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4 奏でるは鰻の調べ

分割した第二話後半、これが第4話になります(追記:7/28)

 翌日、俺とメッサーは仕入れの為に市場へと来ていた。因みにミアとカブ子はまだ寝ている。まあまだ夜明け前だしな。


「流石にこの時間だとあまり人は居ないみたいだな」


「そうですね。この時間から来るのは僕らみたいな料理屋くらいですから」


 まばらな人の中、メッサーに案内されながら目的の場所に向かう。


「着きました。ここが昔から川魚を売ってもらっているマリダさんのお店です」


 そう、まずは新メニューの為に魚河岸に来たのだ。昨日食べたメニューの中には無かったが、あの魚が現状を打破する一手になると思う。


「なんだい、今日は随分と早いじゃあないか、メッサー」


 店から出て来たのは恰幅の良い四十歳くらいのおばちゃんだ。顔立ちが整っているだけに若い頃が気になるな。


「ん? 見慣れない顔がいるねえ。従業員でも雇ったのかい? あんたの店にそんな余裕は無かったはずだが?」


「いえ、色々事情がありまして......」


 とそんな雑談をして居た時だった。まばらな人混みの中から、一人の少女が駆け込んで来た。


「ちょっとお兄ちゃん!」


 朝っぱらから元気な声で駆け寄ってきた赤毛の少女。お兄ちゃん、という事はメッサーの妹か。言われてみると顔立ちが何となく似ている気がするな。


「ミ、ミーシャ!?」


「こんなところで何やってるの! 店は諦めておじさんの店で修行するって言ってたじゃない!」


 どうやら前々から店を閉めるよう言われてたみたいだな。


「でも......あの店は爺ちゃんと父さんが守って来た店で......」


「そんな事言ったってレシピも無いし、あんな場所じゃ店なんてできる訳ないじゃない。貯金だってもう直ぐ無くなりそうなんでしょ?」


「それはそうだけど......アサギさんがなんとかしてくれるって......」


 そこで俺に振るのか。ぶっちゃけ何とかなるかは運次第なんだが......


 キッと俺の方を睨んだミーシャだが、案の定怒りの矛先がこっちを向いたようだ。メッサーとおそろいの赤毛がひらひらと揺れる。


「お兄ちゃん! こんな取り柄もなさそうなおっさんと心中するつもりなの!?」


 取り柄のなさそうな......おっさん......これは傷つくわー。俺まだ二十一歳だぞ?


