11 深夜の戦い
「おー、こりゃまた随分と面子をそろえたもんですな。」
ギルドの周りに百近い反応がある。ある程度は近隣住民だとしても、八割以上は月下の構成員と見ていいだろう。よくもまあこれだけ集まったもんだ。いっそ感心するぜ。
「おーいオルコスさんよ!居るんだろ!出て来いよ!」
オルコスの反応はあらかじめ探知してしっかり、記憶している。今回もしっかりと現地まで来てくれているようだ。
探知に反応が、あった場所。俺たちのギルドホームの向かいの小道の影が動く。そこから現れたのは予想どうり、オルコス=リーディアだ。
「ふん、ばれているなんてね。随分と優秀じゃないか。」
素直に出てくるなんて、随分と殊勝じゃないか。まあばれている闇討ちなんて何の意味も無いか。
「まああんたらの手口はこっちでもきっちりと調べさせてもらったからな。脅し、闇討ち、誘拐。随分色々とやったみたいじゃないの。」
まあ調べたのは俺じゃなくてカブ子だけどな。
「チッ。随分と回る口だね。まあいいさ。あんた達はこの私の優しい忠告を無視したんだからね。ここで潰れてもらうよ。」
優しい忠告、と来たか。まだ少し時間があるな。少しこいつには俺のおしゃべりに付き合ってもらおうか。
「二十二だ。」
「は?なんだい?」
「お前がこれまでに潰してきたギルドの数さ。その内3件は脅しに屈して解散、11件はギルドの主要人員引き抜きによる消滅。そして残り8件が今回のような闇討ちによる壊滅だな。」
「へえ、随分と詳しいじゃあないか。それで?それが何だって言うんだい?」
こいつも余裕がある、まあこれだけの人数で囲んでいりゃそうなるか。
「その八件だが、どれもが夜間に急襲され壊滅。王国の調べによりゃあ全て深夜零時頃襲われている。几帳面なお前のことだ、作戦もきっちり時間どうりって訳だ。」
そう、こいつらのギルドでは毎日きっかり時間を決めて行動することが義務づけられていた。それはたとえ夜襲であっても変わりは無いってことだな。
そのおかげで、俺達の場合も同様にこの時間に来ることが想定できた。
「へえ、アタシ達がこの時間に来ることも分かってたってワケかい。ならとっとと尻尾巻いて逃げるべきだったねえ。どのみちアンタ達はここでおしまいだよ!お前達!かかりな!」
オルコスの号令で、周囲の影に潜んでいた構成員達が、凶器を手に一斉に飛び出す。俺から見えているのはギルド正面だけだが、恐らく他の場所も同じような感じだろう。
時計を見れば、時刻は十二時きっかり。さあ仕上げと行こう。
「だからさあ、ここまで読んでいて何も準備してないわけ無いでしょうが。王手だ。」
周囲から飛び出してきた月下の構成員達が、ギルドのドアや窓に向かって一斉に向かっていく。無言で向かっていくあたり、しっかり教育されている。
と、突然、先頭を走っていた一人の冒険者が膝から崩れ落ちた。そのまま続々と崩れ落ちる冒険者達。よし、予定どうりだな。
「な!?何だってんだい。お前達!何をやってるんだい!早く行きな!」
オルコスががなり立てている間にも、月下の連中は次々と倒れていく。倒れた冒険者は、這い蹲ったままピクピクと痙攣している。
俺は二階のバルコニーから飛び降り、オルコスの前に立って言ってやる。
「そりゃあ無理な相談だろうさ。あいつらには毒を盛らせてもらったからな。」
「毒だって?今までそんな兆候はなかった!それに全員突然発症するなんてありえないだろうが!」
そりゃあ普通の毒を、普通に盛ったんならそうだろうさ。だが俺が使ったのは普通の物じゃない。
俺はポケットからビンを取り出し、オルコスに見せてやる。明らかに毒です!と主張するような怪しい液体が詰まった、怪しいビンを。
「こいつはベルケーアの何でも屋のババア謹製の麻痺毒だ。ババアの魔法とやらできっかり12時間後に発症するようになっている。こいつをあんた達の昼飯にがっつり盛らせて貰った。」
ベルケーアの何でも屋。俺がパイプとか葉巻を買った店だ。そこの店主のババアが不思議なババアで、旅立つ際に絶対に必要になるからもってけとこれを押し付けていきやがった。まさか本当に必要になるとは、あのババア預言者か何かかよ。
その麻痺毒を、奴らの昼飯に盛らせてもらった。実行犯はカブ子だ。フラムから聞いた月下へ納品する店の食材に混ぜさせた。奴らの昼飯はきっかり12時。丁度この零時に麻痺毒が発症するってワケだ。
「くっ。道理で余裕がある訳だね...」
悔しそうな表情のオルコス。そんな間にも冒険者はその全てが麻痺を発症させて倒れた。ギルドの中からカブ子や十兵衛達が出てきて、冒険者達を捕縛していく。そういや、なんでオルコス本人は麻痺ってないんだ?こいつだけ昼飯を抜いたのか?
