9 凛として咲く業火の如く
新キャラ、フラムちゃん登場です。
サブタイつけてみましたが、イマイチしっくりきてないのでそのうちまた変えるかもしれないです。
その少女を見かけたのは、月下のホームからの帰り道、少し近道でもしてみようかと、大通りから外れたときの事だった。
現代日本の道感覚で言うと、ある程度方向さえあっていれば、適当に歩いていても目的地に着くものだが、如何せんここは区画整理などまるでされていない異世界の街。とたんに良く分からない場所に迷い込んだ俺は、途方にくれていた。
「なんだここは...スラム街、的な所か?」
まだ昼間だと言うのに薄暗いその小道を見れば、所々にぼろ小屋が建てられていて、何者かが生活しているようだ。辺りには、襤褸切れをまとっただけのような格好の人間が、誰も彼もが力の無い目で虚空を見つめていた。
スラム街、か。ベルケーアではお目にかからなかったが、流石に異世界となればこんな場所の一つや二つはあるか。それにしても空気が悪い。物理的に臭い、というのもあるが、ここには全てを諦めた人間の澱んだ気配が充満している。余り長居したくは無いな。
少し早足になり、スラム街を進んでいく。奥に進んでいくと、なにやら声が聞こえてきた。
「おいこら!騒ぐんじゃねえ!」
「やめろ!やめろっつってんだろ!」
何者かが争っているようだ。少し興味が沸いたので行ってみることにしよう。
さらに小道を抜け、声のする方向に進む。その先ではどうやら、一人の少女と三人の男が争っているみたいだな。
少女の方は、控えめに言っても美少女だな。クラリスと同じくらいの年頃だろうか?太陽のような赤い髪が特徴的だ。こいつもスラム街の住人と同じように襤褸を纏っている。ここの住人か?
男達の方だが、どっかで見たことあるな。ああ、防衛の時に俺を睨みつけていた月下の連中か。チビとデブとハゲの三人組だったから良く覚えている。
その両者だが、デブが少女の手をつかみ、強引に連れて行こうとしているようだ。絵図だけ見れば誘拐だな。まあ実状も誘拐なんだろうが。
「辞めろ!だからウリはやってねえって言ってんだろうが!」
「うるせえ。アニキが手前をつれて来いっつってんだ!大人しくしねえとその身体に叩き込むぞ!」
デブの方が凄むが、少女の方は怯まない。しかし、体格も人数も男達の方が圧倒的に有利だ。ここはちょっくら介入するか。
「はいどーん!」
彼が争っている所を上から見て観察していたが、我慢出来なくなってきたのでドロップキックと共に登場してみた。デブを踏み台にして着地する。
「な、なんだ?」
少女の方が驚いているな。
「こ、こいつ。こないだの防衛でうちの獲物を根こそぎ掻っ攫っていった新顔だ!」
ハゲは俺の顔を覚えていたようだ。つい勢いで出てきてしまったが、こりゃまたクラリスに怒られるな。
とはいえやってしまった物はしょうがない。ここまできたらやるだけやってしまって、後で謝ろう。
こいつらは見たところたいした強さには見えない。月下は片っ端から冒険者を集めているらしいからな。強い奴が何人か居るみたいだけどほとんどは有象無象の弱小冒険者だ。こいつらもその類だろう。
魔法は使わず、体術だけで男達をシバキ回す。デブは最初のドロップキックで気絶したらしく、アレから起き上がってくる様子は無い。暫くどついていると、やがてかなわないと悟ったのか、デブを引きずって逃げていった。ご丁寧に「覚えてやがれ、月下に喧嘩を売ったこと後悔させてやる!」というテンプレな捨て台詞を残して、だ。
その様子を呆然と見ていた少女だったが、やがて我に返るとキッとこちらを睨みつけてきた。
「何だよ。礼なんて言わねえからな。」
