表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/53

閑話 歌劇場の名を冠するお菓子 下

「いや、ホント助かったよ。十兵衛たちがあそこに居てくれて」


 食品店で、とても持ちきれない量の食料をどうやって持って帰るか悩んでいた頃、たまたま通りかかったのが十兵衛と子供達だった。


「いや、アサギ殿の気配がしたのでな。一応声をかけておこうと思ったのだ」


 違った。たまたまじゃなかった。それにしても、オークは種族的に魔法は使えないはずなので、純粋な技術としてこいつは人の気配を察知している事になるな。凄いわ。


「アサギにーちゃん。お菓子作るの?」


「ああ、今日は俺のとっておきを作るんだ」


「チーも一緒に作って良い?」


「ああ、いいぞ」


 この子はチーニャ。十兵衛の連れている子供達の中で、一番料理に興味がある女の子だ。毎度のように俺が料理していると手伝いに来る。


「やったー!」


 両手を挙げて走って帰ろうとするチーニャ。走るのはいいが、その手の物は落とさないでくれよ。


「そういやなんで商店街に居たんだ?」


「今日は子供達をつれて教会へ行ってきた。昼の礼拝に間に合いそうだったのでな」


 へー。教会ね。信心深い様で。


「私は武術と酒の女神であるカルシュティナ様を信仰している。アサギ殿も一度行ってみるといい」


「んー、神様か。そういやシュヴィアも女神様なんだよなー」


 ソーマのパーティーの女神ことシュヴィア。会ったのは数回だけどな。


「シュヴィア様は愛と恵みの神様だと言われているな。此度の勇者に同行しているという話を聞いたが......」


「ああ、ベルケーアで会ったな。まあ女神っぽいところはあんまり見てないが。」


「女神様はこの世界に下りてくる際、かなりの力を落として顕現されてますからねー」


 へーそうなのか。


 とそんな神様トークをしている間に、宿についたな。










 早速今日の調理を始めていこう。今日の助手は、先ほどのチーニャと、暇そうだったので連行してきたクラリスだ。


「まあ母様のお祝いですから、手伝うことはやぶさかではないんですが、なんかもやっとしますね」


 なにやらぼやいているが放っておこう。


 今回作るのは、オペラというチョコレートケーキだ。パリ発祥のケーキで、様々な素材で層を作る複層の形が特徴的だな。


 とにかく先ずはカカオ豆からチョコレートを作るのだが、手作業でこれをやるのはかなり大変だ。俺も日本に居るときに挑戦してかなり痛い目を見た記憶がある。


 カカオ豆からチョコレートを作るには


ロースト(焙煎)


 ↓


セパレーティング(分離)


 ↓


グラインド(磨砕)


 ↓


ミキシング(混合)


 ↓


レファイニング(微細化)


 ↓


コンチング(精錬)


 ↓


テンパリング



 というこれだけの工程が必要となる。こんなもの手作業でやっていては幾ら時間があっても終わらないし、ぶっちゃけそこまで美味しいチョコレートが出来ない。


 だがここは異世界。魔法なんて物がある世界だ。こんな事もあろうかと、しっかり準備してきてある。


 それがこの「マジックフードプロセッサー」だ。


 ネーミングからして、転移者が作ったものだと見て間違いないだろう。この魔道具は、日本のフードプロセッサーとは訳が違う。上から食材を入れると、望んだ状態になって下から出てくるのだ。


 これまでは、マヨネーズを作るときくらいしか使ってこなかったが、今回は存分にこいつに活躍してもらおう。


「という訳で、上から材料を投入していきま-す」


 チョコレートの材料はカカオ豆と砂糖、それからミルク。この間はこの世界の牛乳は不味いといったが、今回は牛型の魔物から取れるミルクを使用した。


 上からどんどんと食材を投入していく。魔道具がヴィーンと音をたてて、中で食材をどうにかしている。ぶっちゃけ内部構造が見えないのでどうなっているのかは全く分からない。


 少し時間が経つと、魔道具の下部分からドロリとチョコレートが出てきた。横部分からはきっちりと不要になったカカオ豆の皮や胚乳、余分な油分などが出てくる。


「どれどれ......おお! ちゃんとチョコレートになってる! しかもかなり美味い!」


「チーも味見する!」


「わ、私も!」


 舌触りは滑らかで、地球の高級チョコレートと比べても遜色ない仕上がりだ。完成度が高いだけ、あの魔道具の中で何が行われていたのかが気になってしまうな。


 チーニャもクラリスも、チョコレートの味に魅了されているようだ。


「おーい。食べ過ぎるなよ。これからが本番なんだから」


 は! という顔で現実に帰ってくる二人。名残惜しそうにチョコレートを見ているが、そろそろ調理に入ろう。







 今から作るオペラ、というケーキだが、その特徴として、普通のケーキ生地の変わりにビスキュイ・ジョコンドを使う点だろう。ビスキュイ・ジョコンドというのは、生地を作る際に薄力粉の大部分をアーモンドパウダーに置き換えて作る生地だ。


