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3 戦いは名づけの後で

 オークに名前を付ける事になった。世界広しといえどこんなイベントを経験しているのは俺くらいではないだろうか。まあそもそも喋る理知的なオークに遭遇している時点でなかなか無い出来事ではあるのだが。


 それにしても名前、名前か。トゥールのときは風の精霊だったので、風を示す単語から一番しっくり来る物を記憶から引っ張り出しただけだったんだよな。


 もう一度オークを観察する。うん何度見てもラ○ボーだな。変身しても変わらないのは片目を潰している切り傷だけ。


「うん?そういやその目の傷跡は何なんだ?変身で消せなかったのか?」


「ああ、これは私の母に付けられたものなのだ。」


「母!?」


 訳が分からないぞ。どういうこった。オークは人間の女性を攫って来ては孕ませる。オークにはメスがめったに生まれないらしいからな。


「ああ、想像の通り私の母は人間だ。ただ...なんというか変わった人でな。」


 そこで一度言葉を切る。


「母は凄腕の剣士だったらしいのだが、その、かなり頭の螺子が吹っ飛んでいる人でな、聞いたところによると自分からオークの巣に踏み込んで行ったらしいのだ。そこでオークの苗床にされた後、そのオークたちを殲滅して脱出したらしい。」


 なんか、すげえ話だな。この豪気なオークでも話づらそうだ。


「その後、私を出産してな。そのまましばらくは森で二人で生活していた。私はそこで母に剣術を習ったのだ。」


「それでその立ち振る舞いか。よっぽど良い教師だったんだなアンタの母親は。」


「はは、毎日いつか死ぬのでは無いかと思える日々だったな。それで私が生まれて十年を数えた頃、母と卒業試験と称した殺し合いをしてな。この傷はそのときに付けられた傷なのだ。」


「なるほど、一応思い出の傷って訳なのか。それで、その母親は今はどうしているんだ?」


「分からん。その後母は私を置いてどこかに旅立っていったからな。まああの母だ、どこぞで元気にやっているだろう。」


 なんというか、人にはいろいろあるんだな。


 というか名前だ。こいつの話が壮絶すぎて忘れていた。ふむ、隻眼か。


「よし、お前の名前は十兵衛だ。俺の故郷の隻眼の戦士から名前を取らせて貰った。」


「ふむ、ジューベエ、ジューベエか。良い名前だ。これからはそう名乗らせてもらうとしよう。」


 オーク改め十兵衛は、満足げに頷くのであった。



 


「それにしても、子供たちが全部で十二人か。全員養おうだなんて、ずいぶんとお人よしだな。」


 トゥールと戯れている子供たちを横目に呟く。


「まあ成り行きとはいえここにつれてきてしまったからな。まあ性分のような物だ。」


「難儀な性格だな。そうだ、一つお前に頼みたいことがあるんだが。」


「ああ、アサギ殿の頼みごとならなんでも聞こう。」


 腕を組み、大仰に頷く十兵衛。顔が顔だけに貫禄があるな。


「俺と手合わせをしてくれないか?」


 最近、というかこの世界に来てからしっかりと武術の修練を積んだ相手との組み手はエヴァさん(おっさん)としかしてないからな。階位も上がってきたことだし、自分の今の力をしっかりと試しておきたい。こいつの力量も知っておきたいしな。


 身近にはカブ子がいるのだが、いかんせんあいつはこういうのにはなかなか付き合ってくれない。どうも勝てない相手に挑むのは嫌らしい。まああいつはあいつでこそこそ修練は積んでるみたいだし、そのうちやってくれるかもしれないしな。


「それなら大歓迎だ。殺し合いでないのならば、力ある相手との手合わせなら私の修練にもなるからな。」





 という訳で、十兵衛と一緒に洞窟から外に出てきた。ついでに子供達とトゥール、カブ子とミアも出てきた。つまるところ全員だな。


 十兵衛と相対する。子供達は十兵衛側に立ち、声を上げて応援している。ふむ、ずいぶんと慕われているじゃないか。対してこちら側、カブ子とミアは無関心だ。というかどこからか机を引っ張り出してきてティータイムとしゃれ込んでやがる。トゥールも取り込まれたのか、ミアの取り出した砂糖菓子に夢中だ。一人くらい興味を持ってくれても良いじゃないか。



「ふむ、アサギ殿の武器はそれか。始めて見る形状だが...格闘戦を主体とする棒術のようだ。」


「見ただけでそこまで分かるのかよ。すげえな。」


 十兵衛はそれだけいうと、背中に吊っていた大剣を構える。無骨に見えるが、相当の業物だ。刃に日の光が反射し煌いている。


 お互い無言で構える。特にルールは決めていないので、開始の合図なども無い。俺の武術はどちらかというと後の先を取るタイプ。相手の動きをまず見る!


 膠着状態がほんの数秒続いた後、ついに十兵衛が動いた。洗練された踏み出し、彼我の距離を一足でつめてくる。

 腰溜に構えられた大剣による鋭い突き。見た目道理の力押しで来るとは初めから思っていない。あらかじめイメージしていた通り、半身になって回避する。


 向こうも初めから回避される事が分かっていたようで、直ぐにそのまま二撃目の切り払いが飛んでくる。今度はそれを左手のトンファーで受け流し、そのままこちらの攻撃に移る。右手による刺突、左手による鳩尾への殴打、そのまま体を回して首元へのハイキック!


