閑話 とある記者の話
閑話です。
流通都市ベルケーア。王国の流通拠点であり、王国中の物と人が集まる場所。
そんな町を、私は訪れていた。
「先輩!ちょっと待ってくださいよ!この人混みではぐれたらどうするんですかもう!」
混雑した大通りの人ごみを抜け、少年が私の後ろを追いかけてくる。少年が首から提げているのは、近年開発された撮影用の魔道具だ。
「君が遅れているんじゃないか。ほらほら、今日中に取材したい場所が何箇所もあるんだ、急ぐよ。」
この少年はビスタ。私の助手であり、私と共にとある大手の出版社に所属する記者である。近年、印刷技術と魔道具の進歩によって、本や新聞、雑誌等が、この王国でも目にすることが多くなった。私たちが所属する出版社も、近年この技術革新を受けて、力を伸ばしてきている企業の一つだ。
その中でも、今最も注目されるのが、数年前に召喚された勇者ソーマの記事だ。
いまや彼の動きは世界中から注目され、その記事が乗るだけで新聞や雑誌の売り上げは数倍に伸びるといわれている。
そんな勇者であるが、本人への取材の中で時たま現れる、彼がアニキと慕う人物がいる、との情報が、私の元に飛び込んできた。その人物の情報はあまりに少なく、また拠点を次々と変えるため、なかなかその姿をつかむことが出来ないで居た。
「この街で目撃されたのが最初の目撃報告だって言うからね。」
そう呟くが、返事はない。ビスタはこの人ごみの中をついていくので精一杯のようだ。
「はたしてどんな人物なのか...アサギ=ミシマ...」
記者特有の、好奇心が私を急がせる。
~食事処トキワ~
この街で、今や知らない人間は居ないで有ろう名店、食事処トキワ。路地裏にひっそりと佇む一見変哲も無いただの場末の食堂。ただそこから漂う匂いは、万人の鼻を刺激する。この店が、アサギ=ミシマと関係の深い店らしい。
「いらっしゃいませー。」
店に入ると、赤毛の少女に出迎えられた。
「二人なんだけど、席空いてる?」
店は見る限り人で賑わっている。
「相席なら空いてますけど、それでもよろしければ...」
ふむ、流石に二人で席は取れなかったか。まあ情報を集める機会が増えたと思えば、むしろ望ましいか。
店員の少女にそれで構わないと伝え、席へと案内される。その席では中年の男二人が箱に詰まった物を食べている。これは、米と肉、だろうか?
店内を見渡してみれば、この茶色い物が乗った米を食べている人間が目立つ。この店の看板メニューだろうか。
男二人に会釈して席へと座る。
「ん、姉ちゃん見ない顔だな。この店は初めてかい?」
隣の男が話しかけてくる。
「ええ、はい。何かお勧めはありますか?」
常連らしい男に話を聞いてみるとしよう。言い忘れていたが、私は女だ。
「この店に来たんならまずこの鰻を食わなきゃ始まらねえな。これがまた絶品なんだよ。俺なんか二日に一辺は食いに来てるぜ。」
「嘘こけ、毎日来てるじゃねえか。」
斜め向かいに座った男が会話に混ざって来た。そこまで言うのであれば、そのうなぎとやらを食べてみよう。
店員に声をかける。今度は金髪の少女がこちらへと注文を取りに来た。この二人が給仕をしているのか。
「はい、お待たせしました。」
「このうな重、というのを二つ頂けるかな。」
「はい、かしこまりました。出来上がりまでしばらくお待ちくださいね。」
うな重二丁ー!という元気な声が響く。ふむ、あちらが厨房か。
そういえばビスタは一言も発しない。いかんせんこの人見知りは...記者としてやっていけるのか甚だ不安で仕方ない。
やがて、芳醇な匂いと共に、盆に載せられたうな重が運ばれて来た。ふむ、早速頂くとしよう。
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・
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はっ!
意識が飛んでいたようだ。なんだこの料理は。あまりの美味さに一瞬で食べ切ってしまった。最初は肉かと思ったのだが、これは魚だな。しかし初めて味わった感覚だ。
「おう姉ちゃん、その様子だと飛んじまったみたいだな。」
ガハハ、と笑う男。男は汁物のようなものを味わっているな。
「まあ無理もねえ。俺も最初にアサギに食わして貰った時は我を忘れて何杯も食べちまったからな。」
アサギ!アサギ=ミシマか!
