17 魔物の氾濫と、脅威の兆し
久しぶりにアサギさんとミアが冒険者します。
平穏な日々というのはやはり長くは続かないようだ。
目の前に立つのは、奇術師の格好をした魔人。ふざけた格好をしたこいつに、十兵衛が一瞬で沈められた。
飄々と立つこの魔人が現れたのは、ギルドホーム完成から二日後、魔物の森が氾濫し、大規模の魔物の群れが町に向かっているという報を聞いたその日だった。
その日の朝も、いつもと変わらない始まりだった。朝一で俺の部屋に特攻してきたフラムと稽古をし、汗を流した後でひとっ風呂。朝食をとり、製作途中だった巨大トーテムポールの製作を続けようと工具を手に取った。
そのとき、もはや聞き慣れた魔物の襲来を告げるサイレンが町中に鳴り響いた。
「今日は朝からか、大変だねー」
そうは言っても、俺は他人事だ。たまには暴れに行きたいという気持ちもあるが、最近は出てこないで下さいという言葉に甘えてずっとごろごろしていたせいか、なかなか身体が動く気になってくれない。今日も不参加だな。
そんな事を考えながら、トーテムポールを削る作業に戻ろうかと思ったそのとき、入り口のドアがバン、と開かれる。ちなみにこの扉、クラリスがどうしてもギルドの入り口は両開きじゃないと嫌だと言うので、一昨日適当にこさえたものだ。
ったく。急造で作った扉なんだから丁寧に扱えと言っておいたのに、誰だよ。
「アサギ氏! 居ますか!?」
ヴィーラじゃねえか。クールビューティな監査官様がそんなに慌ててどうした?
「ここに居るけど? どうした?」
「魔物の森が氾濫しました! 城壁まで急いで下さい!」
うわ、マジかよ。
氾濫。どうも数年に一度起きる現象のようで、魔物の森の生態系が崩れた際に起きる魔物の大移動だ。いつもの襲来とは規模の違う群れがこの町に突っ込んでくる。
「分かった。直ぐに向かう。ミア! 行くぞ!」
「うぇ? は、はいちょっと着替えるので待って下さい」
三十秒で支度しな、と言ってやりたいが、ふざけている場合じゃ無い。それにつっこめる人間も居ない。
一分ほど掛かって、着替えと装備を済ませたミア。セーラー服の上にローブを羽織っているが、本当に大丈夫か?
「一応手持ちの服の中では一番頑丈な服です!」
ならいいか。
「ならさっさと行くぞ! おいトゥール、起きてくれ」
「あい?」
駄目だ、寝ぼけてやがる。とりあえずこのまま胸ポケットに入れておくか。
そのままミアを抱きかかえて、ベランダから外へ飛び出す。
「うええ!? 何ですか急にってあーーーーーーー!」
そのまま空中を蹴って隣家の屋根に着地、そのまま屋根伝いに城壁まで一直線だ。
「うええ......また舌を噛みました」
そうぼやくミア。正直すまないとは思っている。
「悪い悪い。まあお前を連れて最速でここまで来るための最善手だったんだ、許してくれ」
そう言い、城壁から魔物の森の方角を望む。今までとは比べ物にならない地響きと砂埃が、巨大な群れの襲来を告げている。接敵まであと一分かそこらって所か。
「皆さん!」
そう声が上がった方向を見てみれば、城壁の段差の上にヴィーラが立っている。ヴィーラが立っている?なんであいつ俺らより早いの?ワープしてるだろ。
「お集まり頂きありがとうございます。見てもらえば分かる通り、魔物の森が氾濫し、かつて無い規模の群れが迫っています! 今回の防衛ではギルドの垣根は無いと思って下さい。」
そこで一度言葉を切る。周りの冒険者も、固唾を呑んでヴィーラを見守っている。
「魔法が使える片は全て城壁の上で初撃にあたって下さい。その後は近接戦闘ができる方は下に降りて魔物の掃討、また回復魔法が扱える方は別個集まって下さい」
まあ妥当か。俺もまずは魔法での一当てに参加しよう。
「時間がありません、皆さん速やかに持ち場についてください! 皆さんの働きに、この町の存亡が掛かっています!」
