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4 街という名の砦

 俺たちが現在向かっている、城塞都市マルセル。この都市は、その周囲をぐるりと高い城壁で覆われ、いつ何時の魔物の襲来にも対抗できるようになっているという。


 何故そのような作りをしているのか、というと、先ずはこの大陸の造りについて説明する必要が出てくる。


 現在俺たちのいる大陸は、五枚の花弁のような形をしているらしい。つまるところ、各大陸はその花弁の一辺で接している状態なのだが、その中心に存在しているのが、前述した魔物の森だ。五つの大陸は、この魔物の森によって分断されている、というわけだ。


 この魔物の森なのだが、強力な魔物が発生するだけでなく、どうやら森特有の魔力が渦巻いているようで、生半可な人間ではとたんに魔力酔いを起こしてしまうらしい。


 この奥にはミアの故郷である世界樹の森が存在し、あの馬鹿でかい世界樹が生えている。つまるところこの大陸のど真ん中にズン、と生えている訳だ。


 城塞都市マルセルなのだが、なんとこの魔物の森の目の前に居を構えている。魔物の森からは定期的に魔物があふれ出し、この街を襲う。それに対抗するために壁を建設し、冒険者の集まる街になった、というわけだ。


「というかそもそも何でこんな場所に街なんて作ったんだ?」


 困ったときのミア、という訳で、後ろで先ほどから振動に耐えているミアに聞いてみる。


「あそこはもともと王国軍の砦だったらしいんですよ。」


 砦があればそこに物資を運び込むための商人が集まる。さらに魔物を狩り放題なので冒険者が集まり、ギルドが出来る。そうやって徐々に膨れ上がっていって街になったらしい。


 そんなマルセルに関してのレクチャーを受けながら、カブ子を走らせること四日程度。ようやく城塞都市マルセルに到着した。


「いやホントにようやくだな。二日くらいで着くと聞いてたんだけどな。」


「マスターがまた道を間違えたからでしょう。」


「いやー。話には聞いていたけどこいつは凄いな。地球に居たんじゃまあお目にかかれない光景だわ。」


「完全に無視ですか。何故そこまで頑なに自分が方向音痴だと認めないのでしょうか。」


「アサギさんにも苦手なことってあるんですねー。」


 うるさい。俺は方向音痴じゃない。異世界は道がしっかりあるわけじゃないから分かりづらいんだよ。マップアプリもないし。


 目の前に現れたのは高い高い壁。目測30メートルはありそうだ。高さだけでも10階建てのビルのような大きさだ。

丘を越え、現れた都市に感嘆の声が漏れる。距離感がおかしくなりそうだな。


 実際壁が見え始めてからたどり着くまでカブで3分はかかったのだから、その大きさは押して知るべし、といった感じだ。




 壁のふもとまでたどり着いたが、入り口が分からない。そのままぐるっと壁沿いにカブを進めて、ようやく入り口らしき場所にたどり着くことが出来た。


「いらっしゃい。商人、って感じじゃないね。冒険者かい?」


 門兵らしき軍服の男が、どうすれば良いのか分からずにもたついていた俺たちに声をかけてきた。


「ああ、冒険者で間違いない。」


「ギルド証を見せてもらえるかな?」


 朗らかな笑みを浮かべる男に、俺、カブ子、ミアはそれぞれのギルド証を手渡す。ここについたときにさりげなくカブ子は人化けしている。


「おー、Bランクの冒険者か!若いのに凄いんだね。こちらの二人はDランクか。うん、問題ないね。この街は冒険者なら入街税が無料になっているんだ。このまま入ってもらって構わないよ。」


 それは助かるな。ちなみにあの魔族との戦闘後、俺はBランクに、カブ子とミアはDランクに昇格していた。

 

 あと、そうだ。


「おい、トゥール、起きろ。」


 胸元のポケットで寝こけている妖精を引っ張り出す。どうも寝ぼけているようで状況が全く飲み込めていないようだ。


「一応こいつも居るんだが、このまま入れても大丈夫か?」


 首元をつままれたままぷらーんと揺れているトゥールを門兵の男に見せる。


「これは...妖精、かい?うーん、これはちょっと確認してみないと分からないなあ。」


「アサギさん、アサギさん。あちらのギルドで貰ったあれを出して下さい。」


 アレ?アレって何だよ。


「契約証明書ですよ!ギルマスさんに貰ったでしょう?どこにしまったんですか!」


 あー。なんか貰った気がするな。たしかバッグの中に適当に放り込んであった気が...これか!

