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5 むしゃくしゃしたのでやりました

「呪い?」


 ミアから告げられた事実に、部屋の空気が変わる。


「ええ、幸い今のところはただ身体の自由と魔力を奪うだけのものですが、治ることはありません。このまま放置しておけば、遅かれ早かれ死に至るでしょう。」


 その言葉に、真っ先に反応したのはクラリスだ。


「そんな!ただの流行病だから薬を飲んでいれば直ぐに治ると、お医者様も...!」


「呪いはその専門家で無ければ見破ることは出来ません。そこらの街医者でしたら病と考えるのも無理は無いでしょう...しかしながら。」


 再びエアリスさんの元へと向き直るミア。


「あなたはエルフ。この程度の呪いが感知できないとは思えません。何故、病などと言う言葉を使ったのですか?」


 問い詰めるような口調のミア。珍しく怒っているようだ。


 口を噤んでいたエアリスさんだったが、やがて観念したように言葉を発した。


「この呪いは...恐らくは月下の手の物によってかけられた物でしょう...ただ正直に話してしまえば、正義感の強いクラリスが手を出してしまうかもしれないと...ですから病と言うことにして伏せておいたのですが、ばれてしまっては仕方ないですね。」


 あきらめたような笑みを浮かべるエアリスさん。エルフ特有の若い見た目もあいまって、薄幸の美少女といった言葉がよく似合う方だ。


 その言葉を聞いて、声を失うクラリス。まあ自分の為に母親が死に瀕しているのだ。無理も無い。


「それで、お前ならどうにかできる呪いなのか?」


 とはいえここには魔法の専門家、ミアがいる。どうにかできるものならどうにかしてやりたい。仮にも俺たちのギルドマスターなんだからな。


「...これは闇魔法による呪いです。解呪には光魔法が必要となりますが、私には光魔法の適正がありません。しかし幸いながら、ここには光魔法の適正を持つカブ子さんが居ます。時間をかければ解呪は可能でしょう。」


 その言葉を聞き、晴れやかな顔になるクラリス。


「ですが、呪いをかけた張本人がこの街に居ると言うのであれば、油断は出来ません。恐らく目的はこのギルドからの引き抜き工作の一環でしょうが、また呪いをかけられる危険がないとも限りません。」


「呪いってのは遠くからでも掛けられるものなのか?」


「いえ、この手の呪いはかなり接近してかけないといけないはずです。アサギさんも魔族との戦闘で闇魔法を見ましたよね?あれも呪いの一種です。」


 あー、あの黒い霧みたいなやつか。あれは洗脳系の魔法って言ってたな。


 それにしても闇魔法か。闇魔法は魔族が好んで使う魔法だったよな。なんだか初っ端からキナ臭い香りがしてきたな。


「まあ気をつけておけば大丈夫だろう。月下の方も一先ず目的は達したようだし、こちらに呪いを解ける手段があることも知らないはずだ。しばらく手を出してくることも無いだろう。」


「そうですね。しばらく日に何度か診させていただきます。いいですね?」


「は、はい。ありがとうございます、守人様。」


「その守人ってのはやめてもらえますか。私はミア。アサギさんのパーティーメンバーのミアとしてここに居るのですから。」


 なかなか嬉しいこと言ってくれるじゃないの。




 そんな感じで、ギルドマスターへの挨拶は済ませた。カブ子とミアは呪いの解呪のため二階に残して、俺とクラリスは一回へと戻ってきた。これからの話をするためだ。


「あ、アサギさん!」


「なんだ?」


「あ、ありがとうございました!母のことと、それからギルドに入っていただいた事、ちゃんとお礼を言っておきたくて。」


 なんとも律儀な奴だ。とはいえ呪いに関しては成り行きだったし、ギルドに入ったのもただ俺の面白い条件に合致しただけだ。何も礼を言われることじゃ無いと思うのだが。


 まあ本人が満足しているようなのでそれで良いか。


「まあそのことはいい。一つ聞きたい事があるんだが、このギルドに空いている部屋はいくつある?」


「空いている部屋、ですか?二階に部屋が四つあって、その内二つは私と母の部屋で、三階に空き部屋が三つ、ですので空き部屋は五つ、ですね。あ、アサギさん達が使われる部屋は、直ぐに掃除しておきますので、あとで選んでくださいね。」


