3 町と変身と食事処
第二話です。よろしくお願いします。
第一話を分割したのでこれが第三部になります(追記:7/28)
流通都市ベルケーア。遠目に見ても相当大きな都市だ。特に町の周囲城壁などは存在していないようだな。
「そういやこれカブ子に乗ったまま入っても大丈夫なのか? 悪目立ちしそうなんだが」
「そうですねー。一度降りた方がいいかも知れませんね」
「仕方ない。押すのは面倒だが...」
というか押してても目立つだろうこんなの。
「そこで私の新機能の出番です!」
急に喋り出すとびっくりするな。
「なんだ? 人化でもするのか?」
「相変わらず察しが良すぎて軽く引くんですが......せっかく驚かせようと黙っていたのですが、まあいいでしょう。カブ子人型形態です!」
結局カブ子で定着しちまったな。
にゅーんという音と共にカブ子が光に包まれた。使い古された表現が終わると、そこには黒髪パッツンの美女が立っていた......のだが。
「その格好はなんなんだ。もっとなんか無かったのかよ」
人型カブ子だが、何故かジーパンにTシャツ、ビーチサンダルというスタイルなのだ。顔がいかんせん出来るキャリアウーマンと言った感じなので非常にチグハグな感じになっている。違和感が凄いことになってるな。
「あれ、おかしいですね。ビシッとスーツになる予定だったのですが。マスターに引っ張られましたかねえ」
「まあいいだろ。ファンタジー感ぶち壊しだが俺も人のこと言えるなりじゃ無いしな」
ちなみに俺の格好はTシャツにスウェットとクロックスだ。
そんな感じのカブ子変身のくだりだったが、ミアの処理能力をオーバーしてしまったようで、直立不動でフリーズしてしまった。
そりゃいきなり現れた異世界から来た男が謎の乗り物に乗っていて、その謎の乗り物が喋ったと思ったら人になるんだもんな。訳わかんないよな。
「はっ。夢か」
「夢じゃ無い。現実を見ろ」
現実逃避を始めたミアだが、残念ながら現実だ。現実も残念だが。
「はぁ。深く考えるのは辞めました。カブ子さんについてはそういうものだと思っておきます」
「そうだな。それがいい。俺もこいつに関して考えるのはやめた」
人生諦めが肝心だ。
町に入った俺たちだったが。先ずは飯屋を探していた。だがいかんせん人が多すぎて3人で入れる飯屋が無い状況だった。
「まさか勇者様がこの町に来ているなんて......」
そう、この混雑、勇者を見ようと人が集まって居るらしいのだ。
どうも三ヶ月前にこの国で勇者召喚が行われたらしく、その勇者様の旅の道中とかち合ってしまったらしい。ただでさえ流通都市というだけあって、もともと沢山の商人で賑わっている。それに加えて見物客が集まっているのだ、この混雑も納得だ。
ちなみに勇者様の名前はソーマ。日本人くさいな。
どうにもこうにも腹が減って仕方が無い。俺たちは飲まず食わずで丸一日ここまで旅をして来たのだ。
「マスター。あそこの店が空いてそうですよ」
カブ子が空いて居る店を発見した様だ。なんでもいいから食えれば良し。いってみよう。
路地裏にひっそりと佇む店。如何にも老舗。と言った風情。悪く言えばボロい。そんな店だった。立て付けの悪いドアをくぐれば、客の一切いない店内。隠れた良店という訳でも無いらしい。
「食事処 トキワ、か......」
「いらっしゃい......」
覇気のない声と共に店員に出迎えられた。他に店員もいないので店主だろうか、俺と同い年くらいでまだ若い。
促されるまま席に着き、メニューを手に取る。そして驚いた。
「やっぱ日本食じゃねーか」
「にほんしょく?」
ミアが疑問の声を上げる。
「ああ、私達がいた世界の料理ですねこれは」
「へーそんな事もあるんですねー」
「異世界一発目から日本食とか、何かもやっとするが......とにかく腹が減った、ガンガン頼もう。」
因みに、ここの飯代はミア持ちだ。俺たちは無一文だしな。
しばらくして、俺達が頼んだメニューが出て来た。
俺が頼んだのは天ぷら蕎麦。ミアは川魚の煮付けセット。カブ子は肉じゃが定食。それにしてもカブ子って飯食うのな。
「それじゃぁ頂きます」
「頂きます」
「?」
ミアが疑問符を頭に浮かべて居る。この世界じゃ頂きますの文化は無いのか。まあその疑問を解消するより腹を満たす事を優先したらしく、何か聞いて来る事もなく食べ始めた。
肝心の味だが。有り体に言って不味い。蕎麦は風味はいいがぽそぽそ、しかも茹ですぎでクタクタ。天ぷらも、そもそも素材が悪い上に衣がガチガチだ。
「うん、不味いな」
「不味いですね」
カブ子は無言だ。初めての食事だが、それでもこれがよろしくない事なのはわかるのだろう。
ミアの煮付けも一口貰おう。川魚の煮付けだったか?
