20 アサギ=ミシマとマルコシアス=ディルムナハト
第二章もクライマックスです
先ほどまでとは全く違う光景がそこには広がっていた。
「ッ!!はあっ!」
素手での戦闘を辞め、その両の手から魔人特有の爪を生やした魔王マルコシアス。それと互角に打ち合う事が出来ている。
油断など当然出来ないし、させてはくれないが、先ほどまで目で追うのがやっとだった攻撃に、今では完璧に身体が着いてきている。
(なんだ? 先ほどまでは、ただ技術を持つだけの人間かと思っていたが、これはまさか本当に......?)
横薙ぎに繰り出される俺のトンファーを、マルコシアスがその爪で捌く。火花が散り、鈍い金属音が当たりに響き渡る。
武器に関してはおっさんに作って貰っていて本当に良かった。並みの素材ではとうにガラクタになってしまっていたであろうが、おっさん謹製のトンファーは傷だらけではある物の、折れる気配は全く無い。
「すばらしい......素晴らしいぞ冒険者よ!」
声を上げ、再びその凶器が、今度は両の手十本の爪が伸び上がり、時間差で俺に迫る。
神経を研ぎ済ませろ、己の感覚を信じろ。
右、左、振り下ろし、刺突。絶妙な時間差で繰り出される攻撃を一つ一つ丁寧に、確実に迎撃する。
「おらぁっ!」
その最後の一本を防ぎ、弾き飛ばす。その瞬間、マルコシアスの爪は、その十本全てが砕け散った。
このまま一気に決める!
そのとき、マルコシアスの口が、ニヤリと不気味に弧を描くのが目に入った。
両の手に残っていた爪の残骸は、即座に塵となって消え、新たに生まれた黒光りする十本が、必殺の速さを持って俺に迫る。
辺りの時が止まったような錯覚。
回避は不可能。迎撃も望み薄。そう頭が認識するよりも先に、口から言葉が零れた。
「我が名において命ず。星を巡る鼓動と波動よ、我にその力を」
豪、と言う凄まじい音と共に、俺の周囲から風が立ち上る。その風に踏鞴を踏まされたマルコシアスが態勢を崩し、その間に俺のトンファーによる刺突がその胸に吸い込まれる。
「がっ!?」
クソ、浅い!
俺の攻撃は奴の胸に叩き込まれたが、魔核を破壊するには至らない。
胸を押さえるマルコシアスがその肩を震わせる。怒って......いや笑っているのか?
「ククク、ハァーハッハハハハ! 素晴らしい、素晴らしいぞ! まさかこのような所でこの様な出会いが待っているとは! 長く生きてきたが、このような奇跡に出会えるとは!」
「一人で盛り上がっているようだが、お前の攻撃はもう粗方見させてもらった。まだ何か奥の手でもあるのか?」
「ふむ、僕を侮って貰っては困るなア。 そうだな、このような爪で遊ぶのは仕舞いにしようか」
そう言って、両手から生えた爪を一振りすると、爪は跡形もなく消え去り、両手には変わりに大振りのナイフが握られていた。形状的にはククリ刀に近いだろうか。
「それと、これももう要らないな」
燕尾服のジャケットと、シルクハットの様な帽子を投げ捨てて、顔の前で手を一閃させる。その瞬間、人間と変わらない姿だったマルコシアスの姿が、漆黒の肌を持つ魔人のモノに変わる。
「さア、第二ラウンドの開始といこうかねぇ」
どうやらこいつも本気になったらしい。スピードも、一撃の重さも先ほどのモノとは段違いだ。
だが、今の俺ならついていける。謎の力は未だに俺の中で渦巻いていて、絶えず俺に力を生み出している。
「はあっ!」
大振りのナイフがトンファーの表面を滑り、火花を上げる。不発と見るや、即座にナイフを回し次の攻撃へ移るマルコシアス。明らかに達人レベルに達しているその動き。対応出来ない訳じゃ無いが、有効打を撃てる隙も無い。
「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい! 君から感じる明らかに魔王レベルに準ずる圧! 身体能力だけでも僕に迫ると言うのに、加えてその技の冴え!」
怒涛の攻撃を見せながらも、興奮を抑えきれない様子のマルコシアス。
「ああどうもっと! お前は魔法とかは使わねえで良いのかよっと」
その攻撃を裁きながらも、奴の出方を伺っていく。
「そんな勿体無い事する訳が無いだろう? 好敵手との己の全力を賭したぶつかり合いに、そんな無粋なものは必要ないさ!」
なんだこいつ、戦闘狂か? まあそれなら都合が良い。俺の魔力はここまでの戦闘であまり残っていない。武器でのぶつかり合いに拘ってくれるなら此方としても好都合だ。
「さあ、もっと僕と君の技術と肉体が織り成すこの舞台を楽しもうじゃないか!」
言われるまでも無い。俺も今、人生最高の状態なんだ、負けるわけには行かない!