 空き部屋は五つ、か。俺が一部屋、カブ子とミアで一部屋だとして、残りは三部屋か。子供たちが10人くらいだったから、かなり手狭にはなるが、まあ大丈夫だろう。


「それなら全ての部屋を使えるようにしておいてくれ、俺たちは二階の残りの部屋を使わせてもらうが、そっちは最悪後回しでもいい。一応一人強力な助っ人が来るんだが、そいつが子連れでな、ざっと10人は来るから準備しといてくれ。」


「助っ人?10人?あわわ...」


 目を回しているミアだが、早ければ今日中に到着するだろう。ぶっちゃけここまでは十兵衛の住処から歩いても四、五日だ。もうそろそろ来るだろう。


 そんな話をしている最中だったが、突然サイレンのような音が鳴り響く。なんだ?


「ああ、これは魔物の襲撃を知らせる合図です。冒険者の方々はこの音を合図に城壁へと向かいます。」


 ああ、なるほど。就業開始の鐘みたいなものか。


「ならちょっと行って来るわ。魔物の襲来がどんな物なのか見ておきたいしな。」


 トンファーを腰に差し、戦闘の準備を整える。今回は様子見だから弓は置いていっても大丈夫かな。


「お一人で向かわれるのですが?」


 心配そうな顔でこちらを見るクラリス。そんなに頼りない見た目をしているだろうか。


「いや、一人じゃないさ。トゥール、すまないが起きてくれ。」


 相も変わらず胸元で寝こけているトゥールをつまみ出し、頭を軽く叩いて起こす。


「あい?ご飯の時間です?」


「いや、すまないが飯はまだだ。ちょっと外に出る。戦闘になるかも知れないから準備しておいてくれ。」


 寝ぼけているトゥールは俺の頭の上でうつらうつらしているが、まあその内しゃきっとするだろう。


「そんな訳でちょっと行ってくる。ミアとカブ子によろしく。」


「はい、お気をつけて。」




 入り組んだ路地裏を抜けて、城壁まで走る。それにしてもこの街は迷路だな。走りづらいといったらありゃしない。


 近くを見ると、俺と同じように城壁へと急ぐ冒険者が見て取れる。ある物は屋根伝いに、ある物は大きな獲物を担いで走っている。お、あれいいな、俺も屋根伝いに進むことにしよう。


 しばらく屋根伝いに進み、ようやく城壁へとたどり着いた。城壁から外を見渡してみると、そこには魔物の群れ、群れ、群れ。目測でも千はくだらない数の魔物が群れを成している。一番多いのはゴブリンだろうか。小汚い子鬼が様々な獲物を手にこちらへと迫っている。


 ある程度魔物の群れが接近してくると、城壁の上から魔法による一斉攻撃が始まった。なんだか参戦する機を失ったので、近くで俺と同じように傍観している鎧の男に話しかけてみる。


「なあ、ちょっといいか?」


「あ?なんだ?」


「あれって誰がどのくらい倒したのかどうやって判断してるんだ?あそこまでめちゃくちゃに魔法を放ったんじゃ誰がどれだけ倒したかなんてわからないだろう?」


 怪訝そうな顔でこちらを見る男。まあフルフェイスの兜をかぶっているので表情なんて分からないが、まあニュアンスだ。


「なんだ?お前新顔か?まあいい、あそこに居るのは全て同じギルドの連中だ。開幕の魔法攻撃は一番多くの面子をそろえたギルドだけが攻撃することが出来る。魔法で倒した魔物は全てそのギルドの手柄って訳だな。ほら、あそこを見て見ろ、王国の役人様だ。ああしてどれだけ倒したかを数えてるのさ。」


