10 幕開けの鼓動
二章第十話です。
「はい、という訳で、月下撲滅大作戦の概要を説明しまーす。」
その夜、十兵衛が護衛の依頼から帰ってきたので、皆を集めて作戦会議を開いていた。子供達は三階で寝かせてあるので、ここに居るのは俺、トゥール、ミア、カブ子、十兵衛、クラリス、フラムの7人だ。
そのフラムだが、あまりに汚かったのでクラリスが風呂に入れた。今は小奇麗になり、クラリスから借りたワンピースを着ている。こうして黙ってりゃ立派なお嬢様だ。実物はただの狂犬だけどな。
「どういう訳なのかも撲滅大作戦の意味も全く理解できないのですが。」
ふむ、カブ子の言うことももっともだな。
「あーまず第一に、運悪く月下の連中に、我々巨人の弓は目をつけられてしまった訳だが」
「運悪くって、全部アサギさんのせいですよねー。」
おい、聞こえてるぞミア。
「つーか何したんだよ。アタシは喧嘩売ったって事しか聞いてないんだけど。」
ミアの隣に座ってるフラムが、ミアに質問している。というかこいつ物怖じしねーな。
「どうも防衛の時に月下の獲物を横から魔法でほとんど掻っ攫ったらしいですよ。」
「うわ、マジかよ。やるねー。」
「トゥールが魔法でどーんてやったですよー。」
ぶちかました当の本人であるトゥールは自慢げだ。今も俺の頭上をくるくると飛び回りながらのドヤ顔だ。おそらくこの状況をちっとも理解してないな。
「話戻すぞー。つーわけで、とにかく何とかしないとまともに防衛戦に参加できない。金を稼げない。今は俺達の貯金でなんとかやりくりしてるが、それもいずれ尽きる。何か打開策を考えなくちゃいけない。」
「別に防衛に参加しなくてもいいんじゃないですか?他にもお金を稼ぐ方法はありますし...」
ミアの質問ももっともだな。
「まあそうなんだが...この街の冒険者の主な仕事はもちろん防衛だ。そのせいで、他の仕事はかなり割が悪い。十兵衛だって防衛戦に参加できないならなにもこの街、このギルドに留まる理由が無くなる。」
「あー、なるほど。いずれ私達も旅に出るわけですし、そうなると巨人の弓を救うっていうエヴァンスさんからの頼みを達成出来なくなる訳ですねー。」
「え?アサギさん達ってずっとここに居てくれる訳じゃ無いんですか?」
クラリスの疑問ももっともだが、如何せん俺の職業的に一箇所に留まれないからな。
そのことをクラリスに伝える。若干、どころかかなり落ち込んでいるようだが、まあ納得してくれ。俺も無職には成りたくない。
「でも、相手は最大手ギルド、いったい何をするというのでしょうか?」
「それはだな...クヘヘヘヘ。」
「わ、悪い顔してますねー。」
何をするかって?そんなのもちろん、悪巧みだ。
その翌日の夕方、俺はトゥールを伴って、城壁まで赴いていた。
「それにしても、都合よく魔物の襲来が来て良かったですね。」
カブ子、ミア、十兵衛と、今回の防衛には巨人の弓の戦闘員総出で来ている。
「そんなことよりカブ子、仕込みは大丈夫なんだろうな?」
「もちろんですとも。手筈どうり、しっかり仕込んできましたよ。それにしても、あんなもの良く持ってましたね。」
「まあな。」
カブ子には、月下の連中を嵌める為の仕込みを依頼しておいた。報酬として明日の晩飯はカブ子のリクエストした日本の居酒屋フルコースを作ることになってしまったが。
そんな会話をしながら城壁から魔物の森を眺める。遠くに砂埃が上がってるのが見える、そろそろ来るか。
「あら、あなた達、あなた達も来たのね。」
このうっとおしい声は、オルコスか。
「最初の魔法と魔物の本隊に当たるのは我々月下よお。あなた達はせいぜい打ちもらしを倒して小遣い稼ぎでもしていることね。アッハハハハハ。」
うぜえババアだなおい。
高笑いを残して去っていくオルコス。俺達がビビッてまともに参加してこないと確信してやがるな。事実、他のギルドもそうして潰してきたんだろうが。
だが残念ながら、今回の俺達は月下の連中を煽るために来てるんでな。好き勝手やらせてもらうぜ。
「よし、トゥール、始めていいぞ。」
「分かったです!」
例によって、トゥールに魔力を渡す。今回は全力も全力、俺の総魔力の8割を渡しての巨大魔法だ。
その分詠唱も長くなる。待っている間、葉巻に火をつけ一服。深く煙を吸い込み、煙を宙に浮かべる。よくよく考えたら、最近の俺ってただの魔力タンクに成ってるよな。
「そういやミアの攻撃魔法って牽制程度のしか見たこと無いな。今までは足止めとか回復ばっかりだったからな。今回は派手にぶちかましていいぞー。」
「え?ああ。本気でやって良いんですか?」
「別にかまわんよ。出来るだけ派手に行こう。」
「では遠慮なく。」
そういったとたん、ミアの周囲が歪むほどの高密度の魔力が周辺に立ち上る。流石は魔法特化の種族、魔力の扱いじゃあ勝てねえな。
「静寂なる風、流麗なる水、頑健たる大地。重ね、束ね、集い、我が標の導きによりて、我が手に現出せよ。重ね合わせること三度、遠き彼方よりその暴虐なる意思を示せ!」
詠唱が長い。それだけ大量の魔力を練り上げて、形にしているのだろう。俺の前方に浮かぶトゥールと、隣に立つミアからおびただしいほどの魔力が発せられている。ビンビン来る感じだ。
おっと、二人の魔法が同時に完成したようだ。