「ここまでコケにされたのは始めてだねえ。長く生きているとこんな事もあるもんだねえ...」
なんだ?雰囲気が変わった。今までは唯の嫌な感じの女だったが、この感じは...!?
両腕をだらんと垂らしたオルコスの様子が変わっていく。今まで希薄だった存在感が、まるで何かに塗りつぶされていくように濃密な魔力を纏った存在へと変わっていく!
「ここで計画を潰されるわけには行かんのでねえ。皆殺しで行かせて貰うよお。」
クソっ!魔族か!オルコスの姿が、黒い肌に黒き翼を携えた、魔族のものに変わっていく。何だよ!あの毒じゃ魔族には効かねえってことか?
とにかくこうなったらやるっきゃねえ。
「カブ子!十兵衛!戦闘準備!」
俺も腰元に携えたトンファーを構える。二人もそれぞれの獲物を手に駆け寄ってくる。
「行くぞ!」
「「了解!」」
さて、今回は勇者も居ねえが、大丈夫かね。
夜の街に、ガキン、ガキンという剣戟の音が響き渡る。普段であれば人っ子一人通らない路地裏には、数多の冒険者が倒れ伏し、その前では三人の冒険者と、一体の魔族が交戦している。
「だー畜生!相変わらず攻撃が全然効いてねえ!」
魔族が全員こうなのかは知らないが、両の手に生えた巨大な爪で攻撃してくる辺りは前回の魔族と一緒だ。あれから階位も上がり、受けること自体は難しくない。前回と違ってこちらは三人だしな。
「三嶋流抜討ー天流剣!」
八双に構えたカブ子が、光魔法を上乗せした抜刀術を繰り出す。一呼吸の間に魔族との距離を詰め、その剣閃が魔族の首に迫る。
が、しかし、これもまた魔族の放つ魔法障壁に防御される。前回と違い厄介なのはこれだ。この魔族、俺らの中で光魔法が使えるのがカブ子しか居ないと分かったらしく、カブ子の攻撃だけは必ずこの障壁を併用して防御してきやがる。
別に俺と十兵衛の攻撃も無効化されているわけではないが、やはり光魔法無しでは利きが悪い。
攻撃が不発に終わったカブ子が、非常に不服な表情で俺の横に戻ってくる。無表情ながら若干眉が寄っている。
「マスター、非常に不服ですが私の剣ではあの障壁を突破できません。」
まあこいつの剣はそこらの店売りの安物だ。刃も鈍く、切るというよりも押しつぶすことを目的とした剣だ、どうしても一点に対する攻撃力は低い。
「だけどなあ、この場所じゃでかい魔法が使えないんだよな。」
如何せん場所が悪い。ここは住宅街のど真ん中。こんな場所で魔法をぶっ放すワケにもいかない。どうもトゥールは細かい魔法の制御が苦手な様で、一発どかんとぶちかます以外の魔法はあまり出来ないようだしな。
十兵衛の攻撃も、先ほどからあの爪に阻まれている。反撃は食らっていないようだが、このままじゃジリ貧だ。
「チッ、厄介なゴミ屑共が。手間を掛けさせるねえ。」
魔族の方も、こちらへ有効打を与えられていないことにいらだち始めたようだ。
「夢に堕ちな!夢見の紫煙!」
魔族の足元から噴出された黒い霧が、辺りへと立ちこみ始める。魔族お得意の闇魔法の様だが、それはもう一回見たんだよ!
「トゥール!吹き飛ばせ!」
「はいです!」
トゥールの放つ風により吹き飛ばされ、霧散していく魔族の闇魔法。どんな魔法だったか知らないが、前回同様吹き飛ばしちまえば意味が無い!
「なっ!」
驚いている魔族、このまま一気に攻め立てたい所だが、如何せんこちらも有効だが...