「鯉の煮付けか......」
こちらも不味い。泥抜きすらされていない様で、泥臭いし生臭い。煮込んだツユにもその匂いが染み出していてとても食べられたもんじゃない。
とは言え空腹の俺たちは、えもしれぬ不味さに耐え、無言で食事を進めた。
「あのー。少しいいですか?」
食事を終え、店の前で一服して居た時、店主が出て来て話しかけて来た。
「あの、ニッポンから来た方なんですか? あのすみません、先ほどの話を聞いてしまいまして......」
なんとも気の弱そうな話し方だ。
「間違いじゃ無いけど、俺たち日本なんて言ったか?」
「いえ、この店の料理を見て自分たちの国のものだと言っていたのでそうかと思いまして......」
聞くことによると、この店は店主の祖父が開いたものらしく、その祖父は日本からの転移者だったらしい。日本人転移しすぎ。
「それで祖父から引き継いだ父とこの店を切り盛りしていたのですが、その父が最近他界してしまいまして......」
どうもこの男の父、元店主はレシピなど残していなかったらしく、店主が見よう見まねで料理を作って居るらしい。そりゃ不味い訳だ。
「それで、そんな話をしてどうする。不味かった言い訳か?」
「このままじゃお客さんも来ないし祖父の代から守って来たこの店を閉めなきゃいけなくなります。それで......」
そこで言葉を切った店主。唐突にばっと頭を下げると...
「僕に日本料理を教えて下さい!」
俺、アサギの異世界生活第一章は、日本料理店コンサルタントになりそうだ。なんでこうなった。
「それで、アサギさんって料理とか出来るんですか?」
とはいえこんな面白そうなイベント、回避するのはもったいない。ということで店主、メッサーの頼みを聞き入れた俺。まずは作戦会議をする為に店を閉め、テーブルを囲んでいた。
「問題ない。自分で言うのも何だが俺は結構万能なん。」
「本当に自分で言うことじゃ無いですよね、それ」
「いえ、マスターは本当に何でも出来ますよ。なまじ何でも出来ちゃうせいで日本では無気力拗らせてフリーターやってたくらいですからね」
「それを言うんじゃ無い。と言うかミア。これは俺が受けた依頼なんだから別に付き合ってくれなくてもいいんだぞ?」
「いえいえ、付き合いますよ最後まで。別に他にやる事も無いですし」
「そういやミアって何で旅なんてしてるんだ?」
そういや俺こいつの事何も知らないな。
「ああ、一族のしきたりで、成年してからしばらくは森の外に出て旅をすることになってるんです。まあ私の場合は他にも多少事情があったりしますが......」
「へえ、一族のしきたり、ねえ。結構苦労してるんだな」
成年してからしばらく、か。つまるところこいつも結構年いってる可能性もあるわけか。
「あ、いま年齢のこと考えましたね?一応私は十五歳ですよ。ちなみにエルフの成年は十二歳です」
あ、顔に出てたか。まあ見た目的には十二歳くらいにしか見えないが......