俺を睨んでいる目には、スラムの連中のような諦観の色はさほども見られない。そこにあるのは、燃えるような反骨心。良い目だ。
「いや、別に礼を言われるためにやったわけじゃねえよ。ただ俺が気にくわねえからやっただけだ。気にすんな。」
「お、おう。」
俺の言葉に、少し驚いたような表情を浮かべた少女だったが、直ぐにもとの顔に戻った。
「それじゃあアタシは行くからな。」
踵を返し立ち去ろうとする少女だったが、何でだかつい、その手をつかんで引き止めてしまった。
「なんだよ!離せよ!」
腕をつかんだ俺に対して、即座にハイキックを叩き込んでくる少女。危なげなくもう一方の手で捌く。その隙に俺につかまれた左手を振りほどき、そのまま身体を回して足払いを仕掛けてくる。小さくジャンプして回避すると、空中で身動きが取れない俺に対して肩からタックルを仕掛けてくる。良い動きだが、それは悪手だな。
空中に飛ぶ際に、追撃を想定していた俺は、あらかじめバックステップ気味に飛んだ。そこに突っ込んできた少女をそのまま掴み、勢いそのまま後ろへと投げ飛ばす。綺麗に決まったと思ったが、少女はそのまま空中で回転しバランスを整えると、両手両足で綺麗に地面に着地して見せた。なんていう身体能力、まるで猫だな。
「なあ、お前なんでったってこんな所に居るんだ?」
「はあ?何でって帰る場所がねえからに決まってんだろうが。」
イマイチ答えになってねえな。
「気が変わった。ちょっと話を聞かせてくれよ。あいつらの話と、お前の話を。」
「何で手前にそんな話をしなきゃなんねえんだよ!」
別に話くらい良いじゃねえか。まるで狂犬だな。このまますごすご帰っても良いが、なんとなく癪だな。
ポケットの財布から金貨を一枚取り出し、少女の方へと弾く。
「あ、なんだよ、って金貨じゃねえか!施しなら受けねえぞ!誰かに憐れまれて生きるなんてまっぴらごめんだ!」
「ちげえよ。この流れで施しなわけねえだろ。まあ何だ。情報料とでも思っておけ。これでお前の話が聞きたい。」
俺の言葉に、手元の金貨と俺のことを交互に見る少女。金貨一枚、日本だと5万くらいの価値だ。
「分かった。話くらいなら良い。ただ幾ら積まれても体は売らねえからな!」
別にそんなこと考えてねえよ。だから俺は幼女趣味じゃねえって。
先ほどの場所から場所を変え、少女がねぐらにしている場所だと言うところに来た。階段に腰掛ると、少し離れた場所に少女も腰を下ろす。警戒されてんな、無理も無いが。
「んで、何が聞きてえ。」
「んー。先ずはお前の名前だな。俺はアサギだ。一応冒険者をやってる。」
「アタシはフラム。つうかあんたあんましあいつらに関わらない方が良いぜ。」
「なんだ?あいつらの事を知ってるような口ぶりだな。」
「ああ、あいつらは月下の連中だろ?最近この街で幅利かせてやがる奴らだ。お前、あいつらから目をつけられたんじゃねえのか?」
まあもともとつけられてるんだけどな。
「あいつらはこの辺にも顔を出すのか?」
「ああ、ここだけじゃねえ。スラム街に顔を出しては女子供を強引に連れて行く。女はギルドの上位連中の慰み者にされて、子供は奴隷みたいにこき使われてるって話だぜ。」
「で、お前も目をつけられた訳か。」
「まあな。なんかあいつらのパーティーリーダーがアタシを気に入ったみたいでよ。」
それで攫われかけてたって訳か。まあ確かに薄汚れちゃあ居るが、こいつは本物の美少女だ。そういう趣味の奴ならほっとかねえかもな。
「つーかなんだよ。あんたあいつらに喧嘩でも売るつもりか?」
「売るつもり、っていうか売っちまったんだよ。こないだの防衛線でな。だからこうして情報集めて何とかしようとしてるのさ。」