どのくらい打ち合いを続けていただろうか。一時間か、二時間か、あるいは俺の感覚が狂っているだけで数秒間だろうか。
俺とマルコシアスの一騎打ちは完全に膠着していた。
攻めに出てみれば、俺のトンファーはそのことごとくが奴のナイフ、あるいは体術に阻まれ、かろうじてその身体に届く一撃も、武器の性質上有効打にはならない。
息が上がり、身体が重くなっていくのを感じる。奴もそれは同じようで、俺と同様に肩で息をしている。
だが俺も奴も決して止まらない。少しでも隙を見せれば、それがこの戦いの決着になることを分かっているからだ。
スピードを落としてはならない、少しの遅れが絶対的な差に繋がる。自分の感覚が伝えてくる情報を、余さず肉体に伝える。
「はぁっ!」
「ハッ!」
俺と奴の獲物が交差し、丁度立ち居地が入れ替わる。お互いの視線が交錯し、どちらも動けずに居た。
感覚で分かる。次の打ち合いで終わる。俺が死ぬか、あいつが死ぬか、二つに一つ。
どちらが先に動いただろうか。ミリ秒も違わずに、同時だったように思えた。
逆手に構えた双刀を握るマルコシアスの顔が笑っているのが見える。たぶん俺も同じ顔をしているのだと思う。
だが、俺たちの勝負の幕は、勝者無きまま引かれることになる。
俺たちの間に現れたのは、例の黒鎧と、一人の女魔人。その二人の割り込みにより、俺たち二人は攻撃の為に加速していた身体を止める。
「なんだい君たちぃ。一体今が何処で、自分達が何をしているのか解っているのかねぇ?」
「申し訳ありませんがマルコシアス様。陛下から至急戻るようにとのお達しです」
「そんな事知らないねぇ。僕は君と違って彼に忠誠を誓っているワケではないのでねぇ......それでも邪魔をするというのならば、まずは君を殺さなければいけなくなるねえ」
なんだ、仲間割れか?
先ほどの熱に浮かされた口調では無く。奴の口から出るのは冷たく低い言葉だ。
「僭越ながら、陛下より黒騎士への命令権を預からせていただいています。繰り返し、お戻り下さい、マルコシアス様」
女魔人から出た言葉を聞き、苦虫を噛み潰した様な表情になるマルコシアス。
「君はともかく、今黒騎士を相手取るのは都合が悪いねぇ。まあ興もそがれた。舞台を放棄するのは僕の主義に反するが、ここは第一部閉幕ということにしておこうか」
そういうと、不意に俺の方を向いたマルコシアス。
「君の名前を、教えて貰っても良いだろうか?」
先ほどの冷たさとは違う、真摯な眼差しで此方を真っ直ぐに見つめてくる。
「アサギ、アサギ=ミシマだ」
「そうか、ではアサギ。この決着はいずれつけるとしよう。今日はここまでとさせてもらうよ」
ふざけた様な間延びした喋り方も、今回ばかりはなりを潜めていた。魔人の中にも、こういう奴がいるのか。
思えばこいつは、カブ子と十兵衛を倒しても、殺すことはしなかった。奴の実力なら即座に命を刈る事も出来たのに、だ。
初めから、今日のことはこいつにとって唯の娯楽、いや舞台の一部だったのかもしれない。
立ち去る前に、俺の方をちらりと振り向くマルコシアス。こいつとは、必ずまた戦うことになるのだろうという確信だけがあった。
「アサギさん!」
なんだ、ミア居たのか。
よく回りを見渡してみれば、沢山の冒険者達が遠巻きに俺たちの戦いを見守っていたようだ。
気がつけば、俺の体を巡っていたあの力もどこかへ行ってしまったようだ。あれは一体なんだったのだろうか。
「ミア、十兵衛とカブ子は?」
「あ、ああ、はい。二人とも気絶しているだけで、外傷はほとんどありませんでした。直ぐに目を覚ますでしょう」
やっぱりそうか。なにはともあれ無事で良かった。見渡す限り、魔物もすべて倒したみたいだな。
ふと一服したくなり、懐をあさる。あれ、無いな。
「はい、これですよね」
そうだ、戦闘前にミアに預けたんだった。
手渡されたポーチから、煙草とジッポを取り出し、火をつける。苦味を含んだ煙が、疲労した身体に心地よくなじむ。
「えっと、色々聞きたい事が山積みなんですが......」
「ああ、また後でまとめて話すわ」
「ええ、そういうと思っていました。なにはともあれ、アサギさんがご無事な用で何よりです」
そこで言葉を切り下を向くミア。あげられた顔には、優しい笑みが浮かんでいた。
「お疲れ様でした、アサギさん」
「ああ、疲れたよ」
中に浮かべられた煙が、晴れ渡る空に昇っていった。
二人の勝負は持ち越しとなりました。マルコシアスですが、作者お気に入りのキャラで、これからもちょくちょく登場します。
次回はミア視点。ミアとトゥールから見た戦いをお送りします。
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