8 張り込みには牛乳とあんぱんって考えたの誰なんでしょうね
第九話です。ちょいと短め、新キャラクター登場です。
あと、ちょっくらタイトルとあらすじを変更してみました。
「あらぁ?暫く見ないうちに随分と人が増えたみたいねえ。」
そう良いながら入ってきたのは、二十代くらいの女だった。黒いゴシック調のドレスを身にまとい、濃い化粧をしている。ぶっちゃけあんまり好きになれないタイプの女だ。
「オルコス、さん...」
出迎えたクラリスが緊張している。そうか、こいつがあの月下のギルドマスター、オルコス=リーディアか。
数ヶ月前に突如として表れ、ギルドマスターに就任。その後瞬く間にギルドの勢力を伸ばし、月下をこの街最大規模のギルドにのし上げた立役者。まあそのやり方は褒められたものではないが...それでもその手腕は凄いと言わざるを得ない。
それにしてもこのギルドに何の用だ?
「そんな事はどうでも良いのよ。ここにアサギ=ミシマっていう冒険者は居るかしら?」
俺か?
クラリスを含めその場に居た人間の視線が俺に集まる。俺はと言えばトーテムポールをカツカツと削っている最中だ。来客があろうとも己の作業を辞める事はしない。
周りの視線を見て、俺がアサギであると言うことに気づいたのだろう。オルコスがヒールの音をコツコツと立てながらこちらへと歩いてくる。うわ、なんか面倒そうな香りがぷんぷんするぞ。
「アンタがアサギ=ミシマだね?」
「ああ。」
「二日前の防衛であたし達の獲物を根こそぎ奪って行ったってのはアンタで間違いないね?」
あー。そういう事か。こいつはあのときのことで文句をつけに来たわけか。それにしてもギルマス直々に訪問とは、暇なのか?
「別にお前たちの獲物じゃあ無いだろう。奪った、と言われるのは心外だな。」
「そうねえ、確かにそうだけど、私の部下たちがそう思ってるとは限らないのよねえ。」
「何が言いたい。」
何か含みのある言葉を吐いて、意味ありげに前髪をかき上げるオルコス。こういう髪型見たことあるな。ワンレングスって奴か。90年代スタイルだな。
「だから、月下のメンバーはアナタに怒り心頭って訳。もちろん私もメンバーには規律を守るように一応は行ってあるけれど、暴走するメンバーが居ないとも限らないわねえ。アナタ達のギルドには病人や子供も居るようですしねえ。」
チッ。脅しって訳か。
「手出しされたくなければ今後は大人しくしてろって訳か。」
「あら、察しが良いわね。この街のことは今や私たち月下が仕切ってるの、あまり大きな顔はしないようにすることをお勧めするわ。」
ご忠告どうも、と言いたいところだが、あいにくそんな脅しに屈するのは趣味じゃ無い。とはいえ相手は人数だけはそろってやがる、下手に逆らうのは愚策...か?
「それでは、アナタ達が人の善意の忠告を聞き入れる賢い人たちであることを祈っているわ。」
そういうと、踵を返し入り口へと向かうオルコス。その途中、俺が作りかけていたトーテムポールに彼女の足が引っかかる。
「何よこの汚い物は。ゴミは避けて置きなさいよ。」
俺の作っているトーテムポールを蹴り飛ばし、颯爽と帰って行ったオルコス。非常に、非常に腹の立つ女だった。
「何なんですかあの女!」
女が帰った後、騒然としたギルドホールにミアの怒号が響き渡った。意外と煽り耐性が低いのな、こいつ。
「アサギさんもなんで黙ったままだったんですか!何か言い返してやればよかったじゃないですか!」
まあ確かに、あの言い様は俺もムカついたな。
「まあ落ち着けって。今手を出されるのはまずいだろう。相手は最大手ギルド、いくらこっちの実力があったって多勢に無勢、守りきれない。」
「確かにそうですけど...」
そういって黙ってしまうミア。そうなるとギルドホールはまた静寂に包まれてしまう。まるでお通夜だ。
とにかく今は手が出せない。相手がこちらの事情、エアリスさんが動けないことと子供を沢山抱えていることを知っている以上、下手に動くわけにも行かない。こちらの戦力は俺、ミア、カブ子、十兵衛の4人。とてもじゃないけど多人数で一斉に襲われたら対処しきれない。