 アーモンドの香ばしい風味の広がる生地になるが、多少食感がポソっとしてしまう。しかしオペラでは、生地にシロップを塗りこむので、むしろしっかりシロップを吸い込む分味わい深くなる。


 作り方は普通のケーキを作るのと一緒だ。生地を薄く延ばして、オーブンに入れて加熱していく。




 その間に、二種類のクリームと、シロップを作っていく。


 シロップにはコアントローというオレンジを原料としたリキュールが使われるが、残念ながら見つからなかったので、今回はラム酒を使ったシロップにした。ラム酒に砂糖、水、それからコーヒーを少量混ぜ込む。


 

 クリームの方は、バターに砂糖と卵白のメレンゲ、此方も少量のコーヒーを使ったバタークリームと、先ほどのチョコレートに生クリームをたっぷり混ぜたチョコレートクリームを用意した。



 それらを作っている間に、生地の方が焼きあがったようだ。


 胡桃色に焼きあがったビスキュイ・ジョコンドから、アーモンドの香ばしい香りが立ち上ってくる。そういやこういうとき真っ先に飛び込んでくるミアが、今日は飛び込んでこないな。


 今日は宿屋のキッチンを借りて調理している。宿の一回部分の食堂を覗き込んでみると......居た。


 座禅を組んで瞑想していらっしゃる。これは完成するまで耐えるという硬い意思の表れだろうか。放っておこう。




 焼きあがった生地に、シロップをたっぷりと塗りこんでいく。少し触れただけであふれ出てくるようになるまで、それはそれは大量のシロップをぶち込む。


 その生地の上に、バタークリーム、チョコレートクリームと、へらを使って重ねていく。これで三層。


 もう一度同じ工程を繰り返し、合計6層になった。


 最後に、溶かしたチョコレートをそのまま表面にコーティングしていく。これでオペラの完成だ。


「ふう、やっと完成した。随分時間がかかっちまったな。チーニャ、クラリス、お疲れ」


 二人とも、長時間の作業でくたくただ。


 二人に休んでいて良いと伝え、今度は夕食の仕込みに取り掛かる。もう疲れたし、夕食は簡単にパスタとかでいいか。









 夕食の時間。皆が食べ終わった頃を見計らって、冷蔵庫に入れておいたオペラを取り出して、食堂の外で待機する。


「母様、呪いの完治、おめでとうございます。ミアさんとカブ子さん。本当にありがとうございました。お祝いと労いを込めて、アサギさんがケーキを作ってくれました! それではお願いします!」


 クラリスの掛け声にあわせて、作った巨大なオペラを持って入場する。


「ミア、カブ子、お疲れ。エアリスさんも。かなり気合を入れて作ったから、思う存分食べてくれ!」


 皆が座っているテーブルに、両手でギリギリ抱え切れるくらいの大きなケーキをドン、と置く。


 ミアはもうオペラから目が放せないようだ。期待してくれるのは良いが、貧乏ゆすりはやめろ。みっともない。


 エアリスさんは感動したようで、目に涙を浮かべながら呆然としている。


 順々に切り分けて、用意していた皿に盛っていく。よし、綺麗な層になっているな。


「それじゃー食べてくれ。アサギ謹製の特製オペラだ!」


 そういうやいなや、我先にと食べだしたミア、そして子供達。なんか毎回恒例だが泣きながら食べる子供が何人か居るな。


「あしゃふぃ「だから物を口に入れて喋るなと何時も言っているだろうが。食べてから喋れ」


 あいも変わらず興奮すると食べながら喋るミアに注意をして、俺も一口食べてみる。口の中にほろ苦い甘みと、ラム酒のシロップの風味がじわりと広がる。どっしりとした口当たりも抜群だ。


「アサギ! これやべーな! なんつうかめっちゃ甘え!」


 マナーなんて知ったものかと、右手に握ったフォークに突き刺したケーキをほおばるフラム。やべーのはお前の語彙力だ。なんだめっちゃ甘えって。


 主役であるエアリスさんも、美味しそうに食べてくれている。おっと視線に気づかれたな。


「アサギさん。本当にありがとうございます」


「いや、俺も世話になっているからな。味の方はどうだ? 甘いものが好きだとクラリスから聞いていたからこれを作ってみたんだが」


「ええ、今まで食べたどの甘味よりも美味しいです。思わず再婚まで考えました」


 いや、アンタ別に離婚した訳じゃないだろう。頼むから頬を染めるな。おっさんに殺される。


 ま、まあ満足してくれた様で何よりだ。


「アサギさん! おかわり下さい!!」


 お前はもうちょっと味わって食え。

 


 

このオペラというお菓子ですが、家庭で作るには結構めんどくさいです。


星〇珈琲のオペラは手軽な値段でそこそこ本格的なのでお勧めです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