「氷晶!」
「晶杭!」
突然唱えられた魔法が、氷の礫となって飛来し、着弾と同時に今度は魔族の足元から氷の杭が発生する。
流石に不意をつかれたのか、魔力障壁の展開が間に合わなかった魔族を、氷魔術が四方八方から襲う。
「があっ!」
少なくない傷を負い、悲鳴を上げる魔族。
「アサギさん!」
「アサギ様!」
ミアに...エアリスさん!?
「すいません。近隣住民の避難誘導をしていて遅れました。そちらはギルバートさんとヴィーラさん、クラリスさんとフラムちゃんに任せてきたので、私達も戦います。」
「それはいいが、エアリスさんはどうして...?」
「カブ子さんの治療で呪いは粗方治っています、それに私はこう見えても元々Aランクの魔法使いですよ。」
まじかよ。そういやエヴァさんも元Aランクだったな。
ありがたい話だ。今の一撃で、魔族にも少なくないダメージが入った。これだけ手数が増えたのであれば、このまま押し切れる!
「ミア、エアリスさん。あの魔力障壁って何とかできるか?」
「ええ、一人では厳しいでしょうが、守人様と協力すれば可能です。」
「守人様はやめて欲しいのですが...ええ、可能です。ただ詠唱は長くなるのでそれまで守っていて欲しいかなーなんて。」
「了解。任せろ、直ぐに始めてくれ。」
そのまま二人はあの厄介な障壁を打ち破る魔法を構築する準備に入る。尋常では無い量の魔力があたりに渦巻き、詠唱に合わせて形造っていく。
「エアリスか!あそこで始末しておくべきだったようだな!」
「へえ、やっぱりアンタが呪いを掛けた犯人だったか。」
「ふん、詠唱が終わる前に潰せば良いだけの話!」
聞いちゃいない。それだけこいつにとってあの二人の魔法が脅威になるという事か。
鋭く飛び出した魔族の凶刃が二人に伸びる。先ほどよりもさらに巨大化し、その凶悪性を増したその両の手の爪が、二人を亡き者にせんと迫る。
「十兵衛!」
「任せろ!」
俺は右手、十兵衛が左手の爪をそれぞれの獲物で受け止める。クソ、けっこう重い!
「おらぁっ!!」
「ふんっ!」
何とか二人掛で魔族の攻撃を跳ね除け、トゥールの風魔法で吹き飛ばす。余波でギルドの壁に皹が入ったが見なかったことにしよう。
そのまま間髪いれずに追撃を行う。カブ子と十兵衛の剣が、絶え間なく魔族を襲う。
その間に、二人の魔法が完成したようだ。
「「いたずら好きの精霊よ、かの者のマナを奪いたまえ。魔散の宴」」
二人の詠唱によって紡がれた魔法が、魔族の下で形になる。
パリン、という小気味良い音がして、先ほどから魔族が常時展開していた魔力障壁が消失する。
「なにを!いちど破られた所で再度展開すれば良いだけのこと.....何!?魔力が!」
「あなたの魔力を全て四散させました。これでもう魔法は使えません!」
「クソがぁぁ!たかが人間風情が!思い上がるな!」
憤る魔族が二人に襲い掛かるが、間に割り込んだ十兵衛の一撃により踏鞴を踏む。このまま一気に押し切る!
体制を崩した魔族に対し、一気に距離を詰めたカブ子が迫る!
「抜刀、閃明剣!!」
魔族に対し必殺の威力がこめられた剣戟が、その命をとらんと首元迫る。
「うっとおしい!下等種風情が!」
左手の爪でカブ子の剣を受ける魔族。カブ子の剣はそのままその凶器を粉砕するが、軌道を逸らされた剣戟は、魔族の胸元を抉るが、致命傷には至らない。
それを見て、にやりと笑う魔族。右手の凶刃を振るい、カブ子を始末しようとする。だが、
「残念だが、チェックメイトだ。」
俺の手から放たれた弓が、カブ子に抉られた胸に露出した魔核を打ち抜く。
「がっ、いつのまに....」
二人の詠唱が終わった時から俺の姿が見えないことをもっと疑問に思うべきだったな。俺はあの時から、ミアの持ってきた弓を携えて、二階のバルコにーで詠唱を始めていた。カブ子の攻撃が不発に終わっても、確実にお前を始末するためにな。
「すみません...魔王様...」
そう言葉を残し、魔族は黒い塵となって霧散した。
やっと、終わったか。
次の更新は火曜日になると思います。
あと、色々と改稿予定があるので、その詳細は活動報告で。