「まあだからといって、ただ黙ってるわけじゃないけどな。」
「悪そうな笑みですねえ。どちらが悪役か分かったものじゃないですよ。」
「まああいつらに教えてやろうじゃないの。俺を敵に回すことがどういう事かをな。」
「完全に悪役の台詞ですねえ。」
カブ子の呆れたような声だけが残された。
その夜。子供達を含むギルドメンバーを集めて今後の予定を伝える。
「と、言うことで、俺のせいで月下の連中に目をつけられてしまいました。暫くは外に出かける際は俺か十兵衛と一緒に出かけること。あと十兵衛は防衛の時には隅っこの方で目立たないようにしてください。以上!」
「「はーい」」
ざっくりと説明するとこんな感じだ。子供達も聞き分けが良くて助かる。
「質問、良いだろうか?」
なんだ十兵衛か。
「なんだ?」
「暫く、と言ったが月下が居続ける以上目をつけられ続けることには変わりは無いのではないか?一応子供達を養わなければならないので早めに防衛にはしっかりと参加していきたいのだが。」
あー。確かに、その疑問はもっともだわな。
「まあそれに関しては考えがあるから。少なくとも10日くらいは我慢してくれや。」
俺のその言葉に一応納得はしてくれたようで、十兵衛もそれ以上追及してくることは無かった。ぶっちゃけ今回のことは全面的に俺が悪いので多少なりとも糾弾されるかと思ったのだが、予想以上に俺のことを信頼してくれているみたいだ。実にありがたい。
「それで、マスターはどうするのですか?」
「ああ、俺はちょっくら月下について調べてみるわ。相手のことを知らないことには対処のしようもないしな。」
と、言うわけで現在俺は張り込みの最中だ。月下のギルドホームのあるマルセル西地区の民家の屋根の上で、双眼鏡を片手に奴らの観察をしている。張り込みにはあんぱんと牛乳が定番だが、この世界の牛乳は臭みがあってとてもじゃないが飲めたもんじゃ無い。変わりに麦茶を水筒に入れてきた。
月下のギルドホームは、流石は最大手ギルドと言うだけあって大きい。巨人の弓のギルドホームが一軒屋なのに対して、あちらはちょっとしたお屋敷だ。
「それにしても、きっかり12時に昼飯か、律儀なことだねえ。」
ここ三日、毎日欠かさず月下の観察を続けているが、あのオルコスとか言う女がきっちりとした性格なのか、毎日のルーティーンはきっちり時間が決められているようだ。
クラリスから預かった懐中時計で確認しつつ観察しているが、昼飯は12時、入浴は6時から、夕食は7時と毎日厳格に定められたタイムスケジュールが徹底されているようだ。間違いない、あいつはA型だ。
ちなみに、この世界も一日は24時間だ。これは昔の転移者が定めた物らしく、一日の長さ自体はこの世界の方が若干長いな。この世界の一時間は向こうで言うところの55分くらいだろうか。
おっと、そんな事を言っている間にここ3日で見なかった光景に遭遇だ。あれは、物資の納入か?
月下のギルドホームの裏口から、大量の荷物を抱えた男が中に入っていった。抱えている木箱の中身は...食材か。たしかにあの規模のギルドなら食材も大量に消費するだろう。曜日を決めて一括で納入しているのだろう。これは良いものを見たな。
今日の観察はこれくらいにしておこうか。
「で?何で月下のギルドホームを観察しに行った帰りに女の子を拾ってくることになるんですか?」
「面白そうだったから拾ってきた。」
「そんな犬猫を拾ってくる感覚で人間を拾ってこないで下さいよ...」
クラリスが困惑しているが、拾ってしまったモンは仕方ないだろう。
俺の後ろに立って俺を睨んでいる少女。太陽のような緋色の髪に、同色の勝気な目。襤褸を纏いながらも凛とした雰囲気のこの少女を見つけたのは、月下のホームから帰る途中の事だった。
この章はアサギさんがやりたい放題するらしいですよ。
あとミアの年齢がところどころ違っていたので統一しました。見た目は幼女ですが、中身は15歳です。