2 異世界人第一号は、ただの欠食児童でした
第二話です。
リーダーと思わしき大角は、仲間が倒されたことに憤っているのか、低くうなり声を上げている。こいつに限っては他の二体と同じようには行かないだろう。とにかくあの大角は脅威だ。ただの突進が一撃必殺になりかねない。
どう処理しようかと悩んでいると、あちらから突っ込んできた。明らかに他の二体とは違うスピードだ。
回避しようと体を動かそうとしたとき、後ろから声が聞こえてきた。
「我が求めに答え、敵を討て! 氷刃!!」
そのまま俺の後ろで発生した冷気が形を成し、大きな氷の刃となって大角に向かう。俺に気をとられ、まっすぐ飛び出してきた大角は、当然その攻撃を回避することなどできず、そのまま大きく切り裂かれた。
しかし、一瞬その動きを止めた大角だったが、致命傷には至らなかったようだ。
それどころか血を流し、先ほどよりも興奮している。つうかなんだ? 急に角が光り始めたぞ。
「あ、あれは!? 大角吼狼の固有技能です! 逃げてください!」
逃げろと言われても、この広い平原で狼から逃げられるとは思えない。
そんな思考をしている間にも、その大きな角の光は増し、バチバチと音を立てている。なんだ? 電気でも纏ってるのか?
覚悟を決めて大角に向かいなおす。後ろで少女がなにやら叫んでいるが、バチバチと紫電を放つ音に紛れて聞こえない。
一度深呼吸をし、リズムを取る。見た限りあの角の電気の届いている範囲は角から数センチ程度。リーチがそこまで変わった訳じゃない。これならやれる!
再び大きく吼えた大角、先ほどと同様に猛スピードで突っ込んでくる。彼我の距離は10メートル、5メートル......今だ!
真っ直ぐに突っ込んでくる奴の角を見切り、その懐に潜り込む。そのまま心臓があると思われる胸部に、全霊の一撃を叩き込む!
「三嶋流拳術! 空鳴拳!」
空が割れるような音を響かせて、俺の掌底が叩き込まれる。骨が砕け、肉を潰した感覚が右腕から伝わってくる。確実に取った。
動きを止めた大角が、最後の力を振り絞り、此方へと顔を向ける。しかしそこで絶命したようで、その巨体は大きな音を立てて、地面に倒れ伏した。
「いや助かったよ、さっきのは魔法...か? 魔法ってのはすげえな」
「いえ、素手で角吼狼の群れを圧倒していたあなたの方がとんでもないですが......それにしても助かりました。あのままではどうなっていたことか......なんとか一発分の魔力が回復したので援護させて頂いたんですが、必要無かったようですね」
なるほどな。それにしてもしっかり日本語が通じてるな。口の動きも言葉と連動しているし、この世界では日本語が共通言語なのか?
「あのー、ご歓談中申し訳ないのですが、そろそろ起こしてもらえると助かるのですが...」
「しゃ、しゃべった!?」
そういやカブ子を乗り捨てたままだったな。すまんすまん。
改めて見てみると、とんでも無い美少女だ。透き通る様な銀の髪に褐色の肌。よく見てみると耳が少し長いな、エルフとかそういう人とちょっと違う種族なのだろうか?
体つきは...なんというかちんまいな。ぱっと見中学生くらいにしか見えない。
「そんな事より大丈夫か?随分と血まみれの様だが怪我とかは無いか?」
「あ、はい。この血は殆どが返り血なので大丈夫です」
よく周りを見てみれば、今倒した五体の他にも二体ほど狼の死体が転がっている。全部で七体の群れだったというわけか。 取り敢えず血まみれのままではアレなので、バッグの中からタオルを取り出し、彼女に渡す。
恐縮する彼女だが、やはり血まみれは嫌なのか体を拭き始めた。彼女が体を拭いている間に、手持ちのバッグの中身でも確認するか。
俺がいつもバイトに持っていく肩掛けのバッグだが、ちゃっかり転移の時にも付いてきてる様だ。中身はこんな感じ。
・財布
・携帯
・バイト着一式(白青のシマシマの上下、なお先ほどの戦闘で上着はボロボロ)
・タバコ2箱
・ジッポとそのオイル
うん、必要最低限しか入って無いな。見事に食料は無し。だってバイト先コンビニだもんね。行ってから買うなり廃棄品食うなりしようと思ってたんだよ。タバコが入ってたのは僥倖だな。これがが無いのは飯を食えないより辛い。この世界にタバコか類似品があると良いのだが。
そんなこんなしているうちに体を拭き終わった様だ。とはいえ服は血まみれのままだし髪も土まみれなのだが。
「ありがとうございました。あの、こんな良い布を血まみれにしてしまって申し訳ないです」
「ああ、別に良いよ、スーパー銭湯から間違って持って帰ったやつだし、たまたま入ってただけだから」
「すーぱーせんとう?」
「ああいや、こっちの話」
みんなもあるよね。返却しなきゃいけないバスタオル持って帰って来ちゃうこと。