取り出してきたくしゃくしゃになったそれを、門兵の男に手渡す。


「あー。契約精霊だったんだね。それなら大丈夫だ。」


 返してもらったそれを、今度は折りたたんでバッグの内ポケットにしまう。まあ直ぐに忘れるだろうけど。

とまあひと悶着あったが、無事に街に入る手続きをすることが出来た。


「僕の名前はケインズ。だいたいここにいるから何か困ったらここを尋ねてくれたら力になるよ。それと、この街で冒険者として活動するならば、絶対に無理をしないこと。魔物の森から出てくる魔物は強い。決して自分の力を過信しないことだ。これを先達の教えとして覚えておいて欲しいな。」


「ケインズさんは冒険者だったんですか?」


「ああ、でも魔物の森でゴブリンから膝に矢を受けてしまってね。」


 でた!膝に矢を受けてしまった系門番だ!


 少し気の毒そうな顔をしているミア。そんなミアを見ていると、ケインズの後ろからもう一人の門兵が顔を出した。


「嬢ちゃんよ、そんな気の毒そうな顔をする必要は無いぞ。そいつの怪我なんてとっくに治ってんだ。そいつは怪我して休んでる間にてんで怠け者になっちまってな。日がな家でごろごろしてるところを俺がこいつのかみさんに頼まれてこの仕事に引っ張ってきたんだ。」


 髭面強面の男から告げられた衝撃の真実。なんだ、ただの駄目人間か。


「マスターも人のこと言えないと思いますがねえ。」


 うるさいカブ子。




 ケインズと、強面門兵のガリルと別れて街に入る。二人から目指すギルドの場所を聞いていたので、歩いて目的地へと向かう。


 それにしても入り組んだ街だ。雑多というかなんというか。無計画に作られている感じがひしひしと伝わってくる。


 路地を抜け、曲がりくねった通りを抜け、小一時間ほど歩いた先に、俺たちの目指してきたギルドはあった。三階建て、石造りの建物に、看板がかかっている。


「ギルド、巨人の弓(ギガース・アーカス)、か。」


 たいそうな名前だこと。エヴァンス(おっさん)から聞いたが、このギルド、おっさんとその嫁さんが作ったギルドらしいな。

ベルケーアのギルドと同じ作りの両開きのドアを開き、中へと入る。


 ギルド内は閑散としていて、中にいるのは少女が一人だけだ。その少女は入ってきた俺たちに気づいていないのか、せっせとカウンターの拭き掃除をしている。


「おい。」


 声をかけて見るが、考え事でもしているのか気づかない。


「おーい。」

 

 依然気づく様子が無い。流石にイラっとしていきた。

とりあえず風魔法で風の礫を作ってぶつけてみる。もちろん威力は最低にしてある。ちょっとした空気砲みたいなものだ。


「ふぁっ!」


 流石に気づいたようだ。バッとこちらを振り向き、あわてた様子でこちらに向き直る。


「あ、あのすいません!考え事をしていて気づきませんでした!それで、ご依頼でしょうか!?」


 矢継ぎ早に質問をしてくる少女。何となく正直に答えるのが癪に障ったので、無言でおっさんから預かった書状を手渡す。状況的にこいつがおっさんの娘だろう。


 書状を手に取り、読み進める少女。なにやら難しそうな顔をして読んでいくが、目を見開いたり、顔を赤くしたりとコロコロと表情が変わる。何が書いてあるか気になってきたな。

 

「あ、あの!」


「何だ。」


「アサギさんでお間違いないでしょうか!?」


「お間違いないな。」


 そう答えると、意を決したように、俺の腕にがばっと抱きついてきた少女。おい本当に何が書いてあったんだ?


