12 森の中の決戦
第十二話です。
「かはっ」
蒼真の口から血が吐き出される。気がつけば、蒼真の背後には先ほどまでは無かった人影がある。
「クハ、クハハハハハ。やっと隙を見せたな勇者よ。グランドドラゴンを倒されたのは予定外だったがお前さえしとめてしまえばこちらのものよ!」
現れたのは、正に悪魔といった風貌の者。黒い肌に漆黒の翼。やばい感じが伝わってくる。
「まさか、魔族!?」
後ろで女神が声を上げる。ギルドで聞いた事がある。この世界とは少しずれた位相にある魔界に住み、二十年周期でこの世界に現れる魔王の配下。一人ひとりが圧倒的な力を持つ魔の権化。それがなんだってこんなところにいるんだ!
そんなことより蒼真だ、このままじゃ死んじまう!
「離れろ!」
魔族に殴りかかる。あっさりとかわされるが、その隙にカブ子が蒼真の身柄を確保する。
「っ! うっとおしい!」
魔族の手から生えた禍々しい爪が、カブ子に襲い掛かる。直撃は避けたようだが、軽くは無い傷を負う。
さらにカブ子へと追撃へ向かう魔族を、トンファーで迎撃する。
「ミア、女神! 二人の治療を!特に蒼真がやばい!」
二人を後ろに押し付ける。これで今動けるのは俺一人か。
「全くもってうっとおしい。このイレギュラーが。お前さえいなければあの駄竜一匹で事足りたことを」
「へえ、あのグランドドラゴンがやたらと強かったのもお前のせいって訳か。いろいろと面倒なことをやってくれたじゃないか」
「ふん、強がるなよ冒険者風情が。お前一人で何ができるというのだ。勇者は瀕死、剣士もあれでは戦えまい。残りも治療に手一杯ではないか」
確かに、状況はかなり悪いかも知れないな。
「まあ俺がお前を倒せばすべて解決する話だ。ミア! 蒼真の容態は!?」
「すいません。維持で精一杯です! 治療するための魔力が足りませ!。」
ミアが声を張り上げる。女神も治療で手一杯だ。
「ふん。この状況で何ができるというのだ。当初の予定とは違うが、お前を始末し、残るもの共を皆殺しにして、勇者の首を魔王様の下に届けるとしようか」
一声上げ、魔族が向かってくる。先ほど蒼真を貫いたのは両手から生える巨大な爪だ。未だ血にぬれたその凶器を振りかざし、尋常ではないスピードで迫ってくる。
上からの右手の振り下ろしを避け、右から迫る左手をトンファーを使って受ける。
「ぐっ」
重い、重すぎる。が、受け切れないレベルじゃない。
「どうした冒険者。いいのは威勢だけじゃないか。レベルも、ステータスも大幅に離れている。ほらほらほらほら! 次だ!」
振り下ろし、切り上げ、左右からの挟みこみ。次々と繰り出される連戟を、かわし、打ち払い捌いていく。
「くっ、風よ!」
風の魔法で無理やり距離をとる。現状蒼真達を背にしている以上あまり下がるわけにもいかない。
そうこうしている間にまたも魔族が迫る。幸いながらこいつは武術に関しては素人だ。ただ力任せにその凶器を振るうだけ。ただその攻撃力は脅威でしかない。まともにくらえば一撃で意識を持っていかれるだろう。
数合の打ち合いが続く。といっても俺が一方的に受けているだけだが。
ただ最初よりも余裕が出てきた。こいつのワンパターンの攻撃に慣れてきたからだろうか。大振りの振り下ろしに大して風魔法で足元を崩す。踏鞴を踏んだところでトンファーで爪を打ち上げ、態勢を整える。
「くっ。下等種風情が! ちょこまかと面倒をかけおって!」
「あいにく戦闘経験の足りてない化け物との戦いは得意なんでね。」
ただただ力任せに攻撃してくるのなら、相手は野生の獣と変わらない。爺さんの無茶な訓練で散々戦わされたからな。
苛立ちを隠せない魔族。ただ攻撃がワンパターンなのは変わらない。がここで魔族も趣向を変えてきた。呪文の詠唱。魔法か!
「うっとおしい下等種め、頭を垂れよ! 堕落の紫煙!」
「アサギさん! 洗脳魔法です!」
うげっ。そんなえげつない魔法があんのか!
魔族の両手から発せられた紫の煙が俺に迫る。駄目元で風魔法で散らすことを試みる。
「風よ!」
多めに魔力を使った風魔法が紫煙へと向かう。俺の予想は良い意味で裏切られ、紫煙は風に乗り、どこかへと消えて霧散した。
「え、マジかよ。魔族の魔法弱くね?」
「ば、バカな! 低レベルの冒険者の魔法ごときで!?」
魔族めっちゃ驚いてる。動揺しすぎだろ。まあ俺の風魔法の適正は半端じゃないらしいからな。レベルもゴリゴリ上がってくし。
「まあいい! このまま力で押し切ればいいだけのこと!」
魔法をあきらめた魔族がまたしても向かってくる。魔法が効かないのはいいが、どちらにせよ俺は受けるので精一杯。このままじゃジリ貧なんだよなあ。
三十分近く経っただろうか。俺と魔族はまだ打ち合っていた。
「ふん、そろそろ限界ではないのか冒険者よ。ここまで耐えたのは見事であったが、何の意味も無かったな。」
魔族の言葉どうり、ぶっちゃけもう限界だ。受け損ねた攻撃が何回かかすっていたるところに切り傷を作っている。体力もそこを尽きる寸前。魔力もそこが見えてきている。
「ふん、言葉を発する余裕も無し、か。全く手間をかけてくれる。あのドラゴンを作り出すのにどれだけ手間がかかっていると思っている。我の計画を潰してくれたんだ。楽には死なせんぞ冒険者よ」
俺の限界を察した魔族がぺらぺらと情報を口に出す。この手の奴は自分の計画を口にださなきゃいけないルールなのか?
