驚く。俺も少しびびった。


「んあ? なんじゃお前さん達は。こんな所に何か用か?」


「いや、俺たちは旅の途中「おじさん! これってヒコーキですよね!?」


 俺の言葉をさえぎり、目をキラキラと輝かせたミアがおっさんに話かける。という、ヒコーキ? 飛行機、か?


「おお! 何だ嬢ちゃん、アンタこれが分かるのか?」


「もちろんですよ」


 何やら通じ合ったのか、ガシっと握手をするおっさんと褐色のエルフ。なんてシュールな光景だろうか。


「ワシはワットじゃ。ここでヒコーキの研究をしている。お前さん達は旅人か何かか?」


「あ、ああ。俺はアサギ、こっちはフラムとカブ子、んでこのちっこいのがトゥールだ」


「そして私がミアです!」


 それにしても、見事に大破しているな。これって墜落した、って事だよな?


「というか飛行機って、アンタ空を飛ぼうとしてるのか?」


 今のところ、この世界で空を飛んでいる人間は見たことが無い。無論飛行機なんてものは話にも聞いてないぞ。


「そうじゃな、未だに空に浮かぶことしか出来とらんが、いずれは自由に空を飛びまわれるようになりたいとおもっとる」


「ヒコーキはかつての勇者様が伝えたものなのですが、その勇者様も細かい構造までは知らなかった様で、未だに完全な飛行に成功した例は無いんですよ」


 へえー。それにしても、ミアのこういうのは珍しいな。ヒコーキオタクだったのかコイツ。


 熱心に話すミアだが、対照的にフラムやカブ子は全く興味が無さそうだ。トゥールは寝ている。


「なるほど、飛行機ねえ......」


 呟きながら、完膚なきまでに粉砕している木材の山、いやヒコーキの残骸を一つ一つ調べていく。同時に、コイツがどのような形をしていたのかを頭の中に再構成していく。


 唐突に黙り込んだ俺を見て、おっさんとミアが此方を覗き込んでくる。


 フラムとカブ子は飽きたのか、向こうのほうで模擬戦を始めたようだ。トゥール寝ている。


 一つ一つのパーツはよく出来ている。木材を削りだしたそれらは、丹念に磨かれ、均一な厚さに仕上がっている。接続部分は、なにやらニスの様なもので固められているな。この世界特有の接着剤の様なものだろうか?

 

 接合部分から壊れている箇所は見当たらないので、よほど強力な接着剤なのだろう。


 粗方破片を調べ終わり、大体の構造は掴んだ。


「おっさん」


「な、なんじゃ?」


 申し訳ないが、言わなければいけない。


「コイツじゃ空は飛べない」









 木造飛行機、そう言われて最初に思いつくのはライト兄弟のライトフライヤー号だろうか。一般的には世界初の有人飛行機だといわれている。まあその前にも気球やらなんやらの有人飛行の例はあったわけだが、飛行機、と呼ばれる物はこれが初めてだろう。


 おっさんが作ろうとしている飛行機は、正にそのライトフライヤー号をモデルにしていると言える。ただ、過去の勇者はそこまで詳しくなかったようで、「巨大な二枚の羽を縦につなげて、プロペラが何かいっぱいついている」という事位しか知らなかったようだ。


 まあかく言う俺も、そこまで詳しい訳じゃない。昔ちょろっと漫画を読んだくらいだ。マンガ世界の偉人、誰しも一回は読んだ事はあるのではないだろうか。


 まあライト兄弟の話は印象的だったから、割と覚えている。


「なんじゃ兄ちゃん。アンタヒコーキの事が分かるのか?」


「そうでした! アサギさんは転移者でした。それならヒコーキの事を知っていてもおかしくありません!」


「なんじゃ! 転移者だったのか! 頼む、ワシにヒコーキの事を教えてくれ!」


「お願いします。アサギさん! ヒコーキはこの世界の全ヒコーキストの夢なんですよ!」


 何だヒコーキストって、始めて聞いたわ。んー、まあ急ぐ旅でもないし、飛行機が男のロマンってのも分からんでも無いな。


「カブ子ー、フラム! 二、三日ここに滞在することになりそうなんだけどいいか?」


「別に、私は、構いませんよ!」


「アタシも別に、いいぜっと!」


 ガツンガツンとお互いの獲物をぶつけ合っている二人も、別に問題ないようだ。


「まあ別に良いけど、その間の飯とかは頼むぞ」


「別に四人五人くらいなら何とでもなるわい。裏に畑もあるしの」


 言ったな。一人で十人分食べるエルフがここにいるという恐ろしさを後で知ることになるだろう。










 その夜、俺たちとおっさんは焚き火を囲み、夕食にしていた。


「あの五年前のミューセル公爵の飛行実験は中々でしたね。魔法使いを二人パイロットにすることによって、浮遊と移動の動力を分離する。あの発想は素晴らしかったです」


「ああ、つっても結局重さの問題がネックになって直ぐに墜落しちまったけどな。それよりも一昨年のあの――」


 ミアとおっさんは、あれからずっとヒコーキの話に夢中だ。何処の世界にもマニアというのは居るようで、話し始めると止まらないのも一緒のようだ。


「なあアサギ。ヒコーキってのは何が良いんだ? どこかに行きたいなら馬に乗るとかしたほうが良いんじゃねーの?」


 身もふたも無い事を言うんじゃないよ。


「まあ俺にも理解し難いところではあるんだが......まあ人には人の趣味があるからな。あと本人達には言うなよそれ」


 マニアってのは自分達の趣味をちょっとでも馬鹿にされると傷つくからな。


「そういやカブ子は飛行機とか興味無いのか?」


「マスター。私はスーパーカブですよ。地面を走る乗り物です。奴らとは決して相いることはありません」


「そういうもんかね」


「それより私はこっちのほうが良いです」


 手元に持ったグラスをカチンと指で弾きながら言うカブ子。中身はおっさん謹製の芋焼酎だ。

 

 というか普通スーパーカブは酒にも興味は無いと思うぞ。


「ちょっと、アサギさん聞いてます?」


「聞いてるよ。そいつの失敗の原因は――」


 俺はミアとおっさんの話に戻る。


「何で聞けてるんですかね。聖徳太子ですか貴方は」


 カブ子の呟きは夜の闇へ消えていった。

きゃらふと、というアプリでミアのデザインを作ってみました。

活動報告にあげておくので、よかったら見てください。


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