「そういえば、君の名前を聞いて無かった。俺の名前はアサギ、こっちの鉄の塊がカブ子。まあしゃべる鉄の馬の様ななものだと思ってくれ」
「あ、申し遅れました。わたしはミア。ミア=フォーレンレペットと申します。世界樹の森出身です。趣味は食事で特技は氷魔法です! 気軽にミアとでも呼んでください!」
なんとまあ模範的な自己紹介だ事で。転校生か。
「じゃあ遠慮なくミアと呼ばせて貰おうかな。それで何だがミア、一つ二つ頼みたい事があるんだが......」
「は、はい。私にできることでしたら何でもおっしゃって下さい」
なら遠慮なく頼ませて貰おう。
「えっとだな。頼みたい事が二つほどあるんだが.......一つは食料を分けてもらう事。ぶっちゃけ朝から何も食べてないし手持ちの食料も無くて倒れそうなんだ。もう一つは近くの町までの道を教えて欲しい。この辺の地理が全く分からなくて困っていた所を何だ。」
矢継ぎ早に一息にぶちまけて見たが、何やらミアの表情は芳しく無い。何か不都合でもあるのだろうか。
「いや、あのーですね。わたしも手持ちの食料が皆無でして...何というか食べるものを探して森に入ってしまった所を先ほどの角吼狼に追われてたといいますか......」
角吼狼ってのはさっきの狼の事か。というかミアも旅人なら保存食とかを持ち歩いているもんじゃ無いのかな。
「いやー、保存食は持ってたんですけども、小腹が空くたびに摘んでたら気づいたら無くなってまして...一応このバッグいっぱいに入れておいたのですが...」
なんだ、ただの欠食エルフか。
「あ、そろそろ限界が近いです......」
そんな訳で、このままでは二人して飢え死にするので一目散に近くの町に向かう事にした。もちろんカブ子に乗ってだ。
無論スーパーカブは二人乗り用のシートでは無いため、ミアには荷台に座ってもらう事にした。一応下に俺のカバンを敷いているので尻が壊滅的な事になる事は無いだろう......と思う。
「それじゃ行くぞー。そこそこスピード出るから適当な所に捕まっといてくれ。それじゃカブ子、出発だ。」
「了解です。マスター」
「うわ、また喋った!?」
「あんまし口開けてると舌噛むぞー」
案の定ミアは舌を噛んだ様で、かぺっと言う声が後ろから聞こえて来た。
とまあ出発したての頃は混乱していたミアも、俺達の事情を説明したら意外とすんなり納得した。異世界から来ました。と言った時にも「迷い人さんでしたかー」と言った感じで、そこまで驚かれる事は無かった。
「たまに異世界から迷い込んでくる人はいるんですよ。勇者召喚などでこちらから来ていただくこともありますしね」
ということらしい。あから様な異物という訳では無さそうだな。
ブロロロというスーパーカブ特有の音を奏でながら、俺たちは草原を進んで行く。進んでは居るのだが一向に景色が変わる事が無い。時々森が現れては消えて行くぐらいだ。田舎の電車から見る風景に近いな。どれだけ広いんだこの草原は。
「ここはケイネス大平原と言って、この大陸で一二を争う広大な草原なんですよ」
「それにしても広すぎやしないか?ミアに会う前から半日ほど飛ばしてるが出会ったのはミアだけなんだが」
「広すぎて街道などもあまり無いので皆さん思い思いのルートで動きますからねー。なかなか人に会う事は無いと思いますよ。森に入らなければ魔物も出ないので危険もそんなにありませんし」
なるほど。そんな場所でしっかり襲われてた子がいた訳だが。
「そんなポンコツみたいな言い方しないで下さいよー。所でさっきははぐらかされちゃいましたけどこの乗り物喋りましたよね? 一体何なんですか?」
「これはスーパーカブと言って俺のいた世界の乗り物だ。なんで喋ってるのかは全く分からん。こいつに聞いてくれ」
「さっき説明しましたよねマスター。面倒だからとこちらに振らないで下さい。あ、マスター共々よろしくお願いしますねミアさん」
「あ、よろしくおねがいします。」
「私が喋る理由ですが、こちらにくる際に神様にお願いして来ました。他にも色々できる事が増えたので機会があったらお見せしますね」
なんだ、喋るだけじゃ無いのか。
とまあこんな感じでグダグダと一日近く走って来て、やっと草原と森以外の物が見え始めた。腹が減ってしょうがない。
見えて来たのは大きな町だ。見た所城壁の様なものは無く、開けた町の様だ。
「あれが流通都市ベルケーアです!」
そんな訳で、異世界転移から約半日と数時間。ようやく異世界初の町に到着したようだ。
その前にこの欠食エルフがくたばらなければいいのだが。
アサギさんを一言で表すのなら、「割と存在自体がチート」そんな感じです。
今後も彼らの冒険を見守ってやってください。