という俺の言葉に、口をぽかんと開けていたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
「あっははははは、マジかよ!どうりであいつらの事知ってるくせにためらいなく突っ込んでった訳だ!あははは、バカだ!バカが居る!」
大爆笑かよ。短い足をパタパタと動かしてそれはそれは面白そうに笑うフラム。それにしても馬鹿はねえだろ、馬鹿は。
「あは、あはは、いや、久しぶりにこんな笑ったわ。アンタ、アサギって言ったっけ?おもしれえなあ、アサギは。」
「うるせえなあ。成り行きでやっちまったんだからしょうがねえだろうが。つうかお前だって目をつけられてんじゃねえか。」
「ア、アタシはしゃあねえだろうが。ほら、アタシってば美少女だし?目をつけられるのも当然っつうか?」
自分で言うか?普通。
「な、何だよその目は。」
「別に。というか思ったんだが、何でお前冒険者にならなかったんだ?あの身のこなしなら十分やっていけるだろう。」
体術だけなら俺と良い勝負なんじゃないか?まあ体格が違うからさっきは軽くあしらえたけども。
「何言ってんだ。こんなスラムから来ました、って格好で行っても門前払いだろうが。それにな、つい最近までアタシを育ててくれた爺さんと一緒だったんだよ。」
「その爺さんはどうした?」
「死んじまった。つい最近な。月下の連中に絡まれて、頭打ってそのままポックリ。」
「まじかよ。悪いこと聞いたな。」
「いいよ別に。ただ月下の連中だけは絶対に許さねえ。」
「許さねえって、何かするつもりなのか?」
「いや、今のアタシじゃ何したって無駄だろうさ。ただこういうのは理屈じゃねえだろう。」
「まあ確かに。」
それにしても、あいつらやりたい放題だな。まるで自分達がこの街の支配者かのような数々の行動。非常に不愉快だ。あのギルマスもな。
「そうだ、お前に聞きたい事があるんだけどよ。月下に食料を搬入してる店って知ってるか?」
「店...?まあ知ってるけど、そんな事聞いてどうするんだ?毒でも盛るのか?」
「まあ似たようなもんだな。上手くいきゃあ連中に一泡吹かせるどころかどデカイ花火が上がることになるな。」
「花火?まあよく分かんねえけど、捕まるようなヘマこくなよな。」
「なんだ?心配してくれんのか?」
「う、うるせえ!アタシはもういくからな!じゃあな。」
顔を真っ赤にしたフラムは、自分でもらしくないことを言ったのは自覚しているようだ。
「ああ、ちょっと待て。」
「なんだよ、まだ聞きたいことでもあんのかよ。」
「いや、そういう訳じゃない。」
はあ?じゃあなんだよ?という顔だな。
「お前、ウチのギルドに来いよ。その花火、特等席で見せてやるぜ。」
「と、いう訳でスラム街から拾ってきたのが、このフラムだ。」
「つーわけだ、よろしくー。」
「やけに素直についてきたな。」
「まあスラムから抜け出せるんなら抜け出してえさ。ここにくりゃ住む場所も飯もあるんだろ?」
「まあな。」
こいつを巨人の弓に入れる条件に俺は衣食住の提供を申し出た。ぶっちゃけ金は余ってるからな、養う人間が今更一人増えた所で負担でも無い。
まあその代わりにこいつには冒険者としての訓練をしてもらうけどな。
「それにしてもアサギさんがそこまで他人を気にかけるなんて珍しいですねー。やっぱりそういう娘が好きなんですか?」
こいつは...毎度毎度...
まあミアの煽りはほっといていいか。それにしても、何でだろうな。毎度の事になるが、気に入ったから、なんだろうな。
あいつのあの目、炎のような熱を秘めたあの目にやられちまったのかもな。