「わ、私はここ、巨人の弓の副ギルドマスターのクラリスといいます!な、なんでもしますのでよろしくお願いします!」


 状況が読めない。何よりくっつかれてうっとうしい。ほら、カブ子がジト目になってるし。だから俺は変態紳士(ロリコン)ではないと。

 俺の腕にしがみついている少女。クラリスというらしいこの少女だが、見た目の年齢はミアとそう変わらないように見える。肩口で切りそろえられた栗色の髪がよく似合う美少女ではあるのだが、いかんせん幼い。俺に幼い少女に抱きつかれて喜ぶ趣味は無い。


 とにかく状況が読めないので、クラリスの手から書状を取り上げて目を通す。おっさんから預かった書状だが、こんな事が書かれていた。


『こいつはアサギといって、Bランクの冒険者だ。巨人の弓の建て直しを依頼しておいた。こう見えて俺に勝つくらいの腕利きな上、ベルケーアでドラゴンと魔族を倒した実績を持っている。少し気難しいところもあるが、色仕掛けでも何でもしてどうにかして引き込むこと。それじゃ、よろしく。』


 短く簡潔にまとめられた手紙だったのに、突っ込みどころが多すぎるな。とにかくこの娘がくっついてくるのはこの色仕掛けの部分だろう。というかあのおっさん自分の娘に何させるつもりなんだよ。


「とにかく。一旦離れてくれ。話は聞くから。」


 依然俺にしがみついて上目使いで見上げてくるクラリスを引き剥がし、話を聞くことにする。おっさんと約束したのはここに来ることだけだった気がするが、まあとにかく話を聞いてからにしよう。


「は、はい。すみません。それではこちらにお座りください。」


 クラリスに促されるように、カウンターの前の席に座る俺たち。このギルドはベルケーアのものとは違って食事するところは併設されていない。まあ普通の家のリビングのようなところだ。


「ええと、とりあえず自己紹介からさせていただきますね。エヴァンスの娘のクラリスです。先ほども言いましたが、ここ巨人の弓で副ギルドマスターをさせていただいています。」


「俺はアサギ、こっちはカブ子とミア、このちっこいのが俺の契約精霊のトゥールだ。まあよろしく頼むわ。それで、このギルドが潰れそうだって話までは聞いているが、いったいどういうことだ?」


「はい、この街には多数のギルドが存在しています。そのギルドそれぞれに冒険者が所属し、魔物の森からあふれ出る魔物に当たっています。その戦果に対して、街から褒賞が支払われ、そのお金でそれぞれのギルドは運営されています。」


 なるほど。


「このギルドにも多数の冒険者が所属していました。それが今ではこのギルドの冒険者はゼロ。魔物の討伐に参加することも出来ず、ギルドの収入は全くありません。」


「ゼロ?どうして冒険者が居なくなっちまったんだ?」


 そんな事があるのか?


「はい。事の始まりは、大手ギルド、月下(ムーンセル)が、その規模を拡大させ始めたことに起因しています。」


 月下(ムーンセル)。もともとこの街で三本の指に入る巨大なギルドで、多くの実力者を抱える最大手の一つ。そのギルドマスターが、数ヶ月前に代替わりしたようだ。月下(ムーンセル)が規模の拡大を始めたのはその頃かららしい。


「その月下(ムーンセル)の引き抜きに、ウチのような小規模なギルドは対抗することが出来ず...度重なる嫌がらせに、母の病も重なって、所属していた冒険者の方々は皆月下(ムーンセル)に席を移すか、街から出て行ってしまいました...」


 それでこの惨状ってわけか。っておい。


「母の病、って。おっさんには伝えてあるのか?」


 あのおっさんそんな事一言も言ってなかったぞ。


「いえ、父には母の方から伝えなくていい、と。幸い命に関わるような病では無いため、心配をかけないように...と。」


「なるほどねえ。大規模ギルドの引き抜きに、ギルマスが不在。そりゃここで冒険者を続けるのは難しい環境だな。」


 俺の言葉に、うつむきがちに唇をかみ締めているクラリス。この娘もこのギルドを守ろうと必死なのだろうが、この年で出来ることなんて少ないだろう。


「んで?お前はどうしたいんだ?別にここのギルドにこだわらなくてもベルケーアに移るっていう選択もあるだろう。このままこのギルドを続けていたって何もなりゃしないだろうに。なんでここに居座っている?」


