13 別れと旅立ちと、次の出会い
第一章、最終話にあたる13話です。
目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
体は重いが、まあ動けないほどでもない。上半身を起こし、辺りを見渡すと、暗い中に明かりが見える。焚き火か。
その横に、胡坐をかいた蒼真がいた。隣には女神か。
「あ、アサギさん。目が覚めましたか。動けない人が多すぎたのでここでキャンプして夜が明けてから帰還することになりまして。」
といって俺の後方へ目を向ける蒼真。後ろを見ると、小型のテントが二つほど鎮座していた。残りの面子はあそこか。
「ああ、そういう事だったか。それで、二人が見張り番って事だな。」
そう言い、蒼真の隣に座る少女に目を向ける。勝手に脳内で女神と呼んでいた彼女だが、ぶっちゃけ初対面なんだよな。
「そういえばアサギさんは初対面でしたね。僕と一緒にこの世界に下りてきた女神様のシュヴィアです。」
「シュヴィアです。この度はご助力感謝いたします。私たちだけで全滅していたでしょう。本当にありがとうございました。」
「ああ、たまたま近くにいたからな。」
この説明蒼真にもした気がするな。その後も二言三言言葉を交わし、俺も焚き火の近くに陣取る。俺が起きたのを察したのか、ミアとカブ子もテントの外に出てきた。
「マスター、ご無事で何よりです。」
「一応回復魔法はかけましたが、魔力枯渇は治らないので無理はしないで下さいね。」
いつもどうりのカブ子と、俺を気遣ってくれるミア。本当にこの二人は飯と酒が絡まなければ理想的なメンバーだな。
「ああ、二人とも心配かけたな。そういや魔力が全然戻ってきてる感じがしないんだが...」
結構寝たはずなんだけどな。
「アサギさんは最後の魔法のときに力の本流を絞り、といって詠唱してましたよね?そのせいで残ってる魔力だけでなく体力まで使って魔法を行使してしまったのでしょう。体が体力を戻すのに集中していて魔力の回復が後回しになっているようですねえ。」
おお、さすがミア。知りたい事にしっかり答えてくれる。
「そういえばアサギさん。これなんですけど...」
蒼真が立ち上がり、俺の横に陣取る。その手には三つの球状の物体が。
「なにそれ。」
「二つは魔族が残したものですね。一つは魔族の核である魔核、もう一つは魔族の技能核ですね。」
「ちょっとまってもう既に追いつけてない。説明頼む、ミア。」
蒼真が何で俺に聞かないの、みたいな顔をしているが。ミアの説明が一番分かりやすく簡潔だからしょうがない。
「はいはい。魔核は文字どうり魔族の核ですね。魔族の体内に必ず存在し、魔族を倒した後魔族は霧散しますが、この魔核だけは残ります。そのため魔族の討伐証明として
使われます。他にも魔道具の動力としても用いられますね。」
そこで一旦一息入れるミア。
「技能核は、固有技能を持つ生物の体内に存在するものです。固有技能を持つ魔物などの体内から採取されて、飲み込むとその固有技能を修得することができます。」
なるほど、二つともドロップアイテムみたいなものか。
「それで、その技能核はどんなスキルなんだ?あの魔族がそんな特殊な能力を使っていた記憶は無いが。」
「はい、僕の技能で鑑定しておきました。この技能核は|変幻自在というスキルの技能核見たいです。思い描いた存在に変身する技能みたいですね。ただ戦闘力などは特に変わらないらしいです。」
「ああ、それでその辺の草木に変身してたからあんな奇襲ができたわけか。突然何も無いところから現れたしな。」
戦闘中に使ってこなかったのは一度姿を現したら意味ないからか。
「それでなんですが、この内魔核のほうは僕らで持って帰らなくてはならないんです。一応魔族討伐の証明になりますので。技能核の方はアサギさんにお渡しします。」
え、もらっていいのか。使いどころがイマイチ思いつかないが、まあもらえるものは貰っておこう。
「それで、残りの一個、その緑の玉はなんなんだ?」
緑色の手のひら大の球体だな。少しぼんやりと光っている。
「これはあのグランドドラゴンの頭の中にあったものなんですが...」
「ん?お前鑑定とかいう技能もってなかったっけ?」
それでも分からない、ってことか?