 へえ、そんな風になってるのか。それなら手柄の横取りは出来ないわけだな。今俺が魔法を放ってもそれは全部あいつらの手柄になっちまうわけか。


「つっても最近じゃあそこに立ってるのはだいたい月下の奴らだけどな。クソ胸糞わりいぜ。」


「へえ、アレが噂の。」


 そういえばどいつもこいつも肩のところに月のマークのエンブレムが付いているな。


「おっと、そろそろ魔法も終わりだな。じゃあ俺は行くぜ。命があったらまた合おうぜ。」


 軽く手を上げて走って行く鎧の男。いろいろ親切に教えてもらったから例の一つでも言いたかったのだが。


 男が走っていった方向を見てみれば、壁の外に出る階段が続いている。どうもこのような階段が各所にあるようで、武器を担いだ男たちが我先にと駆け出していく。


「アサギは行かないのですか?」


 トゥールも戦場の音で目が覚めたようで、俺に催促をしてくる。こいつも見かけによらず戦闘好きなんだよな。


「うーん。別に行ってもいい気がしてきたな。様子見のつもりだったけどいざ来てみると戦いたくなってるよな。」


 この世界に来てからあんな大群と戦う事なんて無かったからな。


 下を見ていると、冒険者諸兄がようやく魔物との交戦を始めたようで、入り乱れての戦闘が見て取れた。よく見てみると、さっき見た月のエンブレムを付けた冒険者が目立っている。というか半分以上がそれだ。


 そのほかの冒険者は、中央に陣取っている月下の連中を避けるように、端の方で細々と戦闘している。どうやら月下の連中が、一番魔物の密集しているところを占領し、他のギルドを排除しているようだ。


 面白くない、実に面白くない。アレではまるでたちの悪いネトゲじゃないか。向こうに居たときも時たま出会ったな。大手ギルドの狩場の占領。あれは非常によろしくない。


「よし、トゥール、いくか。」


「いくです!」


 ただ行くのでは奴らに排除されるか、妨害されるか、そんな感じだろう。と言うわけで、馬鹿正直に階段を降りて、正面からかち込むのではなく、空中から向かおう。


「風よ!」


 風魔法で風を起こし、その風に乗る。この魔法もなれたものだ。一言で発動できるようになった。


 そのまま風に乗り、もっとも魔物の密集している場所の上空まで来た。下では月下の冒険者がこちらを指差し、何やら喚いているが、知ったことか。俺はああいう連中が一番嫌いなんだ。巨人の弓にちょっかい掛けてきたようだしな。


「トゥール、半分まで持ってって良い。どでかいの一発かましてやれ。」


 俺の魔力の半分をトゥールに渡す。ぐぐぐっと魔力が吸い取られて、トゥールへと流れていく。


「この地に住まう全ての我が眷属よ。我は風王の輩、全ての風の支配者なり。開闢の風、巡り起きてその力を示し、我が敵を討つ。其は一、一にして全。万象あまねく混沌に落とす。黎明の風、星を巡れ!開闢の風槌(ストーム・ノヴァ)!!」


 長い詠唱と、膨大な魔力。それが精霊の手によって編みこまれ、ただ地上を蹂躙する暴力の形になる。


 一時的に周囲の空気が薄くなるほどに集められた風が、俺とトゥールの目の前で形になる。可視化されるほどに凝縮されたそれは、膨大なエネルギーをその中に秘めたまま、目の前で渦巻いている。


「いくです!ていっ!」


 可愛らしい掛け声とともに魔物の群れの中心に投げ込まれたそれは、開放されると同時に、半径百メートルほどの空間の中にいる魔物の全てを、空間ごと押しつぶした。


 後に残っているのは、深く陥没した地面と、そこに残されている赤い染み。それだけが、そこに魔物が居たことを示していた。


「うわ、えぐいな。」


 若干やりすぎた感はあるな。その張本人のトゥールといえば、やりきったように右手で汗をぬぐう仕草をしている。まあ本人が楽しそうだったしいいか。


 辺りでは他の冒険者が呆然とこちらを見ている。まあこの威力だ。そうそうお目にかかれるものじゃないだろう。流石は中位精霊といったところか。


 残っている魔物はごくわずか。今の一撃であらかた駆除することが出来たようだ。このままじゃ俺の出番が無しになってしまうな。


 あたりを見渡して、目ぼしい魔物を探す。魔物の残党の一番奥に、何やら巨体が見える。あれは...ミノタウロスか?あんなそこそこの大物まで居たとは。あの魔法に巻き込まれて無かった様だ。これはラッキーだな。