その言葉に、冒険者達から野太い掛け声が響く。随分と士気を煽るのが板についているじゃ無いか。
城壁の上で、魔物の群れを見下ろす。改めてみると、凄い数だ。視界いっぱいが魔物で覆われている。
「トゥール、準備はいいか。俺の魔力の半分を渡す。思いっきりやってくれ」
「了解です!」
そうトゥールに指示を出し、俺も弓を構えて標的を探す。狙うのは広域殲滅系の魔法に耐えそうな奴だ。
軽く見渡してみると、一つ目の巨人が何体か見えるな。あいつらは魔法に対する抵抗力が非常に高い。この攻撃で何体か潰して置きたいな。
その中でも最も巨大な個体に狙いを定め、俺も詠唱を始める。
「大いなる風よ、我が願いに求め、我が矢の道を空けよ! 空の道」
俺の矢から目標に対して、矢の通る道を真空状態に持っていく魔法。これで空気抵抗を無くし、超長距離での狙撃を可能にする。
「放て!」
ヴィーラの掛け声で、冒険者達が詠唱していた魔法が、一斉に放たれる。
「穿て! 致命の矢!」
「ぶちかますです!暴風王の咆哮!!」
俺の手から放たれた矢が、音も無く巨人へと向かい、その巨大な目を打ち抜き貫通する。
その直後、大地を震わす爆音と共に、冒険者達の渾身の魔法が炸裂する。
地は爆ぜ、炎が立ち上る。あれは、ミアの魔法か。上空から叩きつけられた空気の塊が、魔物たちを死肉に変えていく。
巨大な砂埃と、肉の焼ける匂いが立ち上る。煙が晴れ、開けた視界には、その数を半分以下に減らした魔物の群れの姿があった。
「行くぞ野郎共! 魔法使いの連中にばっかり良い格好させてらんねえぞ!」
城壁の下で、近接武器を構えた冒険者達から鬨の声が上がる。戦闘で吼えているのはギルバートか。隣には十兵衛とヴァイス、カブ子も居るな。
俺も急いで向かうとしよう。
トゥールをミアに預け、俺も戦場の真ん中に飛び込む。挨拶とばかりに、手近に居たゴブリンにトンファーを叩きつけ、その脳天をかち割り、叩き潰す。
それにしても一撃か、これが異世界のステータス補正という奴なのだろうか。現実的に俺の腕力で力任せに魔物を叩き潰せるなんてのはありえないからな。
とはいえ都合がいい。トンファーでは火力不足かと思っていたが、これなら十分戦力になるだろう。
「おっと、アサギ殿も来たのか。貴殿と肩を並べて魔物を叩くのはこれが初めてだな」
「確かにそうか、それじゃあ、遅れんなよ!」
そのまま駆け出し、勢いのまま狼型の魔物を叩き潰し、そのまま回し蹴りで群がってきたゴブリン共を蹴り飛ばす。
十兵衛の方を見れば、流れるような剣捌きで、次々と魔物を切り捌いていく。やっぱり剣の方がこういう時は有利だな。むしろ俺が遅れてる。
「私のことも忘れないで欲しいですねえ」
後ろを振り向けば、大鬼を真っ二つに切り裂き、返す刃で複数の魔物を一度に屠っているカブ子が見える。
無表情だが分かる、あれは勝ち誇った顔だ。わざわざ俺を煽る為だけに派手な殺し方を選びやがったな、あいつ。
「こりゃまた、俺も負けてらんねえな!」
魔力はできるだけ温存しておきたかったが、あんな事されたんじゃ黙ってらんねえよな!
「風よ、空を翔ける力を。風翔脚!」
地面を蹴ると同時に、爆発的に加速し、そのままその先に居た大鬼を一閃し、弾き飛ばす。
そのまま空中を蹴り、方向を修正し、勢いのまま次の目標に向かう。
これが俺の奥の手、風翔脚だ。一度に風魔法を貯めて、適宜爆発させて高速機動を可能にする。
「おらぁ! 次!」
目に付いた魔物を次々と屠っていく。トンファーは剣と違って切れ味が落ちるとかそんな心配は無いからな。目に付く端から風翔脚で向かい、そのまま全てを一撃でなぎ倒していく。
「あれまあ、マスターも本気ですねえ。これは負けてられませんね」
「ああ、私達も全身全霊で行くとしようか」
さあ、このまま殲滅と行こうか!
ずっと出したかったキャラが、この辺りから本格的に活動を始めます。