「それにメッサーさんが住む場所も提供してくれてますし、何より食事が食べ放題ですからね。給仕の真似事くらい安いもんです!」
あ、結局そこにつられたのね。
「それでメッサー。料理を教えて欲しいという事だったが」
「あ、はい。日本料理がどういうものか教えて頂いて、どうにか再現できる様になればお客さんも戻ってくると思うので......」
「いや、この店のメニューなら俺は粗方作れるぞ? でもそれだけでこの店が持ち直すとは思えん」
「そうですか? 前と同じ状態に戻すだけじゃダメなんですか?」
まあミアの疑問ももっともだな。
「なあメッサー。この店って前は通りに面してたんじゃないか?」
少し疑問だったんだ。この店って料理店としては立地が微妙過ぎるんだよ。
「はい、昔はこの店の前に通りがあったのですが、区画整理で前に建物が建ってしまいまして......」
「何とまあ」
不幸な事で。
「とまあこんな訳で、だ。味を戻すだけじゃ離れた客は戻って来ない。抜本的な改革が必要だ。」
「改革......ですか......?」
不安そうなメッサー。取り敢えずはこいつを安心させる為に、いっちょ俺の腕を見せてやるか。
「うみゃひでふ! めひゃふひゃおいいひいでふよあしゃぎしゃん!」
「物を食いながら喋るな! 食べるか喋るかどっちかにしろ!」
「もぐもぐもぐ」
こいつ......食べる方に集中しやがった!?
取り敢えず何品かこの店の在庫で作れるものを作ってみた。ミアが食べて居るのは特製天丼だ。というかお前さっき飯食べたよな、よくそんなに入るな。
「これは......祖父の味と同じ......いやそれ以上に......」
ブツブツとつぶやきながらメッサーが食べて居るのはかけ蕎麦だ。俺が麺も出汁も一から仕込んだ。揉み海苔を散らしてあるから花巻そばってやつだな。
カブ子は蕎麦がきを食べながら店にあった日本酒っぽい酒をちびちびと飲んで居る。お前本当にスーパーカブなんだよな?
因みに俺がこれだけの料理を作れるのは、料理好きの俺の爺さんに小さい頃からみっちり仕込まれたからだ。まあ人の少ない田舎じゃ自分らの飯を作るくらいしか出来なかったけどな。
「すごいですよアサギさん! この味なら大繁盛間違い無しです!」
天丼を食いきったミアがハイテンションで言ってくるが、お前はさっきの話を聞いていなかったのか?
「だから言ってるだろう。飯がいくら美味くたって人が来なきゃ話に何ねえ。俺らだって他の店が満席でたまたまカブ子が見つけたここに来ただけだしな」
「場所が悪いなら移転すればいいんじゃ無いですか?」
「ちょっと待ってください。祖父から受け継いだ店はこの場所でやりたいんです。それに移転すると言ってもお金も無いですし......」
「まあそりゃそうだわな。という訳で俺たちがやらなきゃいけない課題は三つだ」
店のメニューが書いてあった黒板みたいな奴を拝借し、今後の課題を書き込んでいく。
「一つ、この路地裏に店があることをアピールする事」
「そうですね、現状ここにこの店があると知って居るのは昔からの常連さんだけですから...」
「二つ、メッサーが日本料理をマスターする事」
「まあご飯が美味しくなきゃ意味ないですからね。」
「そして三つ。三つめは、えーと、その、あれだ、あれ。あの。」
「マスター、何も考えていなかったようですね。また来たくなるような看板メニューを作る。とかでいいんじゃ無いですか?」
「ナイスカブ子、それで行こう」
危ない危ない。勢いで三つとかいうんじゃなかったぜ。
それとカブ子、ジト目でこっちを見るのはやめてくれ。恥ずかしい。
「まあある程度作戦はあるんだが...まずは客を呼ぶ作戦からだな。取り敢えず明日から取り掛かるぞ!」