「ちょっとあんた! お兄ちゃんから何か騙し盗ろうなんて思って無いでしょうね! お兄ちゃんから取れるものなんてもう何も残ってないわよ!」


 隣でディスられたメッサーが胸を押さえている。随分と過激な妹さんだ事。


 メッサーが耳打ちしてくれた情報によると、ミーシャは現在叔父の店で働いているらしい。昔はトキワで働いて居たらしいが、従業員を雇う余裕は今の店には無いだろう。


「まあいい。妹さんも来たし一緒に味見してもらおうか。おばちゃん、この桶丸ごと売ってくれ」


 呆れ顔で兄妹喧嘩、というか妹によるフルボッコを眺めて居た魚河岸のおばちゃんに声をかけて、ある魚を桶ごと売ってもらう。


「いいけどあんた、こんなもん大量に買ってどうするつもりだい?」


「こんなもん、ってこんな良いもんをその呼び方は無いんじゃないか?」


 どうやらこいつはこの世界じゃ良い食材だとは思われて無いらしい。こりゃいけるかもしれんぞ。




 まだギャースカ言っているミーシャを引き連れ、店へと戻って来た。因みにミーシャは仕入れの途中だったらしいが、同行して居た叔父さんに許可を貰って連れ出して来た。


 店に戻ると、ちょうどカブ子が起きて来た所だった。


「お帰りなさいマスター。仕入れですか、随分と早い時間から行ったのですね」


「おう、そのおかげで随分と良ものを仕入れられたぞ」


 両手で抱えて居た桶をドン、と床に置くと、カブ子が覗き込んで来る。


「これは......鰻じゃ無いですか。しかもふっくらとしてて艶も良い......日本なら結構なお値段になりますね」


 何でお前は鰻の良し悪しまでわかるんだよ。と行った疑問はさておき、だ。


「それがこっちの世界じゃあんまり食べられて無いみたいでめっちゃ安かった」


「なるほど」


「ねえ、さっきから聞いてたけどあんた達転移者なの?」


「ああ。と行ってもカブ子は人じゃ無いけどな」


 ミーシャの頭に疑問符が浮かんでいるが、知った事じゃない。俺は早くこいつを調理したいのだ。


「よし、早速やるぞー。ところでカブ子って料理とか出来んの?」


「もちろんです。付喪神となってからマスターの料理を見て来ましたから」


 付喪神って物から離れられたんだ。すげえな。


「それじゃあカブ子はタレの試作を頼む。それとメッサー。この店に炭とかってある?」


「あ、はい! 倉庫の方にあります。」


「それじゃその炭で火を起こしといてくれ、場所は......そうだな。裏庭で良いや。そこのレンガで囲ってくれ」


「はい! わかりました!」


 タタタタと音を立てて走って行ったメッサー。残ったのはその妹のミーシャのみ。


「ふん、アタシは手伝わないわよ」


 まあ予想どうりだ。


 兎にも角にも鰻を下ろしていく。おばちゃんの店で買った鰻はすでに締められていたので、今回はトドメをさす必要は無い。


 どうでも良い事だが、鰻はめちゃくちゃ暴れるので、締めるのが面倒である。まあ日本だと冷蔵庫にぶちこんだりするみたいだが......


 次に目打ち。鰻の目にピックを打ち、しっかり固定する。メッサーのまな板にがっつり穴を開けてしまったが、後で謝ろう。


 固定できたら、首筋の切り込みから包丁を入れ、背中を開いていく。今回は関東でよく使われる背開き方式だ。


 内臓を処理して、中骨や小骨を丁寧に取り除けば、鰻の開きの完成だ。


 おばちゃんから買った鰻は全部で二十匹程度だったので、取り敢えず人数分、五匹の鰻をさばいていく。


 そういや水の入った桶に入ってたから気にして無かったけど、泥抜きとかってちゃんとされてんのかな? ぱっと見綺麗だったし消化器系も傷つけないように処理したから大丈夫だとは思うが、今度聞いておこう。


「よし、できた。久しぶりだったけど出来るもんだな」


 因みに捌き方も爺さんに教わった。うちの近くで野生の鰻が釣れたんだよなー。たまにお化け鰻みたいなのも出たけど。


「ねえ、あんた」


 今まで静かにしてたミーシャが唐突に声をかけて来た。


「あんた。料理人なの?」


「いや、俺はただのフリーターだが?」


 ぶんぶんと頭を振り、キッとこっちを睨みつけるミーシャ。


「ふりーた......が何だか知らないけれど、素人の手つきじゃない......あんた達一体何者なの?」


「だからただの転移者だって。それ以上でもそれ以下でも無い。よし、できた」


 ミーシャは納得いかない様子であったが、今は一刻も早くこいつを焼きたい。朝飯がまだなんだよ。


「あー!」


「な、何よ突然!」


「米炊くの忘れてた!」


 鰻は鰻重にしてこそだろうに! 何という失態!


「フフ。そんなこともあろうかと、炊いておきました!」


「ナイスだカブ子! 愛してる!」


「マスターが意外と抜けている事は承知しておりますので」


 さすがは俺の愛車。俺のことがよく分かってる。


「メッサー! 火は出来てるか?」


「はい! バッチリでーす」


 裏庭から聞こえて来るメッサーの声はあいつにしては張った声だ。あいつも少なからずワクワクしているのだろう。


「よっしゃ焼くぞ!」



 先程関東と関西で捌き方が違う、という話をした。今回は関東風の背開きで捌いた訳だが、焼き方にも関東風と関西風が存在する。


 関東風のでは途中蒸す工程が存在するのだが、冷静に考えたらこの店に蒸し器が無い。


 というわけで、関西風の焼き方を選択した。


 少し焼いてはタレに漬け、ひっくり返して何度も何度もひっくり返してはタレをつけ丁寧に丁寧に焼いていく。


 焼いて見て思ったが今回はこっちの焼き方で正解だったかもしれん。


 何度もじっくり焼くことで、鰻の蒲焼特有の香ばしい匂いがどんどんと広がっていく。そう、俺の集客プランの中軸はこの匂いだ。この匂いで客を大通りから引き込んでやろうと思うのだ。