 そんな俺の問いに、クラリスは顔を上げる。俺がここで冒険者をするかどうか、全てはこの問いの答えで決める。


「ここは、ここは私の家なんです。このギルドが、私の生きてきた場所なんです。それを土足で踏み荒らされて、踏みにじられて、悔しくて、悔しくて。それでも私には何も出来なくて、それがまた悔しくて...。でも、ここでこのギルドを捨てて、この街から出て行ったら、きっと私は私自身を許せない。だから...!」


「勝てる見込みが無くても戦うことはやめない...か。」


 売られた喧嘩を買わずに逃げることは出来ない。うん。おもしろい、面白いな。

 隣を見れば、カブ子とミアがこちらを温かい目で見ている。この二人には俺がどのような選択をするのか分かっているようだ。ただその目はやめろ。


 視線を戻し、クラリスと視線を合わせる。目が合ってもこの娘は視線を逸らさない。その瞳に、強い意志を感じた。


「俺はアサギ、アサギ=ミシマだ。これからしばらくこのギルドに世話になることにする。よろしく頼む。」


 その言葉に、ぱあっと花が咲いたように笑顔になるクラリス。やっぱり子供は笑ってるのが一番だな。


「アサギさんは可愛い子供には優しいですよねー。もしかして私もアサギさんの好みのタイプに入ってたり...?」


 そんなくだらない事を言い出したミアに、とりあえずアイアンクローをかましておく。なんかこいつも慣れて来たな。


「痛い痛い痛いです!私にももうちょっと優しくしてくれても...痛ったー潰れる!潰れちゃいますー!」


「ちなみにマスターの握力は現状120キロです。」


 まあこの辺にしといてやろう。というかカブ子、何故そんな事が分かる。




「と言うわけで、俺たちはこのギルドで世話になるわけだが、ギルマスってのは今どこに居るんだ?」


「あ、はい。二階で療養中です。お会いになられますか?」


 俺たちのやり取りに呆然としていたクラリスだったが、気を取り直したように答える。


「ああ、出来れば挨拶くらいしておきたい。頼むわ。」


「それでは少しお待ちいただいても良いですか?」


 そういうと、クラリスはトタタタタと小走りで、二階への階段を駆け上がっていった。


「それにしても、巨大ギルドの拡大...ねえ。ギルドをでかくしてどうすんのかね?」


「おそらくはこの街の政治への介入ではないでしょうか?この街の平和を守っているのは現状冒険者たち、ひいてはそれを擁するギルドですから...」


「一強体制になればこの町の領主もそのギルドの意向を無視できない...か。つまらん事を考えるなあ。」


 クラリスが出してくれたお茶を飲みながら、とりあえず待つ。しばらくして、クラリスが降りてきてついてくるように俺たちを促した。

 階段を上り、二階に上がる。二回の廊下にはドアが四つ、どうやら一番奥のドアがギルマスの私室のようだ。ドアを開けて、中に入る。見えてきたのは、一つのベットと一人の女性。この人がギルマスで、おっさんの奥さんか。


 小さな体躯、尖った耳。銀の髪に白い肌...って。


「エルフじゃねーか。」


「?あなたたちが新しく入って下さった冒険者の方々なのですね。クラリスの母のエアリスと申します。ベットの上からで申し訳ないのですが、よろしくお願いしますね。」


 ほわほわと、緩い笑みを浮かべるエアリスさん。なんかあのエヴァさん(おっさん)を旦那にしたっていうからどんな人かと思っていたけども、緩いな。


 俺も自己紹介を済ませる。それにしてもこの人、エルフ...なんだよな?


「ちょっと良いですか、アサギさん。」


 ミアが前に出てきてエアリスさんの前に立った。なんだかいつに無く真剣な表情だ。


「あら、守人様がいらっしゃったのですね。大変申し訳ないのですがなかなか起きることもままならないもので...」


「そんな事はどうでも良いです。少し診させてもらいますね。」


 そういうと、ミアはエアリスさんの体に手を当て、なにやら魔法を使い始めた。困惑した様子のエアリスさんだが、どうもエンシェントエルフであるミアには逆らえないようでオロオロしている。


 しばらくそうやって何やら魔法を使っていたが、しばらくしてなにやら結論が出たようで、立ち上がるとこちらに向き直る。


「これは病気ではありません。明確な悪意を持った呪いです。」


 マジかよ。前途が多難すぎるぞ。

 

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