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21 エルフの祈り

ミア視点です。彼女の目から見たあの戦いと、その裏話。

 私がアサギさんと出会ってから、もう二ヶ月以上が経ったでしょうか。


 城壁に立つ私の目に映っているのは、群がる魔物達を蹴散らして、魔物たちの最奥を目指すアサギさんの姿。


 その姿を見ながら、私はアサギさんと出会ったときの事を思い出していました。


 





 最初に出会ったときは、新手の魔物かと思いました。角吼狼(ホーンハウンド)の群れに襲われ、無様に逃げ惑っていた時の事。突然視界に飛び込んできた何かが、角吼狼(ホーンハウンド)を吹き飛ばしたのは今でも目に焼きついています。


 私はあまり戦闘が得意ではありません。いえ、あまり、というのも誇張になりますね。全く出来ません。


 魔法は得意ですが、接近されてしまえばそこらの魔物にすら直ぐにやられてしまうでしょう。


 そんな私なので、あの狼の群れに襲われたときは万事休すでした。接近されてしまう前に倒せれば良かったのでしょうが、運悪く倒せたのは七匹の群れのうち二匹のみでした。


 そんな中、突然現れて、素手で角吼狼(ホーンハウンド)の群れを一掃したアサギさんを見て、しばらくついていこうと思った訳です。








 そう、その時は一時の旅のお供、位にしか思ってませんでしたね。たしかに助けられた時は少し惚れそうになりましたが、私はそんなチョロイ女ではありませんから。


 ただ、向かった先、ベルケーアで食べたアサギさんの料理に、どうやら私は胃袋を掴まれてしまったようなのです。


 森に居る時に婆様から聞いた事があります。何でも異世界には「男は胃袋から掴め」という言葉があるそうです。その時はふーん、位にしか思ってませんでしたが、まさか自分が掴まれる側に回ってしまうとは。









 目の前に群がる魔物の様子が変わりました。どうやらアサギさんがこの群れを指揮していた個体を倒したようですね。


 これまで統率の取れていた魔物達は、皆我を失ったかのように、転々バラバラに逃げ始めました。少数ですがその場に残っている魔物も要るようですが、まあその場の冒険者の方々が始末してくれる事でしょう。


 ずいぶんとあっけない物でした。けが人もそれほど出ていないので、私の仕事はほとんど無かったですね。まあ回復役の魔法使いの出番が少ないのであれば、それは素晴らしい事です。


 アサギさん達は......あそこですね。十兵衛さんとフラムちゃんと合流したようです。


 ほっと一息ついて、私も合流しようと思ったその時でした。


 見慣れない二人組みが現れたと思ったら、一瞬の内にカブ子さんと十兵衛さんが地面に臥していました。


「――っ! トゥールちゃん! 行きますよ!」


 あの二人組みが何者かは分かりませんが、明らかに危険な事だけは分かります。トゥールちゃんを連れて、アサギさん達の元へと急ぎます。






 息が上がり、足が重い。こんな時になって、日ごろの運動不足を恨むことになるとは。それでも、全身全霊で皆さんの元へと走ります。


 城壁を降り、荒野を走る。その途中、カブ子さんを担いだヴァイスさんと、十兵衛さんを担いだギルバートさん、そのギルバートさんの後ろで十兵衛さんを支えるフラムちゃんと会いました。


「ミアっ!」


 フラムちゃんが駆け寄ってきます。背負われている二人は完全に意識を失っているようです。


「っ! 二人をこちらに!」


 容態をじっくり見ている場合じゃありません。急いで回復魔法を詠唱し、彼らを寝かせながら掛けていきます。


 回復魔法を掛けながら、彼らの様子を確認します。目立った外傷は......無いようですね。二人とも気絶しているだけの様です。


「大丈夫、命に別状はありません。ですが頭を打っている可能性がありますので、城壁の方で横にならせてあげて下さい」


「ミア......アタシ......」


「フラムちゃん、ありがとうございます。貴方があそこから連れ出していなかったら、二人とも巻き込まれていたかも知れません」


 フラムちゃんは何も出来なかったことを気にしているようですが、十兵衛さんとカブ子さんが何も出来なかった時点で、あれはもはや化け物クラスの怪物です。あれ相手に何も出来なくても仕方が無いでしょう。


「フラムちゃんはお二人と、城壁まで彼らを連れて行ってあげて下さい。幸い今はアサギさんが相手をしていますが、いつあの怪物が暴れだすか分かりません」


「わ、わかった」


 フラムちゃん達を見送り、アサギさんの元に急ぎます。今も一人きりで、あの化け物の相手をしています。


 それにしても、私は一体何をしに走っているのでしょう。先ほど自分でも思ったではないですか。あれは化け物だと。それを相手に、戦闘能力の無い私が何を出来るというのでしょう。