 焼く、ひっくり返す、つける、焼く。


 繰り返すうちに辺りは鰻の脂とタレの焼ける芳醇な匂いで満たされていく。


 と、そんな時だ。ドタドタと音を立てて、欠食褐色エルフが降りて来た。


「とても良い匂いがするのですがこれはっ!?」


 やっとこさ起きて来たか。


「ちょっと待ってろ、お前の分もあるか。」


「貴方が神でしたか!」


 少なくとも神では無い。


 「全員分焼けたぞー」


 焼いている間は全員が無言で鰻を見つめていた。あの小煩いミーシャも言葉が出なかった様だ。


 早く食わせろというミアの視線をスルーし、全員分のご飯を丼に盛っていく。お重じゃ無いのはご愛嬌だ。


 ご飯の炊き上がりは上々。良い仕事をするじゃ無いかカブ子。


「お褒めに預かり光栄です」


 ちゃっかり心を読むな。


 そういやミアとミーシャは初対面の筈だが、どちらも鰻に心を奪われていてそれどころじゃ無い様だ。


 ご飯にはたっぷりタレをかけていく。まだまだ鰻の旨味が染み込んでいない若いタレだが、今後どんどん旨いタレになっていくだろう。


「よし出来たぞ」


 アサギ特製鰻丼五丁、完成だ。



 うん。即興で作ったにしてはまずまずの出来上がりだ。さすがは日本料理の店というべきか、必要な調味料とかはそろっていたしな。


 鰻丼特有のよい香りが店内に広がる。やはり腹の虫を刺激する匂いだ。


「それじゃあ頂きます」

 

「「頂きます」」


「「?」」


 ミアとカブ子は反応したが、兄弟は何ぞ? という顔だ。因みにミアにはこういうしきたりだと昨日説明した。


 ミアが真っ先に丼をかきこんで行く。上品からはかけ離れた姿だ。まさに残念エルフ。ただ米粒を一粒もこぼしていないのは執念の成せる技だろうか。


 カブ子は対照的に上品に食べて行くが、そのペースは昨日よりも早いな。


 兄弟は俺たちの謎挨拶に疑問符を浮かべていたが、それも一瞬。食欲には勝てなかった様で、直ぐに丼に向かっていった。


 よし、俺も食べるとしよう。


 どれどれ、危惧していた泥臭さは......余り無いな。多少のにおいがあるが、川が綺麗なおかげか、泥抜きがされているのか無視できるレベルだ。一応今後は生きている状態で仕入れられるよう交渉しておこう。


 タレもまだまだ家庭レベルを超えられていないが十分美味い。カブ子の仕事のクオリティの高さが伺える。


 総合してかなり美味い。天然モノはやっぱり旨いな。これなら直ぐに店で出せそうだ。


 他の面々は、というともう皆一心不乱だ。ミアに至っては口の周りはタレと米でベタベタになっている。子供か。


 そんな周りの面子の様子を見ながら食べていたが、早くもミアは食べ終わった様だ。


「おひゃわり!」


 元気よく丼を差し出して来るが、残念ながらおかわりの分は焼いてない。というかよく朝からそんなに食べれるな。


「これが絶望の味ですか......」


 何を言ってるんだお前は。


 まあちょうど良い、皆食べ終わった様だな。カブ子はちゃっかり置いておいた鰻の骨で骨せんべいを作って昨日の酒を持ち出してちびちびやり始めてるし。ちゃっかりしてんな。


 食べ終わって呆然としている兄妹だが、メッサーにはこれからガンガン働いて貰わなきゃならない。


「よしメッサー。これから修行を開始する!」




 まずは鰻の捌き方からだな。




 メッサーに鰻の捌き方を教え、どんどん焼かせて行く。


「タレは継ぎ足し継ぎ足しで使って行く。使えば使うほど鰻の旨味が染み込んで旨いタレになって行くからな。ガンガン焼いて行くぞ」


 隣では焼きあがった鰻をミアとミーシャがガンガン消化して行く。意外とミーシャも食べるな。


 そんな感じでミアとミーシャが三杯目を食べ終わった辺りだろうか。不意に店に来客があった。


「おい何だこの美味そうな匂いは! メッサー何をやっているんだ?」


 おっさんが二人、店のドアを開けて入ってきた。一応休業中の札をかけておいて筈だが。


「あ、トルマさん! マルクさん!」


 メッサー曰く、この二人は昔からの常連らしい。それにしても休業中の店にズカズカ入ってくるなって。


「今新メニューの開発中なんですよ。あ、こちらは店の立て直しに協力してもらっているアサギさんです」


「どうも」


 おっさん二人は少し訝しむ様な感じでこちらを見ていたが、メッサーが俺のことを凄腕の料理人だと説明すると、納得した様で直ぐに興味を今焼かれている鰻に移した。


「それにしても何だかこの匂いは。大通りまで匂ってきたぞ」


 よしよし狙いどうりだ。鰻の匂い作戦は上手く行きそうだな。

「メッサー。どうせなら二人にも食べていってもらえ。」


 そんなこんなでおっさん二人も鰻の魅力に取り憑かれ、ミアとミーシャとともに黙々と鰻を食べる背景と化した。


 よし、この調子でどんどん焼いていこう。


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