「はい、ただ僕の鑑定でも鑑定できなくて。僕の鑑定は物品限定でして、つまるところこれは生き物だということになりますね。」
え、どう考えても玉じゃん。生き物の訳ないよな。何かの卵にしても人工物感がすごいぞ。
蒼真が、まあ持ってみてくださいよ。と俺に緑の玉を手渡してくる。あ、確かにあったかい。びくびくしてる。確かに生き物っぽいな。
「あ、やっば。」
手が滑った。まだ疲れが残ってるみたいだ。
落とした玉が、ガシャンという音を立てて砕け散った。やべ、やっちまったか。ん?なんか光り始めたな。
凄まじい光を放つ割れた玉。あまりの光に目を開けていられない。光が収まると、玉の崩壊跡地に小さな人影があった。
20センチくらいだろうか。物語に出てくるような妖精みたいだな。
ふわりと浮き上がり、辺りを見渡している。とても可愛らしい。そのままふわふわと俺の方まで漂ってくると、俺の前で停止し、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうです。感謝感激です。あなたの名前を教えてほしいです。」
「あ、ああ俺はアサギだ。」
「珍しくマスターが動揺してますね。」
「いやするだろうこんなの。というか何なんだこのちっこいのは。」
「見る限り精霊のようですねえ。風の精霊、それも実態を持つ人型の精霊ならかなり高位の精霊ではないでしょうか。それにしてもアサギさんは精霊に関するスキルを持っていないのに懐かれてますね。」
ミアの説明パート。安心のミアクオリティだ。
精霊はふわりふわりと俺の周りを飛び回っている。俺がそちらを振り向けば逆方向へ、何が楽しいのか笑いながらくるくると回っている。
「アサギからいいにおいがするです。安心できるにおいです。」
なるほど分からん。まあ懐かれるのは悪い気分じゃないな。
「さすがはアサギさんです。精霊からも慕われるなんて、さすが僕のアニキ分ですね。」
なぜか納得している蒼真。相変わらず俺に対する信頼感が半端ねえな。とはいえなんであの玉の状態でドラゴンの頭の中にいたのかが気になるな。
「黒い人に捕まって閉じ込められたです。気づいたら動けなくて怖かったです。」
ああ、あの魔人か。あいつの言ってた実験ってのはこれのことか。だから本来使用しない風属性のブレスをあのグランドドラゴンが使ってきた訳か。
「あのー、アサギさん。少しよろしいですか?」
シュヴィアか。どうした?
「その精霊なのですが、おそらく風の中位精霊、それも風王の眷属では無いかと...」
「え、なにそのめんどくさそうなワード。」
どうやら風王ってのは風の精霊のトップの内の一柱らしい。
「それで、この精霊...そういやお前、名前はなんていうんだ?」
「なまえ...です?」
首をかしげる精霊。いや首を傾げたいのはこっちなんだが。とまあ二人して首をひねっていると、シュヴィアから助け舟が入った。
「精霊に名前をつける習慣は無いですよ。」
シュヴィアが精霊に名前について説明している。どうも理解してもらうのに難航したようだ。
「名前、ほしいです。アサギにつけて欲しいです!」
精霊が俺の周りを飛び回っている。なんかすごくやりづらいな。名前、名前ねえ。どうせなら可愛くてかっこいい、そんな名前にしたいな。風、風属性か。よし、これにするか。
「よし、お前の名前はトゥールだ。」
「エストニア語で風、ですか。また変な所からもって来ましたね。」
なぜ分かったカブ子。
「中二病時代の名残ですかね。」
やめろやめろやめろ。無表情で煽るな。
「トゥール、トゥールです!」
嬉しそうに俺の周りを飛び回る妖精改めトゥール。うん、我ながら綺麗な響きだとおもう。
「戦利品はこんなもんか?あの馬鹿でかいドラゴンの死体はどうするんだ?」
「後でギルドに依頼して引き上げてもらいます。幸いここはそこまで森の深い位置じゃないので依頼できると思うので。」
まあこの人数じゃ無理だしな。
「そういやお前無限収納の技能持ってたんじゃなかったか?あのテントもそこに入れてきたんだろう?」
そこに入れれば解決じゃないか?