 テンポよく命中させていくが、どれもしっかり入ってない。流石にタフだな。


 こちらから距離を取ろうとする十兵衛だったが、そのまま距離を詰め、足払いでバランスを崩す。踏鞴を踏んだ十兵衛に追撃とばかりにトンファーを回し、強打を打ち込もうと思ったが、不意に殺気を感じ体をかがめて回避する。


「ふむ、流石に回避するか。」


 十兵衛の手に持たれているのは、長さ五十センチほどの小刀。背中に吊っていたものとは別に、腰元に吊っていた物だ。


「ふう、やっと抜いたか。苦労したぜ。」


「流石に本腰を入れなければ一方的に負けてしまうのでな。流石にそのような情けない姿は見せられん。」


 後ろをちらりと見ながらそう言う十兵衛。そうだよな、そっちにもプライドがあるもんな。

 そう思い俺も後ろをちらりと気にするが、無駄だったと思った。相変わらずあいつらはこっちを見ても居ない。なんだか虚しくなってきた。


 とはいえあいつに二本目を抜かせることに成功した。相手が奥の手を隠している状態で戦うのは避けたいところだったからな。


「これを抜いたからには先ほどのようには行かんぞ!」


 一声叫び、先ほどのような見事な踏み込みで飛び込んでくる十兵衛。くっ、手数が二倍に増えただけじゃないな。リーチの違い、重みによる速さの違い。その緩急が対応に苦労させられる!こいつの剣術は大きさの違う二刀を扱うことを前提に完成している!


 切り払い、振り下ろし、刺突。その一つ一つを丁寧に捌いていくが、反撃する隙が見当たらない。絶え間ない連撃を、時に避け、時に受け流しながら機を伺う。


 十兵衛の小刀による切り下ろしが、俺の右手のトンファーに当たる。上手く受け損なった右手の握力は減少し、トンファーを落としてしまう。好機と見た十兵衛が、そのまま大剣で必殺の一撃を放つ!


 だがここまでは想定どうりだ!


「空葉!」


 十兵衛からは、振り下ろした剣がぬるりとすべり、俺の体をから逸れたように感じただろう。相手の攻撃の勢いを一切殺さず、その剣の腹を撫でるように逸らす。三嶋流旋坤術、空葉だ。


 振り下ろされた剣は、勢いそのままに地面を叩く。この技はある程度相手が勢いを付けた攻撃じゃないと意味が無いからな。あえて隙を作らせてもらった。

 驚く十兵衛の顔が見える。晒された絶大な隙に、俺はそのまま顎に向かって膝蹴りを叩き込む!


 そのまま仰向けに倒れる十兵衛。ふう。これで終わりだな。




 倒れこむ十兵衛に、子供たちが駆け寄っていく。一応ミアを呼んで、回復魔法を頼む。


「ぐっ。流石、といったところか...確実に取ったと思ったのだが...」


「いやなんで普通に立ち上がって来るんだよ。かなり強く脳を揺らしたから立ち上がれないはずだぞ。頑丈すぎるだろう。」


 とはいえキツイものはキツイのか、そのまま胡坐をかいて座り込む十兵衛。


「最後のは、受け流しの一種か。あんなもの完全に剣筋を見切っていなければ出来ないだろう。完敗だ、最初に出会ったときに敵対しなくて良かったと心底あのときの自分を褒めてやらねば。」


 受け流しと分かっただけでも凄いんだけどな。初見なら魔法にしか見えないだろうに。


「それにアサギ殿は魔法も扱うのだろう?魔法なし、武術のみでのこの実力、恐れ入ったよ。」


「そこまで手放しで褒められてもな。それにしてもオークとは思えない剣術だった。あそこまで扱える奴は人間を探してもなかなか居ないぞ。それに加えてオーク特有のパワー、こりゃ冒険者になった十兵衛を見るのが楽しみだな。」


「ああ、私も自分の実力がどこまで通じるのか楽しみだ。子供達の為に町に向かう予定だったが、私自身も楽しみが出来た。」


 そう満足げに笑う十兵衛。本当に楽しみだよ。




 そのまま十兵衛たちの住処で一晩を明かし、俺たちは先に旅立つことになった。あの村の事が少し気になったが、まあ正式に冒険者として依頼を受けたわけでもないし、あの村は気に入らないので放置することにした。


「マスターは本当に興味の無いものには不干渉ですよね。」


「まあな。特に何かしてやる必要はあの村には感じなかった。放置で良いだろう。」


 子供達の話を聞くに、あの村での暮らしはよほど酷かったらしい。どの子も十兵衛についていきたいと言っていた。


「まあ当初の予定の食料調達も出来たことですし、良いんじゃないでしょうか。」


 とのたまうミア。そもそもミアの食料の為に寄ったんだったな。十兵衛はどうも子供たちを養うために周囲で狩りをしたり、山菜を取ったりとそこそこの食料を溜め込んでいたようで、気前よく分けてくれた。これでマルセルまで食料が尽きることは無いだろう。


「私たちも後から向かわせてもらう。この場所のギルド、とかいう所に向かえば良いのだな?」


「ああ、しばらく俺たちもそこに滞在している予定だ。」


 十兵衛にはエヴァさん(おっさん)から紹介されたギルドの場所を伝えてある。あとで合流できるだろう。


 カブ形態に変わったカブ子に跨り、キーを回してエンジンをかける。トゥールはヘッドライトの上が最近のお気に入りのようで、その上で仁王立ちをしている。ご丁寧に飛ばされないように風の結界を張っているようだ。


「出発進行なのです!」


 元気のいい掛け声だ。マルセルまでは最短で二日間、飛ばしていくとするか!


「えー、ゆっくり行きましょうよー。もうお尻の痛みは勘弁ですー!」


 ミアの文句を尻目に、ギアを上げフルスロットルで駆け出していくのであった。

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