「貴殿はアサギ=ミシマを知っているのか?」
さっそく彼を知る人物に出会えたのであれば、これは幸運だ。
「知ってるも何も、そのうな重を開発したのがアサギだぜ。ありゃ3年前くらい...だったか?」
「ああ、あの時はびっくらこいたぜ。まさか廃業寸前だったトキワをこんな名店にしちまったんだからよ。というかなんだ姉ちゃんたち。アサギのことが知りたいのか?」
なんともこの二人は彼の顔見知りらしい。
私は記者であることを二人に伝え、ぜひとも話をさせて欲しいという旨を伝える。
「なんだ記者だったのか。どうりでそっちの少年がでかい魔道具を抱えている訳だ。それにしてもアサギの事を...ねえ...」
「ならメッサーに話を聞くのが一番手っ取り早いんじゃないか?」
メッサーとはこの店の店主の事らしい。
幸いな事に、もう直ぐこの店の昼営業が終了するらしい。夜営業との間に休憩時間があるらしいので、その間に取材をさせてもらえるだろうかと、この二人に頼んでもらった。少し不安で有ったが、この二人はかなりの常連のようで、二つ返事で快諾してくれたようだ。
そして少し後。店から客は居なくなり、やっと店主と話をすることが出来た。男二人組みは仕事があるとかで、先ほど帰っていった。
この場にいるのは、先ほど給仕をしていた赤毛の少女と、金髪の少女、そしてその少女によく似た少年と、店主であろう青年、そして私たちの六人だ。
「すみませんお待たせしました。店主のメッサーです。」
頭から手ぬぐいを外しながら、私たちの前に座る店主。思っていたより若い。まだ二十になるかどうか、という年齢だ。
軽く自己紹介を済ませ、早速アサギ=ミシマの話を聞くことにする。
「アサギさんの事、ですか?それなら先月も帰ってきましたよ?何でも王都に行く予定が出来たとかで、この街に寄ったらしいです。」
なんと、私たちと入れ違いだったのか。
話を聞いていくと、どうやら廃業寸前のこの店を復活させたのがアサギ=ミシマらしい。
「アサギさんは僕の恩人なんですよ。あの人が居なければこの店はとうに無くなっていたでしょうし、ミーシャとも一緒に居られて、新しい仲間も出来ました。」
どうやらこの赤毛の少女、ミーシャと店主メッサーは兄妹らしい。そして驚いたのだが、この少年と少女、トルマとアルマの双子は元奴隷だそうだ。
「アサギ兄さんのおかげで、僕とアルマはこうして幸せな暮らしが出来ています。奴隷だった頃はまさか僕が料理人になるだなんて考えても見ませんでした。」
「アサギお兄ちゃんのおかげで、お兄ちゃん一緒に居られるし、毎日が楽しいの!」
どうもこの二人を購入したのが彼らしい。冒険者だと聞いていたが、どうやら様々な知識を持つ人物のようだ。
彼らに数枚の写真を取らせてもらい、店を後にする。店に居る間、ビスタはついぞ一声も発することなく、写真を撮ることに従事していた。
~冒険者ギルド~
次に訪れたのは冒険者ギルドである。数年前、この街のギルドから勇者ソーマが魔族と会敵、討伐したとの報告があがった。これが此度の魔族の発生、その最初の事例である。
その際の報告で、勇者ソーマは現地の冒険者と協力し、魔族の討伐に当たったとされている。私のカンでは、その冒険者こそ、アサギ=ミシマではないかと思っている。
古びた両開きのドアを開くと、閑散としたギルドが目に入る。
「あら、ご依頼ですか?それとも冒険者の方ですか?」
見慣れない二人組みが入ってきたのを見て、受付嬢が私に声をかけてくる。
「ああ、いや、私たちはこういうもので。」
胸元から名刺を取り出して手渡す。この名刺というものは、転移者が伝えた物のようだ。実に便利なので助かっている。
「記者、ですか?ここは冒険者ギルドですが...何の御用で?」
「率直に言うと、アサギ=ミシマという物について調べています。勇者ソーマの慕う彼がどのような人物かを調べていまして。」
少し怪訝そうな顔をした受付嬢であったが、正直に伝えると警戒を解いてもらえたようで、気前よく彼のことを教えてくれた。
彼女曰く。
最初の認定試験でギルドマスターに勝利した。
その勝負で見よう見まねで魔法を使いこなした。
例に無い勢いで周囲の魔物を狩りつくした。
パーティーメンバーには凄腕の女性剣士と、世界樹の守人を連れている。
魔族での戦いで、重症を負った勇者を庇い、単機で魔族と交戦し、互角に渡り合った。
などなど。どうやら彼は、戦闘にも長けているらしい。
ギルドマスターであれば、さらに彼の情報を持っていると思われるが、どうやら長期の出張で留守にしているようで、今回の取材では話を聞くことは出来ないようだ。
その他にも、街中での聞きこみを続けてみた。どうやら彼がこの街に滞在していたのは一ヶ月程度のようだが、どうやら度々この街を訪れているようだ。街の住人にも、完璧といって良いほど好意的に受け入れられている。
様々な料理店に料理のレシピを公開し、街が魔物に襲われた際にも、たった一パーティーで殲滅したという話もあった。
今回の取材で、彼がどのような人物なのかを粗方知ることが出来た。まだ記事に出来るほどではないが。彼の記事であれば、売れる記事が書けることが確信できる。
欲を言えば、直接彼に会ってみたいものだ。
記者としての好奇心が、私を動かすのだ。
感想などもらえると嬉しかったりします。