「いやぁ、四畳半くらいしか広さが無いので...」
思いのほか狭いな。無限という言葉はどこへ消えたんだ。
それならギルドに依頼するのがいいか。
トゥールは難しい話に飽きたのか、俺の胸ポケットに入って寝息を立てている。そういや夜も更けてるな。俺はさっきまでしっかり気絶してたから全く眠くないけれども。
暗い中、焚き火の炎がゆらゆらとゆれる。キャンプみたいで、こういうのも悪くないな。
しばらくして、蒼真とシュヴィアはテントに入っていった。別々のテントに入っていったので、男性用テントと女性用テントに分けていたようだ。
焚き火に枯れ木をくべながら、カブ子とミアと取り留めの無い話をする。こちらの世界に来てからもう一ヶ月。この二人とはずっと一緒にいたけど、二人の事を何も知らないことに気づく。二人とも実際謎多き人物なんだよな。
まあ取り立てて聞こうとも思わない。これからいくらでも聞く機会はあるだろう。そう思いながら、食事処トキワのメニューの話など、取り留めない話題を繰り返しつつ、さらに夜は更けていくのであった。
あれから数日たった。帰り道は特に何も起こらず、無事にベルケーアに帰ってくることができた。あの後、蒼真達は王都に報告があるといって、早々に旅立っていった。エイラからめちゃくちゃ感謝され、自分が足を引っ張ったとすごい謝罪された。相変わらず責任感の強い奴だ。
そういやあの王子とは結局一回も話さなかったな。あいつなんて名前なんだろうな。
グランドドラゴン討伐と魔族討伐の報酬は、半分が俺に支払われた。蒼真は全額渡すといって譲らなかったが、魔族に止めを刺したのはあいつなので、かたくなに受け取らなかった。
魔族出現の報も、蒼真達が王都に伝えるようだ。他の町にもギルド経由で伝えられるようだ。どうもこの時期から魔族が出現するのは異例なようで、各所はあわてているようだ。
「よし、そろそろ行くか。」
そろそろ旅立たねば。これ以上居つくと旅立ちづらくなるしな。
「えー師匠、もう少しだけ居てくれませんか。」
「いやいや、メルマも使い物になるようになったし、従業員も増えた。これからお前が店主としてしっかりしていかなきゃいけないんだから俺が居たら駄目だろう。」
「でも...」
ぐだぐだ言ってるな。
「まあそのうち帰ってくるから。その時に店を繁盛させとけよ!」
「本当ですか!?本当に帰ってきてくれますか!?」
心配性が過ぎるわ!もう面倒になってきたな。
「分かった、分かったからしがみつくな。ちょっと待ってろ。」
裏庭から端材を持ってきて、ざざっと作る。
今作ったのは木製の札。一つ一つに俺やメッサー、メルマの名前を書いて行く。壁には札を引っ掛ける為の釘を打ち付けていく。
「ここにその日の従業員の名札を吊るす訳だ。お客様に名前も覚えてもらえるし、従業員の責任感も増す。俺たちの分の名札も作っておくから、どっかにとっといてくれ。これでちゃんと俺たちの居場所があるってことになる。これでいいか?」
「分かりました。大事に飾っておきますね!」
「飾るな!どっかにしまっとけ!」
メッサーの心配性も大概だな。これでちゃんとこれから繁盛する店を切り盛りしていけるのか不安になる。
「た、たまには顔を出しなさいよね。」
ミーシャか。こいつも最初の頃は敵対心丸出しで、俺のことをまるで店をのっとりにきた悪者かのごとく扱ってたんだよな。慣れたらこいつのツンとした態度も可愛いものだ。
「ああ分かった分かった。そのうち顔を出すから。それよりも店のことは頼むぞ本当に。メッサーじゃ不安でたまらん。」
店のことを伝えると、ミーシャもまた不安そうな顔になる。妹からの信頼度は未だ回復していないようだ。
トキワの二人に別れを告げ、旅に出る旨を伝えるためにギルドへと向かう。どうも、ギルドって奴は他の町のギルドとも連携しているらしく、所在をはっきりさせておく責任があるらしい。
ミアとカブ子と連れ立って、ベルケーアの町を歩く。思えばこの町にも慣れたものだ。俺たちの装備をそろえた武具屋に、煙草を買った謎の何でも屋。流通都市というだけあってどこを見渡しても店が軒を連ねている。
ギルドへつくと、いつも道理の閑散とした屋内が目に入る。ここのギルドはいつもこんな感じだ。最初に来たときにこんな閑散としてていいのかと思ったが、この町の依頼は護衛依頼が主で、冒険者は長らく町を空けることが多いのだ。そのせいで町に常駐している冒険者が少ないらしい。俺たちは町の周辺での討伐依頼を片っ端から受けていたので重宝された。