 それでも、私の足は止まりません。






 今、私の目の先で、アサギさんがあの化け物に倒されました。急いで回復に向かおうとしますが、その時、あの化け物と目が合いました。


「――っ!」


 足が竦み、全身が力を失いました。本能が言っている。あれは決して逆らってはいけないものだと。


 そんな情けない私の前で、アサギさんが立ち上がろうとしています。全身はボロボロ、そんな身体で。


 その時でした、隣に浮かぶトゥールちゃんから凄まじい圧を感じたのは。


「ミア=フォーレンハイト」


 いつもの明るい声とは違う、凛とした声が、私の名を呼びました。


 驚いて振り向くと、そこにはいつもの二対の羽を輝かせ、緑のオーラをまとったトゥールちゃんの姿が。


「ミア=フォーレンハイト。あのままではあの方は彼に負けるでしょう」


 一体、何が......?


 混乱する私に、更に話しかけるトゥールちゃん。


「ですが、今あの方の枷が一つ外れました。今であれば、接続が可能です。ですが、今の私ではその力が足りません。管理者である貴方の協力が不可欠です」


 一体、何を言って......いや、深く考えるのはよしましょう。アサギさんを助けられる。その可能性があるのであれば、そこに飛びつく以外の選択肢はありません。


「何を......すれば......?」


「手を」


 言われたとおりに手を差し出せば、その上に乗ってきたトゥールちゃんの姿が更に輝き始めました。


 暗転。


 一瞬、視界が失われました。その直後に脳裏に移るのは、見慣れた世界樹の姿。


 視界が戻ったときには、トゥールちゃんの姿は元に戻っていました。変わりに変化があったのは、アサギさんの方。


 普段の彼とは比べ物にならない膨大な魔力が渦巻いているのが分かりました。


「トゥールちゃん......? 今のは一体?」


「? 何の事です?」


 トゥールちゃんは誤魔化したり嘘が言えるタイプではありません。どうやら今起こったことは本当に覚えていないようです。











 立ち上がったアサギさんが、あの怪物と正面から打ち合います。膨大な魔力を身にまとい、先ほどとは別人の様な動きを見せています。


 ですが、あの化け物を倒すには至らないようです。私にはほとんど目で追う事も出来ませんが、それでも、両者の力が拮抗しているのを感じます。


 その時、アサギさんの声が聞こえました。


 詠唱......いや、あれは違う。唯の詠唱ではありません。あんな言葉、エンシェントエルフの私ですら聞いた事がありません。


 その瞬間、膨大であったアサギさんの魔力が、爆発したように膨れ上がりました。あれは、もはや人間に扱える量の魔力をとうに凌駕しています。


 アサギさん、あなたは一体......?







 その本性を現した魔人と、アサギさんの打ち合いが続きます。


「おい、ミアの嬢ちゃん、一体こりゃあどうなってんだ? あれは本当にアサギなのかよ?」


 ギルバートさんが、私にそんな問いを投げかけてきました。どうやら、冒険者の方々も集まってきたようです。


 そうやらあの魔人は、アサギさんとの戦いにしか興味が無いらしく、此方には一瞥もしません。


「わ、私にも......どうなっているのかさっぱりで......でも、あれはアサギさんです。私達のアサギさんです」


 周りの冒険者もあっけに取られた様にその戦闘光景を見ています。


 その間も、魔人とアサギさんの戦いは続きます。


「すげえ......」


 冒険者の一人から、声が漏れます。


 もはやあの二人の戦闘は、芸術のようにすら思えます。目に留まらぬほどの高速戦闘。時々散る火花と、絶えず聞こえる金属音だけが彼らが戦っているということを知らせて来ます。


 そんな光景を見ながら、私は思い出して居ました。アサギさんと過ごした日々を。軽口を叩きあって居たのが昔の事のようです。


 目に浮かぶのは、私のわがままにやれやれと付き合ってくれたアサギさんの表情。あなたと過ごした日々が、私の人生の中でどれだけかけがえの無いものだったのか。


 私にはもはや祈ることしかできません。


 アサギさんがどうか、無事に帰ってきてくれますように――




 

次で第二章終了予定です。


ポンコツ欠食エルフだって、ヒロインするんです。


誤字などありましたら、感想欄や活動報告の方で教えて頂けると助かります。

皆さんの感想や評価がいつも励みになっています。ありがとうございます。

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