「どうせドラゴンに勇者を倒させて、その上で一人だけ逃がし情報を持ち帰らせて人間の戦意を下げようとかそんな感じだろう? お前たちが考えそうな悪辣な手だ。」
「ふん。なかなか聡いではないか。まあいい。これで仕舞だ!」
土を蹴った魔族が、何度目かも分からない焼き増しのように俺に迫る。何度も見てもう慣れた攻撃だが、もはや避ける余力はない......が
「風よ、我が力の放流を絞り、渦巻き吹き荒れよ!烈風廻旋!」
俺の残っている全魔力を使い、魔族を中心に竜巻を起こす。なけなしの魔力が渦を巻き、辺りの草木を巻き上げて魔族を拘束する。
「くっ、何を今更! 時間稼ぎなど!」
(時間を稼いだところで奴らは逃げ切れまい!負傷した人間を担いで逃げたとしても直ぐに追いつく。聡いあの人間がそれを理解していないわけが無い。ならば......一か八かの不意打ちか!)
巻き上がる竜巻の一部を切り開く。俺が起こした魔法だ。そのくらいは造作もない。震える膝を起こし、最後の力を振り絞って背後から奇襲を仕掛ける。
「バカが! その程度の策見通せないとでも思ったか!」
案の定、奇襲は読まれていたようで、振り下ろした俺のトンファーは奴の爪に容易に阻まれ、弾かれる。
「終わりだ!」
中に浮き、満足に防御もできない俺に凶器が迫る。が
「そっちがな」
「乾坤一擲・閃光斬!!」
俺が突入した方とは反対側、魔族の背後から、勇者の剣が迫る!
「な、ぐぁあああああああ!!!」
蒼真の剣技は無防備な魔族を背中から切り裂く。明らかな致命傷だ。
「ば、バカな。貴様は死に体だったはず......」
まあ確かに、こいつから見れば俺のしていたことは無駄な時間稼ぎだっただろう。しかして、俺がそんな無駄なことをする訳が無い。それじゃあここで、俺がなぜ勝てない相手に立ち回っていたのか、そのネタバラシといこう。
時は三十分前、蒼真とカブ子が魔族にやられた直後に遡る。その時ミアがこんな事を言っていたのを覚えているだろうか。
「すいません。維持で精一杯です! 治療するための魔力が足りません」
とまあこの魔族はこの言葉を受け、蒼真が復帰不可能だと思っていたのだろうが、実際は違う。
妖精の囁きという魔法がある。この魔法は自分と他人の間に風の道を作り、お互いの声を届ける魔法だ。まあ秘密話用の魔法だな。
この魔法だが、俺とミア、カブ子が戦闘中の会話に使っていた。それがその時まだ持続していたため、先ほどの会話の裏でこんな会話があった。
「すいません。維持で精一杯です! 治療するための魔力が足りませ。」
(30分あればまともに戦える所まで回復させられます。なんとか持ちこたえてください!)
(了解。蒼真の意識が戻ったらそのまま気絶した振りをし続けろと伝えてくれ)
という訳で、俺は文字どうり時間稼ぎをしていただけだったのだ。そして先ほど、ミアから蒼真が戦線復帰可能になった連絡が入ったので、目隠し用の魔法をかましたのだ。
以上がこの顛末のネタバラシだ。まあ死にゆく魔人に伝えてることは無いが。へんなフラグ立てたくないしな。
やがて魔族は絶命し、その体は粒子となって霧散していく。他の魔物とかは普通に死体が残るのに魔族は残らないのか。
「魔族は魔法生命体ですから、致死のダメージを受けた時点でその体が保てなくなるんですよ」
「おお蒼真。体は大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで全快とはいきませんが、なんとか復活しました。それよりアサギさんこそ大丈夫ですか? かなりボロボロですけど......」
「いや、限界だ、もう立ってらんねえわ」
そのまま俺は後ろに倒れこむ。腰のポーチからパイプを取り出して咥える。うーん、どうもこういうときパイプだとカッコがつかないな。やっぱり葉巻にしよう。
深く煙を吸い込み、空を見上げる。どうにか生き残ることができた。それにしても魔族ってのはこんなに強いもんなのか。こんなのがわんさかいると考えると世知辛い世界だ。
あ、駄目だ。魔力切れで意識が飛びそうだ。
「すまん、落ちる。あとよろしく」
そのまま俺は意識を手放した。
これで第一章がひと段落。この後後日談数話と閑話を挟んで二章にいきます。