中に入ると、いつもの受付嬢がのんびりと書類整理をしている。そういやこの人の名前は結局聞かずじまいだったな。
「あら、アサギさん、今日はどうされましたか?」
「ああ、前々から伝えてあったが、そろそろ他の町に旅立とうと思ってな。その報告と、旅先の意見をもらえないかと思って寄ったんだ。」
未だにどこへ行くかが全く決まってないんだよな。カブ子はいわずもがなだし、ミアもまあ無計画に旅をしてきたみたいで、この辺の地理もここにベルケーアがあることしか分かってないみたいだしな。
「そうでしたか。あ、そういえばアサギさん達が旅立つ時には俺を呼べってギルドマスターが言っていました。ちょっと呼んで来ますね。」
トタタ、と受付嬢が奥へと走って行く。
しばらくして、見慣れた厳ついおっさんが、その巨体を揺らしながら姿を現した。
「おいアサギ!お前さん達本当に旅に出るのか!?」
「まあ、というか前からそのうち旅に出るって言ってあっただろうが。」
「いや、出る出る詐欺かと思ってたわ。その内行くとか言っておいて結構長いことここにいたしな。」
まあ間違いじゃあ無いけども。
「詐欺じゃ無いわ。そろそろ頃合かと思ってな。これ以上居ると旅立ちづらくなりそうだし。」
「く、ちくしょう。せっかくこの町でまともに討伐依頼が出来る奴が出来たってのに。」
「まあ残念だが諦めてくれ。それでなんだけども、次の目的地が何も決まってないんだが、なんかいいところはないか?それなりに見所があるところがいいんだが...」
「お、そうか。それなら一つ、頼みごとがあるんだが...」
「頼みごと?」
いや俺は目的地を聞いているんだが。
そういうと、エヴァさんは一度カウンターの奥に戻ると、大き目の羊皮紙を抱えて戻ってきた。
「おう、待たせたな。これがギルドで保管しているこの辺の地図だ。この印がここベルケーアだな。それで頼みごとなんだが、ベルケーアから西に行ったところに城塞都市マルセンって所がある。そこに行って欲しいんだ。」
「城塞都市、ねえ。なんか不穏な響きだな。ミア、なんか知ってるか?というかおいお前ら、ちゃんと話聞いとけよ。」
二人して勝手にお茶会始めてるんじゃねえよ。人任せにしないで聞いとけ。
「マルセン、ですか。周りに魔獣の森の正面にあって、頻繁に魔獣が大量発生する場所ですねえ。冒険者にとっては仕事がそれこそ腐るほどある場所ですよ。」
「その通りだ。町には小規模なギルドが大量にあって、どこも優秀な冒険者を確保しようと躍起になっている。大量の魔物、強力な魔物を狩れる冒険者を擁するギルドには人が集まり、それだけ金も集まるからな。」
へえ、ギルドが一つじゃねえのか。
「もともとギルドってのは民間の営利団体だからな。今でこそ本部があってそこそこの統制が取れているが、あそこの町は今でも個人主義の色が強い。かくいう俺もあそこの出身なんだ。」
「なるほど。それで、頼みごとってのは何だ?そんなところに行かせようってんだからただのお使いってわけじゃあ無いんだろ?」
「ああ、それなんだけどよ。俺の古巣のギルドがあってな、まあ俺がここに来る前にギルマスやってた所なんだが、そこがかなりピンチでな。今にも潰れそうなんだわ。アサギはぶっちゃけかなりの実力者だ、どうにかそこで活躍して立て直してもらえねえかな。」
なるほど、定食屋の次はギルドの建て直しか。なんだかそんなんばっかりだな。一応あそこでお茶会としゃれ込んでる二人にも意見を聞いてみるか。
「私はマスターに従います。」
「アサギさんについていきますよー。」
こいつら絶対何も考えてないだろ。
「まあいい。とりあえずそのマルセルとやらに行ってみるわ。一応そのギルドにも行ってはみるが、どうなるかは分からんぞ。」
「おう、助かるぜ。紹介状を書くからちょっくら待っててくれや。」
ザザっと一筆したためるエヴァさん。書き物をしながら、思い出したように一言呟いた。
「ああ、俺の嫁と娘がギルマスとサブマスだから、よろしく言っといてくれや。」
アンタ結婚してたのかよ。しかも子持ちって。
これにて第一章完結です。ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます。
この後数話の閑話や後日談を挟んで二章に入ります。
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