「風よ。」


 風を吹かして移動する。魔物の最後尾、ミノタウロスめがけて一直線だ。今度は空中で滞空するのは辞め、自由落下のエネルギーを使って勢いをつけて敵へと向かう。落ちてる途中にトンファーを抜き、ついでに魔法の詠唱を始める。


「集まり、そして散れ。爆風槌(エアーボム)!」


 落下の勢いそのままに、トンファーをミノタウロスの脳天へと叩きつける。手元を尖らせるように改造したトンファーが、たやすくその表皮を突き破り、深々と突き刺さる。


 そのまま首元を蹴り、距離を離す。数秒語、俺の魔法が発動し、ミノタウロスがその体を爆散させる。うん、この魔法は使い勝手が良いな。


 ただ風を圧縮し、敵の身体の中に埋め込むだけの魔法だが、それゆえに消費魔力も少なく、それで居て威力は今のでお墨付きだ。


 周囲を見渡し、残る魔物を風の刃で一掃する。これで残る魔物はほとんど居なくなったようだ。トンファーに付いたミノタウロスの血を、トンファーを一閃し振り落とす。エヴァさん(おっさん)に頼んで色々と手を加えたこいつも、なかなか使い勝手が良くなって来たな。


 ふと冒険者達に目を向けてみると、月下の奴らがこちらを睨んでいるのが見える。どうやら獲物を横取りされたのが気に食わないようだ。

 そいつらを一瞥すると、その間を抜けて、王国の役人らしき人物と、先ほどの鎧の男がこちらへと走ってきた。


「おいアンタ!さっきのは一体なんだ?あんたそんな実力者だったのかよ!!」


 騒がしいなおい。


「ああ、あの連中がむかついたんでな。派手に一発やらせてもらった。まずかったか?」


「いや、あいつらに一泡吹かせてくれたのは見ていてスカッとしたが...これからあいつらにちょっかい掛けられるのは避けられないと思うぜ。」


 まあそうなるよな。ノリでやっちまったけども、自ら面倒ごとに首を突っ込んでしまったみたいだな。まああちらから手を出してくる分には都合がいいと考えよう。


「それで、あんたは?」


 鎧の男の勢いに負けて、言葉を発すことが出来なかった王国の役人の女。こいつも何か用だろうか。


「あ、はい。私は王国第三騎士団所属、マルセル監査官のヴィーラ=リュエルと申します。貴殿のギルドが確認できなかった為、確認させていただくために参りました。」


 ああ、そういう事か。


「ああ、俺は巨人の弓(ギガース・アーカス)所属のアサギだ。この街には今日来たばかりでな、ギルドを示す物は持ち合わせて無いんだ。すまんな。」


「いえ、それでは後ほど巨人の弓(ギガース・アーカス)の方に確認させていただきます。それでは。」


 なんというかサバサバした女だな。それだけ言うと踵を返し、さっさと帰っていってしまった。 


「なんだ、アンタ巨人の弓の奴だったのか。」


「ん?なんだ、知っているのか?」


 鎧の男はそういうと、兜を取ってその面を露にした。


「俺はギル。ギルバート=ミョルニルだ。エヴァンスとは同じ氏族でな。昔からよく一緒に酒を飲んだ物ものだ。」


 驚いた。この男、ドワーフだったのか。


「それにしても驚いたぜ。巨人の弓にこんな腕利きが入るなんてな。あそこが今やべえって聞いて心配していたが、こりゃウチの方がやべえかもな。」


 ガハハと笑うギルバート。それにしてもドワーフってのはでかい奴ばかりだな。


「まあその内俺のギルドにも遊びに来てくれや、巨人の槌ってギルドだからよ。クラリスの嬢ちゃんに聞けば分かるはずだ。」


 それだけ言うと、ギルバートは手を振り帰ってしまった。嵐のような男だったな。


 依然として月下の連中はこちらを睨んだままだが、まあ相手をするのも面倒だ。絡まれる前に俺も退散するとするか。

 

 風魔法をもう一度使い、大きく跳躍し城壁の上まで戻ると、驚いている魔法職の冒険者を尻目に巨人の弓(ギガース・アーカス)の家に向かって駆け出す俺だった。


 なんか逃げてるみたいで癪だけどな。




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