「破壊せよ!大地の怒り!!」
「ぶちかますです!暴風王の咆哮!!」
なんか最近言葉遣いが若干悪くなってきたトゥールの声と、ミアにしては珍しく張った声が響く。互いの手から放たれた魔法が、魔物の群れに一直線に向かい、トゥールの魔法はその上空で、ミアの魔法は群れのど真ん中で炸裂する。
まるで核実験でも行ったかのような轟音。ミアの魔法は地面を爆発させ、魔物の群れ全てを飲み込んで行く。上空へと吹き飛んでいく魔物は、その殆どが身体を四散させ絶命する。トゥールの魔法により、極限まで圧縮された空気が上空から叩きつけられ、残った命も纏めて大地の染みへと変えていく。
遅れて、衝撃波が俺達の居る城壁へと届く。いそいでトゥールを胸ポケットに入れ、ミアを抱きかかえる。
台風すら生ぬるいような暴風が俺達を襲う。あ、カブ子が吹き飛んでった。すまん、忘れてた。
暴風と衝撃波が収まった後に残されていたのは、広範囲に広がる赤黒い染みだけだ。
「つーかおい、これ十兵衛とカブ子連れてきた意味無かったな。」
「あの、アサギさん?そろそろ離してもらっても大丈夫ですよ。」
「ああ、すまん。」
小さすぎて抱えてること忘れてたって言ったらまた怒りそうだし、ここは素直に謝っておこう。
辺りを見渡してみれば、月下の連中を含め周りの冒険者は唖然としている。お、ギルバートも居るじゃねえか。はは、顎が外れそうなほど口をおっぴろげてやがる。
「よーしそれじゃあ、絡まれる前に撤収すっぞー。」
んで、巨人の弓のホームに帰ってきた。
「おーお帰り。んで、どうだったよ?」
「ばっちしブチかましてやったぜ。まあやったのはミアとトゥールだけどな。」
「ああ、私達はただそばで見ていただけだったな。」
十兵衛が若干すねているような気がする。こいつ実はかなりやる気だったのかも知れない。
「というかマスターの私に対する扱いの悪さに文句を言いたい所です。」
こいつもこいつで衝撃波からミアとトゥールだけを庇ったことで拗ねて矢がる。
「しょうがねえだろ、手の届くとこに居なかったんだから。」
まあ実際は忘れてたんだけど。
「むー。」
口を膨らませて怒ってますアピールはいいが顔が無表情だからかなりシュールな絵になってるぞ。
「それにしても、本当に大丈夫なんですか?月下に正面から喧嘩を売った形になりますが...」
クラリスか。お前作戦会議の時いただろうが。
「いえ、分かってはいるのですが...」
「月下に喧嘩を売って、向こうからこちらに手を出させる。それを返り討ちにして憲兵に突き出す。それで万事オッケーって計画だ。今ん所順調じゃねえか。」
「でも、本当に大丈夫なんですか?それだけ派手にやれば向こうも全力でこちらを潰しにかかってくるはずです。流石に多勢に無勢では...」
「まあ任せろって。一応手は打ってあるから。まあ確実に決まる手じゃ無えけどな。」
「じゃあもし失敗したら...」
「そんときは皆で夜逃げだな。」
「そんなあ。」
なんというか絶望した顔をしているが、まだ失敗すると決まったわけじゃねえのにな。
「まあ大丈夫だろう。こう見えて、俺はギャンブルには強いんだ。」
全然信用できません。という顔をしているクラリスだったが、やがて諦めたように肩を落とす。
んじゃまあとりあえず、飯にでもすっか。
カブ子のオーダー通り、日本の居酒屋メニューを思いつく限り片っ端から作っていく。唐揚げ、焼き鳥、出汁巻きに冷奴。そういやベルケーアでも海の魚は見なかったけど、ここら辺は大陸の中心で海が遠いからしゃあねえのか。
片っ端から仕込みを続けていると、ドアが叩かれる音がした。どうやら来たようだな。
ドアを開けて出迎えたのはヴィーラとギルバート。今回の計画に必要だったのでヴィーラは呼んだが、ギルバートは呼んでねえぞ?
「よおアサギ!昼間は凄かったじゃねえか!月下の連中と事を構えるらしいじゃねえか!何で俺を呼ば無えんだよ!」
いや、だって呼ぶ理由無くない?まあ居てくれるならありがたいけども。
「こんばんは。本当にやるとは。最初に出会ったときに馬鹿だとは思いましたが、あなたは本物の馬鹿だったのですね。」
おっと、出会いがしらに強烈だな。
「それに付き合うお前も馬鹿の仲間入りだ。まあ良いから入れよ。腹ごしらえといこうぜ。」
ヴィーラとギルバートを招き入れて、俺は仕込みに戻る。ここに来てからは大体俺が飯を作っているが、二日目からは子供達の中で料理に興味のある子が手伝う様になってきた。いずれは自分達だけで作れる様になってもらわなくっちゃな。
宴会も終わり、夜もふけてきた。壁掛け時計を見てみれば、時刻は11時50分を回ったところか。
「お前ら、そろそろ準備しとけ。」
ギルドの戦闘員連中に声をかけ、俺は二階のバルコニー、正面玄関の真上に陣取り、葉巻に火をつける。俺の読みが正しいのであれば、もうこの辺りには月下の連中が陣取っているはずだ。
俺は深く煙を吸い込み、風魔法の探知を発動させた。
ここまでご覧下さりありがとうございます。
ちなみにですが、第二章は対月下編と、もう一つの話の二部構成になる予定です。
大体全二十話くらいでしょうか。楽しみにしていただけてたら幸いです。
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